私の楽しい転生生活
トラックに轢かれて死にました!!!!!!!!!!!!!!!!!!
なんか知らんけど転生しました!!!!!!!!!!!!!!!!!!
……転生しましたじゃねえんだよボケえええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!! おまっ、お前、こちらとら青信号で横断歩道渡っとったんやぞコラあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!? ちゃんと右見て左見てもう一度右は見なかったけど車おらんの確認して渡り始めたっつーのにどういうことだこれェ!?!?!?!?!? いきなり突っ込んできやがって!!!!!!!!!! 来週は待ちに待ったゲームの発売日やったんやぞ!?!?!?!?!? 予約開始日朝一で予約して発売日には有給取って朝からどっぷりのめりこむつもりだったのに!!!!!!!!!!! ずうっと楽しみにしてたのにどうしてくれる!!!!!!!!!! ふざけんなくそが!!!!!!!!!! どこのどいつだか知らねえがぜってー許さねえからな!!!!!!!!!! 返せ!!!!!!!!!! 私を元の世界に返しやがれえええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!
とまあ、記憶を取り戻してから初めて目を覚ました私は、上記のようなことを叫びながら狂ったように暴れまわり、泡を食った両親と使用人とに取り押さえられ再び気を失った。
いやー両親には悪いことをしたわ。あ、転生先の両親ね。蝶よ花よと育てた可愛い盛りの5歳の娘が突如原因不明の高熱を出し三日寝込んだと思ったら目を覚ました途端に訳の分からないことを喚きながら鬼の形相で暴れまわったんだからそらもう大騒ぎよ。
私が寝ている間に国一番の名医と魔法医を無理矢理呼び寄せて診察させたらしい。結果、異常なし。逆にお父様は半泣きになったそうだ。いっそ異常があれば治しようもあったのにねえ。ごめんねお父様。過去を思い出しただけで前の私も今の私も私なんだわ。
お父様に比べてお母様は大分冷静だった。なんと驚くべきことに、この世界転生者という存在がもともと知られていたらしい。さすがに石を投げれば当たるほどではないようだが、一国に数十人はいるくらいなのだとか。幼女にあるまじき語彙力による罵詈雑言の数々にお母様はすぐにその存在に思い至ったそうだ。そして転生者の記録を調べ上げ、どう対応するべきか検討したらしい。さすがお母様、行動が的確でいらっしゃる。
そんなわけで再び目を覚ました私はお母様から聞き取り調査を受け、転生者であることが確定し、まあ問題なかろうとお墨付きを頂いた。場合によっては過去の記憶に耐えられずに発狂したり、前世が大悪党でやばいことになるパターンもあるそうだが、大多数はいずれにも当てはまらないそうで、いたって普通に暮らしているらしい。ちなみにお母様の言うところによると、記憶を取り戻していきなり暴れる例はほとんどないそうだ。てへ。
っちゅーわけで、前世アラサー独身女、現世5歳ぴちぴち幼女の私、アリス=アークライトの二度目の人生がスタートしたのである。
今生での私の家族を紹介しよう。
まずはお母様、マリア=アークライト。アークライト公爵家の家長である。
つまり、お母様がアークライト公爵その人である。この国は長子相続が基本で、性別は問わない。現在の国王も女王陛下であるし。
お母様はばりばりのキャリアウーマンだ。お爺様から爵位を受け継ぎ早数年、その手腕をいかんなく発揮しアークライト公爵領の更なる発展に貢献している。はっきり言ってこの人が転生チートなんじゃないかと疑うくらいに発想も仕事の速さもすごい。また仕事だけでなく腕っぷしも凄まじい。剣を使わせれば並の近衛をはるかにしのぎ、魔法を使わせれば宮廷魔法使いに匹敵すると言われている。
さらにその美貌で学生時代は男子生徒の視線を総なめしていたとか。
さらにさらにすごいのが、大量の仕事をこなしつつ育児にもしっかり力を入れているところだ。前世を思い出したからこそ理解できるようになったのだが、お母様は遊びの中に学びを混ぜ込むのがすごくうまい。一緒に遊びながらさりげなく数の計算を教え、単語を教え、考え方を教え、礼儀作法を教える。眠る前のお話は建国の歴史をわかりやすくアレンジしたものだったり知っておくとよさそうな他国の話や神話や英雄の伝説だったり。気づいた時はあまりの完璧超人っぷりにいっそ怖くなったくらいだ。むしろこの人だけでいいんじゃね? 跡継ぎじゃなくてホントよかった。
お次はお父様、ヒース=アークライト。婿養子である。
元は伯爵家の三男坊、末っ子で、甘やかされたのか何なのかすごくふわふわぽやぽやしている。いつもしゃきしゃききびきびのお母様とはタイプが全然違う。どういういきさつで玉の輿に乗ったのって聞いたらさめざめと泣きだしてしまってお母様にめちゃくちゃ怒られた。流石に私が悪かったよ。
これでお父様は女王陛下の覚えもめでたい能吏なのだそうな。宰相様の下でちゃんと働いてるらしい。全然想像つかないんだけどね。
とても優しい人で、いつもにこにこと笑っている。ちょっと頼りない感じがするけれど、お母様ほどではないにしろ魔法が得意なのだとか。剣はてんで駄目で、刃物の類は持たせちゃダメだってお母様から厳命されている。多分自分で自分を切っちゃうんだろうなあ。想像できるところがまた。
