不思議な茨
「とは言ったものの、特にあてもないからまたまっすぐ歩くしかないのだけれど…。」
そう、いくらふやちゃんに出会ったとしてもお屋敷に着かなければ意味がない。今歩いている場所は先程までいた場所よりも霧が晴れてはいるものの木々が茂っている。同じような風景ばかりが続きどうにも目新しいものも見当たらない。
「ねえ、ふやちゃん。あなたのご主人様のところへ連れて行ってくれないかしら。」
あまりにもすることが無いため、冗談交じりに私の肩に乗っているふやちゃんに話しかけてみる。
「ふゃ」
私の言葉を聞いたからか、そんなことは分からない。けれどふやちゃんはいきなり私の肩からぴょんと降りて、今まで来た道を逆走していった。
「えぇ!?」
戻ってもそっちには何もないわよ!?
「ま、待って!」
うそ、私、お屋敷を見逃していた?いいえ、そんなことはあるはずがないわ。今まで来た道にはそんなものなかったはず…!
取りあえず考えることを置いて急いでふやちゃんの後を追いかける。十分ほどそうしていると、ふやちゃんは急に動きを止めてじっとこちらを見て、視線を横にずらした。
ふやちゃんの方に近づき同じように横を見ても、そこには特になにもあるようには見えない。ただ、木々があるだけだった。
「……?」
疑問に感じてふやちゃんの方を見ると、ふやちゃんはもう私を見ていなかった。ただ、生えている木々を、いや、目の前にある二本の木のその隙間を見ている。
「なに?ここに、なにか…。」
木々の隙間に手を伸ばしてみる。隙間にはただ更に向こう側の景色が広がっているだけだ。それなのに、ちくり、と何かが私の伸ばした中指の腹を刺した。
「…? …………あ、血……。」
手を引っ込めて見てみると人差し指には血の雫ができていた。思ったより深く突き刺さったらしい。張り詰めたてんとう虫大のそれは耐えきれず手の指を伝って地面へと落ち、指からは更にとくとくと赤色が流れ出る。
指を突き刺したものが何か見るために木々の隙間の方へ目をやると、そこには先程までは見えなかった薔薇の茨が真っすぐに一本だけあった。地面から生えているわけでもなく、他の木々から垂れ下がっているわけでもない。それなのに宙に浮いているかのように縦に一本だけ存在している。どうやら私はその刺に指を突き刺したらしい。
「これは…。」
ふいに、空気が揺れる感覚があった。ふやちゃんがまた私の方を見ている気がした。真っすぐだった茨はうねうねとねじ曲がり次第に長くなってぐるぐると螺旋を作る。
「ふゃー」
ふやちゃんが高く鳴くと、螺旋をつくる勢いは更に勢いを増していった。そしてある程度の大きさになると次第に勢いが弱まっていく。完全に茨の動きが止まると、そこには地面から私の腰位の高さまである、茨が何重にも丸く絡まった穴のようなものができていた。中はどうやら空間になっているようだが、灯りを近づけても真っ暗で見えづらい。調べている私の脇をすり抜けてふやちゃんは軽やかに穴の中へ入る。
「ふゃ」
「入って行っちゃうの?」
もう一度ふゃ、と軽く鳴くとふやちゃんは奥の方へ進みあっという間に見えなくなってしまった。
こうして待っていても仕方がないわよね。
どちらにせよ新しいものを追い求めるには危険と不安がつきものだ。そう覚悟を決めて穴の中へと一歩を踏み出した。