002 教室
あの三人に絡まれた以外に問題はなく、極平和に高校には辿り着いた。そう言えば前の時代は中学校までが義務教育みたいだったらしいが、今では高校までが義務教育に位置付けられている。というのも狂器が本格的に所有者に適合するのが、16~18歳の間って言われているからだ。
もちろん、あの“愛憎霊装”の女のように例外はいる。まぁ、産まれた時から能力は発現しているのだし、それが微弱というだけだ。実際に能力が完全に発現するのが、何時かなんてものは分かっていないことだし。考えても仕方ないかもな。
それでも高校に入学の義務とされたのは、狂器というものがどういうものかを知るという意味もあるのだろうが、国が狂器の持ち主を管理すること、監視することなどといった意味の方が強いのだろう。
クラスの名簿が書かれた掲示板の前に立って自分の名前を探す。中学校の時の知り合いの名前はちらほら見えるが、自分の名前は中々見つからない。クラスは一クラス40名ほどで構成され、全部で4組あるみたいだ。苗字は“ほ”から始まるから、30番台にあるはず。
おっ、あった。1年3組37番のところに自分の名前を確認したとき、後ろから肩を叩かれた。それに内心少し驚きながらも、振り返ると中学校の頃の同級生がいた。
その男は春澤陽一という。外見は優しそうな、人のよさそうなそんな風貌をしている。その風貌のように性格は実に真面目で、困っている人を見捨てられないそんな優しい男だ。しかし、この男にも残念な部分はある。それは追々分かってくるだろう。
「よ、おはよ。朝陽。」
「おはよう。久しぶりだな。王様。」
「それ、やめてくれって。恥ずいんだよ。」
「くく。すまんな。陽一。」
これだからやめられないんだよな。本当に恥ずかしそうにしているからこそ面白くて、揶揄うのをやめられない。もちろん、本気で嫌そうなら考えるが嫌という感じではないのだ。ネタとして受け入れているという感じだ。
そればかりか少し嬉しそうにさえ見える。これは気のせいかもしれないが、偉大な先達と同じ名だと嬉しいのは違いないのかもしれない。
「なんでこんな名前つけるかなぁ。」
「いいじゃないか。世界で一番の有名人だぜ。たぶんな。」
「名前だけだけどね。」
「陽一の伝説待ってるぜ。」
「うん、任せときな。その時は絶対来ないけどね。」
「期待しないで待っておく。それより今年は同じクラスか。」
去年は陽一とは違うクラスだった。まぁだからといって大きな影響はなく、普通に過ごしていたが。いちいち同じクラスになれなかったからといって、嘆くものでもない。ある一つの事には困ったが、他クラスでも一応は問題なかったため、そこは大丈夫であった。
「そうみたいだね。去年は違うクラスだったからね。今年は楽しみだよ。」
「そうだな。安全な狂器同士仲良くしようぜ。」
「僕らみたいに、非戦闘タイプの場合は特にね。」
「あぁ。じゃあ、いこうぜ。三組だったよな。」
「うん。」
そう。陽一は戦闘タイプではない。なら何なのか、それは狂器“啓示”らしい。これは前例さえない能力で、おそらく陽一が初めての狂器である。
その能力は何らかの助言が降りてくる、というものだ。五行の占い結果や何らかの情報が頭の中に思い浮かぶみたいだ。それは限定的な未来予知のようであるが、そんなに精度はよくないというのは本人の談だ。
この狂器の名前や能力は本人から聞いたことだ。だからか多少不確かなことがあるみたいで、本人も首を傾げていたところさえある。先ほどの残念な部分と困ったことの二つはこの能力に絡んだことだ。朝のHRが楽しみだ。
教室にはもう人が多く集まっており、グループのようなものが出来ていた。とはいえそれは中学校からの付き合いという意味合いの方が強いため、クラス内の様相が決定されるのはもう少し経ってからだろう。
それにしても平和だな。これが大人になるとああなるって思うと、頭が痛い限りだ。まぁこの一年は最低限安心だがな。陽一がいる限り、争いは起こりようがないしな。
「おはよ。」
「おはよう。」
「おはようございます。仲良く登校ですか?君たちは中学からも仲が良かったですから。」
