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羅刹の宴  作者: Nimue
第壱話
11/18

(11)

「一臣様は君を心配しているんだよ」

 部屋から退出すると同時に、勇太郎から言われた言葉に晴久は苦笑する。ちなみに一臣とは叔父の名前である。

「気を遣わなくていいですよ、勇さん。もう子供じゃないんですから」

「そうかい?だけど君がいくら成長しようが、僕の方が年上であることは変わらないんだよ」

 自慢げに胸を張る勇太郎に、つい笑みが浮かぶ。

「年上ぶらないで下さいよ。俺だってあの頃ほど無鉄砲じゃありません」

「ふうん?じゃあ天狗に突っ込んで行って、派手に返り討ちに遭うようなことはもうないね?」

「さりげなく古傷を抉らないで下さい。封印したい過去なんですから」

 晴久が初めて勇太郎に引き会わされたのは、六年前のことだった。

 一時的に御門家に居候していた勇太郎は、彼をサポートし、さまざまなことを教えてくれた。晴久は当時、訓練を修了して実戦をこなし始めたばかりだったので、年上ながら押しつけがましくない勇太郎から学ぶことは多かった。

 知識や術の基礎は全て叔父に叩き込まれたが、それだけでは足りない部分を補ってくれたのは勇太郎だ。思うようにいかず行き詰った時も、兄のように見守り、さりげなく方向性を示してくれていたのだと気づいたのは、彼が冷泉家に帰ってしまってからのことだったが。

 そんな勇太郎に一つ悪い癖があるとすれば、顔を合わせるたびに昔の失敗で晴久をからかうことだろうか。もっとも、晴久にしても割と楽しんでいたりするから、本気で困っているわけではない。

「――今の俺なら、勇さんの足を引っ張ったりはしませんよ」

「だったらその成長ぶりを見せてもらおうか。楽しみにしてるよ」

 ぽん、と一つ肩を叩き、先を歩く勇太郎を、晴久は追いかけた。




「――御門」

 校門を出たところで、晴菜は自分を呼ぶ声に足を止めた。

 振り返ると、同級生の海老原が足早に近づいてくる。

「どうしたの、海老原君」

「今、帰り?」

「そうだけど」

「一人で帰るなんて、危ないだろ。殺人事件があったばっかりなのに。犯人がどこうろついてるかわからないんだから」

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。まだ明るいし、人のいる道を通って帰るから」

「送って行こうか」

「どうして?」

「どうして、って…」

「海老原君の家、私の家と反対方向でしょ?前にそう言ってたじゃない」

「え?そうだっけ」

 ばつが悪そうな顔をする海老原に、晴菜は笑い返す。

「でもそう言ってくれるのは嬉しい。じゃあ、また学校でね」

 こくり、と頷き返し、名残惜しげに校舎の方へ戻っていく海老原を見送りながら、晴菜は昨夜、香澄からかかってきた電話を思い出す。

『――あたし、海老原君が好きなんだ』

『そうなんだ。恰好いいもんね』

 ある意味、短絡的な相槌だったが、晴菜はそう返したのだ。実際、海老原は同級生の中では整った顔立ちをしていたし、それ以外の個人的なことを晴菜は知らなかったので、そう返事をするしかなかった。

 香澄はやけに不安そうだった。

『晴菜もそう思うの?……ねえ、応援してくれるよね?』

『勿論。香澄だったら、海老原君も好きになってくれるよ』

『本当にそう思う?じゃあ、海老原君のこと、晴菜はなんとも思ってないの?』

『なんとも思ってないよ。どうしてそんなこと訊くの?』

『だって晴菜、凄く可愛いから……あたし、全然自信ないよ』

 晴菜は困惑した。

 異性と付き合ったことのない彼女には、何と言えば友人の不安を取り除けるか見当もつかなかったし、それどころか自分がその不安の元凶になっているのかと思うといたたまれない気持ちになった。

 香澄だって可愛い。明るくて正直なところには憧れている。

 そう本心から言ってみても、それが伝わっているのかはわからなかった。海老原は顔も頭もよく、クラスでも目立つ存在だから余計に気おくれしているのだろう。それに、少し前まで晴菜に頻繁に話しかけていたことも気になるらしい。だが最近は香澄と二人だけで話しているところもよく見かけるし、もっと自信を持つべきだと思う。

 何もおかしなことではない。

 晴菜は多分、平均より上の容姿を持っているのだろう。それは認める。彼女は多少、世間知らずな所はあるが、鈍くはない。家族には猫可愛がりされて育ったし、大体において異性からは優しくされた経験しかない。勿論、周囲の愛情に相応しくあろうと、失礼な態度は取らないようにしているが、それとてちやほやされるほど特別なものではないと自覚していた。だからだろうか、容姿を褒められても、心浮き立つことがない。

