003 自己紹介
「おはようございますぅ。一年間このクラスの担当をする佐伯蛍ですぅ。よろしくねぇ~。」
チャイムが鳴り少しした後に若い女教師が入って来た。パーマのかかった茶色のセミロング。穏やかそうな顔つきと、その身にまとうおっとりとした雰囲気は教師として好かれるものだろう。悪く言えば嘗められそうということだが。
そういう教師の方が生徒側としては楽でいいとは思う。
「優しそうな先生でよかったね。」
「ああいう教師ほど、案外に怖かったりするんだぜ。」
「そうかな?天然っぽくはあるけど、怖くはないんじゃない?」
「作ってるんじゃないか?天然何て、ほとんど嘘でしょ。」
唯一の懸念はそこだろう。あの教師がどんな狂器を所有しているかも分からない状況では、どれだけ見た目的には信用出来ようとも、欲求次第ではその信用など皆無に等しいのだ。
そこさえクリアできれば、天然を作っていようが俺にはあまり関係ないからな。好きにしておけばいいとは思うが、やはり狂器が分からないということがネックだろう。そもそもの話として、国がそういうやつは選ばないだろうが。
「そうかもしれないけど。」
「それに教師は誰であっても、あんまり変わらないだろ。」
「えー、先生によって一年が変わるといってもいいんだよ。関心とか無いの?」
「別にそこはどうでもいいだろ。俺ら五人揃ってるんだし、一年楽しくなるだろ。」
「まぁ、そうだね。確かに朝陽の言う通りかもね。」
「だろ。」
我ながら恥ずかしいことを言った。まぁ、それで納得してくれたのならそれでもいいか。本心であるのは違いないのだし。
「ではぁ、自己紹介をしていきましょぉ。一番からお願いしますぅ。」
「はいっ。一番、朝比奈陽菜でーす。狂器は“自由”。趣味は料理。それに映画をみたり、歌を歌ったり、それから買い物したりも好きですっ。一年間よろしくねっ。」
教師の言葉に元気よく立ち上がったのは陽一の彼女である陽菜だ。陽菜は裏表のない性格であり、こういう自己紹介というような場面であっても物怖じしない。そういう部分は素直にすごいと思う。
その反面、誰に対しても一線を引いているようで本当に仲がいい人というのは少ない。真に仲がいいのは陽一くらいではないだろうか。それでも隠し事とかはあるだろうけど。
「お前さんの彼女ほんと元気だよな。」
「可愛いでしょ。料理も僕のために始めたんだってさ。」
「愛されてるな。羨ましい限りだよ。」
「そうでしょ?朝陽も彼女作れば?朝陽なら出来るでしょ。」
「いや、無理だぞ。中々普通の子ってのがいないからさ。陽菜はかなり特別だろ。陽一も、特別側だしな。」
特別。そう、特別という表現があっている。“愛憎霊装”や“放火魔”などといった攻撃性の高い狂器を所持しているものは、例え配偶者であってもその対象となるものだ。もちろんそれを所持しているからといって、全員がそうでもないが。
しかし、そういう欲求を持つものが少なくないのも事実であって、その多くが人にもその欲求を向けるもので、そういう欲求を持っていないものは特別なのだ。そして俺も陽一も特別側の狂器だ。だからといって、何だって感じだが。
「あげないよ?」
「もちろんだ。流石に友人の恋人を取ったりはしないさ。それに取れるものじゃないしな。」
「冗談だよ。でも難しいよね。そういう欲求がない子を探すのって。クラスの中でもどれだけいるか。」
「だよな。」
攻撃性のない凶器側が特別ということは、つまりは絶対数が少ないということである。その関係上彼女候補が少なく、競争率も必然と高くなるものだ。だから、作ろうと思っても簡単にはいかないものさ。
「朝陽はどんな子が好きなの?そう言えばそんな会話って中々しないから。」
「まぁ、一方が彼女持ちじゃあな。俺は何だろ。あんま考えたことないな。」
彼女か。これまで真剣に考えたことはなかった。そういう関係が羨ましいと感じたことは幼少期の頃からなかったからな。でも、高校になれば彼女の一人や二人くらい出来るようになるものなのかもしれないな。
「えぇ、そうなの?容姿とかはどうなの?」
「容姿か?そりゃ可愛くて、スタイルもよけりゃいいけど、でもまぁ、そんなにこだわりはないな。やっぱり、相手の欲求次第かな?」
