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彼はそこに、いなかった

 第二王子ミゲルからミシェルに歩み寄ることはもちろんなく、ミシェルも完全に政略結婚だと割り切って、歩み寄ろうと努力為ることをやめた。

 彼にかまける時間が無駄に思えたから、だけではない。


「調べさせてみたところ、陛下はちゃんと言い聞かせてらっしゃるようなのだが、どうもサンフィールド公爵閣下と側妃様が後から上書きするように余計なことを言っているらしい。

 そのせいで、この婚約の経緯や意味をどれだけ説明しても次の日には抜けてしまっている、というのが現状のようだ」


 苦々しい顔で、ブライアンが言う。

 そう、無駄に思えたのではない。実際に無駄なのだ、彼に時間を使うのは。

 ただでさえ押しつけられたと誤解し嫌っている婚約者だ、何を言ったところで、祖父である公爵や母である側妃の言っていることを塗り替えられるわけがない。

 おまけに、吹き込まれる嘘はミゲルのような人間の耳に心地よくて仕方がないのだから、どうしようもない。


「田舎貴族が無理に押しつけてきた縁談、このまま結婚すれば王への道は閉ざされる、王になる邪魔をしているのがミシェルでありグラナダ侯爵家、か……父さん、ここまで来たらもう、完全に契約違反じゃないですか?」

「これが事実だと証明出来たら、な。残念ながらうちの手の者が密かに集めてきたものだ、公的証拠としては弱い。

 あちら側の使用人、それも貴族家出身の者の証言が複数得られれば、一気に固められるんだが……」

「そんな話をしている場所に居られるような人間が、簡単に裏切るわけもない、ですか……」

「恐らく、甘い汁のおこぼれももらっているだろうしな」


 王都タウンハウスにある執務室で、影が集めてきた報告書類を前に、ブライアンとグレアムは頭を悩ませていた。

 証拠はゴロゴロと転がっているのに、相手の家柄が上だというだけで証拠能力が弱くなり、訴えるという手段が取りにくい。

 そのせいで、この不本意な状況が続いているのだが。


「王命による婚約に、そこまで不満であることを滲ませるというのもどうかとは思うのですが……。

 グラナダ家では王座を奪う助力にならない、ということをサンフィールド公爵閣下は気付かれたのでしょうね。

 だから躍起になってこの婚約を壊そうとしている……それも、こちらから申し出る形で」


 はぁ、と憂鬱な溜息を零しながら、同席していたミシェルが言う。

 ここまで、グラナダ侯爵であるブライアンは、サンフィールド公爵から幾度も第二王子ミゲル戴冠へ向けた協力をそれとなく要請され、気付かぬふりをして拒否していた。

 それが幾度か繰り返されればサンフィールド公爵も気付く。

 グラナダ侯爵家は、ミゲル王子を王座につける気がない、と。


 それは国王から頼まれたということもあるが、何よりもミゲルが王座にふさわしい人間とはとても思えないからなのだが、残念なことに、サンフィールド公爵はそのことをわかっていないらしい。

