001 登校
常々思う。この世界はくそったれだ。産まれた時から善悪というやつが決まっていて、それでいて才能ってやつもはっきりしている。それに産まれるところを間違えると、その瞬間にアウトだ。文字通りな。
仮にも親であるというのに、その親に殺される。その親たちの欲求によってな。まぁ、俺はこうして生きている分だけ、幸福なのかもしれない。だが、そこで生き残っても次は近隣住人に殺されるかもしれない。本当にくそだな。
外を歩けば火とか、刃とかが飛んでくるくらいだ。危ないったらありゃしない。命がいくらあっても足りない。こうして生きていられるのも、狂器“接続”のおかげかもしれないな。実際にはどういう異能なのかは、判明してないから分からないのだが。
それはそうと今日は高校の入学式がある。だというのに今日もまた近隣住民どもが元気に騒いでいる。叫び声に空気を裂く音。それに火の熱もここまで来ている。今日くらいは静かにしていて欲しかったものだ。
くだらない喧嘩に巻き込まれて、制服が汚れたらどうしてくれようか。本当にさっさとくたばってくれないかな、と本気で思う。だがこれでもましな方だ。
これは俺が中学生の時の話だが、一人とびっきりやべぇ奴がいた。狂器“愛憎霊装”とかいう愛した奴の皮を剥ぎ、被りたいとかいう変態的な欲求の女だ。質が悪いことに実質的にその狂器は人を殺せば殺すほど強くなって、手を付けられなくなっていくのだ。まぁ、そんな簡単な話じゃないみたいだがな。
だが、愛した奴を殺して皮を剥ぎ、被るだって?そんな非生産的過ぎるわ。もっとましな狂器であったなら良かったのにな。近くにいるだけで鳥肌ものだ。その女は飛び級で高校に入って、軍関係の方にいったらしい。
つまりは厄介払いだ。まぁ、その時には二人も殺してやがるからな。当たり前のことだろ。殺されないだけましというものだ。
そう思うと近隣住民どもはましだと思うしかない。ま、いない奴と比べても不毛だし、俺に被害がある分こいつらの方が個人的には鬱陶しいくらいだ。そんな事がないクラスに配属されたいものだ。それがこの世界でどれだけ難しいものだろうがな。
「さて、もうそろそろ出る時間か。」
やはり憂鬱だ。言葉にすると特に。だが、どんなに嫌がっても時間は過ぎていく。遅刻するのはもっとめんどくさいしな。はぁ。行くか。
おっと、目の前を火が通過していきやがった。マジでふざけてやがるな。制服が焦げたりしたらどうすんだよ。一応、入学式だってのによ。あいつは肉屋の親父、河西重郎の野郎だな。狂器“放火魔”だったか。
狂器“放火魔”の能力は単純明快で、火を創り出して遠くに飛ばす。それだけだ。肉屋の親父は狂器適性がE+でいまいちだ。そのため火力は低い。それでも元々が攻撃性が強い狂器だからな。結構、痛い。焼かれるから当然だが。
「ひひっ。死ねっ!!」
あの声は魚屋の店主か。高西浩太。あいつもくそ野郎だ。狂器“切裂魔”。刃物のもとの鋭さに対して、より強化を加えることができるものだ。攻撃性はこちらも高い。それにいい刃物に対する乗算であるから、刃物によっては超強力となる。
どちらも当たった瞬間アウトだな。制服が焼かれるか、斬られるかだ。最悪だな。それにこの二人がいるということは、あっ、やっぱりいたな。くそ婆が。
惣菜屋の登場だ。こいつらマジで暇なのだろうか。仕事しろよ。もしくはくたばればいいのに。だが、婆さんが一番マシだな。一番脳筋だがな。それに武闘派。でも、制服は台無しになりにくい。
狂器“怒拳”とか言ったか。怒りの感情によって拳での攻撃力を増減させる能力だ。きわめて単純。前二つよりも攻撃性は低いが、婆さんの狂器適性がC+と高く、強化率もまたその分高くなるらしい。婆さんから聞いた話だから、正しいかは知らん。
昔は警備隊でブイブイ言わせてたんじゃ。とか言ってたが、今ではその影もなく衰えている。それでもあの二人に渡り合っているのだから、それなりに強いのだろう。
「クソどもがっ!!今日という今日は許さないぜ。」
「ひひっ。俺がてめぇらを切り裂いてやるぜ、ひひひ。」
「はん。小僧どもが、よく吠わい。」
