006 下校
「んじゃ、またな。」
「うん。また明日。」
「バイバーイ。」
「さようなら、帰り道には気を付けてください。」
「陽菜、ばいばい。」
さて、あいつらは二人で一組でけど俺は一人なんだよな。陽一の言う通り彼女でも作るべきなのか?だがなぁ。まぁ追々でいいか。とりあえず帰ろう。
帰り道の途中、道の真ん中に黒い日傘を差した変な女が立っている。こちらを背に立っているから本当に女かは分からないが、白のワンピースと地面に着きそうほどの長い髪から女であろうことは伺える。しかし、変な奴が多いからなぁ。関わらないに越したことはない。
そう、思ったんだがなぁ。そう思ったときに女は振り返る。タイミングが悪すぎる。しかし、妙に美人だな。たおやかというのかな。お嬢様っぽい感じの人だった。それだけなら良かったんだがなぁ。どう見ても白のワンピースが血痕に濡れてるんだよな。
「あら、初めまして。」
「はい?」
「早速ですが、あなたは私を愛していただけますか?」
「はぁ?何を言ってるんだ。」
あぁ、これは確定か。最悪だ。この女、何人か殺っている。それもついさっき最低でも一人は犠牲になっている。それに目を見れば分かる。狂気に塗られた深い深い闇のような目。いや、逆かな。本当に白く何か一つのことを妄信しているようなそんな目。まぁ、どちらにせよ常人じゃない。
「う~ん。分かっていただけませんか。」
「突然そんなこと言われてはい分かりました。なんて言える奴がいるかよ。それよりお前誰なんだよ。」
「私ですか?私は“深愛亡霊“来巻玲子です。」
「“深愛亡霊”。何かは知らないが、嫌な能力そうだなぁ。」
深い亡霊かぁ。いやだなぁ。絶対に殺せば殺すほど強くなる系の能力じゃないか。相手がどれだけ殺したかにもよるけど、相手は金持ちっぽいお嬢様だろ。勝てる気がしないなぁ。そして、逃げられるとも思えない。どうしたものか。
「そんなことありませんよ。この能力により永遠となり、共にあり続けられるのです。それほど素晴らしいことはないでしょう?」
「永遠って?」
「このように。」
その瞬間に影が広がった。その影たちは一体一体が人の形をしており、そのどれもが違う姿をしていた。それらは各々元々は違う人間であったことは想像に難くない。つまりはこいつは殺した相手を亡霊と化して従える能力というわけかな。
しかしネタバレしてもいいんだろうか。不利になるだけだと思うんだが。こちらとしては有難いからいいけどさ。まぁ、こういうタイプは本体が弱点だな。従える系の能力は本体の肉体性能が低い特徴があるのだ。近づければなんとかなるかもな。
「最悪だ。」
「可愛い子たちでしょ。私に順従で、決して裏切ることのない愛おしい子たち。ウフフ、あなたもそうなれるのですよ。」
「人の話も聞か無さそうだし。ほんと最悪だ。自分の狂器に惑わされ、振り回されるなんてな。これだから嫌なんだ。こんな世界。」
そんな奴ら監獄にぶち込んでおけばいいんだよ。そうしたら少しはこの世界も平和になるんじゃないか。俺は平和主義者だからなぁ。狂器に惑わされる未熟者程度なら、その対策がちょうどいいだろ。
「あらあら、あなたはこの世に嫌気がさしているのですか。ならちょうどいいじゃありませんか。私のモノになれば何も心配することもなくなりますよ。」
「それもいいかもしれないな。」
「ならっ、私と共に……。」
「だが、残念ながらお前と共に行くことはできない。」
そんなの嫌に決まってるじゃないか。嫌だなー。この女と共に行くなんて絶対嫌だが?後は警察に任せて、すべてを押し付けたいくらいだ。
「な、なぜです?私と共にこれば絶対の幸福を差し上げますのに。」
「明日、予定があるからかな。」
時が止まったような気がした。女は俺の言った言葉を噛みしめ、咀嚼するように色のない眼で宙を見つめ、そして理解できなかったのかこちらに視線を向けてきた。
