008 決着
あー、やっぱり“人形職人”は厄介だなぁ。岩の人形を創り出す能力はあまりにも凶悪だ。現在は二体しかいないがもう一体を生成途中だ。しかし、一つ分かったことがある。数が増えすぎても連携の取れていない相手なら余裕だってことだ。
それさえわかればどうということはない。まぁ、それでも油断したら押し負けるのに違いはないのだが。さてさて、そちらのお相手さんはどうなっているかな?
「ウフフ。私の可愛い騎士さん。あなたのお相手が来ましたわぁ。」
「……。」
「会話がないというのは何ともつまらないことねぇ。ウフフ。でも、凄まじい闘気だわぁ。惚れ惚れしちゃう。」
「おい。あんた。天城凪海だっけ?あいつ本体が弱点だ。殺せない、傷つけられないとしても首にその禍々しい剣で……。」
「禍々しい?」
その瞬間に殺気を向けられた。……殺気とかって、本当にあるんだなぁ。漫画にしかないものだと思っていたよ。本当にこれが殺気なのかは分からないけど、そうとしか思えないのは確かだ。
だって冷や汗が止まらないし、その眼が雄弁に語っている。それほどまでに強い力が眼に宿っているように思う。それよりよそ見なんてするんじゃないよ。危ないぞ。そしてその眼をこっちに向けないでくれ。怖いから。
「すまんすまん。そのお前さんの持つ最高の剣を相手さんの首に付きつければ、降参するってものさ。仲間を使役するタイプは本体が弱いのは知っているだろう?」
「……最高の剣。……あなた良い人?」
今度は殺気とは真逆の深い深い底の見えない愛を向けられた。いや、怖いわっ。何だよ。その感情の振れ幅は。それほどまでにその武装は天城には重要なことなんだろう。天城を構成する根底の部分のようなそんなレベルの。
まぁ、狂器が具現化したものだもんなぁ。そいつの感情、その全てを濃縮して作られているようなものなのだろう。俺は具現化しないタイプだろうからよく分からないが、そういうものなのだろう。
「そ、そんなことはいいだろ。ほら、早くそいつを対処しなくちゃ、な。」
「そう。あとで話そ。」
「分かったから。」
この戦いが終わったらすぐに逃げよう。関わってもいいことないし、絶対に嫌だ。なんなら隙を見て今逃げ出してやろう。狂器に飲まれた女となんて関わっていられるか。飲まれた者同士で楽しくやっておけって言うんだ。
「ウフフ。私だけ蚊帳の外かしらぁ。酷いわぁ。」
「ほら行け。」
「むぅ。仕方ない。」
「はぁ~。」
勘弁してくれよ。どっちもがどっちも面がいいからか、なんだかんだ愛情という感情を向けられると嬉しく感じてしまう。どうも男の困った性だな。それでも関係を持つのはごめん被ることは確かではあるのだが。
「応えよ。“愛憎霊姫”。」
「あらら?“愛憎霊装”じゃなくてぇ?」
「まさか凶器の進化?そんなことあるのか?」
「まぁ、それはそれは興味深い。」
ぞっとするほどの狂気を玲子嬢から感じた。本物ってやつを初めて感じた気がする。あんな気楽に談笑していられたのは、玲子嬢が本気じゃなかったからなのだろう。今の空気で最初から来られていたら始めの内からやられていただろう。
それほどまでに超然としているというか、普通ではない。圧倒的だ。これが真に狂器に飲まれたものというのだろうな。底の見えない深淵を除いているみたいで、空恐ろしい。こんなものと会話が出来ていたのが信じられない。
「……行く。」
「あなたが凄く、すごく欲しいわぁ。」
そんな二人の会話を境に戦闘が開始された。俺の方も二人に意識を傾けているわけにはいかない。“人形職人”は俺がよそ見している間にもせっせと岩の人形の3体目を作り終えていた。
