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ローズモルグ嬢のコルテ  作者: まつわか
プロローグ
11/18

薔薇とお屋敷と

 結論から言うと、穴に対する警戒は不必要であったと言っていい。何度か転びかけたことはあったものの、特に危ない目にあうこともなく数分歩く程度で穴の出口にたどり着いた。

 暗闇に慣れてきていた目に出口から溢れる光は眩しすぎて思わず目を細める。穴から出ると、そこは不思議の国!

 ということはなく、先程までと同じ迷い森のようであった。ただ一つだけ違うのは、そこに見慣れない大きなお屋敷が建っていたことだ。


 「どういうことなの…。」


 信じられない光景に思わず言葉が口からこぼれた。


 穴から出たらお屋敷が急に現れました…って、いやいや、そんな非現実的な…。


 まさかぁ、と手を振りながら後ろを振り返ると、通ってきたはずの穴は忽然と消えていた。もちろん非現実ですが何か?と言われたようで我ながら口元がひくつくのが分かる。


 いや、よくよく考えてみると何もなかった空間に茨が出てきて、更に穴ができることから既におかしかったのだけれど!


 物語と恋は突然に、とは言うけれどこれはいくらなんでも唐突すぎやしないだろうか。


 「…………もしかして夢だったり?そう、私はいつの間にか幻覚作用のあるキノコを食べてしまっていたのよ!」

 「ふゃ!」

 「あうっ」


 その最後の悪あがきはふやちゃんによる目覚めの肉球パンチによって綺麗に崩れていった。


rrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr

 

 ふやちゃんを肩に乗せもう一度確かめるようにお屋敷を眺める。


 森の中に存在しているとはいえ、当初想像していた幽霊屋敷のようなおどろおどろしさは感じられない。お屋敷の周りには先端が槍のように尖ったデザインをした鉄製の柵が張り巡らされていて、柵には無数の薔薇の茨がつたっている。丁度正面には薔薇のレリーフをあしらった扉がついていた。赤茶色をしたレンガ造りのお屋敷から柵の入口までは色とりどりの花が植えられた庭が広がっている。庭は丁寧に整備されているようで、花ごとに花壇が分けられ中央には主張しすぎないほどの白い二段噴水が静かに色彩を放っていた。


 周りにある森の木で少し古びては見えるけれど綺麗な別荘って感じだわ。


 「ああ、でも、うわさは本当だったのね!」


 一度現実を受け入れてみると胸からこみあげてきたのは喜びだった。一体このお屋敷に住む人は何者で、どんな人となりをしているのだろう。興味と好奇心は一歩、一歩とお屋敷の方へ近寄るにつれ高まっていくばかりだ。


 「お邪魔しまーす…。」


 ギィィ…。


 柵の真ん中にある扉を引いてお屋敷の庭園内に入る。


 「それにしても、このお庭の庭師さんはとても腕のいい方なのね。」


 花に関する知識はそこまで持ち合わせていない自分でもランバルドのお屋敷と同等…いや、もしかするとそれ以上ではないかと思えるほどここに植えられている花たちが生き生きとしていることがわかる。思わず見入っていると


 「ふゃ」


 ふやちゃんがくい、と顔を扉の方へやる。どうやら“中へ入ろう”と言っているらしい。

 私はちっちっと人差し指を振る。


「こういうのはね、扉から入ったら負けなの。」


 正面から挑もうと入ったとたんに玄関扉が閉まって出られなくなったりトラップに引っかかったりすることがあるかもしれない。怪しい洋館でおこるお約束。様式美。セオリーである。


 「つまり、ここは窓から覗き見るのが正解よ!」


 重ね重ね貴族令嬢の振る舞いとしてはアウトな気がするが、何よりその方が楽しいと思ってしまうので仕方がない。

 胸を張って言い切った私にふやちゃんは驚き心底呆れたような視線を投げかけてきた。それでも異論はないらしく、“好きにして”というように肩の上で器用に顔を伏せてみせる。


 ふふ、誰にもバレないように探索するのは得意なのよ。


 今でこそ町娘の恰好で町を出歩くことを黙認されてはいるが、基礎教育が行われた数年はそれすらも禁止されていた。お屋敷の庭に出ることも禁じられ、家の人どころか使用人部屋とも一番離れている、端の方にある自室で朝から晩まで過ごす。そんな日々を送っていれば自ずと——、そう、自ずと


 外に出られないのならばお屋敷の中で退屈を紛らわせばいいじゃない?


 という発想に至ることも、やむ無しではなかろうか。と思う。とはいえランバルト家の人達に迷惑をかけるような行動…例えば簡易煙玉の開発実験や毒があるかもしれないキノコの栽培など…をすることは流石に気が引けた。だからこそ誰にも迷惑をかけない“マチェッタのシークレット調査~ランバルト家編~”に熱を燃やしたのだ。ある時は世界のかわいいワンちゃん全集を読んでいる長男を覗き、またある時は首都で流行った吟遊詩人に感化され自作のポエムを口ずさむ長女に聞き耳を立てていた。


 「ラドバールお兄さまを取りあった農家の娘さんvsシスターさんvsネコが一番アツかったわね。」


 下世話がすぎると自分で自分が嫌になったことは何度もあったが、止めたところで退屈が襲ってきただけだ。


 ————楽しいことをしなければ駄目。


 「ふゃ?」


 鳴き声ではっと気がつくと、ふやちゃんが心配そうに私の顔をのぞきこんでいた。


 「ごめんなさい、昔を思い出しすぎたみたい。さて、元気に覗きにいくわよ!」

 「ふゃ…」


心配するんじゃなかった、と言われた気がしたがそこは気にせず意気揚々と窓のそばへと近寄ることにした。


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