この同級生にも敬語で話す男も中学校からの知り合いである。名前は陽田英二だ。こいつはくそ真面目なところがあるが、くそ真面目なだけじゃなくてクラスの空気を読むこともでき、バランス感覚に優れている。
とはいえ、くそ真面目であるところは変わりないんだが。そんな英二であるがメガネを着けていることから、あだ名はメガネ、もしくは委員長である。
狂器は不明。本人が言いたくないと宣言している。そういうこともある。仲がいいからといって、すべてを伝える。そんな関係ほど不健全ではないだろうか。かく言う俺も、親のことは何も言っていないしな。
「そこで偶然会っただけだ。仲がいいってのは、否定しないがな。」
「うん。そうだよ。僕たちは友達だからね。」
「そうですね。あと二人来れば、中学の時のメンバーが勢ぞろいですね。」
「あの二人は特に仲がいいし、もうすぐ来るんじゃないかな。」
「だろうさ。もうじき、時間でもあるしな。」
その時ちょうど来たみたいだな。これで中学校からのグループは全員そろった。この一年はいい年になりそうだな。全員同じクラスになるなんて運がいい。
「おっはよー。」
「おはよう。久しぶりね。」
来た二人はどちらもが女学生だ。天真爛漫という言葉がぴったり合う一人と、表情に乏しいのが一人である。どこかアンバランスに見えるが相性は抜群みたいだ。喧嘩をしているのを見たことさえない。
天真爛漫な彼女は朝比奈陽菜という名前で中学校の頃から陽一と付き合っている。明るい茶髪の頭にはアホ毛が一本ゆらりと佇んでいる。目は少し細目であり、その自由な性格と相まって猫のように感じる。
狂器は“自由”である。ほんとうにぴったりな狂器だろう。ただどういう欲求、感情から来るものかが名前からは想像できず、また能力も不明だ。本人に聞いても、秘密―。と返ってくるか、そりゃもう自由だよー。と返ってくるかのどっちかだ。
表情の乏しい彼女は、夕陽沙耶だ。高身長に腰まであるロング。漆黒のような黒い髪の毛は、その表情と合わさりお化けのような不気味さを感じてしまう。それに本人も人付き合いが得意でないようで、相手が反応に困っていそうな時が見られることも多い。
狂器は不明。名前も教えてはくれない。あまり自分の能力が好きではないみたいである。能力のことを聞くとその表情に乏しい顔が露骨に曇るので、その話題は振らないようにしている。
「うん。おはよう。こう、皆が一緒のクラスになったのは、4年ぶりかな?」
「おはようございます。そうですね。4年ぶりです。」
「おはよ。だがクラスは違っても会ってはいたから、なんか久しぶりってほど久ぶっりって感じじゃないな。」
「そうだねー。でも今は五人が同じクラスに成れたことを喜ぼー。」
「そうよ。陽菜の言う通りよ。」
陽菜は少し俺に冷たいときがあるように思う。何か悪いことでもしたかと思ったのだが、これは出会ったときからあまり変わってないから、何かをやったからこうなったって話ではないのだろう。他の他人との対応の違いは気になるが、まぁいいだろう。
そして、沙耶も沙耶で陽菜信者っぽいところがあるからな。陽菜が冷たくなれば、同時に沙耶も冷たくなるのだ。この二人は実際のところ、ただの友人関係何だろうか。
「それは、すまんな。俺も嬉しいことに違いはないだぞ。」
「デレが出たねー。デレがー。」
「ふふふ。朝陽は、毎回素直じゃないからね。」
「うっせぇ。陽一。」
「ふふ。そうですね。朝陽はそういうところがありますから。」
「思えもかよ。英二。」
別にデレているつもりもないんだがな。それにいつもツンツンしているわけでないんだから、そんな風に言われる筋合いはないと思うんだが。そう言われる理由なんて無いのだ。
「そんな、笑うことじゃないだろ。」
その言葉でも笑うのをやめようとしない。こういう空気になるのも久しぶりだな。五人で集まるなんてことは中々ないしな。なんかものすごく懐かしく感じる。だからといって、ずっと笑っているのを許せるわけじゃないんだけどな。
でも止める術もないし、甘んじて受け入れるか。はぁ。仕方ない。そんな風に言う自分の頬が緩んでいるように感じるのは、気のせいなのだ。そうに違いない。
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