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羅刹の宴  作者: Nimue
第壱話
5/18

(5)

 

 なんだかんだと騒ぎ立てる白夜をどうにか追い出し、その夜の安眠を得たのも束の間、翌日に大学へ登校した羅刹はまたもや面倒事に直面した。

 それは昼休みのことだった。

 食堂で普通に昼食をとっていた羅刹の目の前に、誰かが座った。ふと目をやると、和やかに微笑みを浮かべた晴久だった。

 嫌な予感がした。黙っていると、晴久は微笑んだまま「お前の見たという妖魔のことだが」とあたりを憚ることなく普通の声量でのたまった。

 思わず周囲を見回す羅刹だが、幸いにもこちらに注目している人間はいない。

 晴久は午後の予定を訊ねるかのごとくさりげなく、しかし声量は落とさずに言葉を続ける。

「大当たりを引いたようだな。炎鬼一族の次期当主だ」

「あのな。もっと小さい声で喋れ」

「気にすることはない。堂々としていれば案外、他人の注意などこちらには向かない」

 それは御門家という特殊な家に生まれたゆえの経験則なのだろうが、羅刹としては同意しかねる話だった。

 なぜなら羅刹の顔はそこらのアイドルなんて裸足で逃げだすほどの端正さを誇っている。

 自分で言うのも寒々しいが、事実なのだから仕方ない。外を歩けば鬱陶しいほどに他人の視線を感じるというのに、堂々と「妖魔」だの「鬼」だの口にして周りが総スル―してくれると思えとは些か無茶な要求ではないか。

 羅刹は溜息を一つ、吐く。

「俺はどうでもいいけどね。お前はいいのかよ。仕事とか、やりづらくなったりしないのか」

「心配してくれるのか」

 なぜか晴久は満面の笑みである。

「だが安心しろ。そういう時のための人員も常時配置されている。どんな場合でも対処可能だ」

「あ、そう。で?」

 御門家の内情になど興味はないので、深くは追求しない。ただ「そういう時のための人員」が気の毒ではあるが。

 促さなくても勝手に喋り続けそうな晴久の話を渋々促すと、我が意を得たりとばかりに顔が輝く。

「そうだ。それでだな、俺と一緒に鬼退治をしてくれないか?」

「待て。話が飛躍しすぎだっつの。何がどうなったら、俺が鬼退治をする流れになる?」

「む、それもそうだな。俺としたことが先走りすぎたようだ……だが説明すべきことはほとんどないぞ?」

「いいから。大体、炎鬼一族って何だよ。そこから俺は知らないから」

「知らないのか?」

「何で意外そうなんだよ。早く言え」

「簡単に言えば、鬼の中で最強の一族のことだ」

「そんなのと闘えって言うのか?俺に?」

「心配ない。御門家でも有数の精鋭を揃える。俺も参加するから、お前くらい力があれば危険はないはずだ」

 目が本気だ。嫌な予感が当たってしまった。

 どう言って断わろうかと沈黙する羅刹をよそに、晴久は饒舌に喋り続ける。

「髪の色が赤いのは鬼の中でも炎鬼一族宗家だけだ。分家にも髪の色が赤いものはいるが、御門家で把握している中ではほとんどが女だからな。お前の言った外見的特徴と一致する赤髪の鬼は、炎鬼一族当主の長男だけだ」

