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羅刹の宴  作者: Nimue
第壱話
10/18

(10)

 

 公園で少女の遺体が見つかったニュースは、連日テレビを賑わせた。

 被害者が女子高生で、遺体が獣に食われたような状態であったことも注目を集める要因だっただろう。新聞やテレビにのる、溌剌とした少女の写真は羅刹の気分を重くさせた。

 おぼろげな記憶ながらも、夢に出てきた少女に似ていたからだ。

 ありえない、と思う一方で、完全に否定するには羅刹自身が普通から逸脱しすぎている。だが疑惑の真偽を確認する手段など存在しないのだ。もし自分があの少女を殺していたら、と考えると、真実など知りたくない気もする。

 晴久の伯父――斎賀とも、あの後少し話をする機会があった。

 と言っても取り調べなんて大袈裟なものではなく、現場の近所に住んでいる者は誰でも聞かれるような些細な質問にとどまったが。

 斎賀は、殊更に羅刹を疑うようなことは口にしなかったが、どうも何かに感づいているような気がしてならない。もっとも、問い詰められたとしても何を言うこともできないのが正直なところだ。自分自身でさえ、何をしたのかしなかったのか、全くわかっていないのだから。

 そして晴久の方も、精力的に犯人を追っているようだ。

 らしい、というのは、ここ一週間ほど晴久と連絡を取っていないので、何をしているのかさっぱりわからないためだ。斎賀が「あいつは俺より働いているかもしれん」と漏らさなければ、見当もつかなかっただろう。

 羅刹に何も言ってこないのは、少し意外だった。

 晴久は機会があれば、羅刹にも手伝え、力を貸せ、と要請してくるような人間だ。今回も何かしら一言あるだろうと思っていただけに、連絡がこないのは好都合でもあり不気味でもあった。

 だからといってのこのことこちらから出向いて、藪蛇になりたくはない。

 それに事件のこととは別に、気になることもあった。

 ――誰かに見られているような気がするのだ。

 最初は勘違いか、神経過敏のせいかと思った。視線を感じ始めたのは五日ほど前からだ。立て続けにおかしなことが起こったせいで、何かに狙われているような錯覚でもおこしたのだと、そう片づけていられたのも初日だけの話だ。

 起床してから就寝するまでのほぼ一日中、その視線は羅刹にはりついて離れなかった。

 姿を見せることも、声を出すことも、ましてや襲ってくることもなかったが、確実に彼を「見て」いる。その感覚は、思いのほか緊張を強いられるものだった。別に見られて困ることをしているわけではないのだが、「見られている」という意識は想像以上に疲労を増大させた。

 何より困ったのは、その視線が人外のものである、ということだ。

 人間の気配と、妖魔のそれには、慣れた者ならばそれとわかる違いがある。羅刹にまとわりつく視線からは、妖魔特有の静電気のようにぴりぴりとした何かを感じた。

 問題は、一体相手が誰で、何の目的から羅刹を見張っているか、だ。

 心当たりと言えば、一週間前に対決した鬼くらいのものだが、あの鬼にしては気配が弱すぎる。あれほどの力の持ち主ならば、もっと肌を焼くような強い気配を感じるだろう。第一、あの鬼だったらとっくに姿を現し襲いかかってきてもおかしくない。観察するにしても一週間は長すぎるような気がする。

 迷った末に、羅刹は相手の姿を「探す」ことに決めた。

 公園でやったように、集中すれば肉眼で見えないような距離でも視界に捉えることができるかもしれない、と思ったのだ。妖魔まがいの力を使うことは気が進まなかったが、放置してより面倒なことになったら目も当てられないし、部屋の中で寛ぐことも出来ない現状は結構ストレスであったりする。

「と言っても、また出来るかどうかわからないんだよな…」

 なにせあれは意図せずして出来たことだ。何をどうすればいいのかなど、見当もつかない。

 まあ、駄目なら駄目でもいいか。

 そんないい加減な心構えで、羅刹はアパートの自室で床に座り、目を閉じた。目を閉じたのは、余計なものを視界に入れないためと、集中するためだ。

 一週間前とは違い、対象がどの方向にいるか全くわからなかったので、そうそう上手くはいかなかった。

 何回かどこかの風景がちらついたが、全てばらばらのもので互いに関連性もなく、しかもこちらの意志とは関係なく遠ざかったり近づいたりしてくるものだから、頭がくらくらする。

