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望まぬ縁

 きっと、そのまま三年が過ぎればささやかだが幸せな思い出にすることが出来たのだろう。

 だが、貴族社会に渦巻く様々な思惑が、それを許さなかった。

 

「私が、第二王子殿下の婚約者に、ですか……?」


 ある日ブライアンの執務室でミシェルに告げられたのは、青天の霹靂とも言うべき話だった。

 まだ婚約者が決まっていなかった第二王子ミゲルとの縁談が持ち上がったのだという。

 侯爵という家柄を考えれば、釣り合いだけ考えるならば確かにありえる話ではあるのだが。


「ですがわたくし、というかグラナダ侯爵家でいいのでしょうか? 派閥筆頭の侯爵家から探ししているという噂を聞いておりましたが」

「そこがまた、面倒くさい話でなぁ……」


 小首を傾げながら尋ねるミシェルに、面倒な話に巻き込まれたブライアンはため息を吐いた。


 まず、この国には二人の王子がいる。

 第一王子のオスカーと、第二王子のミゲルだ。

 この二人の母親が違う、というのが面倒の元の一つ。


 第一王子オスカーの母は正妃であり、とある派閥筆頭である侯爵家の出身。

 後ろ盾としての力は十分だが、ただ一つ、王家の血が入っていない家という点に少しばかりの引け目があった。

 そこでかつての王弟が起こしたナインルート公爵家から婚約者を迎えることで、盤石の体勢を築いている。


 第二王子ミゲルの母は側妃だが、王家の血筋に連なるサンフィールド公爵家の出身。

 ……そんな家柄なのに側妃な時点で、能力、あるいは人格に少々疑問が生じてしまうところではあるが。

 ここでさらに公爵家から婚約者をとなると、血が少々濃くなりすぎる懸念があるため、力のある侯爵家から選ばれるのではないかと思われていた。


「側妃殿下もサンフィールド公爵閣下も権力志向が強く、王太子はオスカー殿下にほぼ決まりかけているという情勢をひっくり返したいらしい」

「いや、それは臣下としてお止めしたいのですが。ミゲル殿下が王になるのは、こう……」


 ブライアンの話に、グレアムが歯切れが悪いながら入ってくる。

 ミシェルの二つ上であるグレアムは、第二王子ミゲルと同学年であるため、彼の学院における素行を良く知っている。

 その彼が、こう言うということは。


「……話には聞いていたが、やはりよろしくないか」

「ええ、よろしくないです。側近だったはずの取り巻き達と好き勝手をしていて、卒業も危ぶまれているくらいですから」

「はぁ……血は争えんということか……」


 ブライアンの表情を見るに、ミゲル王子の母、側妃も若い頃は中々よろしくなかったらしい。

 気まずげな沈黙が落ちること数秒、気を取り直したブライアンが、再び口を開いた。


「しかし、だからこそ力ある侯爵家から婚約者を、と躍起になっていたのだが、そこがナインルート公爵閣下を刺激したらしくてなぁ」

「あの方も、一度手にした主導権を手放したくはないでしょうからねぇ。

 何としてもオスカー殿下を……娘を妃にし、孫を王とすることで外戚として口を出しやすいよう仕込みをした第一王子殿下を国王にしたいでしょうから」


 ブライアンの隣で話を聞いていたジェニファーが、ふぅ、と小さく溜息を吐く。

 領地仕事に忙しいブライアンの代わりに社交界に顔を出すことが多い彼女は、ナインルート公爵とは適度な距離を取りながらのお付き合いをしつつ彼の人となりや政治力についてしっかり情報を集めていた。

 それによると、現在経済力的にはサンフィールド公爵に僅かばかり及ばないが、政治力は逆に凌駕している様子。

 というのも、ナインルート公爵は国王の教育係兼、年の離れた親戚のお兄さん的ポジションであり、国王が強く逆いにくい相手として様々な場面で色々と口を出してきているのだ。

 そんな彼が、第二王子が力を付けるような真似を許すわけがない。


「……もしや、第二王子殿下の婚約者が中々決まらなかったのは」


 ミシェルの問いに、ブライアンは渋い顔で小さく頷く。


「ああ、恐らくナインルート閣下の横やりが入っていたのだろうな、表でか裏でかはわからんが。

 あの閣下のことだ、飴と鞭を上手く使い分けているのだろう」

 

 婚約者の打診がくるような派閥筆頭の侯爵家であっても、ナインルート公爵を敵に回すのは得策ではない。

 逆に、話に乗れば味方として様々な旨味をもたらしてもくれる。

 これが第一王子の婚約者であれば覚悟を決める家もあっただろうが、王位争いで分の悪い第二王子の婚約者に穴狙いで賭ける者はそういるものでもないだろう。


「だから、有力な相手が見つからなかったのだが、それを良しとしなかったのがお二人いる」

「お二人、ですか? 一人はサンフィールド公爵として、後お一人は……?」

「国王陛下だ」


 首を傾げるグレアムへと、ブライアンは端的に答えた。

 思わぬ返答に、グレアムは目を見開いて言葉に詰まるも、聞いていたジェニファーは納得したように頷く。


「なるほど、陛下からしてみれば、ナインルート公爵閣下は長年あれこれと口を挟んできた相手。

 親戚といえども、いえ、むしろ親戚だからこそ目の上のたんこぶだったのでしょう。

 だから、その影響を次代では少しでも削っておきたいとお考えなのですね」

「ああ。ここだけの話、第一王子であるオスカー殿下の婚約者殿も、ご父君であるナインルート公爵閣下ののやり口は、専横まではいかぬものの、出過ぎであるとお思いのようでな……そのようなお考えだからこそ、婚約者に選ばれたのだとも陛下から伺った」