あーあ。面倒なことになった。混戦を抜けるのは面倒なんだよなぁ。それでも確信がある。俺なら抜けられると。まぁ、ほぼ毎日こんなことをされたら慣れるというものさ。いつからかあの三人がどう動くかが分かるようになってからは、楽勝さ。
そういつからか、あいつらの攻撃がどうなされるかが分かるようになった。まるで、未来を知っているかのように。これが俺の能力だったらいいなと勝手に思っている。未来予知。最高の能力だ。
実際は何の能力かは分からないのだが。というのも前例が少なすぎるのだ。狂器“接続”を持ったもの、また持って生まれたものもすぐに死んでいるくらいであるし。能力の記録としてあるのは二人らしい。
一人は原初の時代。始まりの時代。つまり、狂器が誕生した時代。狂器“接続”の初代持ち主だ。その名を桐沢陽一。狂器“接続”の持ち主にして、狂器“狂王”を持っていたとされる、唯一無二のダブルホルダー。
有名な話だと狂器が己の意志を持ったかのように、その所有者に害をなした等と言う話だ。これらが真実かは分からないが、真実だとしてもそれは狂器“狂王“としての能力だろう。狂器の王とか言うくらいであるし。
それに一つ固唾ものの話がある。それは今もどこかで生きており、人類を見守っているとかいう話だ。だが流石にないだろう。人間ならもうとっくに死んでいるだろうし。150年以上前の話だぜ。
そして、もう一人は春日井柚月。約32年前に86歳、寿命で死亡した歌手だ。現代でも彼女の歌声は人々の心を捕えて離さない。それほどに圧倒的であった。歌手界のレジェンドだ。
話によると彼女の歌を聴くと世界が広がるだとか、知らない情景が見えてくるだとか、そんな信憑性もない話ばかりだ。天才が歌った歌の効果なのかもしれない。一時期、宗教団体“柚月教”なるものができたらしいが、本人の意向によって解散されたらしい。
ただ、ファンクラブとしてはどうにか存続しており、晩年には柚月本人の意向も無視されて新しく宗教団体として発足したらしい。今はどこで何をしているのか。
思考を戻そう。三人の攻撃を避けるのは簡単だって話だったな。攻撃の来るところが分かるのだ。例えば、四歩くらいなら前に進んでも、肉屋の火は俺には当たらない。
「おらっ。」
ほら、ちょうど目の前に火が通過していった。ここからは左に多少ずれながら八歩。これも前だ。そうするとこうなる。
「ひひっ。」
右側を包丁が通過する。というか魚屋、包丁は投げるもんじゃないぞ。包丁はもう一本あるからって、やることじゃないだろ。さて、思考をしているすきにもう一度目の前を火が通過した。
「くっそ。毎回当たんねぇ。」
「そんな分かりやすくやってるからねぇ。やるならこうじゃないと、ねぇ。」
そんな婆さんの言葉だが、当然俺には当たらない。右フック、左ストレート。次も左、とんとん。はいはい。よいっしょ。全部回避。婆さんのが一番避けやすいんだよな、正直。レンジが短いから。火とかは近距離からじゃ、走らないといけないからな。
「ひひひひ。当たってないじゃないか。」
「うるさいねぇ。」
意地になっても結果は変わらない。むしろ読みやすくていい。ナイス魚屋。この調子なら今日は完璧そうだな。
「ぶはははは。あんなに啖呵切って置きながらかよ。芸人の才能あるんじゃないか。」
「このっ、っく。」
よし。全部避けてっと。そろそろ三人の活動範囲から離れるな。そうしたら基本追われることはない。一応、三人にも仕事があるからだ。じゃれつくのも早々に終わらせるものだ。毎回毎回満足するまで構うのは無駄だしな。
「あばよっ。くそ野郎ども。死に晒しな。」
「あんの、クソガキがぁ。」
「ひ、ひひひ。殺す。」
「若造が。」
「くくく。」
その後は何事もなく無傷だな。うん。気分爽快。もう少し煽ってこればよかったかな。でも煽ると避けるのがきついんだよな。二人までなら行けるんだけど。ってか、やっぱあいつら死ねばいいな。下らん思考した。
このペースなら、余裕で着くな。今日は良い調子だ。なんかいいことでもあるかもな。そうだ、そういえば入学式の後とかに自己紹介とかあったな。うーん、こんな感じで行くか。
「俺の名前は星野朝陽。狂器は“接続”。一年間よろしく。って、無難過ぎか?」