そんなお父様の唯一の武勇伝が、お母様を射止めたことだろう。二人は同い年で、学園で初めて出会ったのだそうだ。同じクラスでも最初は全然接点がなかったのだが、魔法実習の授業で火炎魔法を豪快にぶっ放すお母様の姿に惚れて、勇気を振り絞って交際を申し込み、見事玉砕。当時とんでもない美少女だったお母様は次から次へと言い寄られて心底辟易していたらしいから無理もない。それでもめげずに魔法の腕を磨き、勉強にも励み、節度を持って接するうちにお母様もほだされたそうだ。小動物みたいにぷるぷるしてたのが可愛かったとこっそり教えてくれた。お父様、愛玩動物扱い……? いや分かるけど。まあでもちゃんとらぶらぶ夫婦である。
さてその次はクリス=アークライト、私の三つ上のお兄様である。
お父様に外見も中身もそっくりなお兄様は、さすがにお母様に育てられているだけあってぽやぽやしつつもしっかりしている。……一応お父様も仕事ができる人らしいけど。
だけど基本はとても優しくて穏やかで、いつも私と弟を可愛がってくれる。ときどき大真面目にとんでもないボケをかますことがある。7歳の男の子にしては大人しすぎるほど大人しい。部屋で静かに本を読んでいるのが好きなんだとか。
お兄様が長子なので、何事もなければそのまま次期公爵となる。ぜひぜひ頑張ってもらいたいものだ。私は御免被る。
最後はトリス=アークライト。私の二つ下の弟でアークライト家末子である。
クリス、アリス、トリス。……ちょっと名づけが適当過ぎない? ちなみにお父様がつけた。……うん。
お兄様がお父様似、私がお母様似で、トリスはお父様とお母様を足して二で割ったような感じだ。性格は大分お父様が入っていて、ちょっと怖がり。この前私が大暴れしたのを見てしまってしばらくは、私の顔を見るだけで号泣していた。お姉ちゃん、ちょっと傷ついたよ……
ようやく最近また懐いてきてくれるようになったが、少しでも怖い顔をするとダッシュで逃げてしまう。完全にトラウマになってしまったようだ。可哀想なことをした。
以上が私の家族である。普段は兄弟三人でお母様とアークライト公爵領に住み、冬の社交シーズンだけ王都で過ごす。お父様はずっと王都にいるから、家族がそろうのは冬の間だけ。その貴重な時間に私は熱を出してぶっ倒れ、三日も生死の境をさ迷った挙句に目覚めるなり大暴れしたわけである。いやー実に申し訳ない。私のせいではないけども。悪いのは私を轢いたトラックの運ちゃんだ。顔も名前も性別も年齢も知らんけど、もし転生してたら殺す。私の仇じゃ。
多少の混乱はあったけど、家族は前世を思い出した私を問題なく受け入れてくれた。
「アリス。あなたは私たちの可愛い娘のアリスです。前世の記憶の有無など関係ありません」
お母様の力強い言葉にちょっと感動しちゃったよ。いくら私は私とはいえ不気味に思われても仕方がないと思ってたから。
お父様は少しの間へこんでたんだけどさ。「可愛いアリスがお転婆さんになった……」って言ってたけどお父様、それは違う。もともとアリスはお転婆娘だった。自分で言うのもなんだけど、お兄様と弟の分を吸い取ってたんじゃないかってくらいに。それが手の付けられない腕白小僧にランクアップしただけだ。というかお父様の認識大分おかしいよ。色眼鏡なんてレベルじゃないよ。
さて、アラサーの記憶があろうと今の私は若干5歳。精神年齢はいくつかわからんけども、確実に体に引っ張られてる。
そうするとさあ。大きくなったらできないことをたくさんやってみたくなるよね?
「お嬢様! 木に登ってはいけません!」
「お嬢様! 窓は出入り口ではありません!」
「お嬢様! ドアに罠を仕掛けるのはお止めください!」
「お嬢様! どこに行ったのですか、お嬢様!?」
「きゃーーーーーっ! お、お嬢様っ! へび、へびを掴んじゃっ捨ててください!」
「お嬢様!」
「お嬢様!」
「い い 加 減 に な さ い ま せ !」
「アリス」
「ひゃい」
私の前にはにっこりと微笑むお母様。だけど目は全く笑っていない。
「私は子供が元気なことはとても良いことだと思っています」
ひんやりした空気を纏いながらお母様が言う。
「けれど限度というものがあります。今のあなたなら、私の言葉の意味が分かりますね?」
お母様は前世持ちの私を決して大人としては扱わなかった。今まで通り変わらず子供として相手してくれていた。それが今日、初めて大人としての良識を問われている。
要するに、やりすぎちゃったわけだ。
……いやだってさー、今の私は体は子供、中身も子供、だけど大人の悪知恵だけはたんまりという正直手の付けられない状態なわけよ。しかも精神年齢が低いもんだから、普通の大人ならしないようなことにためらいが全くない。面白そうと思った次の瞬間には体が動いているようなありさまで。我ながら時々ブレーキの利かなさに背筋が冷たくなることがある。いわば、こう、崖の直前で、飛び出したら落ちるのが分かってるのに飛び出しちゃう感じ。それが自分では全く制御できないのだ。
というようなことをしどろもどろになりながらお母様に言い訳すると、お母様は深くため息を吐かれた。ホントすんません。
「……仕方がありません。アリス、明日からあなたには魔法と剣術を教えることにしましょう。クリスとともに学びなさい」
