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羅刹の宴  作者: Nimue
第壱話
14/18

(14)

 

 常盤曰く「新米狐」の伊織は、羅刹が近付くとあからさまに怯えたように後ずさった。白夜に対するのと同じような反応だ。一応、自分も妖魔のくせに、この小動物っぽさは何なのだろう。他に羅刹の知る妖魔が揃いも揃って偉そうなものだから、逆に新鮮である。

 あまり近づきすぎると逃げ出しそうだったので、少し距離を置いて立ち止まる。

「今の話、聞いてたか?」

「ど、どの話ですかっ」

「……お前さ」

「は、はい」

「それ、わざとか?」

「え!?」

「……いや、何でもない。お前の常盤様がお呼びなんだが、どうやって帰ればいいか教えてくれないか?」

「どうやって…ですか?」

 伊織は戸惑ったように眉を下げる。

「教えるようなことじゃないんですけど……妖魔だったら、生まれた時から空間の繋げ方くらい、言われるまでもなく知ってますよ」

「悪かったな、人間生まれで」

「い、あ、あのですねっ、今のは馬鹿にするつもりではなくて」

「だったら訊かれたことに答えてくれないか。せめてあれをどうにかしてもらわないと」

 と、ぴくりとも動かない刹那を指す。

 このままここに転がしておいたところで一片の良心も痛まないが、目を覚ましてまたリベンジに燃えられてはたまらない。胡散臭くとも、常盤とかいう女の所に連れて行って対策を聞く方がましに思えた。

 伊織は刹那を見て、嫌そうな顔をする。

「ぼ、僕が刹那様を運ぶんですか?僕ごときが気安く触ったなんて知れたら、後で殺されちゃいますよ」

「大袈裟な…」

「大袈裟じゃありませんよ!貴方は妖魔のことがわかってないから、そんなふうに言うんです!意思を無視するっていうのは、相手を格下に見ているっていうことなんですよ!?許可もなく別の場所に連れて行くなんて、立派な侮辱行為です!!」

 涙目である。

 触るだけで侮辱とは、一体どこの王族だと言いたいところだが、ここでそんなことを言い合ったところで時間の無駄でしかない。かと言って羅刹が背負って連れて行く、というのも無理がある。そもそも、依然としてここがどこで、自宅からどの程度離れているのか不明なのだ。まあ、地名は通行人に聞くなりなんなりすればすぐにわかるが、身一つで飛ばされてきたので金がない。歩いて帰れる範囲ならいいが…。

 そこまで考えて、急にうんざりした。

 何故、今更こんなことで悩まなければならないのか。

「あいつが何か言ったら、俺がどうにかする。それでいいだろ」

「え?で、でも…」

「それとも俺の言うことは聞けないか?」

「いえ!!め、滅相もありません!はい!」

 わざと高圧的に言ってみると、面白いように肯定的な返事が飛んでくる。この変わり身の早さには感心するしかない。

 何にしろ、問題が解決されれば羅刹に異論はない。常盤も伊織も、羅刹が妖魔の能力を使いこなせるのは当然のような言い方をしていたが、そんなわけがない。刹那を倒せたのも半分以上は白夜の手助けがあってのことだろうし、ましてや「空間の繋げ方」など知っている筈がないだろう。

 伊織は、いかにも不承不承という風に刹那の傍にしゃがみ込み、口をへの字にしてこちらを仰ぎ見る。

「言っておきますけど、僕の力じゃ刹那様一人運ぶので精一杯ですからねっ」

「そこは心配しなくていい」

「え?そうなんですか?」

「俺は最後でいいから、三往復かけてゆっくりやってくれ」

「全然わかってないじゃないですか!もう!!しょうがないですね!白炎様を連れてこっちに来てください」

 言われるままに、意識のない白夜を抱えて伊織に近づくと、彼は「本当はあんまりやりたくないんですけど」と呟きながら片手を振る。すると、何も無い空間の一部が目に見えて歪んだ。範囲はそれほど広くなく、人一人分をカバーできる程度だ。