「ああ、そう。でも俺には関係ないだろ、それ」

「話を聞いていなかったのか?お前も参加してくれないかと、要請しているんだが」

「お前こそ人の話を聞けっての。前から言ってるだろ、できるだけお前の家の仕事には関わりたくないって」

「だが手を貸してくれたこともあるだろう?」

「あれは相手が本当に狂ってたからだ。放っておいたら、見境なく大量殺人すると思ったから、仕方なくだ」

「今回の相手もそういう危険がある。うちの術者も何人も返り討ちにされている危険な妖魔だ」

「返り討ちってことは、先にそっちが手を出したんだろうが」

「なぜそんな言い方をする!」

 声を荒げた晴久に、周囲が一瞬こちらを見るが羅刹が睨むと慌てて視線を逸らす。こういう時はこの顔も便利だ。

 晴久の方は周囲のことなど気にも留めず言葉を続ける。

「確かにお前には妖魔を積極的に狩る義務はない。だが、放っておけばたくさんの人々を傷つける可能性がある妖魔に、なぜそこまで無関心になれる?」

「無関心どころか」

 むしろ誰よりも関心がある。そう言おうとして、羅刹は口を噤んだ。関心があると言っても、それは晴久の言う意味でのそれではなかった。

「…それより、何で今回に限ってそんなに熱心なんだよお前。ついこの間は、怪我させたら悪いとか殊勝なこと言ってたくせに」

「正直、戦力に不安がある」

 晴久は気まずげに眉根を寄せる。

「相手は鬼で、しかもその中で最上位の能力の持ち主だ。うちの精鋭を集めれば倒せるだろうが、こちらの被害も大きいだろう。お前に迷惑をかけるのはわかっているが力を貸して欲しい」

「俺一人が加わったくらいで何か変わるとは思えないけど」

「言ったことはなかったか?お前には才能がある」

 力強く晴久が断言する。嬉しくない。

「お前が加わってくればまさに百人の味方を得たようなものだ。頼む。人の命がかかっているんだ」

 だからどうした。

 ごく自然にそう思った自分を、羅刹は内心で嗤う。

 晴久のことは好きだ。無関係な人間のために、傷つくことも厭わずに妖魔と戦うその愚直さや正義感には憧れていると言ってもいい。

 だが同時に、その美点が疎ましかった。

 なぜ、そうも迷いがない。なぜ、一面識もない赤の他人の命をそこまで尊べる。なぜ、その力で妖魔を殺すことに躊躇いがない。

 羅刹は、自分が人間であるという確信すら持てないでいるのに。

「聞いているのか、羅刹?」

「ああ、聞いてる――なあ晴久。俺さ、お前のことは嫌いではないよ。出来ることなら助けてやりたい。でも、俺は親を悲しませたくないんだ」

「……」

「お前の家と違って、俺の親は妖魔なんて全然見えない一般人だし、万一のことがあってぐっちゃぐちゃの遺体なんて見せたらどう思うかわかるだろ?それも覚悟の上、とは俺は言えない。お前みたいな覚悟は、持てない」

「…………そうだな」

 晴久は肩を落とす。

「すまない。俺の思慮が浅かった。お前の事情も考えずに悪い」

 何て素直な奴だ。狙って言ったとはいえ、ここまで目に見えて申し訳なさそうな顔をされるとは、晴久をよく知っていてさえ予想だにしないことであった。

 羅刹が戸惑っているのをどう解釈したのか、晴久は早口でもう一度謝罪を述べる。

「本当に悪かった。俺はお前の親のことなんて何も考えていなかった。それにお前のことも。俺は、夢中になると周りが見えなくなると叔父にもよく注意されるんだ。気をつけているつもりだったんだが」