「えっ、いいの!?」
私はびっくりしてぴょこんと跳ねた。ずっとまだ早い、六歳になるまで待ちなさいって言ってたのに。
「まだ早いという気持ちは変わっていませんが、あなたを野放しにしている方が危険と判断しました。詠唱系の前に変なものを覚えられても困りますしね」
「やったあー! お母様、ありがとう!」
もろ手を挙げて喜ぶ私にお母様が釘を刺す。
「その代わりに礼儀作法の授業を増やします。また、遊びでの魔法によって何かを破壊した場合はそれなりの罰を与えるつもりですので、覚悟なさい」
「……はい」
さすがお母様。気を付けます。……できるだけはね。
この世界の魔法はちょいと変わっている。
魔法の発動方法と魔法の結果が分かれて存在するのだ。
魔法の結果というのはいわゆる火魔法や水魔法といった実際に起こる現象のことである。何かを燃やしたり、水を出したり、風の刃で物を切ったり、そんな感じ。
では発動方法とはというと、お母様が言った詠唱系というのがそれに該当する。魔法を発動させるために何をするか、というところだ。詠唱系は読んで字のごとく、呪文を唱えることで魔法を発動させる体系のことである。詠唱で火魔法を使う場合、詠唱系火魔法と分類される。
それじゃあ詠唱以外の何があるのかと思われるだろうが、これがまた笑っちゃうくらいに多種多様。舞踏系や歌唱系は分かりやすい。筆記系や描画系も想像がつく。手拍子だったり指ぱっちんだったり口笛だったり瞬きだったりなんてことない行動や仕草が発動方法になることもあるそうで。
これはおそらく、体内の魔力を外へ放出するやりやすい方法が人それぞれ違うからじゃないかと思われる。
魔法は、体内の魔力を放出することで発動する。放出された魔力をどのような形にするのか……火にするのか水にするのかによって結果が変わる。この、魔力を放出して形作る方法として、詠唱がやりやすい人、歌うのがやりやすい人、身振り手振りがやりやすい人、という具合に分かれているのである。
貴族しか魔法が使えないということもないので、この世界の人間は6歳になると皆一様に詠唱系魔法を習うことになっている。向き不向きがあるのになぜか? それは詠唱系が使えないと日常生活に不便が生じるからである。
転生者がちょくちょく生まれるだけあってこの世界の生活水準は非常に高い。現代日本育ちの私でもさほど不便を感じないくらいだ。もちろんテレビとかネットとかはないけども。テレビゲームもできないけど。できないけど! いやね、前からアナログゲームだってやってきたし、この世界もカードゲームやボードゲームはありますよ。トランプとかチェスとかさ。だけど私はテレビゲームがやりたかったんだよド畜生が!!
……それは置いといて、その便利さを支えているのが電気ではなく魔法なのだ。夜明かりをつけたい場合は、光魔法が使えればそれを、使えない場合はランタンに火魔法で火をつける。料理をするときも魔法で火を生み出し調節する。お風呂を使いたければ水&火魔法、洗濯物を早く乾かしたいなら風魔法、畑を耕すときは土魔法、といった具合に。こまごましたことから大きなことまで魔法が浸透している中で、詠唱系が使えなかったらどうなるか。
料理をするための火をつけたい場合。舞踏系しか覚えてなければそのために踊るのである。それならまだしも、描画系ならその場で絵を描きださなければならない。時間がかかるしなんといっても面倒だ。それが日常生活のあらゆる場面で発生するのである。
もちろん誰もが全ての属性の魔法を使えるわけではないので、使えない人用の道具というのはそれなりに開発されている。が、まあそれはあくまで補助的なものなので、やっぱり詠唱系が使えたほうがよほど楽だ。
じゃあ後から詠唱系を覚えればいいと思うじゃん? ところがどっこい、そうは問屋が卸さない。人間、楽な方法を知ってから面倒な方法を覚えようったってそうそううまくはいかないもので。詠唱系以外を先に覚えてしまった人はあとから詠唱系を習得できる率がめちゃくちゃ低いのである。困ったもんですなあ。
だから6歳になると同時に、子供たちはみんな詠唱系を習う。習ううちに大体ほかの、自分に合った発動方法に目覚めていくというわけである。
ではなぜ6歳なのか。ここがなかなか悩ましいところで、これより遅くすると勝手に発動方法を覚えてしまう事故が増える。これより早くすると制御に失敗する事故が増える。ついでに悪ガキどもがいたずらの手段に使う事例が増える。いたずらについては6歳でも大概みたいだけどね。今の私を考えてみればさもありなん。制御の失敗についても、平民が教わる魔法塾の壁や屋根がしょっちゅう吹き飛んでいることを考えれば、なんともはや。たまに自宅も吹っ飛んでるらしい。まあメリデメを考えた末に設定された年齢なんだろうしね、仕方ないよね。
お母様も魔法を覚えた私が何をやらかすか心配だったようだが、それでも勝手に詠唱系以外を覚えられるよりはマシと判断したようだ。きっちり釘は刺されたし、日々の勉強を増やされたおかげでいたずらをする時間は激減した。その代わりというわけでもないが制御を誤って庭のガゼボを一つばかり吹っ飛ばしちゃったけど、あれは純然たる事故だったのでおとがめなし。
いやー楽しい。前世では本やゲームや空想の中でしかありえなかった魔法が使えるようになり、前世だったら銃刀法違反でしょっ引かれる剣だって振り放題。楽しくないわけがない。
