表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

愚者は目を閉じ耳塞ぐ

 こうして、グラナダ侯爵家のミシェルと第二王子ミゲルの婚約は結ばれることとなった。


 もちろん、事前に不敬罪一歩手前なレベルで様々な条件・要求を突きつけた上で、それらを王家が全て飲んだからこそ結ばれた婚約である。

 そのはずだ。


「くっそ、田舎貴族が調子に乗りやがって!」


 だが、一番伝わらなければいけない人間に、その意図が伝わらなかった。

 あるいは、理解されなかった。

 納得ですらなく、理解が、されなかった。


「ほんとですよ~きっと、なんだかんだ屁理屈をつけて取り入ろうとしてるんですよ~」


 と、頭の悪い発言をしているのがミゲルの恋人である男爵令嬢コニーである。

 第二王子ミゲルに貢がせた髪油でツヤツヤにした金髪、男好きするであろうグラマラスボディと、確かに思慮の浅い男はホイホイ引っかかるであろう容姿。

 そんな彼女に寄りかかられ、豊かな胸を押しつけられればミゲルの鼻の下はだらしなく伸び、とてもこれがこの国の第二王子でございますとは紹介出来ない顔になる。


「その上、このように無礼な要求を重ねるとは……全く、たかが侯爵家が身の程を知れと言いたいですね」


 眼鏡をくいっとあげながら、ミゲルの側近、というか取り巻きの一人、従兄弟でもある次期サンフィールド公爵の次男が忌々しげに言う。

 言うまでもないが、何故グラナダ侯爵家からそれだけの要求があったのか、ミゲルには説明されているし、建前上側近と呼ばれていて公爵家令息な彼にも同様の説明はされていた。

 だが、その上で彼は誤解をしている。


「一体、どんな工作をしたものだか……残念ながら私でもわかりませんが、そこまでしてこの婚約を押し通したかったのでしょう」


 そう、あくまでも彼の中では、グラナダ侯爵家が王家との繋がり欲しさにこの婚約を押し通したことになっていた。

 権力欲旺盛な家に生まれ、中途半端に回る頭で色香に歪められて陰謀論に傾倒した結果が、この様である。

 そして、そんな彼の誤解を訂正できる人間が、この場にはいなかった。


「くっそ、ほんっときったねぇ奴だぜ! 俺が此手でギッタギタにしてやりてぇのに!」

「やめなさい、そんな女でもミゲル様の婚約者、準王族扱いです。危害を加えでもすれば、お前は勿論、僕でも打ち首になります」


 騎士団長を任されている伯爵の令息が怒りを露わに息巻くも、公爵家令息が窘める。斜め上の方向で。

 残念ながら、この公爵令息はミゲルに説明していた時に見せた国王の表情がどれだけ切羽詰まっていたかを知らない。

 この政局において、王家が国内を乱すことなく穏当に主導権を握り返す望みを賭けた一手。

 そんな、国王の言葉に出来ない願いを感じ取れるほどにミゲルは鋭くなく、また、己の感情よりも王族としての義務を優先出来るほどにメンタルコントロールを身に付けてもいない。

 

「そうだ、お前等が動く必要はない。俺が父上に抗議して、こんなふざけた婚約は取りやめにしてやる!」


 説明を受けた時に散々喚き散らしたにも関わらず婚約が強行されたというのに、ミゲルの頭の中からはそんなことがスコンと抜け落ちていた。

 頭にあるのは、この国の頂点である父親にガツンと物申して己の要求を通すところを見せつけたいという自己顕示欲のみ。

 そうすることで側近達の己の力を示すことができ、コニーも惚れ直すだろうなどという浅はかな考えしかない。


「きゃ~! ミゲル様、格好いい!」

「流石でございます。やはり次代の王たる器はミゲル様しかおられません」

「ミゲル様、あっちがガタガタ言うようだったら、俺がぶん殴ってやるからよ!」


 そして、恋人や側近達も、同様かそれ以下の思考力しかないようだった。

 ちなみに、側近と言っていいのはこの公爵令息と伯爵令息の二人だけ。

 グレアムを始めとする他の有力貴族令息達は、軒並み側近の誘いを断っている。

 それだけでミゲルがどう見られているのかわかりそうなものなのだが、頭が幸せ過ぎる彼らは、理解していないらしい。


「任せておけ、俺がしっかり言い聞かせてやる!」


 と言い放って、ミゲルは意気揚々と下校し、国王へと謁見を求めた。

 そしてもちろん、けちょんけちょんに言い負かされてへこまされたのだった。

 もっともそれで反省するような人格でなかったわけだが。




「流石に、目に余るように思うのですが」


 ミシェルをタウンハウスへまで送り届けたレイモンドが、彼にしては珍しく差し出口を入れた。

 それに対して、ミシェルはどこか力の入らない苦笑を返すしか出来ない。


 けちょんけちょんに言い負かされた後、ミゲルは更に態度を硬化させた。

 余計な入れ知恵をされたのか、婚約時に飲まれた様々な要求にギリギリ抵触しないラインでミシェルを避け、茶会や夜会も必要最低限しか出席しない。

 当然そんな態度は良くも悪くも人間関係に敏感な学院生徒達には伝わり、元々あまり王都の人間と交流がなく友人のいなかったミシェルは学院内で孤立しはじめていた。

 また、王族の婚約者であるミシェルには学院内での護衛として近衛騎士が付けられているのだが、この近衛騎士もミゲルの息がかかっているらしくミシェルを軽んじているのが見え隠れしている有様である。