「いや、そこまで気にするなよ。むしろ、悪いと思ってるよ。期待に応えられなくて」

「それは、もういいんだ。お前の言い分ももっともだ。忘れてくれ」

 言いながら立ち上がると、晴久は足早に立ち去った。

 それを見送りながら、羅刹は安堵と罪悪感の入り混じった、奇妙な気持ちを味わっていた。




「やっと見つけた」

 ビルの屋上から羅刹をひたすら「見て」いた刹那は、不意にかけられた声に視線を外して、背後をちらりと見た。

 彼以外に誰もいない筈の屋上に、幼馴染の姿があった。刹那は舌打ちする。気配を絶っていたつもりなのに、こうも易々と見つかるとは思わなかった。

「何でわかった」

「勘よ、勘」

「そうかよ」

「そうかよ、じゃないわよ。断りもなしに人間の街なんてほっつき歩いて、何考えてるわけ?ていうか、何か考えてるならまだいいけど、どうせ何にも考えてないんでしょ?」

「うっせえな。がみがみ言うな」

「何よ、その言い方」

 幼馴染――紅月は、刹那に負けず劣らず赤い髪を、乱暴に掻き上げた。それは、彼女が苛立った時の癖だった。

「あたしだってこんな小姑みたいなこと言いたくて言ってるんじゃないわ。特にあんた相手にはね。言っても無駄ってわかってるし。でも今がどういう時かわかってるでしょ?あんたに万一があったら、宗主の座はどうなるの?」

「那智がいるだろうが」

「駄目よ。まだ子供すぎる。そりゃあ、時間があるなら成長を待つことも出来るけど」

「時間はねえってか。お前もやっぱり、親父が死ぬと思ってるのかよ」

「ええ」

 迷いのない肯定に、刹那は振り返る。その顔にははっきりと怒気が浮かんでいた。

「紅月、てめえ」

「あたしは医師よ。患者の病状を見誤ったりしない。今日明日って話じゃないけど、それでももう床から起き上がることも出来ない。宗主として他の鬼をまとめることも出来ない。そんな状態の宗主を宗主としていつまでも仰いではいられないわ」

「お前は冷静だよな。弱った宗主を治すのがお前の仕事だろうが。それとも弱い宗主は必要ないってか」

「次の宗主の安全を確保するのもあたしの仕事よ」

「わかってんだよ、そんなこと!!」

 紅月が口を噤む。

 刹那は、転落防止の為に張り巡らされているフェンス越しに街を睨みつけた。

「どいつもこいつも、宗主宗主って馬鹿の一つ覚えか。お前にまで言われるとうんざりする」

「刹那」

「俺が宗主になって、そしたらお前はどうするんだよ。宗主は白炎と結婚するのが掟だぞ。お前は俺の主治医になって、護衛もして、それで満足か。俺が跡継ぎを残せば喜ぶのか。それで俺が死にそうになったら、俺の餓鬼に取り入るんだろ。『次の宗主様、何でもお申しつけ下さい』ってか」

「刹那!」

「消えろよ」

 立ち竦む紅月に視線もくれず、刹那は無表情で言い放つ。

「聞こえなかったのか?宗主の命令だぞ」

 もう一度、消えろ、と呟く。

 紅月は暫く動かなかったが、結局、物も言わずに立ち去った。自分で命令したくせに、それに僅かな痛みを覚える。

 幼い頃から共に育った紅月でさえこれだ。

 他の者たちがこれからどんな態度をとってくるか、想像に難くはない。誰でもいいのだ。宗主に相応しい強さを持っていれば、誰でも。刹那だろうと、父だろうと一族にとっては大差ない。

 衰えれば、切り捨てられるのだ。父のように。

 だから刹那には強さが全てだった。必要とされているのは刹那ではない。刹那の持つ力だ。

 だから強さを求めた。力さえあれば何をしても許される。力がなければ存在すら許されない。

 ――俺は、何だ。

 そんなことを考えるのは間違っているのだろう。そう、考える必要などない。自分は最も強い者であり続ける。あり続けなければならない。誰にも、刹那を排除などさせない。させてなるものか。

 だからあの人間は殺しておかなければならない。

 常人ならば見えるはずのない、遠く離れた場所にいる羅刹を見つめたまま、刹那はそう心に誓う。

 油断していたとはいえ、してやられたのは事実だ。あの人間が刹那を殺す気だったら、どうなっていたかわからない。人間ごときにどうにかされるつもりは微塵もないが、それでもあの一撃は刹那にとって汚点だった。

 あの人間を殺して、その臓腑を貪ったらどんな味がするのだろう。

 甘美な想像に、刹那は自らの本能が昂るのを感じた。その衝動に突き動かされるままに、羅刹を目指して地を蹴る。

 瞬きする間に、刹那の姿は屋上から掻き消えた。

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