私は見事にのめりこんだ。
さて、すくすく育って私アリス=アークライト、10歳。社交界へのお披露目の年である。……普通の貴族令嬢であれば。
「アリス、あなたも10歳になりましたね」
お母様がどこか諦めのにじんだ表情で口火を切る。
「一応聞いておきますが……やりたいことはありますか?」
「はい、お母様! 私は冒険者になります!」
迷いのひとかけらもない私の宣言に、お母様はため息を吐き、お父様は顔を覆って項垂れ、お兄様は困ったように微笑み、弟は目をきらきらと輝かせている。
冬の社交シーズンを前に、王都にて1年ぶりの家族全員集合を果たしたところである。いわゆる家族会議というやつだ。久しぶりに会うお父様に領地ので話をしたり、12歳から学園に通い始めたので王都にいるお兄様から学園の話を聞いたりしてまったりとした時間を過ごしていたわけだが、お母様が居住まいを正したのを皮切りにまじめな話にシフトする。
議題はもちろん、私のお披露目だ。
「アリス……どうしても、冒険者になりたいのかい?」
「もちろんです、お父様!」
冒険者。ああ、なんて甘美な響きだろう! 前世ではそれこそ漫画や小説やゲームの中にしか存在しなかったそれを知った時、私の夢は決まったのだ。ついでに意味もなくお父様を土魔法で転ばせてみたりした。当然誰にもネタは通じず、お母様に怒られただけだったけど。
この世界での冒険者は、言ってしまえば何でも屋だ。迷子のペット探しから素材の採取、馬車の護衛、魔物の討伐まで何でもござれ。おばあさんの話相手なんて依頼も見たことがある。冒険者ギルドに所属することで依頼を受けることができ、依頼は内容に応じて総合・採取・護衛・討伐の4種類に分けられる。冒険者は実績に応じて種類ごとにランクが付けられ、最低ランクはE、最高ランクはS。採取がAで、それ以外がEランク、とかありえるわけだ。他人には向き不向きがあるからね。魔法と一緒。
ちなみに10歳から冒険者として登録可能である。
「冒険者になったら、アリスはどれをやるのかな?」
困った微笑みのままお兄様が尋ねる。これは答えを分かっている顔だ。だから私はにっこりと満面の笑みを浮かべて答えた。
「もちろん、討伐ですわ!」
「さすが姉様、かっこいい!」
トリスがぱちぱちと拍手をして私を褒めたたえる。うむうむ、可愛い弟よ、苦しゅうないぞ。
「だろうね。……母様のせいですよ? 面白がっていろいろ仕込むから」
お兄様が少し咎めるような視線をお母様に向ける。お母様は慎ましやかに視線をそらしただけで何も言わない。言えるはずがない。お兄様の言う通り、私に冒険者という生き方を教えたのはお母様なのだから。
この世界には魔物が存在する。前世の記憶からすると普通の動物というものはおらずみんな魔物に見えるのだが、一応区別があって、人間に懐いたりしゃべったりして意思の疎通が可能なものを魔獣と呼び、常に敵対的・意思の疎通が不可能なものを魔物と呼ぶ。とはいえ魔獣だからといって全てが友好的なわけではない。個体によっては友好的なものがいる、というだけの話である。その友好的な魔獣を家畜化して牛とか豚とか呼んでいる。
んで、アークライト領は魔物の数がそこそこ多い。奴らは森にも山にも平原にも砂漠にもどこにでも出現するし、放っておくとどんどん増えるから定期的に間引かないといけないし、うっかり村の近くに巣なんか作られた日には大騒ぎ。放っておけばあっという間に村一つ滅んでしまう可能性だってある。だから冒険者4種のうち討伐が最も必要とされている。いつでも人手が足りていない状況だ。
当然領兵も巡回はしているのだが、魔物に対抗するには圧倒的に人数が足りない。領主の兵が多すぎると国は謀反を疑わざるを得ないため、これ以上は増やせない。国軍は王都や街道、国境の警護で忙しい。手が回らない部分を冒険者が担っている。
しかし、依頼を出すには当然冒険者に金を払わなければならない。国から多少の補助は出るのだが、貧しい村などではやはり負担が大きい。緊急性が高く、危険度が読みにくいうえ、安いとなると冒険者たちも嫌がる。当然だろう、彼らは自らの命を賭けて戦っている。負けた時にはそれを払うことになるのだから。
ではそういった依頼をどうするのか?
依頼料が安いならば、金に困っていない者が請け負えばいいのだ。具体的には、実家から援助を受けている貴族の子息令嬢が。
家を継げない子供たちの中で、さらに貴族として婚姻を結べないものや結ばないもの。彼らは貴族としての務めを命を賭けることで果たす。高貴なる義務はどんな木っ端貴族でも免除されることはないのだ。嫌なら平民になればいい。
もちろんアークライト領にも何人かそういう貴族冒険者が存在していて頑張ってくれている。にもかかわらず、我がお母様は時折自ら討伐任務に出ていたのだ。なんというパワー系女領主。いや、書類仕事ばかりじゃ気が滅入るのは分かるけど。
そんでまあ、魔法と剣にのめりこみ、やばいくらい没頭していた私が8歳になるころ、お母様が言った。
「アリス、実戦を経験してみませんか?」
一も二もなく飛びついたよね。二人で変装して町に下り、初めてギルドに行った時の感動は忘れられない。すでに登録されているお母様の資格(なんと討伐Sランク!)で依頼を受け、まずは近場のゴブリンからと初陣に向かい……そして私は初めて知ったのだ。命がけで戦うことの楽しさを!
