007 真実の鏡像
私は絵を描くのが好きだ。現実の風景でも、空想上の風景でも、人物像でも。ただ、絵を描き、世界に残す。この行為自体が私にとっての癒しで、存在意義でもあるのだろう。
そして、私は常々疑問に思っていることがある。何故か、私の絵を見て、皆悲鳴を上げて逃げ出してしまうのだ。
私は画家として普通の絵を描いているというのに。真実を見せているのに。
「あなたは特別な風景を描けると聞いた。どんな風景が描けるのですか?」
「いえ、私が描けるのは普通の風景だけです。もしよかったら、あなたの故郷を描きましょうか?」
「そうですね。……偶には故郷の絵を見てみるのもいいかもしれません。」
今日もまた一人、あらぬ噂を聞きつけた客がやってきた。でも、この客はすぐに私の言葉を納得してくれたようで、客の故郷の場所を教えてくれた。
そこは広大な麦畑が広がる有名な大地だった。高名な画家たちがその麦畑をモチーフに描いたこともある。そんな麦畑を私の手で描けるなんて、それほど名誉なこともない。
ここより少しばかり遠く、海外であるが是非とも現地に行って麦畑を描きたいと思う。今からでも私は楽しみだ。
「分かりました。私にお任せください。」
「えぇ。お願いします。」
早速、私は彼の故郷へとやってきていた。今の時期、ちょうど麦畑が人がっており、黄金の絨毯のようで美しい。その美しさにぽーと景色を眺めてしまうが、私は画家だ。絵を描かない画家なんて、ただの人である。
絵を描くに相応しいアングルを探して、麦畑の中を歩き続ける。石造りの風車が回っているのところや、一面麦畑の景色。そのどれもが、私の絵に相応しいようで、しかしどこか物足りなく感じる。
果たして、彼が求める故郷の絵というのはどういうものなのだろうか。結局、その日は辺りが暗くなるまで、ただ歩き回っているだけで終わったのだ。
「はぁ、どうしよう。よし、明日は人に聞いてみよう。」
翌日。私は早速人への聞き込み調査を開始することにした。彼のことを知っている人がいるのか、それさえも私には分からないが、それでも彼の求める故郷のために私はふらりと歩き始める。
「すみません。」
「あん?なんだ。」
「実はここから都会に出た人で、故郷の絵が欲しいっていう人がいるのですが、どこを描いたらいいかなと。」
私が話しかけると、どこか険しい表情を浮かべていた男であったが、彼の事情を離すと雰囲気も柔らかくなった。彼はここの人々に好かれていたのだろう。
しきりに彼のことを聞かれるけれど、私が彼のことについて答えられることなんてほとんどない。何しろ、客と画家というだけの関係だ。
それでも、今の雰囲気を聞くだけで男は嬉し気に頷き、彼のことをこのまま成功するように祈っているという。それほど清らかな人なのだろう。
「それで、どこを描いたらいいと思いますか?」
「ん、ああ。風車とかいいんじゃないか。」
「あー、風車ですか。」
風車。確かに絵の題材としてはこれ以上ないほどにあっている。でも、どうしてもそれじゃないようなそんな風に思ってしまう。
昨日にも感じたその感情を消し去ることが出来ずに、私はお礼を言うと次なる人に向かって、歩みを進めた。
「すみません。」
「はいはい。何でしょうか?」
「えっと、実はここから都会に出た人で、故郷の絵が欲しいっていう人がいるのですが、どこを描いたらいいかなと。」
女は忙しそうにしながらも、耳は傾けてくれるようだ。その手は慣れた手つきで忙しなく動いているのに、私に目線を向けていても狂いなく正確だ。
女の邪魔は長らくしない方がいいだろう。この仕事もきっと重要なことだから。私はなるべく短く話を済ませようと考えるが、どうしてか、またも彼のことを褒める言葉を言い続ける。
そして、私に彼の事を聞きたがるのもさっきの男と同じだ。彼はどれほど好かれていたのだろう。村に戻ってこなくても、活躍をするのを祈っているなんて、素敵な関係だ。
「それで、どこを描いたらいいと思いますか?」
「え、あぁ。一面に広がる麦畑とかいいと思いますよ。」
「あー、麦畑ですか。」
辺り一面に広がる麦畑。確かに絵の題材としてはこれ以上ないほどにあっている。でも、どうしてもそれじゃないようなそんな風に思ってしまう。
昨日にも感じたその感情を消し去ることが出来ずに、私はお礼を言うと次なる人に向かって、歩みを進めた。
でも、どの人に聞いても全て同じような展開になった。彼を褒めたたえて、帰ってこなくても、活躍を祈っている。そんな成功を祈る言葉。
「う~ん。風車に、麦畑……。」
ピンとこない。もう一度村を回ってみよう。そこで何か発見があるかもしれないし、無いかもしれない。それでも行動しないことには何も得られない。
私は村を巡る。
そうして、村の生活に馴染みながら、描く題材を探す毎日に転機が訪れた。それは村の商人からぽつりと言われた言葉からだった。
「はぁ、あの男の頑張っているですねぇ、ご立派なことです。」
どこか皮肉の混じった言葉に私はピクリと眉を跳ねさせた。どうにも、彼の印肖像と商人の言葉にずれが生じたためであった。
私はその言葉を詳しく聞こうと商人に詰め寄った。
「それはどういう意味ですか?」
「あっ、いや……。何でもないよ。」
「教えてください。何かあるんですか?」
私がしつこいくらいに詰め寄っても、商人はそれ以上の言葉を紡ぐことはなかった。そればかりか、私に敵意にも似た感情をぶつけて来て、店の中から追い出そうとする。
何かがある。そう確信するには十分だった。
それから、私は村の人々との会話に彼の話に対する反応を見つめだした。時に正直に話し、時に嘘をつき、時に冗談交じりに、時におべっかを使って。