「……はい?」
「だから、明日約束があるから。」
「……それだけで?」
今の女の声聞いたかよ。超絶冷たい声してるぜ。ひゅー、こわっ。やっぱり美人が怒ると怖いって本当なんだなぁ。いやー、恐ろしい恐ろしい。
「それだけじゃないさ。」
「それだけのことでしょっ。私がっ、私が折角幸福を差し上げると言っているのにっ。なのにっ、なのにあなたはっ。それだけのことでっ。」
「こわっ。」
この女、ヒスリやがった。ヒステリー女め。さっきのお嬢様って感じの雰囲気は何処に行ったんだよ。鬼のような面をしてるじゃん。眉間にしわを寄せると老けた後大変だぞー。とは流石に言えんな。マジで怖いんだが。逃げたい。
「許さない。ゆるさない。ユルサナイ。絶対に、許さない。」
「豹変しすぎでしょ。怖すぎ。勘弁してよね~。」
「“深愛亡霊”。来なさい。私の愛おしい子たち。」
女の影から出てくること8体。つまりこいつは最低でも8人も殺してるってわけだ。それによく見ると人だけじゃなくて猫とか、鳥とか、野生動物も何匹か殺してるなぁ。うーむ。きついなぁ。数が多すぎてどうすればいいのか。単純に引くなぁ。
「やっぱこの世界、終わってんな。」
「だからこそあなたも私のモノになりなさい。」
「……ああはなりたくないな。」
何も話すこともできない女の傀儡。聞くことも、感じることも、想うことも、思考することも、何もかもが封じられただあの女の言いなりになるだけの毎日か。本当に最悪な能力だな。
「ウフフ。私の愛おしい子たちは特別製ですのよ。すべての子が私を愛し、私もすべての子を愛する。愛が深いほど、私たちは強くなれるの。あぁ、最高でしょう。愛が深まれば深まるほど、それが形になって現れるなんて。ウフフフフ。」
「うわぁ、いかれてるなぁ。」
「ウフフ。なんとでも言いなさい。あなたもいずれはそうなるのですから。」
いつの間に機嫌が直っているし、絶対の自信か。まぁ、負けたこと無さそうだもんな。だからこうもペラペラ自分の能力を話せる。これで何もヒントもなく対峙していたら、100%負けてたなぁ。不意打ちで終わりだしな。
しかし、今回の勝負はいただきだな。時間を稼げればどうとでもなる。後は時間が過ぎるのを待てばいい。
「ホント勘弁だな。」
「あなたはどんなモノを持ってるのかしら?私に見せて見なさい。」
「さぁ?自分でも分からないんだよな、それが。」
「まぁ、なら私と共に探りましょう?」
どんな言葉を言っても笑みを深めるばかりか。愛の深さによってと言ってたからなぁ。愛がなくちゃダメなんだろうなぁ。そう聞けば愛情深い人間に聞こえるから不思議なものだ。いや、間違えてはないんだろうけどね。それに懐も広い人間なんだろう。一つの欠点さえなければもう完璧なんじゃないか?もったいないなぁ。
「はぁ、どう答えてもそうなるんだろうな。」
「さて、そろそろ行きますわよ。」
「おうおう敵さんに攻撃の宣言をするなんて、なんともお優しいことで。」
「ウフフ。そうかしら?そう思うなら、私のモノにすぐにでもなってもらいたいのだけど。」
「皮肉って分からないかね。」
「“被虐体質”、“英雄願望”、“記憶略奪者”出番よ。あなたたちの力存分に私に魅せて。」
「おいおい、まじかっ。そいつらも狂器使えるんかよ。ずるいだろ、そりゃぁ。」
これでまた勝率が下がってしまったなぁ。狂器を使える奴が最低でも8体。しかも、そのうち5体は何の狂器か分からないと来た。きついねえ。弱い狂器ならいいんだけど。そんなわけがないもんなぁ。嫌だなぁ。
「愛の力ですわ。」
「おー、愛とは素晴らしいねー。本当に勘弁してほしいぜ。全く。」
「さぁ、あなたの選択を後悔なさい。そして私の愛を受け入れるのです。」