まだ小さい体格に合わせたショートソードで頭蓋を叩き潰した衝撃。放った魔法が相手を真っ二つにした快感。経験不足から食らってしまったこん棒の痛み。歪んだ視界の中突き出したショートソードが相手の心臓を抉った感触。すべてが、そのすべてが私の心を高揚させた。あれ、これじゃあ私まるで戦闘狂みたいじゃん。ソンナコトナイヨ。
ゴブリンの返り血を浴びながら勝利の雄叫びを上げる私を見て、お母様は満足そうに頷いていた。それからお母様は私に冒険者としての心得を叩き込んだ。多分お母様も教えるのが楽しくなったんだろう。森の奥深くに一人で置き去りにされたし、ゴブリンの集落の中に放り込まれたし、オークの集団の前に突き出されたこともあった。お上品な、型通りの剣術はあっという間に実践的で変則的な汚いことでも何でもする剣術へと変貌し、サバイバル術を叩きこまれ、眠っている間でも結界魔法を発動できるようになり、詠唱系の応用である無詠唱もマスターした。私を冒険者にしたのはお母様なのだ。どうやらちょっとやりすぎたと思っているようだけど、完全に後の祭りである。
そして10歳になった今、私は一人前の冒険者として登録が可能になったわけだ。ひゃほーい。
「マリア……どうしてそこまでしちゃったんだい?」
お父様が涙目でお母様を見つめる。その様はまさしく小動物だ。なんだかんだでお父様に甘いお母様はその視線を無視しきれず、しかし視線を合わせることはせずに言い訳を始めた。
「私も無理を強いたわけではありません。アリスがあまりに魔法と剣とに打ち込むものですから、それならば実戦を経験させてみようかと思ったのです。そこで怖気づくならそこまでのつもりでした。けれど、その、ええ、思いのほか、しっかりと戦えていましたし、楽しそうでしたので、もう少し教えてみようかと。厳しくしても食らい付いてくるので、ええ、つい楽しくなってしまったことは否定できません」
「母様……」
お兄様の呆れた目から逃れるようにお母様は言葉を重ねる。
「我が領は魔物の被害とは無縁ではいられません。もちろん何人もの冒険者たちが力を貸してくれてはいますが、私たちは公爵家として、民を守らねばなりません。私が執務の合間に動くにしても限度があり……そう、アリスが代わりに行ってくれるならと、そう思ったのです」
「今考えた言い訳にしてはそれなりですが、結局楽しくてやりすぎてしまったんですよね?」
ずばりと切り込んだお兄様に、お母様はしばしの無言ののちに諦めたようにこくりとうなずいた。はいお兄様の勝ちー。
お兄様は最近随分としっかりしてきた。我が家の突っ込み担当と化している。お父様が頼りないからか、お母様に鍛えられているからか。公爵家は安泰だね!
「まあ、もう過ぎてしまったことに目くじら立てても仕方がありません。アリスは冒険者生活が楽しいんだろう?」
「ええ、それはもちろん!」
「止める気はないんだよね?」
「止める気はありませんし、止める理由もありませんわね」
お母様が言っていることにも一理あるのだ。お兄様が公爵として権力で領地を治め、私が冒険者として物理的な力で脅威を排除する。実に素晴らしい適材適所じゃないか。
お兄様はうなずいて、お母様を見る。
「アリスの決意は固い様です。あとは母様の決定次第ですよ」
お父様は涙目で私を縋るように見つめている。無視だ無視。トリスからは憧れの視線が眩しい。そしてお母様は、小さく息を吐いた。
「……一応、来週のお披露目には行きなさい」
「ええー」
「もし冒険者になるとしても、即貴族でなくなるわけではないのですから、今後のために出ておきなさい」
不服を表明したが、これは無理そうだ。私はしぶしぶと頷いた。まあ一応行くつもりではあったんだけどね。その気がないのならそもそも王都に来てないし。
礼儀作法なども徹底的に叩き込まれて、一応貴族令嬢っぽい仮面を被ることも可能ではあるけども、性格的に合わない。全然合わない。遠回しな嫌味の応酬するくらいなら顔面をぶん殴りたいと思っちゃう。陰湿な嫌がらせをされたら叩きのめしたくなっちゃう。口より手を出したいタイプなのでね。
「その代わり、冒険者登録は許可します。ただし依頼は私と一緒の時にのみ受けること。一人で勝手に活動することは許しません」
おっ、やったあ。さすが飴と鞭の使いどころが上手い。
「分かりましたわ、お母様。ひとまずはお披露目、張り切って済ませてしまいましょう!」
「くれぐれも問題を起こしてはなりませんよ。女王陛下の御前なのですからね」
「ええ、わきまえておりますとも」
んふふと微笑む。さっさととっととお披露目を済ませて領地に帰ったら、ついに念願の冒険者デビューだあ!
「アリスぅ……冒険者は止めよう? ね?」
お父様は黙ってて。
またまた時は過ぎ、アリス=アークライト12歳。学園に入学する年である。……普通の貴族令嬢であれば。
一年ぶりの家族会議である。お父様とお母様はいつもと変わらず。お兄様はこの一年でまた背が伸びて、今や立派な青年になりつつある。少しお母様に似てきたかも。トリスはまだ私より小さい。成長期はこれからだから、どこまで大きくなるのかちょっと楽しみだ。
私は一か月で叩き直された令嬢らしい動きを意識しながら優雅に紅茶に口をつける。実はこの半年、お母様の許可を得て完全にソロの冒険者として活動してきた。ちょいとわけあって先日討伐ランクがBに到達したところだ。異例の昇格スピードにそこそこ話題になったらしい。
ともかく半年もの間一人でやりたい放題していたものだから、もともとの性格と相まって貴族らしい礼儀作法は吹っ飛んでいた。社交シーズンのひと月前に呼び出されてみっちり指導されたのも致し方のないことだった。いやー冒険者生活は楽でいいね!