 ――やっぱり無理か。

 三十分ほど試みて、羅刹は脱力し、溜息を吐く。

 集中し続けるのも疲れるものだ。真昼間から何をやっているのか、と自分で自分を問い詰めたい。これではただの暇人ではないか。

「どうすっかな…」

「何を悩んでおるのだ?」

 自分以外、誰もいないと思っていた空間に響いた声に、羅刹の心臓は盛大に跳ねた。しかも、ほぼ同時に背後から抱きつかれては尚更だ。首に絡まるひんやりとした白い腕が、幽霊のようで怖い。声に聞き覚えがなかったら、叫び声を上げていたかもしれない。

「――脅かすな、白夜」

「びっくりしたか?」

 顔は見えないものの、声が弾んでいる。

 何でそんなに嬉しそうなんだ、と口を開きかけて、楽しいならいいかと言葉を飲み込む。

「いつからそこにいたんだ?」

「お主が何やら瞑想し始めてからだ。だから終わるまで大人しく待っていたのだぞ!偉いだろう」

「偉い偉い」

「むう。全く褒められた気がしない……べっ、別にこのようなことで褒められたかったわけではないがな」

「何ぶつぶつ言ってんだ」

 若干、意地悪げに言ってやると、白夜の腕に力がこもる。

「何だその態度はっ。お主が寂しがっていると思ってわらわが来てやったというのに!」

「へーえ、そうか。俺のため?」

「うむ」

「じゃあお前は俺に会いたくなかったのに、わざわざ来てくれたってことか。それは悪かったな」

「そ、そんなことは言っていないだろう!」

「そんなに嫌なら、帰ってもいいぞ」

 白夜は腕を解いて立ち上がった。

 振り向くと、あからさまに不機嫌そうな顔をして仁王立ちしている姿が目に入る。

「よいか、一度しか言わぬからよく聞くがよい!わらわがお主に会いたかったから来たのだ!だから…だからわらわは帰らぬ!ぜっっっったいに帰らぬからな!――何を笑っているのだ、お主は」

「いや……お前、必死すぎ」

「必死で何が悪い」

 と言いつつ、どことなく悲しげに俯く白い頭を見ていると、罪悪感のようなものが湧き上がってこないでもない。

「悪くないって。お前のそういう所は結構好きだぞ」

「本当か!?」

 すぐさま満面の笑みになる白夜に「単純」という単語が口をついて出そうになるが、何とかそれは押しとどめる。

「本当だって。それより訊きたいんだけど」

「何でも訊くがよい」

「……お前、ここ一週間俺のこと見張ってたりしたか?」

「見張る?」

 白夜が怪訝そうな顔になる。

「わらわが、お主をか?何故そのようなまだるっこしいことをせねばならぬ。お主の部屋なら、ふりーすぱで入れるのだぞ?」

「フリーパスのことか?」

「ど、どちらでも同じであろう。そのようなことを訊くとは、お主まさか何者かに監視されておるのか?」

「いや……まあ」

「どっちだ!男ならはっきりせぬか!」

「されてます」

 瞬間湯沸かし器以上の速さで怒り心頭の白夜に、羅刹は観念した。白夜にこんなことを言えば、別の意味で面倒なことになりそうなのであまり言いたくはなかったが、適当な言い訳で誤魔化される相手ではないし、彼女の協力があれば視線の主を見つけられるかもしれないので、ここ一週間のことを全て白状した。ただしあの鬼に出会ったことや、それを撃退した時のことは話さなかった。仲間を傷つけられた話など聞いても、白夜は面白くないと思ったし、自分でも何が起こったのかわからないのに、他人に上手く説明できる自信もなかった。

 話を聞き終わった白夜は、「なるほどな」と腕組みをする。

「妖魔が犯しただろうと思われる殺人の発生と同時に、視線を感じ始めたのだな。確かに不気味だ。そやつ、次の獲物としてお主に目をつけたのではないか?」

「怖いこと言うなよ」

「あながち間違いではないかもしれぬぞ?そやつが普段から人間に紛れて生活しているとしたら、現場に居たかもしれぬ。何しろ、悪趣味な連中が多いからな。そこでお主を見初めたのかもしれない」