「今回だけ特別に僕の入口を貸してあげますから、ここを使ってください」

「使う…?」

「ほんっとに何も知らないんですね。いいですか、とにかくそこに飛び込めば、常盤様のいらっしゃる場所まで一瞬でいけますから」

「どこでもド…いや、何でもない。危険はないのか?」

「それ、普通の人間が言う科白ですよね。ここにはいませんけど」

「……」

「すみませんすみません!調子に乗りました!」

 別に気を悪くしたわけではないのだが、まともに取り合うのも面倒だったので、無視して歪みの正面に立つ。ファンタジーここに極まれり、といった感じだ。もっとも、この期に及んで常識を云々言っても仕方がない。

 一呼吸置いて、足を踏み入れる。抵抗もなく、飲み込まれた足の下にはしっかりとした地面の感触がある。数秒、躊躇した後、もう片方の足も進めると、羅刹の姿はその場から完全に消えた。




「随分、遅かったじゃないか」

 気がつくと羅刹は、自分の部屋に立っていた。目の前には馴染んだベッドがあり、そこに馴染みのない女が座っている。色白で髪の長い、年齢不詳の女だ。ぱっと見は若いが、どこか得体の知れない雰囲気を纏っている。

「あんたが、常盤か?」

「いかにも」

 女は優雅に小首を傾げる。羅刹は女をじっと凝視した。いつものように、本当の姿が見えない。壊れかけたテレビのように、数瞬、残像のようなものが浮かび上がる程度だ。

「いくら私がいい女だからって、そんなに見るんじゃないよ」

 常盤が余裕に満ちた笑みを浮かべる。

「言っておくけど、私の正体を見破ってやろうなんて考えは捨てるんだね。隙だらけの脳筋坊やならともかく、私の術は二十年程度しか生きていない若造に看過されるほど脆くない」

「なるほど。つまり厚化粧ってことか?」

「綺麗な顔して、生意気な坊やだね。そんなんだから、あの単細胞に目をつけられるんだよ」

「理由がわかってるだけましだ。俺はあんたの方が不気味だね」

 刹那に狙われたことは迷惑甚だしかったが、少なくとも動機は明確だった。一方この常盤とかいう女は鬼でもなく、口ぶりからして刹那に協力しているわけでもないらしい。羅刹の方にはこの女に興味を示される心当たりは全くなく、ゆえに得体の知れない不安が感じられて仕方がなかった。

 常盤は彼の緊張を嘲るかのように、ゆっくりと立ち上がる。

「危害を加える気なら、とっくにやっているよ。だけどそんなことをしてどうなるっていうんだい?私はゼロか一かの結果には興味ない。私はね、ただお前さんに楽しませて欲しいだけだよ」

「楽しませる…?」

「そうさ。妖魔としても人間としても、イレギュラーな存在。そんな存在が現れたことによって、何が起こるのか?考えただけでもぞくぞくするね。下手な見世物よりも面白いじゃないか」