 子供の頃は、「可愛いね」と言われれば嬉しかった。

 今も言われて嫌なわけではないが、同時にこうも思うのだ。

 自分には容姿以外に何の取り柄があるのだろう、と。

 友人のことも満足に励ませない自分は、見た目に釣り合った中身など何もないような気がする。そう考えると、褒め言葉も恐ろしくなる。空っぽの自分をいつ見破られるのかと怯え、逃げ出したくなる。

 ふと、兄の友人の顔が浮かぶ。

 初めて会った時、あまりにも美しいその容貌に息を呑んだ。人間離れした、という形容がよく似合うその人も、やはり晴菜の外見を褒めたが、その実、本心では無関心だということは目を見ればわかった。

 自分でも意外なことに、晴菜はそのことが嬉しかった。過剰に期待されていないことで、気が楽になったのだろうか。彼の前では気負わずに話せたし、純粋に相手のことを知りたいと思えた。

 海老原にも、他の異性の誰にもこんなふうに思ったことはなかった。

 それに気づいて、晴菜は少し、頬を染めた。

 



 羅刹は辺りに視線を走らせた。やはり見覚えはない。ぱっと見た感じでは、どこかの廃ビルの屋上のようにも見えるが、そもそもどうしてこんな所に自分が立っているのかも謎である。

 そして最大の疑問は――彼の足もとに転がっている、正体不明の子供だ。

 ふさふさとした狐色の尻尾さえ無視すれば、普通の少年に見える。まだ十歳くらいだろうか。羅刹の下敷きになったせいで意識を失っている。あまり目覚めて欲しくないな、と思いつつも、隣の白夜に視線を向けてみると、何とも言い難い表情で見返された。

「……どうした?」

「小物だ」

「は?」

「ただの子狐ではないか。もっと手強い相手を予想していたのだが……わらわの頼りがいをあぴーるしようと思っていたのに」

「お前な…」

 羅刹は脱力する。本人が大真面目なのはわかるが、だからこそ返答に困るというものだ。

「てか、こいつ何者だよ?」

「だから、ただの子狐だと言っただろう。害はない。多少、小うるさいかもしれんが、お主をどうこう出来る力など持っておらぬ」

「へえ」

「まあ、気になるならばこの場でわらわが滅してもよいが」

「いや、その前に俺を見張ってた理由が知りたい」

「ふむ。それもそうだな。こやつの後ろに黒幕がいるかもしれぬ」

 白夜は転がっている子供の傍にしゃがみこむと、「起きろ」と容赦なく往復びんたを叩きこんだ。ばちんばちんと鋭い音が響き、「うう…」と呻き声を上げながら少年の目が開く。

「目が覚めたか、小童」

 自分もさして変わらぬ外見のくせに、白夜が偉そうに言う。

「わらわの質問に速やかに答えよ。なぜ、わらわの夫を不躾にも監視したのだ?」

「え、え、え?」

「誰かに命令されたのか?何の為に?大人しく吐いた方が、貴様のためだぞ」

「ああああの」

「……」

「その」

「……」

「えっと」

「……」

「何て言うか、えーと」

「ええい、鬱陶しい!!」

「ひいっ」

 白夜の一喝に、少年の肩がびくりと震える。小動物のように大きな目が、おどおどと二人を交互に見つめる。弱い者いじめをしているような気になってきた。それにしてもこの少年、怯えすぎではないだろうか。白夜が尊大で短気なことを差し引いても、たかだか十二、三歳の少女にここまで圧倒されるとは普通ではない。

「…お前、名前は?」

「え!?い、伊織です」

「伊織。そんなに怯えなくても、別に取って食いはしない。どうして俺を見ていたのかを聞きたいだけだから。こいつのことは気にするな」

 ぽん、と白夜の頭に手を乗せる。白夜はむっとしたように睨んできたが、それは無視した。

「ほ、本当に僕のこと襲ったりしませんか?」

「ああ」

「……常盤様にも言いつけたりしませんか?」

「なに!?貴様、あの女狐の手下か?今度は何を企んでおる、あの女!正直に吐」

 猛然と詰め寄ろうとする、白夜の髪を掴んで止める。「ぐえ」と呻いて前のめりになるのをよそに「常盤って?」と平然と訊ねる羅刹を、伊織は唖然として見上げた。

「白炎様にそんな仕打ちをするなんて、何者ですか?」

「白炎?」

「余計なことはいいのだ、子狐。訊かれたことに答えるがよい」

「は、はひ!」

「あんまり脅かすなよ」

「ふん。常盤のことなら、そやつに訊かずともわらわが教えてやる。あやつはな、女狐だ。それもかなりたちの悪い、な」

「女狐?」

「いわゆる妖狐、というやつか。人の姿に化け、妖力を操る狐の一匹だ。そこの子狐は精々、百歳を超えた程度であろうが、常盤は千年近く生きているともっぱらの噂だ。玉藻前とも会ったことがあるという話もあるしな。『千里眼の常盤』と言って、有名な女だ。わらわは嫌いだが」

