ピンチってやつかしら
灯りがともった室内には一人、青年が立っていた。ぴょんぴょんと顔周りではねた灰色の髪は後ろの方で結わえられている。首につけた黒いチョーカーが印象的だ。
お屋敷の住人かしら…?確か使用人が一人いると聞いたけれど、服装を見るに違いそうね。
彼の恰好は明らかにこのお屋敷とは馴染まない、いかにも庶民とわかる服装をしていた。気だるげに見えるものの、部屋をきょろきょろと見回している。
他にも迷い込んだ町の人がいたのかしら。それにしては見たことのない顔だけれど…。
青年ははっきり言ってしまうとかなりの美男子だ。灰の髪に、猫のように吊り上がった金の眼。今は何かに焦っているよだが、その奥にはなにか挑戦的な態度があるような気がしてならない。
疑念を抱いていると奥の扉がほんの少し開いた。どうやら誰か入って来ようとしているらしい。青年と話をしているようだがなにぶん声が小さくてよく聞こえない。
「…るほど……とを……に……。」
「そう……れで……。」
身を隠しつつ窓にもう少し近寄る。
すると、扉が次第に大きく開いていく。青年の話し相手が部屋に入ってきたのだ。
「!!!!!!!!!!」
生きてきて最大極度の衝撃だった。
真珠だって顔負けしそうな白いきれいな肌、黄金さえもその前では輝きを無くしてしまいそうな金色のロングヘアに、孤高を恐れないようでどこか脆く愁いを帯びた翠の瞳。女の私でもうっとりしてしまうわ。
いいえ、でもそうじゃない、きっとそうじゃないのよ。私の胸を打っているのはあの方の容姿なんかじゃない。予感がするの。きっとあの方はただものじゃない。あの方と一緒にいれば私の生きる世界はもっと楽しくなる。そんな予感よ。ええ、きっと。こう、私のセンサーにピピンと来たの!
「ああ、今日は君の番だったか。」
今度ははっきりと聞こえる声で少女が言う。
「ひぃっ!」
「そんなに怯えないで。」
少女は震える青年の顔をまるで貴重品を触るかのように撫でる。正直うらやましい。
そして、そのまま彼の首元に————嚙みついた。
「………!」
あまりに衝撃的な光景に喉が震える。
青年は初めこそもがいていたが、次第に軽く痙攣をし、最後にはくったりと地面に崩れ落ちた。
「……ぷ、はぁ……まだ足りないな。」
少女はふらついた足取りで一歩、青年から離れる。
ほぼ身を乗り出して見とれていたことに気が付き慌てて窓の下に身を隠したものの、少女がゆら、ゆら、私の方へ向かってきている気配がする。
あれ、もしかしてこっちに向かってきている?いや、もしかしなくてもこっちに来てる!?いやぁぁ、でも、覗き見は今まで誰にもバレたことなんてなかったんだからきっと大丈………
「ねぇ、いつまで見ているつもり?」
おそるおそる見上げると
「あわばばばば!!」
満面の笑みを浮かべた美少女が窓から私を見降ろしていた。