「あらあら。では、ナインルート公爵閣下の思うとおりに進んでいるように見えて、裏では……ということですわね?」

「そういうことだ。流石の閣下も、まさかご息女に裏切られるとは思ってもいないらしく、まだ気付かれてはいないようだ」


 実に侯爵夫人らしい微笑みでジェニファーが言えば、いかにも海千山千な侯爵といった顔でブライアンが応じる。

 グレアムやミシェルなどは、思わぬ大きな話に目を白黒させているのだが……やはりこの夫婦は高位貴族当主とその伴侶ということなのだろう。

 だが、そんな状態であっても疑問に思うことがあったらしく、ミシェルが小さく手を挙げた。


「あの、どうして公爵令嬢様は、公爵閣下を裏切るような真似を……? 恐らく相当に言い含められて婚約されたと思うのですけれど」


 もっともな疑問に、ブライアンが返したのは……先程と打って変わって、何とも微妙な顔だった。

 笑っているのか困っているのか、そんな、曖昧な。

 だが、それもそのはずだと答えを聞けば納得もしてしまう。


「それがなぁ……婚約者殿は、心からオスカー殿下をお慕いしているそうで、殿下の味方をすると誓っておられるらしい。

 もちろん恋情だけでなく、十年、二十年先の国家を案じてという面もあるのだが」

「愛に殉じるだけでなく、家ではなく国家への貢献もあわせて優先させたわけですのね。

 流石ナインルート公爵閣下、素晴らしい王妃候補を育て上げられたものだわ」


 言うまでもなく、皮肉である。

 何だかジェニファーの微笑みの質が変わったような気がして、ミシェルもグレアムも思わず背筋を震わせてしまうのだが。

 侯爵夫妻はまるで平気な顔である。


「い、今までのお話を纏めますと……ナインルート公爵閣下は己の権勢を増したい、しかしサンフィールド公爵閣下はそれをひっくり返してしまいたい。そんなお二人の軋轢を利用して、国王陛下はナインルート公爵閣下の力を削ぎ、権力のバランスを取りたい……それが可能となりそうなのが、ある程度以上の力を持ちながらどちらの陣営にも与することのない我がグラナダ侯爵家、という解釈でよろしいですか?」


 何とか気を取り直してミシェルが話を纏めれば、流石にブライアンも渋い顔になって、しかし、首を縦に振る。


「そういうことだ。私としてはもちろんお断りしたい話ではあるのだが……このままいけばナインルート公爵家による事実上の乗っ取りか、国内を二つに割った内乱になるかのどちらかになる可能性が高い。

 この国の貴族として、それを看過するのは流石に、な……」


 親として、そんな権力争いの最前線に娘を送り込むような真似はしたくない。

 これが権力志向の強い貴族であれば、むしろ積極的に送り込むだろうが、もちろんブライアンはそうではない。

 だが、内乱にでもなれば領民にも被害が及ぶ可能性は低くないし、逆にナインルート家の専横が進めば国そのものが危うくなる可能性すらある。

 王宮の権力闘争から一歩引いた姿勢を堅持していたグラナダ侯爵家だが、ことこうなっては、戦場に足を踏み入れるのを避けられないだろう。


「はぁ……そんな状況じゃ、第二王子殿下の恋人をそのまま婚約者にってわけにもいかないわけかぁ……」

「確か男爵令嬢という話だったな。そんな娘が放り込まれてみろ、三日以内に川に浮くか行方不明になるかのどちらかだ」


 グレアムが顔をしかめれば、ブライアンが小さく首を振って見せた。

 やたらコニーという愛称で誰彼構わず呼ばせたがるその男爵令嬢は、第二王子ミゲルには殊の外気に入られているが、その他の良識ある令嬢令息からは距離を置かれている。

 元々さして力があるわけでもない男爵家、誰か庇護役を買って出ることも考えられない状況となれば、即座に消されることだろう。

 ……第二王子の祖父であるサンフィールド公爵によって。

 

「ミゲル殿下は、そのこと含めてご理解されているのですか?」


 もっともな質問だが、ブライアンはそれに対する答えを持っていない。


「わからん。陛下やサンフィールド閣下がご説明なさるとは思うのだが……」

「説明したところで、どこまで理解するやら……何より、納得するやら、わかりませんね。

 父さん、本当にお受けするならば、こちらからこれでもかと条件を付けておくべきでしょう。婚約破棄の慰謝料もふっかけて。

 そこまで縛ってもちゃんと動くかわかったものではないですよ、あの方は」

「ああ、それはもちろんだ。とはいえ、何より大事なのはミシェルの意思なのだが……どうするね?」


 出来る限りグラナダ侯爵家に有利な条件を付けて、それでも王家が望むのならば、という姿勢は見せて置くべきだろうとのグレアムに、ブライアンもその通りだと頷き。

 それから、ミシェルへと向き直る。

 政争の渦中に飛び込むことになるのだ、本人の覚悟なしにはとても耐えきれないのは間違いない。

 覚悟を問われ、ミシェルは口を開いた。


「わたくしの気持ちではなく、意思、なのですね?」

「ああ、その通りだ」


 一個人としての感情ではなく、一貴族令嬢としての判断を問われたミシェルは、目を伏せた。

 ブライアンの、ジェニファーの顔は流石に硬い。グレアムは、妹の決断を前に、ハラハラとした心配そうな表情を隠せないでいる。


 沈黙は、どれだけ続いただろうか。


「わかりました。この国に生まれた貴族の、侯爵の娘として。

 このお話、受けさせていただくのが必要だと考えます」


 開かれたミシェルの瞳は、決然とした光を湛えていた。

※ここまでお読みいただきありがとうございます。

 続きは明日5時頃に投稿予定でございますので、そちらもお読みいただければ幸いです。


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