「……でも、俺の感覚には引っかからなかった」

 自惚れるつもりはないが、羅刹の「感覚」は同類の人間と比べてもかなり優秀な方である。晴菜を狙っていた鬼に気づいた時のように、大抵の場合は姿が見えなくても位置が特定できる。今も、相手の気配は察知しているのだ。相当距離があるらしく、どこに居るのかは掴めないが。

 白夜は、羅刹の額を指で弾く。痛みに顔を顰めた彼に、たわけ、と得意気に言い放った。

「お主がいくら敏かろうが、気配を読み取れないほどに隠す妖魔はいる。そもそも、我らの方が『目』はいいからな。お主の探知範囲から外れたところから見ていたのかもしれぬぞ」

「お前は見つけられるのか?」

「任せろ。夫殿の安寧を脅かす輩は、わらわが成敗してくれる。大船に乗ったつもりでいるがよい」

「いや、成敗はしなくていいんだけどな。危ないだろ」

 羅刹の言葉に、白夜は一瞬きょとんとするが、すぐに破顔した。

「わらわのことを心配してくれるのか?」

「……」

「照れずともよいぞ。お主のはーとは、しかと受け止めた」

 何の気なしに言ったことなのに、白夜はやけに嬉しそうだ。この少女は、いつもそうだ。羅刹の、大したことのない言動をまるで宝物のように喜ぶから、自分にそれだけの価値があるのではないかと錯覚しそうになる。

 そんなわけはないことが、わかっていても。

 羅刹が浸っているのをよそに、白夜は目を閉じる。瞼の裏で眼球がぴくぴくと動き、じっと眺めていると立ち上る妖気が見える気がした。実のところ、白夜がどの程度の力の持ち主なのか羅刹は知らない。今の姿が本当の姿ではない、という言葉通り、本当の実力もこうして傍にいるだけでは推し量ることができないのだ。羅刹など及びもつかない化け物にも、少々見た目が奇異なただの少女にも見える。

「――待て!!」

 突然、白夜が大声を上げて立ち上がった。

 驚いて見上げる羅刹には構わず、誰もいない頭上を睨んで眦を吊り上げる。

「小物風情が、わらわから逃げられるとでも思ったか」

「白夜、落ち着け――って!?」

 腕を掴むと同時に、視界がぶれた。一拍遅れて、なぜか浮遊感と同時に落下し、何かを下敷きにした衝撃を感じる。混乱しながらも、痛みに呻きつつのろのろと身を起こす。落ちた時にぶつけた肩が痛むが、幸いにもそれほど高いところから落ちたわけではないようだ。

 真っ先に目に入ったのは、仰向けに倒れている少年である。

 羅刹が落ちた時に下敷きにしてしまったらしい。気絶しているようだ。本来ならば彼の心配をするべき場面だが、羅刹は目を奪われてしまった――ふさふさとした、狐色の尻尾に。

「無事か、夫殿」

 何事もなかったかのように白夜が袖を引く。

 辺りを見回すと、見覚えのない景色が視界を占める。自宅の近くではないようだ。

 羅刹は白夜を見返し、次いで正体不明の少年を見下ろした。

「どこだ、ここ…」




 晴久は数日ぶりに屋敷に帰った。ここ一週間、調査に夢中になって忘れていたが、流石に休息を取らなければ体がもたなかったのだ。それに叔父に報告もしなければならない。休む前に会っておきたかったが、来客中のようだったので部屋に戻り、眠ることにした。夢も見ずにぐっすり眠り、起きるとすぐに呼び出された。

 部屋の外から声を掛け、襖を開けて入室する。

 叔父の姿は予想していたが、その脇にもう一人、見覚えのある人間が座っていて、思わず言葉が漏れた。

「勇さん…?」

「久しぶり、晴久君」

 穏やかに微笑む線の細い青年は、名を冷泉勇太郎という。御門家の分家の一つである冷泉家の退魔士だ。物腰柔らかで、何度か共に妖魔討伐に赴いたこともあるこの年上の青年を、晴久は兄のように慕っていた。自然、笑顔がこぼれる。