「アリス、自分が貴族であることを思い出しましたか?」
「ええ、お母様。先生方には大変お世話になりましたわ」
わざとらしく丁寧な口調で微笑む。もともと家族会議の時はあえて貴族らしく振る舞うようにしていたのだけどね、今日は一段と力を入れている。ちゃんとやるときゃやるんだとアピールしておかないと。
「討伐がBランクだって? すごいね。一体何があったんだい?」
変声期を迎えて少し低くなった声でお兄様に問われて、私は説明をした。
先日、私は一人でヒポグリフの討伐依頼を受けた。火山近くの街道で馬車を襲う事件が起こったためである。襲われた人が「ヒポグリフが火山に逃げた」と証言しており、別の目撃証言もあったのでえっちらおっちらと火山に登った。首尾よく発見し、仕留め、死体を丸ごと空間魔法で収納してさあ帰るかと下り始めたところで、出会ってしまったのだ。地獄の番犬、ケルベロスに。
「けっ、ケルベロスっ!?」
お父様が顔面蒼白になって叫んだ。これは決して大げさな反応ではない。通常ケルベロスはBランク冒険者がパーティで対応する魔物なのだ。単独で討伐するならば熟練のAランクが必要だろう。Cランクが一人で出くわせば、よくて死体が確認できる程度の死にざま、通常は行方不明で終わりだ。
その山にケルベロスが住んでいるという情報はなかったから、きっとどこかから移住してきたばかりだったんだろう。こういう事故は稀によくある。冒険者家業は命がけなのだ。もしかしたらヒポグリフがわざわざ街道までやってくることになったのもケルベロスに獲物を横取りされたからだったのかもしれない。
ともあれ私は一人でケルベロスと出くわした。厳密にいえば一人と一匹だったんだけど、ケルベロスが相手では私の可愛いペットであるケット・シーは数のうちに入らない。完全に獲物として目をつけられてしまったからにはもはや戦うしかなかった。そして数時間に及ぶ死闘を繰り広げ、ケルベロスの討伐に成功したというわけだった。
「け、怪我はっ!? 傷が残ったりしていないのかい!? 無理をしてたりは!?」
「ご心配ありがとうございます、お父様。私はこの通り無事ですわ。なかなかの強敵でしたが、お母様の厳しい訓練を耐え抜いた私ですもの。負けるはずがございません」
ケルベロスの革は耐火性能に優れ、爪や牙は武器に使われる。肉は結構おいしいんだこれが。持ち帰ってギルドに報告がてら提出したら、大騒ぎになった。それでまあ、緊急での昇格になったというわけ。
なかなか血湧き肉躍る素敵な戦いだった。三つの首から繰り出されるブレス、牙、毒の咆哮。鋭い爪が私の体を幾度もかすめるたびにぞくぞくしたし、蹴りを喰らったときはアドレナリンがやばかった。三つ目の首をかき切って止めを刺したときなんかもう楽しくて楽しくて……ふふふ。
あ、怪我はちゃんと回復魔法で治してるよ。お父様が気にするから、傷が残らないよう念入りにね。
「ヒース、心配はいりません。私はアリスを、若いドラゴンを単独で討伐できるくらいには仕上げたつもりです」
「マリアっ!? 君はアリスを一体どうするつもりなんだい!?」
至極まっとうなお父様の叫び声はまるっと無視された。二年前からお母様はすっかり開き直っており、熱心に戦闘訓練を施してくれた結果がこれだ。がっくりと首を落として項垂れるお父様を、トリスが慰めている。
「父様、ケルベロスのお肉美味しかったよ。姉様が持ってきてくれてるから、夜みんなで食べよう?」
ああ、可愛い弟よ。お前は優しいなあ。それが慰めになっているかどうかは知らんけど。
その可愛い弟のトリスは、私とお母様の行動に憧れて一時冒険者を志していた。私ほどの厳しい訓練ではなかったが(お母様もちゃんと相手を見て対応を変えているのだ)、それなりに戦えるようになったトリスを連れて挑んだゴブリン相手の初陣。あの子は初めてぶつけられた本物の殺気に怯えて泣き出してしまった。もともとが泣き虫だったしありうるかなとは思っていたんだけどさ。
ちなみに私もお母様も命を賭けた場面で甘やかすことはしないので、ちゃんと最後まで戦わせた。一対一だったしあの子の腕ならゴブリン一匹くらい敵じゃないからね。多少の怪我をしつつも無事に止めを刺したトリスだったが、残念ながら心が折れてしまったのでそれからは実戦はしていない。やっぱり向き不向きがあるからね。いずれ傷が薄れたらまた挑戦すればいいさ。
「とはいえケルベロスの討伐は見事でした。不測の事態であったにもかかわらず一人で成し遂げたことは称賛に値します。また、被害が発生する前に仕留められたことも大きい。
アリス、よく頑張りましたね。あなたはもう立派な冒険者です」
優しく、慈愛に満ちた微笑みを浮かべるお母様。改めて褒められるとやっぱり嬉しい。思わず相好を崩してにやけてしまう。
「うふふ、ありがとうございます、お母様」
和やかな雰囲気に騙されて復活したお父様がなんだか嬉しそうに頷いている。さっきと話題変わってないんだけどね。相変わらずちょろい。
「それはさておき」
すっとお母様が表情を変えた。真面目な空気に切り替わる。ここからが本題だ……私にとっても、お母様にとっても。
「アリス、あなたは12歳になりました。この意味が分かっていますね?」
分かっている。分かっているから私は黙ったままにっこりと微笑んだ。
「貴族の子女は、12歳になったら学園に通わなければなりません。もちろん、あなたもです」
「お母様。私は冒険者として身を立てていくつもりですわ。学園に行く暇があるのなら、一つでも依頼を受けたいと思っております」
私とお母様の間に火花が散る。お父様とトリスはぴえっとすくみ上った。お兄様は平然とカップに口をつけている。ううむ、図太い。
