010 目覚め
真っ暗な闇が真っ白になり晴れていく。この感覚は目覚めだ。まだふわふわとする意識の中で状況を掴もうと首を振り、手を伸ばす。いつもの枕よりもずっと柔らかい感触に再度の眠気を誘われるが、少しずつ覚醒していく頭が起きろと叫んでいる。
「んー。」
「……目、覚めた?」
「あー、うーん。」
ふと頭の上から降ってくるおおよそ感情の読み取れない少女の声が覚醒していく頭の回転を速めていく。それでも状況を把握するには不十分で、頭から感じる柔らかい感触を堪能しながらも目線を左右へと揺らしていく。そこには瓦礫が映るばかり。
「……。」
「ここどこだ?」
「……さっきと同じところ。」
「そうなのか。玲子嬢はどうなったんだ?」
目に映った光景を完全に覚醒した頭が気絶する前のことまでもを結びつける。結局あの戦いはどうなったのか、自分は何故気絶したのか。最後に感じたこともない痛みを感じたことだけは覚えているが、それ以外が分からない。何がどうなっているのやら。
「……逃がした。あの女、厄介。」
「あはは。って、うわっ。」
「……ん?」
「ひ、膝枕?」
いつもの枕よりも妙に柔らかい感触を不思議に思っていたが、それは天城凪海による膝枕であったようだ。って、膝枕!?何だってそんなことをしているんだか。驚きすぎてシリアスな空気もどっか行くわ。
「……枕いらなかった?」
「いえいえ、大変堪能させてもらいましたけど。って、違うわ。どうして君が?」
「凪海。」
「は?」
突然この女は何を言っているんだ?もちろんこの女が天城凪海であることなんて知っている。なんと言ってもやばい女だって元から知っていたのだから。忘れるはずがないだろう。それにあのぐるぐるの目を思い出すと、うっ。
「私は凪海。」
「知ってるけど。」
「……むぅ。」
むぅ。とか言って頬を膨らませているのは一見したら可愛らしいものだが、それをやっているのがこの女だからな。やばい女のこんなのいらないわ。それに何を思っているか分からない無の目が恐ろしくて仕方がない。
「えっと?」
「凪海って呼んで。」
「あー、凪海。」
なるほど?なるほど。この女が何をこだわっているかは知らんが、名前で呼んで欲しかったみたいだ。なんでこんなにも懐かれているのかは知れないが、名前を呼ぶくらいに不都合はない。とはいえ、あまり関わりたいやつではないのが本音だけど。
「……んっ。」
「はー、君が満足ならいいや。」
「凪海!」
「あー分かったよ。凪海が満足ならそれでいいよ。」
「……昔あったことある?」
「はっ?……いや、ない。」
会ったことなどない。そんな当然のことを聞かれても困る。だって、あれはただの夢なのだから。夢の中の勝手な妄想なんてものと絡めて、会ったことがあるなんて言えるわけがない。それに会ったことがないのは単なる事実であるし。
「そう……。でも、朝陽はなんだか……。」
「なん……だよ。」
「……なんでもない。」
「そうか。それでこれからどうするんだ。」
「……待ち。」
「国軍が来るのか。」
この世界においても事件の捜査や犯人の確保などは警察が対応をするものだ。しかし、狂器による戦闘に関しては国軍が出動する。警察も弱くはないがやはり国軍の方が数倍強い。そして戦闘をするようなやつは戦闘慣れしているようなやつばかりで、警察では力不足なのだ。
「……そう。」
「そうかぁ。帰っちゃダメか?」
「……ダメ。」
「デスヨネー。」
「にぇ?」
「ひゃあ。つめたっ。」
猫のような声と共に首筋に何か冷たいものを当てられた。そのあまりの冷たさに男が出すものでない声が出てしまった。恥ずかしい。それにここまで人が近づいてきているのにも関わらず、気づかなかったことが末恐ろしいものだ。
「やっほー。君が星野朝陽君?これあげるー。」
「はぁ、ありがとうございます。どなたですか?」
「私は猫峰花梨だにゃー。にゃー。」
「あっ、とー。」
き、きっつー。成人女性。それも25くらいの女性がにゃー、にゃー言っているのはちょっときついわ。何故だか頭のてっぺんに猫耳が生えてるし、それにセミロングの茶色の髪は活発そうな印象を抱いて猫っぽくも思える。
だけどだ。きついよ。それに反応に困るし。わざわざ黄色の細長い眼を演出するアイコンタクトをつけているのもガチ感があってなんとも言い難い。それ視界どうなってんの?まぁ、正直正常な男の子の部分が反応しないこともないけどさ。ねぇ?
「花梨と呼んでニャー。」
「あっはい。かり……ぐはっ。」
「……私だけ。」
「はぁ?何だよ。」
突如として凪海にわき腹をどつかれた。なぜだ。何も悪いことはしていないはずなのに。それに痛いよ。仮にも戦闘系の狂器でしかも肉体性能が高い方のだ。圧倒的に凪海の方が強いのだから勘弁してほしい。吹っ飛んでもおかしくないのに。手加減はしてくれたのかな。
「……名前呼びは私だけ。」
「にゃつかれてるにぇ。」
「……。」
「ごほん。なんか言ってくれないとお姉さん困っちゃうよぉ。」
正直残念だ。なんだかんだ猫語を話す猫峰さんは可愛かったのだけど。それによく見ると尻尾まで着いているじゃないか。ゆらゆら揺れる尻尾に目線が吸いもまれて、目が離せなくなる。くっ、魅惑のモフモフお尻尾。恐るべしッ。
「いえ、反応しずらいですよ。」
「ネタネタ。」
「語尾にゃーがですか……。」
「うぐっ。にゃんだかにゃー。」
あっ、自分でもきつい自覚あるんですね。へー、ほー、ふーん。おっと、俺の男の子の部分が疼いてしまうぜ。なんだかこれを凪海に悟られるとまずい気がするので、どうにか抑えておこう。どうしてやばいのかは分からないけど、何故かそう感じる。
「……突っ込みませんから。」
「結局、突っ込んでるにゃー。にゃにゃにゃ。」
「……むぅ。」
「凪海にゃんも拗ねないの。可愛いんだからぁ。つんつん。」
つんつんとか言いながら凪海の膨らんだ頬を指でつつく成人女性(25)。うーん。推せるな。なんだか変な扉を開きそうなので、何も考えないようにしよう。そっちの扉の先が幸福なものでも死を感じるから。
「……拗ねてない。」
「そうかにゃ。さて、おふざけはここまでにしましょうか。」
「あぁ。」
「ん?どうかしたかい?」
「いえ、なんでも。」
流石に急にクールな雰囲気になったのにがっかりした。もっと猫語を話す花梨さんを見ていたいなんてことは言えないわけで、無難に返すわけない。どこか凪海からじとっとした視線を感じるがそんなの気のせいでしかないのだ。