 もちろんレイモンドはそのことを父であるグラナダ侯爵ブライアンへと報告し、ブライアンも状況改善に動いているのだが、一向に改善が見られない。

 王家の方でも勿論説得や教育をしているのだが、むしろその度に悪化している気配すらある。


「残念ながら、ミゲル殿下やその周囲は、感情を優先させてしまったということなのでしょう。

 そうさせてしまうだけの何かが、あの男爵令嬢にあるとは思えないのですが……」


 ミシェルから見れば、男爵令嬢コニーは髪の色や顔立ちこそ華やかだが、それだけのこと。

 立ち居振る舞いや言動に光るものがあるでなく、むしろ学業などは下から数えた方が早い程。

 一体どこに魅力を感じるのか、ミシェルにはわからない。

 

「僭越ながら、申し上げてもよろしいでしょうか」

「ええ、もちろん。男性側の意見も聞かないといけない事柄でしょうし」


 少しばかり戸惑いながらレイモンドが言えば、ミシェルはもちろん許可を出す。

 ……一瞬だけ、寂しそうな顔になりかけて。

 生真面目なレイモンドではあるが、グラナダ侯爵家親子に対しては主従の垣根を少しばかり越えた距離感で話すことがそれなりにあった。

 だからミシェルやその兄グレアムはレイモンドのことを兄のように慕っている。

 いや、ミシェルはそれ以上に。

 

 だが、ミシェルのデビュタントを境に、レイモンドがきっちりと一線を引いているように感じることが増えた。

 それは当然のことではあり……しかしミシェルにとっては寂しい。

 だから、レイモンドから意見を言ってくれること自体は嬉しいが、その距離感の理由が察せられるだけに切なくもある。


 そんなミシェルの心情を知ってか知らずか、レイモンドは普段と変わらぬ顔で口を開いた。


「誠に残念なことですが、自身の恋人や配偶者に、自分より明らかに劣る人間を求める者がそれなりの数いるようです。

 私はそんなことはなく、お嬢様も理解し難いことだとは思うのですが……そのような人間を隣に置くことで、自身が上であると安心するようでございまして。

 そういった話を、騎士学校時代には時折耳にしておりました。第二王子殿下もその傾向があるのではないかと愚考いたします」


 レイモンドの説明に、ミシェルは言葉を失った。

 彼女からすれば、憧れるのは自分よりも優れた人間。あるいは尊敬出来る何かを持っている人間だ。

 例えば……いや、これは無粋だろう。

 そんな彼女からすれば、レイモンドの話は信じがたいものがあった。

 まして、彼女の周囲にいる人間は皆、やはり尊敬できる相手を好む傾向にあるのだから、尚のことである。


「……ということは、わたくしが殿下のためにと精進することは、逆に殿下のご機嫌を損ねることになる、ということですか……?」

「残念ながら、ここまで見聞きした殿下の言動を見るに、その可能性が高いかと……」


 愕然としながらミシェルが言うも、レイモンドにその言葉を否定することは出来なかった。

 第二王子ミゲルは、そのような人物である。とても、玉座につかせるわけにはいかない人物だ、とも。

 もちろん、そこまで口にすることは出来ないが。


「だからと言って、わたくしが手を抜くわけにはいきません。

 それこそ契約を違えてしまいますし、国王陛下の狙うところを外してしまいます」

「はい、仰る通りでございます。それがまた、歯がゆいのですが……」


 ぽろりと零れたレイモンドの本音に、逆にミシェルは小さく笑みを零してしまう。

 彼もまた、彼なりにミシェルのことを心配し、憤っているのだと伺えたから。

 そんなささやかなことで頑張れてしまうのだから、つくづく自分は単純な人間だとミシェルは思う。


「であれば、やるべきことはやっていきましょう。

 ……もっとも、オスカー殿下が立太子なさる方向に誘導しながら、にはなるでしょうが」


 そう言いながらミシェルが思い出すのは、以前王子妃教育のために王城に行ったある日のこと。

 もちろん送迎にはレイモンドが同行していたのだが、たまたま通りがかった第一王子オスカーが、レイモンドとともにいるミシェルに出会ったのだ。

 その時は当たり障りのない会話をして終わったのだが、後日『彼は、中々の人物だな』とオスカーはわざわざミシェルに言いに来た。

 ただそれだけのことで、ミシェルはオスカー王子を王太子に推すことを決めた。

 いや、人物眼があるという意味では、大事なポイントだったのかも知れないが。

 

 ともあれこの日、ミシェルの方向性が定まった。

 それが、良い結果を生むかどうかに関わらず。

※ここまでお読みいただきありがとうございます。

 続きは本日12時頃に投稿予定でございますので、そちらもお読みいただければ幸いです。


 もし『面白い』『続きが気になる』と思っていただけましたら、下にある『いいね』や『☆』でのポイント評価をいただけるととても励みになりますので、よろしければ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