004 虹の架け橋
私は昔から引っ込み思案で、おどおどしていた。ネガティブで、暗い性格の私は魔女だと騒がれ、誰も仲良くなってくれなかった。
悲しみに暮れる毎日に私は狂器に開花した。“共感の傘”。自分の頭上に雨を降らせて、その雨に濡れたものと私の悲しみを同調させてしまう能力。
誰にも理解されない悲しみを分かってもらうための能力。でも、それは少しばかり不気味で、やっぱり私は魔女なんだ。
いつものように私は学校の隅で一人膝を抱えていた。遠くから響く騒がしい生徒たちの声がますます私を惨めにして、暗い影を落とす。
「ねぇ、大丈夫?」
「……え?」
そんな時、太陽のような女の子が私に話しかけてきた。リボンの色からすると、きっと同学年。でも、知らない子。こんな私でも、同学年の生徒の顔ぐらいは何となく判別つく。
その生徒は私の記憶の中のどの顔とも一致しなかった。知らない子に話しかけられたパニックに私はおろおろと周りを見渡すけれど、誰もが自分たちの遊び、会話に夢中でこちらを見てはくれない。
ちゃぷん。私の頭上に一粒の水滴が落ちる。髪を湿らすほどの量もない少量だけ。
「一人で隅っこにいるから、どうしたのかな~と。」
「え、えと……えへへ。」
我ながら不気味過ぎる。どうして、私はいつもこうなのだろうか。折角話しかけてきてくれているのに、私はまともな返答をすることもできない。
ちゃぷん。また一つ水滴が落ちる。
空虚な笑みを浮かべて、どうにか場を持たせるけれど、彼女の真っすぐな目を見ると、私はすぐに目を反らしたくなるけれど、意志の強そうな真っ赤な瞳からはどうしてか、眼を離せないでいる。
「落ち着いて。大丈夫だから。……深呼吸しようか。さ、吸って~、吐いて~。」
「す~、は~。す~、は~。」
「ね、落ち着いた?」
どうしてだろう。どうして、彼女はこんなにも優しいのだろう。分からない。私には人に優しくする気持ちも、優しくされる気持ちも全然、分からない。
どうして、優しくしてもらっているのに、こんなにも惨めな気持ちになるんだろう。きっと、私の心が弱くて、薄汚れているからだろう。そう思うと、凹むな。
ちゃぷん。ちゃぷん。何滴もの水滴が連続して落ちる。それを感じる私はますますその感情を強くしてしまって、さーと雨が降り始めた。
「わっ、濡れちゃうよ……あっ」
「あっ!!触れちゃ、ダメ!!」
遅かった。彼女は私の雨に触れてしまい、“共感の傘”が発動してしまう。
さっきの気持ち悪い感情が伝わって、きっと不気味な魔女だと私を遠ざけてしまうんだ。もう、優しくしてくれる彼女はいなくなってしまうんだ。
また、一人ぼっちになってしまう。
「大丈夫だよ。私も気持ちが分かるから。」
「え?」
「私の話も、聞いてくれる?」
でも、違った。彼女は私を気味悪がらなかった。私を避けずに受け入れてくれた。初めて、誰かに共感してもらった。
どうしてだろう。胸にポカポカと熱が湧きだしてくる。それと共に雨は上がり、私の頭上に太陽が照り付ける。
彼女は笑顔を私に向けている。
彼女の話を要約するとこうだった。
彼女の家は資産家の娘で、でも忙しい両親は彼女のことを構ってはいなかったらしい。それに、使用人たちもどこか疎ましく思っているようで、冷たい目線が彼女を貫く日々であった。
また、彼女に寄ってくるのは資産が目当ての自称友人たちで、周りに他人が居てもより一層、孤独を感じるだけだった。それが辛くて、辛くてここに逃げ出してしまったらしい。
「だからね、私はあなたを尊敬する。だって、逃げずに戦っているんだもの。」
「た、戦ってなんて……。」
「いいえ、戦っているわ。あなたはきちんと自分と向き合っているじゃない。私には出来なかった。……本当にすごいわ。」
彼女の言葉は嘘だ。私は戦ってなんていない。現状を嘆いて、ただ隅っこでじっとしているだけ。理解してくれない他人を拒絶しているだけ。
でも、それでも彼女が凄いと言ってくれるなら、私は、私だけは彼女の味方でいなくちゃいけないと思う。
「「……。」」
妙な沈黙に私は気恥ずかしくなってしまう。初対面なのにこんな風に内面を打ち明け合うなんて、きっと変。だけど、私たちはこれでいいんだ。
彼女がにこりと微笑んだ。それに呼応するように私もまた、にこりと微笑む。
「私は瀬良。柊瀬良。」
「わ、私は空。雨音空。」
「「よろしくね。」」
こうして、彼女との学校生活が始まった。
