おてて繋がない
「つーか、お嬢~。あんなにペラペラ教えちゃってよかったんすかぁ?」
薔薇の小径で屋敷へ戻る帰り道、オニキスが腕を頭の後ろに組みながらメイリーンに尋ねる。マチェッタが怪異に怯えず、そして危害を加えようともしない珍しい人間であったとはいえ、いくらなんでも話すぎたのではないかと思ったのだ。そんなオニキスの疑問にメイリーンは動じることなく出口を目指す。
「まず初めにペラっと喋ったのは君だろう、オニキス。」
「それを言われると痛いっす…。」
「彼女には術をかけたよ。一応、先の狩人よりも強めにね。もしも再会したとして、怪異に関する記憶は消えている。薔薇の小径のことも、以前来たという狩人のように都合よく改竄されているだろう。僕や君のことだって薄ぼんやりとしか覚えていないはずだ。」
問題ない、と小さく呟いた彼女の背中はいつもより小さく感じた。オニキスは少し斜め後ろを歩いているため彼女がどんな顔をしているのか分からない。が、どうせ捨てきれない甘さを持つ人だ。自分にも、他人にも。普段から張り付けている無表情すら今は陰ってしまっているのだろう。
「本当はあの狩人、お嬢が森を散歩していた時に偶然見つけて屋敷へ連れ帰ってきたんすよねぇ。径から出てきた時にはもうパニックで暴れて暴れて、大変だったっす…。」
メイリーンの横に並び、蹴られた腕を大げさになでてみせる。痛みなどもうとっくに傷跡もろとも消え去っているだろう、と頬や腕を引っかかれた少女は軽くあしらった。ちら、と青年の方を向いたその顔に少し笑みが浮かんでいるのは青年の不器用な気遣いに気づいたためだ。しかしすぐに顔を正面に戻して軽く目をつむる。
「急に得体の知れない場所に連れていかれて怖がらない方がおかしいんだ。」
「それもそうっすね。そう思うとマチェッタ嬢ってとんでもなく肝が据わってたっす。」
今更ながら感心したようにオニキスが言う。
肝が据わっている、か。
唐突に邸宅域に侵入され僅かに警戒を示した自分に少しでも抵抗しようとしていたマチェッタが脳裏に思い浮かぶ。オニキスが声を上げなかったら彼女は生存本能のために攻撃を仕掛けてきていたただろう。蜜が凝縮されたようでどこかほろ苦い彼女の血も、痛みに無頓着ながら生に固執する有り方も、他の人間では滅多に見られないものだ。
「興味深い子だったね。」
「あのふやちゃんとかいう動物も連れていちゃって、大丈夫なんすかねぇ。俺にはどっちかっていうとあの動物がマチェッタ嬢を連れてきたように思えたんすけど?」
「残念ながら、ふやくんの正体は分からずじまい。どうも彼女になついていたようだし、引きはがすのも可哀想だ。それに…。」
「それに?」
「考慮する余地はない。無害だと言っている。」
「誰が?」
「僕の勘。」
「本当に考えてないじゃないっすか。不安しか募らねぇ…。」
軽口をたたきながら主人と使い魔は出口に差し掛かる。穴の中に二人の影が薄く長く伸びていった。