 いや、わかっているからこそ、ミゲルを教育し鍛えるのではなく、婚約を破綻させて派閥の筆頭と縁づかせようという他力本願なことを考えるのかも知れない。

 もっとも、その目論見が達成されることはないだろうが。


「婚約が壊れたところで、どこが手を挙げてくれるわけでもないだろうに。

 公爵閣下には、いい加減現実を見ていただかないといけないな」


 そう零すと、ブライアンは覚悟を決めた顔になった。

 ここまで娘を、家を蔑ろにされて黙っていては、侯爵家の面子に泥を塗ることになる。

 ただでさえ不本意な婚約だったところにそれでは、格上である公爵家や王家と相対することも最早覚悟の上。

 普段は領地にいるブライアンがこうして王都に出てきたのも、そのためだ。


「しかし、タイミングが悪いとしか言いようがないよね……まさか道中の橋が壊れて、迂回する羽目になったから陛下の帰国が遅れてるだなんて」

「ああ、本当ならば昨日にはお戻りになっているはずなんだがな。出来ることならば明日のパーティ前に話を終わらせたかったのだが」


 証拠不十分ではあるが、グラナダ侯爵家側の不満は溜まりに溜まっており、最早王命であってもこれ以上は従えぬところまできている。

 即日の婚約破棄を認めるか、それとも、出来なかった場合は全てをなかったことにする白紙撤回を条件にミゲルを徹底的に再教育するか。

 この二択を突きつけるためにブライアンは王都に出てきたのだが、残念ながら空振りに終わってしまっている。


「ミシェル、明日のパーティは欠席してしまっても構わんのだぞ?」


 折悪しく、今日は学院でのパーティ前日。そこでもミシェルの扱いの悪さが見て取れてしまうのだ。

 何しろ贈られてきたドレスは侯爵令嬢が身に纏うものとしては最下限、これまた契約書の文言をギリギリ違えない程度のもの。

 確かに学院内で開かれる下は男爵令嬢令息から参加するパーティだ、あまり華美にするものでもないが……どうにもそれを言い訳にしてケチられたようにしか思えない。

 これで当日のエスコートも最低限のおざなりなものが予想されているのだ、行く必要性は感じられないのも無理はないところだろう。


「それも考えましたが……お父様が戦おうというのです、私一人逃げるのは筋が通らないかと」

「筋が通らん真似をしているのは向こうなんだ、こちらが通す必要も最早あるまい」

「むしろ、だからこそこちらは筋を通しているのだと示すことであちらの非をより明白に出来るのでは?」

「それは、まあ、そうなんだが……やれやれ、誰に似たのだか」


 強い意志でもって引かぬ構えを見せるミシェルに、ブライアンは呆れたような声で言うのだが。


「あら、どう考えてもあなたではなくて?」


 と、妻であるジェニファーに言われては何も言えなくなってしまう。


「わかった、ミシェルがそう言うのなら仕方あるまい。明日のパーティが終われば後はお戻りになられた陛下への直談判あるのみだしな。

 レイモンド、送迎は頼むぞ」

「はい、かしこまりました」


 侯爵家がどう動くかの話し合いだったために今の今まで声を出さなかったが、護衛としてレイモンドもここにいた。

 真面目な顔をして頷くレイモンドを、ブライアンはしばし見つめて。


「……何なら、ミシェルを連れて駆け落ちしてくれても構わんぞ?」

「……お戯れを」


 冗談とは思えない口調でブライアンが言えば、一瞬だけ沈黙した後、レイモンドは返答する。


 正直に言えば、考えないわけでもなかった。

 だが、彼自身はともかく令嬢であるミシェルが逃亡生活に耐えられるとは思えない。

 また、明らかに第二王子ミゲル側に問題があるとはいえ、結論が出る前に王命に背いて逃亡すれば、グラナダ侯爵家やその領地、領民に累が及ぶ可能性は高い。

 恩のあるグラナダ家に迷惑をかける選択をすることは、レイモンドには出来なかった。

 例え、ミシェルの瞳に残念そうな光が浮かんだとしても。


 ただ。

 この時の選択を、後に彼は悔やむことになる。




 翌日、微妙に似合わないドレスを身に纏ったミシェルを、複雑な思いでレイモンドは学院へと送り届ける。

 出迎えた護衛の近衛騎士は、幾度か顔を合わせたことのある男で、ミシェルを明らかに軽んじているのが見て取れるため悪い意味で印象に残っている者だった。

 こんな人間にミシェルの護衛を任せるのは我慢ならないが、それを堪えてレイモンドはその近衛騎士にミシェルを託すしかない。

 

 憂鬱な気分で騎士学校の待機所へと向かい、いつものように修練を始めたレイモンドだったが、1時間ほどしたところで、何か嫌な感覚を覚えた。

 どうにも、パーティが開かれている学院の方に良くない空気があるような気がしてならない。

 磨き上げられた己の感覚に従い、取るものも取りあえずレイモンドは学院へと駆ける。

 だが、入り口のところで止められてしまった。


「お待ちくださいカークス卿。これより先は、貴方は入ることが許されていません」

「そこを何とかお願いいたします! 何か、何か良くないことが起こっている気がしてならないのです!」


 入り口を警護する騎士に止められ、しかしレイモンドは引き下がらない。否、引き下がれない。

 今行かねばならぬ、そんな確信めいた衝動が胸を突く。

 だが、それでは取り合ってもらえないのも、仕方ないといえば仕方ないものだった。


「この学院内で、一体何が起こるというのです。騎士達も巡回しているのですから、何も起きませんよ」

「それはそうなのですが、しかし!」


 その騎士が、特に近衛騎士が信用ならない。

 などと口にするわけにもいかず、レイモンドは言葉を飲み込む。

 どうすれば中に入れるのか、ミシェルの元へ行けるのか。

 考えに考えていたレイモンドの耳に、悲鳴のような声が聞こえた。


「今の声は!?」

「な、何が……? お、お待ちください、今確認して参りますから!」

「ならば私も同行させてください!」

「それはなりません、規則は規則なのです!」


 そんな問答の後、入り口を守っていた騎士の一人が悲鳴の聞こえた方へと駆けていく。

 だが、レイモンドは入ることが許されなかった。

 

 だから。

 レイモンドは、駆けつけることが出来なかった。

 

 国王が王都にいないというこのタイミングを狙って第二王子ミゲルが捏造した証拠をもってミシェルを断罪、婚約破棄を突きつけたという愚かしい茶番が繰り広げられた現場に。

 怯むことなくミシェルが理路整然と反論し、居合わせたグレアムも助力し、二人で穴だらけだったミゲルの言いがかりを完全に論破した時にも。

 思い通りにいかなかったことで憤慨したミゲルが側近の伯爵令息や息の掛かった近衛騎士に命じてミシェルを拘束しようとしたところにも。

 割って入ったグレアムが近衛騎士ともみ合っている内に、伯爵令息が勝手に持ち込んだ真剣をミシェルに突きつけて脅し、それでもミシェルが屈することなく毅然とした態度を取った場面にも。

 己の武威を恐れることのないミシェルに伯爵令息が頭に血を上らせ、顔を歪めながら斬りかかり……その刃が、ミシェルの命を奪った瞬間にも。


 レイモンドは、駆けつけることが出来なかった。

 一番傍に居るべき時に。

 身命を賭して守ると誓ったミシェルの窮地に。

 レイモンドは、駆けつけることが、出来なかったのだ。

※ここまでお読みいただきありがとうございます。

 続きは明日5時頃に投稿予定でございますので、そちらもお読みいただければ幸いです。


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