ある時のこと。瀬良と知り合ってから、半年ほどは経ったくらいだろうか。
私は変わらず、隅っこで一人寂しく泣いていた。瀬良は明るい性格に可愛い顔ということもあり、すぐに人気ものになった。いつも瀬良の周りには人がいて、私には近づく隙なんてなかった。
それでも、放課後のささやかな時間だけは私と瀬良が語らう時間で、瀬良の苦悩や感情に寄り添ってあげられる時間だった。
だけれど、彼女が他の人といる時間はどうしても寂しくて、時々無性に涙が出てしまう。さーと頭上に降る雨が私の頭を濡らしていく。
「空。」
「え、瀬良ちゃん。」
その時、後方から瀬良の声が聞こえる。どうしてだろう。この時間はいつも皆と一緒にいるのに。私は決して届かないはずなのに。寂しくて幻聴が聴こえたのかな。
でも、私の頭に触れる暖かいぬくもりは瀬良ちゃんのもので、それに私に触れる人なんて、この世界には瀬良ちゃんしか存在しない。
「ふふふ、寂しがらせちゃったみたいだね。」
「あう~、恥ずかしいよ。」
「えへへ、嬉しいよ。私も、空と一緒にいたいから。」
恥ずかしさにその場に転がりたくなるけど、そんな瀬良の言葉に私が嬉しくなってしまっているのも事実。何より、私の頭上に雨が降っていないのが、それを実証してしまっている。
きっと瀬良には私の感情なんてお見通しなんだろう。私はそのことを不快にはもう思えないし、それがどこか心地よいとさえ思ってしまうものだから、瀬良から私は離れられないだろう。
「安心していいよ。私の親友は空だけだからね。」
「う、うん。私も、瀬良ちゃんだけ。」
「えへへ、ぎゅ~。」
わっ、瀬良は私に簡単に触れてくるから困ってしまう。瀬良の体温を受け取るたび、私の心臓は高鳴り、悲しみもどこかに行ってしまうのだから不思議だ。
とくんとくん。私たちの心臓の音が同じリズムを刻んで、しんと静まり返った部屋に鳴り響いた。それ以外に聞こえない環境は心地よく、私はその環境に身を全て投げ出してしまいたくなる。
「「……。」」
「ね、空。私が居ても悲しい?」
「え、そんなことないよ。瀬良ちゃんが居れば、悲しみも、苦しみも大丈夫だから。」
そう、私は瀬良が居ればきっと大丈夫。悲しみも、苦しみも、太陽のような彼女が照らして消し去ってくれるから。私の心にかかった雲は瀬良という光を妨げるにはあまりにも薄いから。
「でも、一人で泣いてるよね。」
「そ、それは……。」
「私は空に泣いて欲しくないんだ。ずっと、笑顔でいてほしい。私が笑顔にしてあげたい。」
寂しい。それを私はつい思ってしまう。瀬良と心を通わすほど、瀬良が他の人といる時間が長いほど。その気持ちは強くなる。瀬良のせいで泣いているというのも、間違えではないかもしれない。
でも、瀬良がいないと私は笑うことも出来ない。
だからね。瀬良のおかげでずっと笑顔だよ。瀬良が笑顔にしてくれているんだよ。悲しくなんてないんだよ。
「その頭上の雨が晴れて、虹になるところが見たいんだ。」
私の頭上は悲しみによって濡れてしまう。それは私の狂器のせいで、不可逆な性質なのだ。だけど、彼女はいつもその雨を晴らしてくれている。
もう、十分なくらい瀬良には助けてもらっている。救ってくれている。
「「あっ。」」
「えへへ、もう叶っちゃったね。」
「う、うん。ありがとう。瀬良ちゃん。」
教室に入る太陽の光が反射してか、私の頭上には虹がかかり、彼女の手まで虹の架け橋を作っていた。
瀬良が言った瞬間にかなってしまって、私たちは二人してぽかんと口を開けてしまったけれど、ふふっと含み笑いをどちらともなく零した。
瀬良の赤い瞳と私の青い瞳が合わさる。私の眼に浮かんでいた悲しみはもうなく、きっと瀬良の赤を映す鏡のようになっているだろう。
「これからも、私と一緒にいようね。」
「私も瀬良ちゃんと一緒にいたい。」
「「頭上の雨が止み、虹でありますように。」」
この奇跡の時間がずっと続きますように。二人だけの教室で、私たちは世界にも秘密の二人だけの誓いを立てた。
この誓いを知っているのは私達だけ。私達で叶えるものなんだ。
“共感の傘”は消えて“虹の架け橋”になった。二人で一つの狂器の形。
「ふふふ。」
「えへへ。」
少女たちの声が教室に広がっていく。もう、空の頭上に雨が降ることはない。降ったとしても、瀬良という太陽により虹がかかる。
二人は幸福の第一歩を歩み始めたのだ。