「あなたは貴族冒険者になるのでしょう? ならばまずは貴族として学園に通うべきです」
貴族冒険者に求められる役割は大別して二つ。一つは緊急や安価な依頼を率先して請け負うこと。もう一つは領地内で問題が発生した場合に、そこを統治する貴族へ直に意見を述べることだ。
この国は長らく安定した情勢を保っている。多少の権力争いはあるけども、それほど深刻ではなく、また女王陛下の手腕によりうまく抑えられている。政治的な腐敗がほとんどないのだ。何て素晴らしい国だろうか。
それでもやはり平民の意見が貴族に届くには時間がかかる。実際に確認するまでに問題が大きくなってしまうことも少なくない。そこを仲介するのが、冒険者でありながら貴族でもある存在だ。フットワークの軽い彼らが問題を確認し、貴族としてのコネを使って早急に解決への道を作る。
そのコネはどうやって作るのか? 学園だ。
「10歳のお披露目に出てから、あなたはほとんどの社交の場に出ていません。女王陛下の主催された小規模のお茶会以外は出席していませんからね。きちんと学園で顔を繋いできなさい」
「お母様、私が大人しく学園に通えるとお思いですか?」
「通うのです」
きっぱりと言い切られる。うーん、やっぱりこれは無理かな。行きたくないのは本音だけど、貴族であるならばどうしても行かざるを得ない。平民になっちゃえばその限りではないけども、そんな理由で家族と離ればなれになるのもなあ……大体お母様が許可しないだろうし、だとすれば出奔するしかないわけで。そこまでの親不孝をしたくない。
でも学園にも行きたくないんだ。ほんとーに、行きたくないんだ。名前からして不吉過ぎて。
セントアリシア学園。学園を作った当時の女王陛下の名前を冠したそこには、貴族の子女と一部優秀な平民の子どもが通う。アリシア女王陛下は聖女とまで呼ばれた偉大な女王だったそうだ。それでセントアリシア。
……よりにもよってさー。三大悪女だよ? 初めて名前を聞いた時、脳裏にはあの悲鳴が響き渡ったよね。ちょっとしたトラウマもんですよ。きっと友人に裏切られたり恋人寝取られたり挙句の果てに目の前で自害されたりするんだ。やだなー。
まあそんな転生者でもごく一部にしか通じないネタだけが嫌な理由じゃなくて。学園って結局社交界の縮図なわけだ。一応学生は平等と銘打ってはいるけれど、そんなの建前だよ建前。そうすると本音を隠した嫌味嫌がらせ騙し合い腹の探り合い揚げ足取りのオンパレード。多分私には耐えられない。ムカついた時点で魔法が暴発する未来しか見えない。それに学園で学ぶことは既に家で学び終えている。実技はともかく、座学でさえ。何のために行くのか……顔繋ぎのためだけに行くなんて退屈過ぎてつまらなすぎて本当に心底嫌です。それに名前すら思い出したくないクソ野郎が通っているからなおさらだ。
もはや取り繕うことすら止めて渋い顔をしていると、お母様は少し雰囲気を和らげた。
「行きたくない気持ちはわかります。討伐の方がよほど楽し……いえ、顔繋ぎのためだけの学園なんてと思うでしょう」
お母様、本音が漏れてます。
「ですが、私は学園でサンドラと出会いました。もちろん、ヒースとも。二人とも、私の大切な人です。あなたも学園で、そうした人に出会えるかもしれません」
サンドラおば様はお母様の大親友だ。一応入学前にも面識はあったそうだが、意気投合したのは学園で出会ってから。二人で相当なやんちゃをしてたらしい。ちなみに本名はアレクサンドラ=ガーランド。このガーランド王国の女王陛下であらせられます。私も生まれた時からとっても可愛がってもらっている。
うーん、友人かあ……実を言うと、私には貴族の友人がいない。暴れ馬のような幼少期、記憶を取り戻してからは剣と魔法に没頭し、冒険者家業を始めてからはそっち方面の知り合いはできたけれどもなおさら貴族関連とは離れてしまった。それで困ってるかというと全然困ってないから困ったものだ。
「それに必要以上に我慢する必要はありませんよ。あなたの実力を見せつけてやれば、差が分からないほどの愚か者以外は鳴りを潜めるでしょうから。重要なのはあなたという存在を知らしめることなのです」
「……何人まで吹っ飛ばしてもよろしいでしょうか?」
「怪我をさせないならば何人でも。要は証拠を残さなければいいのです。上手くやりなさい」
「母様? 何を吹きこんでいるのですか?」
苛立ち紛れの問いかけに真顔で斜め上の回答をよこすお母様。お兄様の笑顔が刺々しい。やんちゃの内容を聞いても一度も教えてくれないのは、言えないくらいいろんなことをしたからなんだろうなあ……
「それはともかく。僕だけじゃなくて、アルもアリスが入学してくるのを楽しみにしてるんだよ。一緒に通おうよ」
お兄様が宥めるように言う。うーん、アルお兄様が楽しみにしてくれてるのか……
アル、というのはサンドラおば様の第一子、アルバート=ガーランドのことだ。つまり、この国の王太子殿下であらせられる。母親同士が仲がいいので、兄弟そろって昔からアルお兄様に可愛がってもらっている。明るくて人好きのする好青年だ。お兄様と同い年で親友でもある。学園は4年で卒業するので私が入学したならば一年間だけ一緒に通うことになる。
ちなみにサンドラおば様には子供が3人いる。上から第一王子、第二王子、第一王女。15歳、13歳、8歳。末っ子の第一王女ジェーンが、ものすっごく可愛くて。私を「アリス姉様」と慕ってくれているのだ。前世も今世も妹がいない私は猫っ可愛がりしている。
え? 二番目? ナンノコト? 私のログには何もないな。
「……お母様、夏休みはこちらで冒険者をしていいですか?」
「もちろんです。違う場所での経験は良い刺激になるでしょう」
