008 完全なる調律VS感覚の処刑場
荒野に二人の男が向かい合って立っている。片や赤いマントを羽織った男。その手には直剣が握られている。片や青いマントを羽織った男。その手にはこちらもまた剣だが、曲刀の類である。
「堪忍するんだ。」
「ははっ、するわけないだろ。お前らの悪事を俺は許さないからな。」
「くくく、悪事、ね。」
直剣の男は曲刀の男のことを皮肉気に笑いながらも、その動きをしっかりと観察している。その鋭い視線は確かな戦闘の経験を重ねている証拠で、離しながらも油断は一切していない。
一方で曲刀の男もまた、直刀の男を鼻で笑い返すが、観察は怠っていない。お互いが歴戦の猛者であるのは分かっているのだ。楽な戦いにはならないことも。
「さぁ、調律師。どうやって悪事を止めるんだ?」
「ははは、処刑人。ただの犬っころが何を言っている。」
「「さぁ、殺ろうか。」」
まずは調律師が処刑人の方へと駆け出した。処刑人は直剣をどしりと構えながら、向かい打つつもりのようだ。
風も強く、砂が舞い上がるこの環境はお互いの手札を隠すには充分であるが、それは相手の手札を見ることが出来ないということ。それは狂器という武器の特定に苦戦するということだ。
どれだけ早く相手の狂器を突き止めて攻略するか。それが二人の戦いの鍵を握っているだろう。
「……。」
「どうした?意外と臆病なんだな。」
処刑人の臆病という言葉の通り、調律師は丁寧に一歩ずつ足を運んでいく。安定した足さばきは流石と言うべきだろうが、処刑人にとってはただの時間稼ぎとしか思えないものだ。
調律師としては狂器のよる地雷や遠距離攻撃を注意してのものであり、慎重に慎重を重ねるのは、対人戦においては基本と言えるだろう。
処刑人の煽りは彫刻師の鉄仮面に僅かの揺らぎも与えることが出来ずに、ただ荒野に虚しく音が消えていった。
「はっ!!」
「くくく。」
「そっちの方が負け犬のように臆病じゃないか。」
調律師と処刑人がついにぶつかった。先手はもちろん彫刻師。コンパクトに剣を振り、安定とスピードに意識を振っているようだ。ただ、剣先の速度という意味では大振りよりも遅く、威力、怖さが全くない攻撃だ。
ただの様子見の攻撃では処刑人を揺るがすことができない。ガキンと剣同士がぶつかり合い、弾きあう。処刑人は口の割には安全志向、防御よりの考え方をしているようで、膠着する気配が二人の間に漂う。
「くくく、お前に合わせてやっているんだよ。お前らみたいなのは共感が大好きだもんな。」
「ははは、お前らが人間性を捨てているだけだろう?」
剣と剣がぶつかり合うたびに、二人の鋭い眼光が宙で火花を散らせる。
徐々に相手の癖に慣れ始めて、二人の剣速は早くなり、より攻撃的に、より機能的に変化していく。攻撃のテンポが速くなり始めると、二人はふっと息を吹きながらも、相手に負けじとより早く、より強く剣を振るう。
「ふっ……!!」
「くっ……!!」
膠着状態は長く続かなかった。彫刻師の剣が急速に軌道を変えて、処刑人の身体に目掛けて振り下ろされる。
その剣を何とか処刑人は弾き返すが、身体のバランスを崩してしまい彫刻師の追撃でさらにバランスを崩しと、悪循環が始まる。
そうなってしまっては処刑人としては手札を切るしかない。調律師の足がもつれて、その場に倒れそうになる。驚きながらも調律師はバランスを整えて、追撃をする手を止めた。
「「……。」」
調律師と処刑人はお互いの狂器を身に受けた。二人は瞬時にお互いの狂器の特定へと思考をシフトする。
お互いが身体に作用する狂器。そして、対象が自分か他者か。
だが、手札は一枚切っただけ。その全貌はまだまだ見通せずにいる。
「体の一部分が停止した。ハック系の能力ではないな?ハック系ならもっと早い段階で、こちらの身体の制御を奪い取り、突き刺せただろう。」
「くくく、それはどうかな。そういうお前は、自分の身体を急速に動かせるのか?それは意志によるものか、あるいは糸のように腕を引っ張ったのか。」
「ははは。」
じり、二人は一歩同時に踏み込んだ。二人は同時に駆ける。二人の身体が交差するときには最高速度に到達しており、勢いの乗った剣と剣がぶつかり合って、火花を散らした。
ガキン、ガキン。火花が散り、二人が足を動かすたびに砂が舞い上がる。二人の手元は砂に隠され、お互いの目から隠しあう。
その瞬間、二人の狂器は同時に発動して、不発になった。どちらもが想定通りに剣と剣を打ち合ったのだ。
「ははは、確定だな。こちらの一部位を止めることが出来るんだな。」
「ちっ、お前は自分の身体を操れる系か?しかし、それにしては反応がおかしい。それなら、干渉されて弾き合うはずだ。……それに確かにお前の動きは止まっていた。」
「どういうことだろうな?」
処刑人の狂器を身体の一部位の停止と確定付けた調律師は、意識を攻めに持っていく。苛烈に攻める調律師の猛攻に処刑人はどうにか防ぎながらも、戦況の変化を見守っていた。