「俺はあんたの暇潰しの道具か」

「まあ、そうだね。だけどお前さんだって私の情報が必要だろう?だったら私の思惑なんて関係ない筈だ。五里霧中から脱する代償としては、悪くないと思うけどね」

「……」

「とりあえず、隣で話さないかい?お前さんがそこにいたら伊織の邪魔だし、白炎は寝かせておいた方がいいだろうしね」

 こちらの同意を待たず、お茶が飲みたいね、などと言いながら常盤は出て行った。

 それを何となく見送ってから白夜をベッドに寝かせると、何かが落ちる物音がすると共に、いつの間にか背後に刹那が倒れていた。相変わらず意識はない。

「あー疲れた―」

 何も無いところから伊織が飛び出してくる。透明人間が突然、姿を現したようだ。

 侮辱罪だ何だと騒いだ割に、無造作に刹那を床に転がした伊織は「刹那様はこのままにしておいていいですか?」と羅刹に訊ねる。

「……まあ、いいんじゃないの」

 刹那ごときに気を回すのも面倒だったので、そう答え、常盤の待つ隣室に向かう。

 常盤は羅刹の顔を見ると、すぐさま口を開いた。

「どういうことだい?」

「は?」

「どうしてこの家にはお茶が置いてないんだい」

「……ペットボトルならあるぞ」

「ペットボトル!」

 常盤は、馬鹿か、と言いたげな顔をする。

「嫌だよ。趣がないじゃないか」

「じゃあ飲まなきゃいいだろ。あんた何しに来たんだよ」

「何だったかねえ…歳を取ると忘れっぽくなっていけないね」

「おい」

「冗談だよ――それで?何が聞きたいんだい?」

「――俺は、これからどうなる?」

「えらく漠然とした質問だね。お前さんがどうなるかなんて、知ったことじゃないよ。知っていたら、楽しくないだろう」

「俺が知りたいのは、これから何か厄介なことに巻き込まれる可能性があるかどうかってことだ」

「ふふ。既に十分厄介な立場にいると思うけどね。そもそも、お前さんは妖魔のことをどれだけ知っているんだい?」

 そう、自分は妖魔のことをどれだけ知っているだろうか。

 羅刹は自問する。

 晴久は妖魔が全て害悪であると思っているようだが、彼は違う。勿論、善だと思っているわけでもないが、妖魔に対する態度はそこそこ友好的であると言ってもいいだろう。白夜や常盤と話してもわかることだが、その内面が人間とそれほどかけ離れているようにも感じない。

 知識として彼らが普段どんな生活を送っているのか、なぜ人間に干渉してくるのかは知らない。ただ、羅刹にとっては今までそれは重要なことではなかった。

「あんた達が、人間に近い精神を持っているってことはわかる。物の考え方も、理解できないほど飛躍してはいない。それでも、人間にはありえない力を使う。生身の個体として考えたら、妖魔は人間を超越しているだろうな」

「当然だね。もともと私たちは、こことは違う次元に生きる存在だ。人間の世界の法則には縛られない」

「…俺がわからないのは、それだけの能力を持っていて、どうして人を支配しようとしないのかってことだ。妖魔が人を襲うことがあるのは知ってるが、それだって組織的な攻撃じゃない。あんた達の力があれば、簡単なことなのに」

「――それで?」

 常盤の目が、どこか面白そうに光る。

「あんた達には、そうできない理由がある。それが、法律みたいなルールのせいなのか、人間に関わってる場合じゃない事情があるせいなのか、それとも他の制約があるからなのかは知らないけどな」

「へえ、驚いた。意外に考えているんだね」

「……馬鹿にしてるのか?」

 常盤は一瞬、虚を突かれたように目を見開き、何が可笑しいのかけらけらと笑った。

「いいや。本音さ。私がまだ未熟だった頃、正体がばれることもあったんだが、人間の反応は問答無用で攻撃してくるか、脱兎のごとく逃げ出すかのどちらかだったからね。話が通じるってのはいいものだ」

「そりゃどうも」

「礼には及ばないよ。坊やの言うとおり、私たちにはこちら側に大きく干渉できない理由がある」

「どうして、と訊いてもいいのか?」

「そりゃあ、いろいろさ。自分達より劣っていると分かり切っている種族相手に本気になるのも馬鹿馬鹿しい、っていうプライドもあるし……それにあの単細胞を見てもわかると思うけど、妖魔は血の気が多くてね。私のように長く生きて血を見すぎた者はともかくとしても、基本的に身内同士で争うのが好きな生き物なんだよ。だから人間にまで手が回らないってのもある。けど最も大きな理由は」

 そこで彼女は言葉を切る。

「……まあ、その話は後にしよう。最初の質問に答えると、お前さんがどうなるかはお前さんがどうしたいかによるね。炎鬼の後継者争いに加わりたいならそうすればいい。宗主の息子を倒して、白炎の力を引き出したお前さんには、その資格があるよ」