生前の記憶もしくは自立行動を許可されていることが要因だろう。それにしてもさっきよりも酷い状況になっているなぁ。3体とは。それでも意思のないただの木偶の坊など俺の敵ではない。それに影の意図、動きも見え始めた気がする。
少し息をつくのと同時にちらりと視線を向けた時、天城は玲子嬢のそばにいる二メートルほどありそうな大男と対等に渡り合っていた。力負けをするということもなく、どちらかと言えば天城の方が力で押しているようにさえ思う。
小柄な女が大柄の男を圧倒している光景はどこかおかしく、戦場であるのにも関わらずどこか笑えて来るものだから困ったものだ。狂器の性能が肉体性能に偏っているとこんなことも起こりえるのだな。面白いものだ。
「……鬱陶しい。」
「あら、私の“守護者”のお味をお気に召さないですかぁ?」
「……最悪。」
「よかったですわねぇ、私の騎士様。最高の誉め言葉が出ましたことよ。」
「……うざ。」
あの二人の醸し出す雰囲気だけは全然笑えないな。お互いに本気で戦っているのだから当たり前なのかも知れないけ、最悪だ。二人のピリピリした雰囲気がこちらにも伝わってきて、そちらに意識が行ってしまって集中しきれていない感じがする。
こっちもこっちで集中しなくてはいずれ攻撃が当たってもおかしくない状況なのだ。どうにかして今から状況を改善していかなくてはな。しかし、ゴーレムに攻撃してもダメージなんてまともに入らないだろうしどうしたものか。
あれから数分経ったが一向に状況はよくならない。天城も攻めあぐねている感じであるしまともに攻撃がヒットしていない。とはいえ、玲子嬢も余裕な訳ではないみたいで状況は拮抗していると言えるだろう。何か一つあれば状況が動くだろうに。
何か出来ることはないだろうか?そう、何かできればそれで終わる。玲子嬢の意識をこちらに誘導するような何かが。そう思考していると腕に痛みが走った。
「っ……。」
「あらあら。掠りましたわね。」
「はん。ただのかすり傷だろ。」
強がりなのは自分で分かってはいた。鋭い痛みは確実に自分の体の動きを鈍くする。それでも虚勢を張って、大丈夫だと言わねば本当の意味で負ける。死という結果を持って。だから嘯き、強がった。
「ええ、ええ。そうですとも。ただのかすり傷ですとも。でもそれで十分ですのよ。“痛傷征服者“にとってはね。」
「は?こんな傷で?」
「“痛傷征服者“。」
「ぐああああああああ。」
痛いいたいイタイ。尋常じゃない痛みに脳が焼ききれそうだ。心臓もはやるように高ぶり、ドクンドクンと聞こえないはずの音も聞こえる。目前さえする。気絶しないのが奇跡みたいだ。ここで倒れては死んでしまうからな。倒れるわけにはいかない。
「……何?」
「ウフフ。つけた傷の痛みを増幅させたり、消し去ったりできるわ。それに傷を広げたりとかもね。」
「ぐっ、まじか。」
「……。」
思考が回らない。一つ分かるのはその能力の凶悪さとそして自分の死の危険だけだ。だからかいつの間にか天城が隣にいることに気が付かなかった。いつの間にやら隣に立ち剣を傷につけていることに気づかなかった。それがどんな意味があるのかも思考できなかった。
「これで勝負は付きましたわ。あなたが倒れるのは時間の問題。そうしたら次は全勢力を向けられる。」
「はぁ、はぁ。っ……。くっそ。」
「……残念。私達の勝ち。」
「ウフフ。何を言っているのかしら?」
「……ちょっと借りる。」
ずぶっと剣が腕を突き刺した。まさかの不意打ちに痛みの悲鳴さえ出なかった。そして血を吸われる感覚を最後に朦朧とした意識のまま地面に倒れこんだ。その時、強大な感情に襲われた。人間が一人で抱えきれぬ大きな大きな感情に。
そうしてその感情を最後に気を失った。