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羅刹の宴  作者: Nimue
第壱話
12/18

(12)

 

 一目見て、刹那が激しい怒りに駆られていることはわかった。

 最早、人間の姿を取り繕うこともせず、元の姿のまま直立し、爛々と燃える赤い目でこちらを激しく睨んでいる。二度の邂逅で、殺されかけた時でさえ彼を恐ろしいと思わなかった羅刹も、その目つきに背筋が粟立った。

 張り詰めたような沈黙を、最初に破ったのは白夜だった。

「――何故、お主がここにいる」

「何故?」

 不気味なほど、静かな声で刹那が呟く。

「いい質問だな。教えてやろうか、白炎殿。お前は、自分が命令すれば誰もが言うなりになるとたかをくくってたんだろうが、俺は違う。俺は次の宗主だ。たまたま、白炎として生まれただけでふんぞり返ってる女が、一人になりたい、誰とも会いたくない、なんてほざいても、俺には関係ないんだよ」

「ふん。それでわざわざ捜しに来てくれた、とでも言うつもりか?どういう風の吹きまわしだ。まさか今更、相互理解に努めようという気になったわけでもあるまい」

「は、まさか。こっちはお前の存在が忌々しくてしょうがねえってのに。理解するほどの価値がお前にあるとも思ってねえよ」

「それはそれは、ありがたくて涙が出そうだ。わらわとてお主の顔など見たくないから、気を遣わずともよいのだがな」

「遠慮するなよ。俺とお前の仲だろうが」

 平坦に言って、刹那は目を眇める。

「今度は俺の質問に答えてもらおうか、白炎――なんでお前が、その男と一緒にいる」

 ぎろり、と射殺しそうな目で睨まれて、羅刹は身を強張らせた。傍にいた伊織が「ひい」と小さな悲鳴を上げて、しがみついてくる。 

「ぼっ僕はこの方たちと全く関係ありませんから!」

「黙ってろ、雑魚が」

「すすすすみません」

 凄まじい眼光に貫かれ、伊織が凍りつく。その視界を遮るように、白夜が一歩前に進み出た。

「お主が腹を立てているのは、わらわにだろう。この男も、まして子狐も無関係だ。弱い者に誰かれ構わず牙を剥くとは、炎鬼の誇りも地に堕ちたものだな」

「言うじゃねえか」

 地を這うような声音にも、白夜は動じない。

「勘違いするな、刹那。わらわはお主の妻となることに異議はあるが、お主を追い落とすつもりで羅刹に近づいたわけではない。それとこれとは別の話だ」

「別…?」

 刹那はくく、と喉の奥で短く笑う。

「調子のいいこと言ってんじゃねえよ。お前がどういうつもりだろうが、関係ない。その男は俺の敵で、お前が俺に断りもなしにそいつと通じていたってことは事実だろ。別に驚きゃしないがな。お前は俺のことが嫌いだもんなあ、白炎」

「それはお互いさまだろう――わらわの力を引き出せないのが、そんなに悔しいか。逆恨みされても迷惑なのだがな。わらわのせいではなく、お主の力量が足りないだけなのだから」

「……てめえ」

「何だ?怒ったのか?図星だからな。一族共も他に適当な者がいないからお主を次期宗主としてはいるが、腹の中ではもっと相応しい者がいるかもしれないと疑っているだろうよ。どんな気分だ?誰かの身代わりとして宗主に祭り上げられるのは」

 白夜の科白は、途中で遮られた。

 刹那から放たれた炎が、その体を直撃して吹き飛ばしたのだ。驚いて背後を振り向く羅刹だが、白夜の姿は見えない。まさかビルから落ちたのか、と嫌な想像が浮かぶが、それを確かめる前に「わらわと本気でやり合う気か」という冷めた声と共に、どういう魔法でか一瞬で刹那の背後に移動した白夜が、その頭部を容赦なく蹴り飛ばした。