「ずっと気になってたんだけどな、『白炎』って何なんだ?」

 羅刹以外の妖魔たちは全員、白夜のことを『白炎』と呼んでいたし、彼女も自然に答えていた。単なる通称ではなく、意味のある名前に感じられた。それはあの不思議な感覚――まるで力を分け与えられたように、刹那を圧倒したあの感覚と無関係ではないのだろう。

 そう言うと、常盤は「正解」と微笑んだ。

「『白炎』って言うのは、個人の名前じゃない。称号みたいなものさ。髪の毛と、操る炎が白いことからそう呼ばれてるんだがね、面白いことに代々一人しか生まれないんだよ」

 わらわに親はいない、と言った白夜の顔が、何故か思い出される。

 常盤は構わず喋り続けている。

「白炎が生まれる血統は決まっていない。前任者にお迎えが来そうになると、突然生まれるんだ。生まれると、宗主の手元で大切に育てられる。何故そんなに手厚く扱われるかと言うと、白炎には力があるからさ。特別な力がね。それが何か、もうわかっているだろう?」

 羅刹は頷く。白夜が触れただけで、自分の力が何倍にも膨れ上がった感覚はまだ覚えている。つまりそれが「白炎」の能力なのだろう。

 納得すると同時に、思い出したことがあった。

「だけど刹那は、白夜の力を引き出せてないみたいだったぞ。確か『力を引き出せないのがそんなに不満か』とか何とか…」

「そのようだねえ、いや、私も初めて知ったよ。それであの坊や、誰かれ構わず噛みついていたんだねえ」

「あれが標準じゃないのか」

「ふふ、どうだろうね。それよりもお前さん、涼しい顔してるけど、自分の身の振り方には気をつけないと、これから大変なことになるよ」

「わかってる。俺が宗主候補を倒したってことは、炎鬼が一族総出で報復に来るかもしれないってことだろ」

「わかってないね」

 やれやれ、と言いたげに常盤が溜息をつく。

「ことはそう単純じゃないんだよ。いいかい、お前さんが片づけたあの坊やは、宗主候補筆頭ではあったが、絶対に宗主になると決まっていたわけじゃない。多分、白炎との相性が悪いことがネックになっていたんだろうね。他にも候補は何人かいたわけだよ。まあ、坊やはあんな性格だし、白炎のことを抜きにすれば戦闘能力は高いからね、自分に反対する連中を押さえつけてこれたんだろうけど、ぽっと出のお前さんなんかにやられてしまった。それを他の鬼どもが知ったら、何を考えると思う?」

「俺を殺して、自分が宗主に名乗りを上げよう、とか」

「それもあるけど、もっと面倒なことにもなり得るよ。つまり、宗主候補筆頭を倒したお前さんこそが次の宗主に相応しい、と考える奴が出てくるかもしれない。言っておくけど、丁重にお断りして引き下がるような大人の対応は期待しない方がいい。お前さんの意思なんてどうでもいいのさ。うんと言わせるためなら、お前さんの家族や周りの人間を人質にとって脅す、くらいのことは平気でやるからね」

「そんな、何もわかっていない役立たずの俺に、そこまでする価値があるのか?」

「お馬鹿。何もわかってないからこそじゃないか。お前さんを宗主にして、自分が裏で実権を握ろうって魂胆だよ。何も力でぶつかるだけが能じゃないからね」

「……どうすればいい?」

「さあね。これはお前さんの問題で、私には関係ないよ。幸いにして、白炎はお前さんに好意的なようだし、あの坊やさえ説得すれば誤魔化せるかもしれないね」

 と言いつつ、本心ではそれを望んでいないような言い方だった。羅刹にしても、あの刹那がこちらに都合のいいように動いてくれるとは思えなかったし、まずまともに話し合いができるかどうかも怪しい。

 常盤は緩慢な動きで、髪をかき上げる。

「ま、脅しておいてなんだけど、今すぐどうこうってことはないよ。その後はわからないけどね。せいぜい無駄死にしないように、頑張りな。それよりも」

 と言って、何かを含むようににやりと笑う。

「もっと面白い話をしよう。お前さんの、本当の親についてね」

 

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