人々の反応はまちまちだったけれど、共通してある言葉を最後に言い放つのだった。
「もう帰ってこなくても、都会の方で成功を祈っている。」
さてはて、それは村人たちの本心なのだろうか。どうしてか、最初の印象よりも、彼という人間が闇深いことが分かってしまった。
人々と彼の間に何があったのか。それが私のモチーフのヒントになる気がしてならなかった。私はそこから半年ほど、村を滞在して表向き風景画を描くことに専念した。
――――コンコン。扉が開かれて彼が入室してきた。彼はあの時と全く変わっていない格好で、そして全く変わらない笑みを浮かべていた。
「絵が完成したんだって?」
「いえ、実はまだです。ほとんど描いているのですが。少しお話をしませんか?」
「……分かった。」
さて、謎解きをしていこう。と言っても、村の中にヒントは一切隠れていない。これから紡ぐことばで探っていくしかないのだろう。
絵は本当は完成している。それは私の彼への印象。この対話を通して、きっと彼の輪郭を掴み取ろうと思う。
「まず、お茶でもどうぞ。ソルトティとでも言いましょうか。外も暑いですからね。塩分の補給にでもと思いまして。」
「これはこれはご丁寧に。」
「いえ、大切なお客様ですから。それであなたは故郷のどんな風景を描いて欲しかったですか?……ははは、こんなこと描いてしまってから聞いても仕方ないかもしれませんが。」
この世界はどこもかしこも歪だ。不完全な存在が定着している例など五万とあり、その実態がどうなど誰にも分からない。
でも、共通している事項として、想像上の定義とそう大きく乖離していないということだろうか。吸血鬼としての存在なら、弱点は同じように設定されているなど。そう言うことだ。
塩が弱点の想像上の生物は数多くいる。それの選別のためのソルトティだ。
しかし、やはりというべきか、これは不発だったようで彼は確かに実体のある存在なのだろう。
「ははは。確かにそうですね。私としては麦畑や風車がよいですかねぇ。」
「そうですよね。あそこの麦畑と風車は絵の題材として最高と言えるものです。」
「おっ、では、モチーフはそれですか?」
彼は確かに村のことを知っているのでしょう。もしくは聞きかじりの言葉かどうか。
でも、きっと彼はあそこの人間であるのは確か。村人が口裏を合わせたように、彼の事に言及したのだから。
「いえ、近いと言えばそうでしょうか。しかし、違います。」
「ほう。では、何を描いたのでしょうか。」
「すみません。その前にあなたから村の皆さんへの印象をお聞かせ願いますか?」
実のところ、風車と麦畑は描いていないが、風車の方は半分当たりというところ。
それよりも、彼が本当に彼なのか。それの方が重要なことだ。これが違うだけで、私としては前提が狂ってしまう。
「はぁ、皆さん優しい人たちでした。都会に出ることを許してくれて、その上成功まで祈ってくれるのです。これ以上ないほど親切にしていただきました。」
「その言葉が聞きたかったです。やはり、あなたと村の人々は強い絆で繋がっているよう。共通の認識の上に居ると言いますか。」
「ははは、お恥ずかしいですね。この年になって、絆と聞くとむず痒い気持ちでいっぱいです。」
微笑ましい反応だ。あまりにも好青年過ぎて、それこそ怪しい。商人が漏らした印象からすると、彼はもっと闇深いような感じなのだけれど。
しかし、彼がそう言うのですから、確かなことなのでしょう。
「その気持ち分かりますが、これで私の作品が完成しそうです。」
「ほう。それはよかった。」
「では、最終仕上げをしてまいります。」
私は真実を一つの絵にまとめ上げる。画家として、人として。この作品が彼にとって、一番いい作品であるのですから。
「さて、出来上がりました。」
「おお……は?ど、どうして……。」
絵画は残酷なまでに人を表す。村が隠したかった事、彼の隠したかった事。そして、彼の正体。彼は彼じゃない。何故ならもう、彼はいないのだから。
絵画には描かれる。風車の中で解体され、内臓が飛び散るその姿が。目の前の彼と同じ顔。でも、確かに顔の違うその姿。磔にされ、解体され、彼は無情の死を遂げていたのだ。
「ひっ……き、君はなんてものを……!!」
「いえ、これが現実です。あなたもご存じでしょう?」
私は淡々と告げる。この確かな事実を。村で起こった悲劇を。人の入れ替えを商売にする村という実態を。彼が犯罪者であるという実態を。
彼は彼という皮を被り、自分が犯した罪から逃げていた。
何故、画家に絵を頼んだか。それは自分が本当に違う人間になっていることを確かめたかったから。
何故、彼はこんなにも動揺しているか。それは絵画の中の彼が本当の彼の顔をしていたから。
「あっ……ひっ、ひぃいいいいいい!!」
また一人犯罪者が悲鳴をあげて逃げ出す。だけど私は逃がさない。
「“真実の鏡像”。」
真実からは何人たりとも逃れられないから。悲鳴をあげて逃げ出そうとも、私が絵画を完成させてしまい、そして彼がそれが自分と認識してしまったその瞬間。私の狂器は発動する。
犯罪者は確かに絵画の中に閉じ込められて、そして一生逃れられない苦しみを永遠に受け続けることになったのだ。
ここにまた一人、私の母を、父を奪い姿を取った犯罪者を亡き者にしたのだ。本当の犯人。それを亡き者にするまで、私は止まらない。それが私の原動力だから。
――――ガタガタガタ。他の絵画たちが新入りを歓迎するように揺れている。その中にはひっそりと村の人々の姿が入っていた。
麦に首を絞められ、風車でミンチにされる。そんな村人たちが。