 ごん、と凄まじい音がするが、刹那は何事もなかったかのようにゆっくりと首を回し、にやりと口角を上げる。

「こんなもんか、白炎」

「……」

「今のてめえが俺とまともに戦えると思ってんのか。だとしたら舐められたもんだな」

「やってみなければわからぬ」

「馬鹿が」

 すぐに二人の戦闘は、目で追えなくなった。白と赤の残影が現れては消え、人間ではとても捉えきれない速度で、激しい攻防を行っているのがかろうじてわかる程度だ。

 呆然と立ち尽くす羅刹の袖を、伊織が引っ張る。

「何ぼんやりしてるんですか。今のうちに逃げましょう!」

「はあ!?」

「はあ、って僕たちは関係ないじゃないですか!あんなのに巻き込まれたら即死ですよ、即死!」

 伊織の言っていることはわかる。わかるが、はいそうですかと頷くことはできなかった。

 伊織はともかく、羅刹は間違いなく刹那の怒りに一役買っているだろうし、見知らぬ誰かならいざ知らず、白夜だけを戦わせ自分が逃げだすのは気が咎めたのだ――そんな風に思ったのが、自分でも少し意外ではあったが。

 羅刹の逡巡を感じ取ったのか、伊織が語調を強める。

「何を迷うことがあるんですか?勝手にやらせておけばいいんですよ。あの二人は仲が悪いことで有名ですから、今更止まりません。それとも割って入るつもりなんですか?」

「それは…」

「それならご自由にどうぞ。僕は失礼させてもらいます」

「え?ばっ……”待て”!」

 今にも逃げ出そうとしていた伊織の動きが、金縛りにでもあったかのようにぴたりと止まる。その目が動揺したようにせわしなく瞬きを繰り返すが、羅刹はその反応を特に不審に思わず、これ幸いと訊ねる。

「あいつらは、どっちが強いんだ?」

「……刹那様に決まってるじゃないですか。白炎様も本来の力が出せれば、善戦できるでしょうけど……あの姿じゃあ、実力の半分程度も出せればいい方だと思いますよ。本当なら白炎様が、候補とはいえ宗主様に逆らうこと自体が、ありえないことなんですけどね」

「それはどういう」

 言いかけた矢先に、刹那に派手に蹴飛ばされた白夜が目の前をごろごろと転がるのが視界に入る。

「白夜!!」

「まだいたのか、お主ら」

 のろのろと顔を上げた白夜は、眉根を寄せる。蹴られた箇所が痛むのか、羅刹に呆れたのか判断の難しいところだ。

「早く逃げろ。わらわの努力を無にする気か」

「…まさかお前」

 ふと閃いた仮説を口に出すよりも、刹那が白夜の側頭部を蹴る方が早かった。手加減も何もない、容赦のない一撃だった。横倒しになる白夜を冷めた目で見下ろし、刹那は「もっと早くこうしてればよかったな」と呟いた。

「白炎なんて俺には必要ない。足を引っ張るだけの邪魔者は殺しておくべきだ。お前もそう思うだろう?」

「……愚か者が。それで一族を纏められると思うのか、お主は」

「纏める必要なんてねえよ。逆らうやつは全員叩き潰す。簡単だろ?」

「お主はいつもそれだな。力、力と馬鹿の一つ覚えのように言うは容易いが、それで本当にお主の苛立ちは収まるのか?周りのもの全てを跪かせ、恐れられることが望みなのか?それはそれで構わぬ。勝手にするがよい。だが宗主の座を、自分の強さを誇示する道具としか思わぬ輩になど、わらわは断じて従わぬ!」

「は!随分と饒舌じゃねえか。くだらねえ御托はたくさんだ。勝った奴が正しいんだよ。俺がこれからそれを証明してやる」

 刹那の赤い目が、何かの予兆のように色濃く揺らめく。無性に嫌な予感がした羅刹は、衝動的に「力」を放っていた。最初に遭遇した時のように、前触れもなく横ざまに数メートル吹き飛んだ刹那の体は、しかし地に落ちる前に視界から消失した。