今はただ、調律師の狂器を特定するために。
「……思考速度の強化。あるいは動体視力の強化?」
「……。」
「なるほどな。身体の動きが停止するなら、それを観察しながらこちらに対応すればいいという理屈か。なるほど。」
ぽつりと処刑人が呟いた言葉に調律師は何も返せなかった。それが残酷なまでに正解であると認めているようであった。
なるほど。確かに思考速度の強化か、あるいは動体視力の強化。それをすれば動きが停止しても、後の先のような行動が可能であろう。
しかし、それは身体の動きを停止させるという事象と止めるものではなく、逆に止める手段がないということの査証でもあった。
「くくく、お前の狂器が分かれば対処は容易い。」
「ははは、お前も狂器が分析されていることを忘れるなよ?」
「「……。」」
ばちりと目と目の間で火花が飛び散った。狂器の種類が判別できれば、後はそのタイミング、効果範囲、発動時間、再発動までの時間、そしてそれを使った意図。その特定のはじまりだ。
特に使った意図は思考性を特定するのに大きな意味を持つ。どういう人間か分かれば、おのずとタイミングを計ることができ、ブラフも有効に活用できるというものだ。
重い沈黙は長くは続かない。二人は交差する。
「使わないのか?」
「使うぞ。ほ~ら、使うぞ。くくく。」
「ちっ……。」
相手の意図の予想、使うタイミングの計算。それに心理戦。言葉によるブラフに、動きの緩急による思考の揺らぎ。戦闘の一つ一つの意図を二人はお互いに掴もうと必死になる。
調律師は攻撃よりの思考をしながらも、最後の踏み込みを躊躇い、最小限のリスクで勝とうとする。被害を受けることで、追手による追撃の被害を回避したいという心理からか。
そして、処刑人は防御よりの思考。相手の攻撃を受け、流し、弾く。そしてカウンターを放つ。狂器も相手の隙を作るために多用することが多く、ここぞという場面まで温存する傾向にある。
「「……。」」
調律師は考える。処刑人の傾向の裏をかくために。カウンター型なら、わざと隙を作るのもありだ。狂器を温存したがるなら、猛攻すれば最初のように手札を切らせることが出来るかもしれない。
処刑人は考える。より凶悪に、より効果的に狂器を使えるタイミングを。どのタイミングが調律師の動きを確実に止められるか、どのタイミングが相手の狂器とずらせるか。
二人は互いの目の動きを追いながらも、戦況を決定づけるその瞬間を待っている。
「……。」
「……。」
思考に乱れはない。行動に乱れはない。お互いに息を切らせながらも剣戟は安定しており、その練度の高さは素晴らしいものだ。
乱れない状況に二人は焦る気持ちを押さえつけて、ただ相手のリズムが崩れるのを虎視眈々と狙っている。
左右に目線のフェイクを入れて、意味のないタイミングで足をずらし、そしてわざと苦悩を表情に出して。
「……!!」
「……ふっ。」
さて、先に動いたのは処刑人の方であった。狂器という手札を切ったのだ。それも先ほどとは別の方向で。
処刑人の狂器は“感覚の処刑場”。指定した空間内にいる対象の知覚速度と運動速度を意図的にずらすことが出来る能力である。
そう、停止ではなく、ディレイ。遅延だ。ゆっくりと動ていただけだったのだ。それを知覚速度を上げることで、停止しているように錯覚させていた。
それを今回はどちらも逆にした。知覚速度の遅延。それと運動速度の加速。調律師は自分の認識が追い付かない速度で剣を振るってしまい、綺麗な空振りになった。
「ああ!!」
「ぐぅお……?」
しかし、空振りのタイミングを計って処刑人は攻撃をしようとした瞬間に脳を揺らすほどに大きな音に、平衡感覚を失う。
調律師の狂器によるものだ。“完全なる調律”。感覚、五感の感度を増幅させ、そして縮小させることが出来る能力だ。この能力により、先ほどまでは視力、動体視力を強化させていたのだ。
だが、今度は処刑人の聴覚を強化させて、大声で叫んだ。それだけで、処刑人は平衡感覚を失い、その場に崩れそうになっている。
お互いの一撃必殺の攻撃はどちらも消費されて、戦闘は振出しに戻った。
「くっ、貴様ぁ!!」
「ははは、困るなぁ。身体の動きが遅くなるだけだと思っていたら、その差さえも利用するとは。厄介だな。」
「くくく、貴様こそな。中々てこずらせてくれる。」
二人の最後の激突が始まる。処刑人は先ほどまでの防御よりの思考を捨てて、調律師へと果敢に攻める。
だが、調律師も流石と言うべきか、危うげなく処刑人の攻撃を封じている。荒い息を吐きながらも、攻守共に高い水準で保っている。
処刑人はじりじりと追い込まれていく感覚を理解していた。汎用性という面で調律師を抜けず、それに一撃必殺の能力をいくつも持っていることを理解したのだ。
「終わりだな。」
「くっ……」
最期は呆気なく終わった。彫刻師の剣が処刑人の首をはね飛ばして、処刑人の身体はばたりと倒れ込んだ。
こうして、二人の戦いは終わったのだった。




