退屈
「よいしょっと!」
今日も今日とて町の広場にある噴水のヘリにとすんと座る。雲一つない青空!ぐっとひと伸び。まだ朝はやいというのに広場周りで市を開く人達はもうテントを張ったり、品物を机に並べたりしている。
「よう、マチェッタ!今日も屋敷から抜け出してきたのかい?」
「マチェッタ!いい林檎が手に入ったのよ。さあさ、一つ持って行って。」
「この前は店番、助かったよ。これ新商品!感想聞かせてな。」
ポーチから飲み水を出して一息ついていると馴染みの商人たちが声をかけてきてくれた。
周りにいた人も私を見てあぁまたか、と笑う。差し出された林檎をかじった私もつられて笑ってしまう。
私はマチェッタ。マチェッタ・ランバルト。年齢は15歳だそうで、ランバルト家の末の娘という事になっている。ランバルト家は首都から遠く離れたここクトールを治める家系で、そんな家に10歳ほどの私はどういうわけか養子に預けられたらしい。
ランバルト家の人達は皆赤髪に紅い目をしている。対して私は薄紫の髪に桃色の眼。そりゃあ自分だけ何か違うって、思うわよね。
…ところで、さっきから“だそうだ”とか“らしい”って言っているのは別に私の物覚えがとっても悪いという意味ではないのよ?
私は自分が生まれてからランバルト家に引き取られるまでの記憶が一切、これっっっぽっちも、持ち合わせてはいない。だから自分の正確な歳もわからないし、自分の本当の家族も知らないという訳だ。
私の上には兄が2人に姉が1人。世継ぎは十分いるから私を養子にする必要性も感じられないのだけど…。それなのに私を引き取るなんて、当時の当主は一体何を考えていたのかしら。もちろんランバルトの人達には感謝をしている。おかげで飢えることもなく自由な暮らしをさせてもらっているのだもの。
けれど引き取られたのはいいもののランバルト家の人達はどうやら私に興味がないみたい。話しかけてもそれとなく距離を取られ、私に話しかけてくることもなく、とはいえ苛めるというわけでもない。つかず離れずの存在というわけ。それはいいとしても何年か前に必要最低限の教養生活が終わってからはもう、やることが無くって、ええと…そう、つまり、退屈ってこと!
そういうわけで屋敷を抜け出しては果物売りさんの店を手伝ったり、狩人さんたちに猟に連れて行ってもらったりして暇をつぶしているの。変装はしていたもののやっぱり突然養子になった私の噂は出回っていたみたいで初めの頃は遠巻きに見られていただけだったけどだんだん話しかけてきてくれるようになった。有難いことね。
今日は何をしよう。あぁ、なにかこの退屈を紛らわしてくれるものはないかしら。
ああ、そういえば町はずれに住んでいるおじいさんがめずらしい鉱石を見つけたかもって話してくれたっけ。それじゃあ、今日は発掘作業を手伝いに行こうかしら。
そう決めて食べ終わった林檎の芯を捨てるために八百屋のお姉さんのところに向かおうとすると、前の方で女の子たちが2人ひそひそ話をしている。
「ねえ聞いた?迷い森のお屋敷の話。」
「ええ?あんなところにお屋敷?」
「そこにすっごく綺麗な女性がいたって…。」
「ええ、うっそだあ。」
「それが本当らしいのよ!だってヴヴが帰って来たのでしょう…。」
…ふむ。なんだかとっても面白そうなことを話しているわね。迷い森のお屋敷に謎の女性?
決めた、今日はそれを調査しましょう。発掘の手伝いはまた今度ね。なんだかとっても楽しくなりそうじゃない!
町娘の肩を軽く叩く。
「ねえ、そのお話、私にも聞かせて貰えないかしら。」