 一拍置いて、膝裏に衝撃を感じる。バランスを崩して体が傾いだところを、有無を言わせず後頭部を物凄い力で押され、羅刹は無様に転倒した。

「羅刹!!」

「俺に遊んで欲しいのか、人間?」

 頭上から、刹那の嘲るような声が降ってくる。

「そやつは関係ないだろう!放せ、刹那!!」

「ぎゃあぎゃあうるせえ。こいつがいるから、てめえも俺に逆らうんだろうが。何を期待してるんだか知らねえが、こいつごときのせいで舐められてたまるか」

「貴様!!」

 上から押さえつけられ、顔も上げられない状態で羅刹は段々、腹が立ってきた。刹那と白夜の会話には、ところどころ意味のわからない個所もあるが、前回の遭遇で言われたことを考え合わせるに、とどのつまりこの状況は刹那の見栄のせいではないか。

 先に手を出したのは羅刹だが、そうしなければ晴久に見つかっていたし、その後は殺されかけたのだ。結果的に刹那の方が重傷を負ったとはいえ、それこそ自業自得ではないか。こいつを満足させるために、自分は何回死ななければならないのか。

 ――勝手なことを言うな。

 苛立ちに任せて、「力」で刹那を跳ねのけようとするがそれより早く首を鷲掴みにされる。

「さよならだ」

 勝ち誇ったような宣言と共に、骨の折れる鈍い音が響く。羅刹の首の骨は、刹那によって実にあっさりと折られていた。




 そこは暗闇だった。

 誰かの呼びかける声に、羅刹は目を開く。刹那も白夜もいない状況を怪訝に思いながらも、身を起こすと、目の前にはもう一人の自分とも言える存在が立っていた。容姿も背の高さも寸分違わないその青年は、羅刹を見てにやりと笑った。

「お目覚めか。殺された気分はどうだ?」

「……殺された?」

「おいおい、鈍い奴だな。あの鬼のせいでお前は死んだんだよ。首を折られてな」

「じゃあここはどこだ?それにお前は?」

「どこだっていいだろ。敢えて定義づけるなら、お前の深層意識の中とでも言おうか」

「深層意識…?」

「もっと混乱させてやろうか。俺はお前とは別の、お前という存在の概念だ」

「どういう意味だ?」

 青年は「面倒くさいな」と言いたげな顔をする。

「簡単に言えば、もう一人のお前ってことだよ」

「?」

「おかしいと思わなかったのか?前に刹那に殺されかけた時、どうしてお前が鬼の力を使えたのか」

「それは」

「鬼の血を引いているから、か?仮にそれが事実だとして、どうしてあの時だけ使えたんだ?それまで使い方どころか、自分がそんな力を持っていることすら知らなかったのに」

「……」

「実際に炎を扱えた以上、お前にはその素質があった。じゃあ何で、妖魔を退ける力は物心ついた頃から扱えたのに、妖魔の力は発現しなかったのか。簡単な話だ。お前は無意識にその力を抑え込んで、表に出ないようにしていたんだよ。まあ、当然だな。人間社会で生活していく以上、必要のないものだ。お前は出来るだけ人間らしく見せかけなければならなかった。そうしなければ生きていけないことを、本能で悟っていたから」

 淡々と解説されて、気味が悪くなってきた。目の前の青年は、自分と同じ姿かたちをしているが、顔つきや抑揚のつけ方が微妙に異なっているせいで全くの同一人物とは思えない。かといって別の人間と言い切れるほど、決定的に違っているようにも見えないのだ。

「……お前は、誰だ」

 青年は、ふと笑った。人間のものよりも太く鋭い犬歯が覗く。

「俺は、お前に捨てられた存在――つまり、鬼としてのお前だよ。そしてお前は、人間としての俺だというわけだ」


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