「その常盤と、俺に何の関係が?」

「と、常盤様から、あなたを見張るようにって命令されたんです。その……炎鬼の血を引いている可能性があるからって」

「何だと?」

 反応したのは白夜だった。凄まじい勢いで、睨みつける――伊織ではなく、羅刹を。

「どういうことだ?」

「どういうって…」

 羅刹にも説明できない。

 常盤、という女に会ったことがないのに、向うは自分を知っているという状況には困惑せざるを得ないし、炎鬼の血を引いている云々については自分でも考えたことはあるが、そのこととて白夜に告白できるほど消化できていないのだ。

 しかし羅刹が考えを巡らせている間に、残り二人の間で話は勝手に進んでいく。

「と、常盤様が言うには、刹那様を退けたとか」

「刹那を!?」

「ぼぼぼ僕は何かの間違いじゃないかって言ったんですけど!常盤様に言われたら逆らえないじゃないですかぁ。僕だって嫌だったんですよ。だ、だって常盤様の言ってたことが本当だとしたらですよ、刹那様以上の怪物にずっと張りついてろってことじゃないですか。僕なんて最近、やっと人に化けられるようになったばっかりなのに、そんなの相手にどうしろって言うんですか!?しかも白炎様まで来ちゃうし、僕本当に生きて帰れるんですか!?」

「やかましい!男のくせにびいびい泣くな!」

「……あーお前ら、ちょっと落ち着け」

「これが落ち着いていられるか!」

 かっと白夜が目を見開く。

「もしも、もしもお主があの刹那を負かしたと言うのなら……わらわはあやつと契らなくていいかもしれぬ」

「はあ?」

「前に話しただろう。わらわには婚約者がいると。それが刹那だ。次の炎鬼一族宗主と言われて天狗になっている、傲慢な男よ」

 炎鬼一族。確か、晴久もそんなことを言っていた。

 妖魔の中で最も強い力を持つ、鬼の一族。その中でも更に頂点に位置する種族が、炎鬼と呼ばれる一族のはずだ。羅刹を襲ったあの鬼――刹那という名前らしいが――が次の宗主であることも晴久から聞いていたが、白夜がその婚約者だとは初耳である。いや、事前に聞いたところでどうすることもできないのだが。

「ってことは、お前も炎鬼の仲間なのか?」

「む……それは今、どうでもよいのだ!肝心なのは、お主が刹那に勝ったことと、炎鬼の血縁かどうかということなのだからな」

「それがそんなに重要なことか?」

「わらわにとってはな。わらわの結婚相手は、掟で『炎鬼一族で最も強い者』と決められている。炎鬼の宗主は、一族で最も強い者がなるから、自動的にわらわの相手は刹那と決まっていたのだ。だがお主が刹那に勝ったということは、だ」

「あ、刹那様には白炎様と結婚する資格がない、ということですね」

 こんな時だけ流暢に、伊織が合いの手を入れる。白夜は大きく頷いた。

「そういうことだ」

「ちょっと待てよ。ということは、その刹那?には宗主になる資格もないってことか?」

「まあ、そうなるな。鬼とは、わけても炎鬼は誇り高いからな。その強さにけちがついた宗主など周りも認めぬし、本人とて恥ずかしくて名乗れまい」

 もしや自分は、とんでもない立場にいるのではないか。

 唐突に気づいて、羅刹は頭を抱えたくなった。刹那に勝ったと言っても、最初は不意打ち、二度目は奇跡のような偶然によってだ。正々堂々と叩きのめすだけが勝利とは思わないが、だからといってあれをもってして勝利と言うのも違う気がする。

 そして自分が炎鬼の血縁か、という疑問も――わからない、としか言いようがない。

 一週間前までならまだぎりぎり否定できたが、ここ最近の自分に起こった現象は、明らかに人間離れしすぎている。そうは言っても、これ以上、面倒を抱え込むのは御免だ。刹那になり替わりたいとは微塵も思わないし、宗主の資格があると言われても嬉しくない。

 白夜の喜びに水を差したくはないが、そのことを言おうと口を開いた瞬間だった。

「――調子に乗るなよ、糞女が」

 誰もいないと思われた背後からの声に、全員が振り返る。

 まさに今、話題になっていた赤髪の鬼――刹那が、立っていた。

 

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