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ローズモルグ嬢のコルテ  作者: まつわか
マチェッタ嬢のあぶない船上火唱場
16/18

船出の時

 セイレン号10周年記念航海までの一週間は長いようで短かった。

 メイリーン様たちと出会った翌日はめずらしい鉱石を見つけたかもしれないと話をしていた町はずれに住んでいるおじいさんに会いに行ったのだが、どうやらあまりにも高値をつけて買い手を希望した方がいたらしくもう売ってしまったのだという。楽しみにしていただろうにすまないねぇ、とお詫びとして山ほど庭で採れたというお芋をいただいてしまった。

 それから町の図書館に新しく入荷した本を読んだり、教会の炊き出しを手伝ったりして日々は過ぎていった。メイリーン様に会えない七日間はどれも充実してはいたけれど一日が終わってベッドに潜り込むとやはりあの日ほど心が満たされたことはない。


 けれどそんな日々もおしまい、ついに今日が!


 「出航の日よ!」

 「ふゃ」


 ふやちゃんを飼う事にも航海にもつつがなくお兄様の許可が出たことだし、何も気兼ねすることはない。


 目前に広がるはクトールの港!いざいかん、メイリーン様との船旅ハネムーン


 港には少女の船首像がついたまさに豪華客船、と呼べるような大きな船がとまっている。白で統一された船の上甲板にはいくつかの煙突がついていて黒い煙をあげている。最後尾の煙突にデザインされたタコと鎖は今回招待してくれたセイレン号の持ち主、ペルチ商会のファンネルマークでありシンボルマークでもある。船の周囲は特にクルーズに参加する人々であふれていた。ある人は船を見上げながら期待に胸を膨らませ、またある人は見送りの者と別れの挨拶をすませている。


 あれがセイレン号ね。噂に聞くだけあって立派なものだわ。それより、メイリーン様はどこかしら。はやく合流して驚かせたいわね。


 「すみません、失礼いたします。」


 トランクケースを両手で持ちながら人込みをかきわけて進む。


 もう少し小さく、軽くできたらよかったのだけれど。必要なものを入れていたら重くなってしまったわ…。


 ふやちゃんを肩に乗せながらずるずると船の方へ進んで行くと船の搭乗手続きの辺りで少しウェーブがかった金髪が目に入った。顔は見ることができないが、ふわり、と風になびく柔らかな髪の美しさからきっとメイリーン様だと思った。よく見るとその横には灰髪の執事服を着た青年がぴしりと背を伸ばして立っている。

 まず間違いはないだろうがどうにか近寄って顔を確認したいと思っていると急に少女がこちらへ振り返り、エメラルドと見違うほどの澄んだ緑と目が合った。


 やっぱりメイリーン様だわ!


 トランクケースを片手に持ち替えなんとか手を振ってみせる。そのはずみにふやちゃんが肩から落ちそうになって、慌てて頭の上に避難していた。被っていた帽子がふやちゃんの重みで沈み、目の前が半分白で覆われる。それでも私に気づきはしたはずなのにメイリーン様はフイ、とそっぽをむいてしまった。


 「あれってメイリーン様よね。ねぇ、ふやちゃん、私嫌われてしまったのかしら。」

 「ふゃ」


 メイリーン様に振った手を行き場なくゆっくりと落とす。ふやちゃんは頭から私の肩に戻り小さく鳴きながら鼻を頬に擦り付けてきた。

 げんきだして ということだろうか。


 「もしかしたら本当に気が付いていなかっただけかもしれないわ。」


 私はメイリーン様の視力を知らないしひょっとすると目が悪くて私の顔が見えなかったのかもしれない。現に二人は今にも列から颯爽と抜け出そうとしている。あんなに歓談(※私基準)して、私を避けようとなんてしないはずだ。


 誤解は解かなければ誤解のまま。自分から解こうとしなければそうそう誤りとは気づかないものよ。よし、行くわ!


 「待ってください、お二人とも!」


 声を出しながら二人の後を追う。今見失ったらたとえ船の中でも中々見つからない予感がした。喧騒のせいかおかげか私の声はそこまで響くことは無い。丁度私の横にいる何人かは何事かと私を見るが、そんなことに構っている余裕はない。


 「待って!」


 ——もう少しで肩に手が触れる。その時ようやくピタリと二人の歩みが止まりこちらを向いた。そこにいたのはやはりメイリーン様とオニキスさんだった。

 メイリーン様は以前会った時と同じきゅっと唇を結んだ美しい無表情だったが対照的にオニキスさんは驚くほど柔和な笑みを浮かべている。あのゆらりと気の抜けた笑顔を知らなければ穏やかな好青年と勘違いすることだろう。知っている彼と違いすぎて少し怖い。

 二人は何も言わない。じっと私を見つめ私が話を切り出すことを伺っているようだ。


 「お二方、ごきげんよう!あの時はお紅茶とクッキー、ごちそうさまでした。」


 オニキスさんの眉が微かに動いた。それに気付いたのは普段から狩りをする際、動物たちの微細な行動の変化に注意を払っていたからだろう。本来は人間、いや怪異相手に使うものではないはずなのだが、その些細な機微でいっそうに彼女たちが取っている行動への訝しさが増していく。


 「あの、どうして何も言ってくださらないのでしょうか?」

 「………………。」


 私の言葉に一切の動揺もみせなかったメイリーン様の静寂を破るように


 「失礼ですが、どちらさまでしょうか?」


 オニキスさんは私の目を見ながらはっきりとそう言い放った。



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