それに尽きる。やはり、相手は変に欲求などない方がいいというものだ。毎日命を狙われる恋愛なんて、くそくらえだ。そんなの言葉通りの意味で命が幾つあっても足りないのだから。
「そうなるよね。」
「そりゃ、そうだろ。好きな相手であっても、殺されたりするのは勘弁だからな。」
「そんな事よりそろそろ陽一の番だな。」
「うん。そうみたいだね。無難に行くよ。」
「待てよ。折角なら能力使ってみろよ。」
そういった俺の顔はあくどい顔をしていると、我ながら思うがやはりだめなことほど面白いというものさ。ようやく退屈な自己紹介を終われそうだ。陽一の能力ほど面白いものはないものだ。
「えぇ、またかい?この後でひどい目に遭うのは僕なんだけど。」
「陽一なら大丈夫だろ。それにいざとなったら助けてやるって。」
「分かったよ。仕方ないな。」
「出席番号32番。僕の名前は春澤陽一です。狂器は“啓示”。様々な情報を無作為に知ることができる能力です。今から実演します。では、えー前の君。浜崎愛さんに使ってみたいと思います。」
「くくく。」
おっと陽一に睨まれた。それでも陽一はやるみたいだがな。そういうところ陽一はノリがいいというか、なんというか。陽一も楽しんでいるんじゃないかと思う。
「出ました。これです。年齢は16。四歳下に弟がいる。誕生日は8月12日。今日の夕食はホワイトシチューでしょう。えー、そして彼女のパンツの色は黄色、みたいですね。」
「えっ、え?え……。っさ、最っ低。」
「くくくくく。」
これは笑うしかない。陽一の能力の中でもある意味一番の当たりを引いたみたいだ。教室に響くほどのビンタをくらわされている。すすり泣く女生徒には悪いとは思うが、傍から見るとものすごく面白い。いいぞ、もっとやれ。
陽一の能力はこれである。どのような情報であれ、その人にまつわるものであれば強制的に開示される。みたいなものだ。本人によると神のお告げみたいとのことであるが、一人につき一日に一回のみ、限定6つの情報を入手できるらしい。
「えー、と。ごめんなさい。これで終わりです。」
「くくくくく。」
「本当に時々最低だよね、君。」
ジト目で言う陽一であるが、やった本人が言うのはお門違いというものだ。まぁ、やるように言ったのは俺だけどな。まだ笑いがおさまらないくらいだ。
「くくっ。とか言いながら陽一もやってんじゃねぇか。」
「そうだけどね。」
「ま、前の子にもいいことはあるじゃねえか。なぁ?」
そう言うと陽一が一つため息を吐いて仕方ないような顔つきで首を振った。どうやらちゃんとお詫びはするみたいだ。どういうお詫びをするかは分からないが、きっとあの子はいい未来へ向かうだろう。
「流石にね。詫びの意味も込めて、ね。」
「その内今日のことを感謝するさ。気にすんな。」
「はぁ。朝陽は本当に。」
心底呆れられているみたいだ。少し陽一は怒ってるのかもしれない。ビンタもくらわされれば、怒るのも無理はないだろうけどな。正直すまんかった。とは思うけど、多分来年には同じことをする。
「なんだよ。」
「最低だってこと。」
「分かっているさ。」
「分かってないよ。きっとね。」
そう言った陽一だが、俺が十分に最低なことをやっているの、自覚している。ただ、それを止める気がないだけでそのことは分かっているはずだ。
だけど、何だろうか。それ以外の意味があるのだろうか。陽一のなんとも曖昧な表情が頭に残って、仕方がない。
「そうか?」
「そうだよ。それより君の番だよ。」
「ああ。そうみたいだな。」
考えても、仕方がないな。今は自己紹介をすることだけに集中しよう。あとで聞けばいいだろう。どんな意図があったかなんて。
「出席番号37。朝陽。星野朝陽だ。狂器は“接続”。一年間、よろしく。」
自分の後に続くのは俺の友人だけだ。このクラスは39名みたいだからな。後ろからの視線が少し痛いが、気にしないことにしよう。うん。気のせいだろうし。
「夕陽沙耶、38番。よろしく。」
「39番、陽田英二です。狂器は秘密、聞かないでくれると助かります。一年間よろしくお願いします。」
これで、自己紹介は終わったみたいだな。次は入学式か。体育館に移動だって話みたいだな。