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ローズモルグ嬢のコルテ  作者: まつわか
マチェッタ嬢のあぶない船上火唱場
18/18

やくそく

 「君は…。」

 「お部屋も隣だなんて、すごい偶然ですね!」


 もはやこれは運命よ!何らかの意志すら感じてしまうわ。


 「お嬢、どうなってるんすか?」

 「分からない。もう一度だ。」

 「あのぅ…?」


 メイリーン様は私の目を手で覆って耳の辺りで何かぼそぼそ呟いている。


 はわ…。メイリーン様の息が、耳に…!!よく聞こえないけれど、愛の告白だったり、だったり?なんちゃって!


 また少ししてメイリーン様の手が離れる。


 「メイリーン様、以前別れ際にもこの儀式されましたよね。吸血鬼ならではのご挨拶ですか?」


 そう、あれは確かメイリーン様の屋敷から迷い森の入り口まで送ってもらった時だった。鳥が頬を寄せ合うようにこうすることが吸血鬼ならではの習俗であったりするのだろうか。


 メイリーン様は驚きを通り越して呆れているようで頭を押さえている。オニキスさんはあーあ、というように腕を頭の後ろで組んだ。


 「挨拶であるものか…。」

 「これは、どう見ても効いてないっすねぇ。」


rrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr


 「つまり、私の頭の中からお二人や怪異に関する記憶を抜き取ろうとしていたと。」


 仁王立ちする私からは二人のつむじがよく見える。二人がしているのは東の方の国に伝わるという正座だ。


 私が何かやらかした時はあの人にいつもこれをやらされたのよね…。誠意の証明だかなんだか言ってたけれど足が痛くってもう。まあ、今は私がさせている側なのだけれど!


 「先程私にしていたことは忘れさせるためのまじない、ということでよろしいのですね?」

 「う…その通り。」

 「メイリーン様ったら、いくら私の心が忘れないからって無理やり体に忘れさせようとするだなんて!」

 「い、言い方に語弊があるのだけれど…。」


 怒られ慣れていないのだろうか、メイリーン様はしどろもどろに目線を下げる。


 「間違ってはいないでしょう?酷いですわ、およよ…と言いたいところではありますけれど、そうですね。」


 私に忘却の術を施したあと、またね、と言った彼女の顔が寂しげに見えたのはきっとこのためだったのだ。そこに少しでも後ろめたさがあったのであれば私が文句を言うのは筋違いというものだろう。ふぅ、と軽く息を吐きながら彼女と同じように正座する。


 「術をかけたのは私が吸血鬼について皆におしゃべりすると思ったからですか?それともこれこそが吸血鬼のしきたりとか?」

 「いや、それは、その……。」


 メイリーン様は両手の指を弄びながら言いづらそうにしている。けれど私がじっと見つめているので観念したのか話し始めた。


 「……………確かに、普段は僕たちの身の安全や効率から術をかけることが多い。吸血鬼の噂が広まる程度なら構わないけれど、徒党を組んで襲われると彼らに怪我をさせないのが難しい。いちいち吸血鬼だからと恐れられ、襲われ、相手をするのも面倒だし…。」


 けれど、と付け加えた。


 「ただ、君に関しては、違う。…忘れた方が、幸せだと思った。薔薇の小径や世界について、怪異でも聖騎士やそれに準ずる者たちでもない人物に話すことはそうそうない。普段から怪異に無関係の君がこちらに干渉することで危険に巻き込まれることは…回避したかった。」


 メイリーン様の言葉は途切れ途切れだった。まるで自分がどうして私の記憶を奪ったのか、その理由が今まで分からなかったみたい。メイリーン様の独白のような本音を聞いてオニキスさんは満足したような笑みを浮かべている。


 恋人ですかあなたは。あ、ダメ、考えただけでモヤッとしたわ。後でひどい目にあわせてあげようかしら。


 目線を元に戻すと下の方を向いていたメイリーン様が、今は私の目を見つめている。彼女の瞳は不安そうに揺らいでいた。


 「えいっ。」


 ぺちり。彼女のおでこに優しくしっぺをする。


 「もう、もう、駄目ですよ。お気持ちは嬉しいですけど、私は忘れたくないです。メイリーン様のこともオニキスさんのことも。確かに知り合って少ししか経っていませんがあなたたちのことをもっと知りたい。」


 オニキスさん、怪異のことについて知りたいと思う気持ちは勿論ある。どちらも日常では関わりえない興味深い存在だ。けれど、一番はメイリーン様。一目見た時から何かが変わる予感がした。退屈を紛らわせてくれそうな人、ではなくてメイリーン様として彼女を見たい。今まで関わりを持ってきた人よりももっと深いところまで潜り込みたい。

 ここまで心が揺らぐ人はあなたが初めてなの。


 「というわけで、私たちはお友達ということでどうでしょう。」

 「ともだち…?」

 「ええ、苦難を分かち、喜びを分かち、守り合い励まし合う存在のことだそうです。…まあ、私が守ることができるのかはわかりませんが、自分に降りかかる火の粉をはたくくらいはできるでしょう。」


 本当にできるかはわからないけれどきっとなんとかなる、はずよ!


 右手の白手袋を外し、小指を立てる。


 「だから約束です。私に秘密で全てなかったことにしようとしないでください。」

 「やく、そく…………うん…わかった。すまない。」


 差し出した小指に自分の小指を絡ませてメイリーン様はふにゃりと微笑む。


 は゛うっっっ!!! いつもお人形のように清廉とした顔をされているから急にそんな顔されると動機がっ!


 「メイリーン様がお望みならばお友達以上の関係でもそれはそれで…ええ、とても素敵なのですけれど。」

 「友達以上…?家族ということ?」

 「家族と言えば家族ですね。」

 「ちょっとちょっと、お嬢に変なこと吹き込まないでほしいっす。その辺まっさらなんですから。」


 照れながらメイリーン様に入れ知恵をしようとしているとオニキスさんに止められた。


 良いところだったのに…残念だわ。またの機会にしましょう。


 「さて、ひと段落ついたところでオニキスさんはお尻を出してください。もちろん服は着たままで。」

 「゛えっ。どうしてっすか?」

 「私が術にかからなかったからよかったものの、かかっていたらそれはもう私史上最大の損失でした。オニキスさん、どうせメイリーン様を止めてはくれなかったのでしょう?」

 「確かに止めなかったっすけど、なんで俺だけ尻なんすか!?」

 「どちらさまなんて聞かれて私が傷つかなかったとでも?」

 「ぐ、それは申し訳ない…でもそれ以上の憎しみが入ってる気がするんすけど。」

 「気のせいです。」


 よくわかったわね、さっきの恋人面のモヤモヤも兼ねてるわよ。

 

 「横暴力反対っす。お嬢~。」


 私の溢れる怨を感じたのかオニキスさんはメイリーン様に泣きつくが


 「すまない。僕も一緒にお尻を叩かれるから…。」


 と返されていた。


 そういう事ではないのでは?


 オニキスさんもそういう事ではない、という顔をしている。


 「ふゃ!ふゃ!」


 いつの間にか肩からおりていたふやちゃんがしっぽを素振りしている。どうやら自分がしっぽ(ほとんどおしり)ビンタをおみまいする、と言っているようだ。


 「あら、気合十分ね。それじゃあふやちゃんにお願いしようかしら。」

 「ふゃ」

 まかされた、と元気よく鳴いてふやちゃんが地面を蹴る。ぴょーんと二人のお尻の位置までとんで器用にしっぽを振りかぶる。


 ぽふん!           ぱふん!


 かすかに揺れる室内で愛らしい音が鳴った。


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