「お久しぶりです。どうして勇さんがここに?」

「晴久。まずは座ったらどうだ」

 呆れ顔で言ったのは、本来用事があった叔父の方だった。きつい言い方ではないが、人を従わせる力がある。御門家の当主として、名実共に最高の退魔士の名を欲しいままにする彼は、晴久にとって叔父である前に従うべき上司であり、越えるべき壁でもある。もっとも、今はまだ力及ばないことはわかっているし、敬意も持っているから、従うことに異論はない。敵わないことが、少しばかり悔しくはあるが。

 晴久が座るのを待って、叔父が口を開く。

「勇太郎君は、今回の件でお前の手伝いをするためにわざわざ来てくれた。お前も知ってのとおり、妖魔の痕跡を追うことにかけて彼は一流だ。力を借りるといい」

「それはありがたいことですが……いいのですか。その、冷泉の当主は」

 言い淀むのにはわけがあった。御門家には、冷泉を含めて七つの分家が属しているが、その中でも冷泉家は本家である御門に好意的でないというか、独立の意志を示しつつある。特に現当主は、当主連の中でもトップクラスの能力を持っているせいか我が強く、協力を要請されてもおいそれとは頷かないと評判だった。

「心配には及ばん。お前が寝ている間に、彼とは話をつけた」

 晴久の懸念を叔父はあっさりと一蹴する。

「え、あ…来客とは、もしかして冷泉の当主ですか?」

「そうそう若造の我侭にもつき合っておれんからな」

 流石に当主の名は伊達ではないということか。叔父は滅多に声を荒げることはないが、無言の圧力というものの恐ろしさを体現する人物である。面と向かって命令されて、拒みとおせる者は多くないだろう。

 確か、冷泉の当主は晴久とそう年の変わらない青年のはずだ。普段は他県にいるせいもあって、偶然にもまだ顔を合わせたことはないが、来ていたのなら挨拶ぐらいしておきたかった。

 そう言うと、勇太郎が苦笑して首を振った。

「やめておいた方がいいよ。相当、きつい方だから。晴久君とは、合わない」

「全くだな。もし私が彼と同年代だったら、尻を蹴飛ばしてやるところだ――私は君が当主になればいいと思っていたんだがね」

「そんな柄じゃありませんよ。それに、彼と争って勝てるとは思えませんでしたし」

「やれやれ……そういうところも君の美徳ではあるが」

 溜息を一つ落とし、それ以上は言い募らずに叔父は姿勢を正す。

「それで何か報告はあるか、晴久」

「はい…と言っても、ほとんど斎賀さんの情報なんですが。今のところ被害者は人に恨まれるようなこともないごく普通の女子高生で、家庭でも学校でも問題はなかったようです。遺体が見つかった公園も通学経路の近くで、通り魔的な犯行だと言っていました」

 そう、妖魔は通り魔のようなものだ。

 戯れに目を付けた人間を、ごみ屑のように弄ぶ。被害者がそれで命を落とそうが、残された者がどんな思いをするかなどちらりとも考えないに違いない。いや、むしろそれを見世物か何かと勘違いしているのだ。

 あの時も――。

「私情を挟むな、晴久」

 思考を読んだかのような叔父の言葉に、晴久は唇を噛む。

 未熟を指摘された羞恥と、行き場を失った怒りが瞬間的に爆発しそうになるが、無理やりにそれを抑え込む。

「……すみません。斎賀さんが言うには、遺体の傷口は刃物や人工的な凶器でつけられたものではないそうです。内臓の一部がなくなっていたことから考えても、野生動物に食われたように見えると。それと――」

「何だ?」

「被害者は、生きたまま食われた可能性もあると」

 叔父が顔を顰める。

「酷いな、それは」

「野犬が目撃されたという話も聞きませんし、近くに山林や動物園もありませんから、肉食獣に襲われて死んだという線は薄いと思います」

「妖魔の可能性が高い、ということか。わかった。この件はお前に任せる。被害者は晴菜の同級生だからな。お前にとっても他人事ではないだろう」

「ありがとうございます」

「だがくれぐれも先走って無理はするな。お前の能力は疑っていないが、この妖魔はお前の仇ではないのだからな」

「はい…」

 肉親としての顔で言われては、晴久に返す言葉はない。叔父には一生かかっても返しきれない程の恩がある。逆らうなど、考えもつかない。

 だが表情が見えないように伏せた顔には、今も消えない怒りが表れていたかもしれなかった。  

 

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