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ローズモルグ嬢のコルテ  作者: まつわか
プロローグ
13/18

青年と少女

 そのままあれよあれよと連れられるがまま先程の部屋に入ってきてしまった。部屋にあったはずの青年の死体はいつの間にか綺麗になくなっている。

 しかし少女は一向に何かを話す気配がなく、私というと尻もちをついたまま動くことができない。


 あの、口元に青年を噛んだときの血がついていますよ、なんて言う余裕は今のところなさそうだ。


 完全に膠着状態の部屋の中に入ってきたのは先ほど首を噛まれて死んだはずの青年だった。先程までの庶民的な格好はどこへやら、シンプルではあるがどこか気品漂う執事服に身を包んでいる。

 ただ、首元がチョーカーが見えるほど開いているため真面目なのか不真面目なのかは定かではない。


 「あれっ!?さっきの被害者さん!?」


 どういうことなの。さっきの光景は、一体なに?


 青年は思わず声をあげた私に軽くにこ、と笑いかけて少女の斜め後ろにつく。


 「それじゃあ、話してもらおうか。」


 彼女の端正に結ばれた唇が動く。そのたびに少しずつ、鮮血が顎に線を引いていく。

 無意識に尻もちをついた手に力がこもった。身体は緊張で熱いのに、胸の底だけがひやりと冷たくなる感覚。


 「どうして君はここにいるの?」


 ひゅ、と息を呑む。————空気が、変わった。

 どくん、どくんと心臓がはねていることがわかる。今だけは命の危機を感じたウサギの気分が分かってしまう。咄嗟に舌を軽く噛んで平静を保つ。


 抗わなければ、死ぬ。


 そんなプレッシャーが私を襲う。

 けれど、私は本当にこの美しい異類を倒すことができるのだろうか?

 刹那の逡巡のあと、それでも立ち向かうに越したことはない、と結論づけ尻もちから体制を整える。


 「おや。」


 私の動作に少女は驚いたように目を丸くしたかと思えば口に手をあてて、興味深そうに笑みをたたえながらじっとこちらを見つめる。

 そんな重たいやり取りを破ったのは、青年の気が抜けた声だった。


 「あ、あー!思い出した!あんたは確かランバルト家のお嬢さんっすよね。」


 その言葉に思わず「あ、えと、はい。」と返事をしてしまう。


 「ランバルド家?」


 こてん、と愛らしく首をかしげる少女に、青年は


 「はい。ここら辺を領地にしてる人間の貴族様っすよ~。その一番下のお嬢さんが、そこにいるマチェッタ嬢っす。」


 と説明を入れる。


 「あーあ、お嬢。思いっきり警戒されてるじゃないっすか。」


 (笑)とつきそうなほど軽い調子で先程までの不敵な笑みはどこへいったのやら、によによと口を緩ませている。


 「オニキス。君の案は不発だったようだよ。」


 じろりと少女が青年を睨むとオニキスと呼ばれた青年は笑いながら軽く両手をあげてみせる。


 「そんなに怒んないでくださいよ~。親愛派吸血鬼として名をはせるお嬢が擁護派吸血鬼のフリしてたらそりゃ普通は笑い話になるじゃないっすかぁ。」

 「きゅ、吸血鬼!?」

 「…オニキス。」


 オニキスはやべ、と慌てて口を塞いだが、もう遅い。


 吸血鬼といえば、御伽噺に出てくる…あの!?本当に存在していたの?


 「すまない、驚かせてしまったね。」


 少女は自分の口から垂れていた赤い液体を無遠慮に私の口に突っ込んだ。


 あ、口についてた血に気づいていたのね。よかった。って、そこではないわよ!


 「んぐ!?」


 口に広がるトマトの味。


 「安心して。これ、ただのトマトジュース。」

 「へぇ…?」

 「僕たち吸血鬼は、基本的にはもう人間を襲って血をのんだりはしない。」


 基本的には、と強調されるとなんだか不安な気もするのだけれど。


 はぁ、と嘆息をつき少女は胸に手を当て、

 「改めて挨拶をしよう。僕はメイリーン・クイン。吸血鬼ヴァンパイアだ。それから口を滑らせたお馬鹿さんが僕の執事の…」

 「オニキスっす。どうぞよろしく~。」


オニキスさんは手をひらりと振って挨拶をする。


 「メイリーン、さま…。」


 メイリーン。不思議とその名前はじんわりと胸に広がっていった。

 オニキスさんが“俺もいるっすよ?”と反応しているのは軽く無視しておく。


 「それにしてもオニキスさんはどうして私のことを知っているのですか?」


 「お嬢と違って俺はたまに森から出て買い物しますからね。一度クトール港で猟師と魚を釣ってるのを見かけたことがあって。男衆の中に女の、しかも若い人がいるのは相当浮いてたっすよ~。聞いてみたら貴族なのに庶民の恰好をして動き回るマチェッタ嬢(変人)だって、漁師のおっちゃんが教えてくれたっす。」

 「あ、あはは…。」


 誰かしら、変人だなんて言ったのは。見つけたら鼻にサンマ入れてやろうかしら。


 「それで、君はどうしてここにいるの?普通の人間はこの屋敷にたどり着けないはずなのだけれど。」

 「えっ。」


 衝撃の事実に体が固まる。


 「でも、町の狩人が森で迷っていたらこのお屋敷に着いたって・・・。」

 「狩人?」


 メイリーン様は端正に整った眉を困ったように下げる。そして思い出したように


 「ああ、森で震えていた彼のこと。(…ふうん、そう改竄されたの。)」


 最後の方の言葉はよく聞き取れなかったけれど、メイリーン様が続けて、と言うように手を動かしたため促されるがまま話を続ける。


 「その噂を聞いて、ぜひお会いしたいと森に入りました。この子が連れてきてくれたんです。この子、メイリーンさまのペットですよね?」

 「ふゃ」


 そう言って肩の上で寝ていたふやちゃんを抱え上げるとメイリーン様は不思議そうな顔をする。

 「いいや、知らない子だけれど…。」

 「ええっ?」


 更に驚いた私にメイリーン様は席に着くように促す。どうやら私がびっくりして倒れないか心配になったようだ。


 「ゆっくりでいいからはじめから、どうやってこの屋敷に来たのか詳しく教えて。」

 「ええと、この子とは森の中で出会って…私が飼い主はどこにいるの?と聞いたらこの子…ふやちゃんが歩いていた道を戻って木の隙間を見ていて…何かあるのかと手を伸ばしたら薔薇の茨に指を刺してしまって…そしたら急に茨が動いて…ふやちゃんが鳴いて更に大きく…次第に穴になって…その穴を進んできたら、このお屋敷があったんです。」

 「ふむ…。」


 お屋敷に着いた経緯を説明すると、私の話を聞いたメイリーン様は口に手をあてて考え込んでいる。


 な、なにか悪いことをしてしまったのかしら…。


 「こんなこと、初めてですもんね。薔薇の小径こみちは怪異でないと開けないはずですしぃ。」


 私の動揺を察知したのか紅茶をテーブルに並べながらオニキスさんが助け船を出してくれた。ふんわりと紅茶に浮かんだカモミールの花が優しく香る。

 見た目も香りも素晴らしいし…オニキスさん、いい人だわ!

 

 「というか、怪異でしか開けない?」


 聞き逃せなかった言葉にサァっと私の顔から血の気が引いた。


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