「……冒険者志望を隠す必要はありませんね?」
「ありません。学園内でどのような態度を取るかは好きにして結構です」
「……ムカついた奴は消していいんですよね?」
「消してはいけません。二度と逆らう気力が起こらないようにするのです」
ちいっ、どさくさに紛れて言質を取る作戦は失敗か。
私は深ーくため息を吐いた。まあね、最初から通るとは思ってなかったけどね。ああーこれで学園生活つまんなかったら全部吹っ飛ばしちゃおうかな。
「…………わかりました。大っ変に不本意ですが、本当にほんとーに心底嫌ですが、致し方ありません。大暴れしてきます」
「隠蔽できる範囲にしておきなさい」
「いやそもそも暴れちゃダメだから」
かくして春から学生である。あーあ。
それから一つ二つあたりさわりのない話題が出た後に、お母様が再び真面目な表情を作った。
「もう一つ。アリス、あなたに婚約の打診が来ています」
私の顔から表情が消えたのが分かった。お父様が息を呑み、お兄様は表情を変えず、トリスはひっと怯えて涙目になる。
「……一体どなたからでしょう?」
「第二」
「お断りなさってくださいな」
最後までどころか途中までだって言わせない。それだけはありえない。無理矢理にでも進めるのであれば、私にも考えがある。
遮られたお母様は一度口を閉じたが、このまま止める気はないようだった。
「アリス」
「ありえませんわ」
「話を」
「嫌です」
「聞きなさい」
「お断りいたします」
聞きたくない。苛立ちが募り、同時に体から漏れ出した魔力が冷気となって私の足元から広がり出す。これは私の意志ではない。制御できない。お父様とお兄様が立ち上がって震えるトリスを庇い、お父様が三人まとめて結界に囲う。お母様は座ったまま自分に結界を張っている。
「……それほどまでに嫌ですか?」
「ええ、お母様」
私の唇がゆっくりと弧を描く。全く感情の乗らない微笑みにトリスがついに泣き出した。申し訳ないと頭の片隅で思うものの、これだけは譲れない。
「もし、私を、あのクソ野郎の婚約者にするというのなら」
「アリス」
クソをクソと呼んだことをお母様が咎めるが、知ったことか。お兄様が何かを察したように、トリスを抱きしめるついでにその耳を塞ぐ。
それを横目に見ながら、私は小首をかしげ、困ったように微笑み頬に手を当てて。
「私きっと、あのゴミクズを活造りにしてしまいますわ」
うっかり想像してしまったのか、お父様が真っ青になった。お兄様は厳しい表情で様子をうかがっている。そしてお母様は、じっと私を見つめた後、ゆっくりと瞼を伏せた。
「……わかりました。女王陛下にはその旨を伝えておきましょう」
「サンドラおば様には申し訳ございませんけれど、これだけはありえないと、よくよくお伝えくださいましね」
ひとまずの危機が避けられたことで頭が冷える。いかんいかん、取り乱してしまった。漏れ出ていた魔力が制御下に戻ったので、冷え切ってしまった部屋の空気を常温に戻すとようやく緊張が緩んだ。お父様とお母様が結界を消して、お兄様はトリスを抱きしめたまま詰めていた息を吐いた。トリスは半分気絶してた。
「ごめんなさい、少し取り乱してしまいました。ご迷惑をおかけしてすみません」
今回は冷気になったから誰も傷つかなかったが、これがうっかり炎になったり毒になったりしていたら大惨事だった。まだまだ修行が足りない。私は家族に深く頭を下げて謝罪した。
「……あなたが嫌がるだろうことが分かっていて持ち出したこちらにも否があります。まさかここまで拒絶されるとは思いませんでしたが……」
「だから言ったじゃないですか。もうアリスとエディの」
クソ野郎の愛称が聞こえた瞬間テーブルの上のカップが一つ爆発した。
「……二人の仲は修復不可能なんですよ。少なくともアリスが完全に拒絶している以上は進めようがありません」
「……そのようです」
遠い目をしたお兄様とお母様の横でカップの破片を拾う。やれやれ、感情に振り回されるなんてとんだ未熟者だわ。あとで弁償しなくちゃ。
そんなこんなで、しっちゃかめっちゃかな家族会議は幕を下ろしたのでありました。
アリス=アークライト、学園に入学して現在2年生でございます。
いやあ、一年目は色々あったよ。上級生のお姉様方からのやっかみ、同じ学年の馬鹿からの見下し嫌がらせ、クソ野郎もしつこく付きまといやがって……アルお兄様が仲良くしてくださったお陰で表向きは抑えられたけど、陰湿な嫌がらせこそ貴族の真骨頂。最初の自己紹介で冒険者志望と言ってから凄かったんだ。どうしても貴族冒険者は貴族の間で見下される傾向にある。家を継げず、ろくな結婚もできなかった落ちこぼれってね。全く愚かなものよ。直接的な害はもちろんなかったが、いろいろやられたよね。
まあそれも、実技の授業の評判が広まるまでの短い間。上級生との合同授業で、私を舐め腐ってた騎士団志望の馬鹿をぶっ潰し、馬鹿にし腐ってた宮廷魔法使い志望をぶっ飛ばしたことで、さすがにまずいと思ったんだろう。私に対する嫌がらせの類はぴたりと絶えた。根性無しどもめ。
それからは妙に火がついてしまってたびたび勝負を挑んでくる騎士団志望やら宮廷魔法使い志望を適当にあしらいながらつまらない日々を送るのかと思っていたのだけれど。
「なぁん」
膝の上からの鳴き声に、手が止まっていたことに気付く。再びゆっくりと手を動かすと、ごろごろと心地よい重低音が響いた。
ソファに座った私の膝の上にとてもじゃないが乗り切れず、ソファの上にまででろんと伸びているのは私の可愛いペット兼使い魔のケット・シー、ミケである。
この世界のケット・シーは二足歩行しないし人語をしゃべったりもしない。どっちかというと化け猫とか猫又とか、そっち方向だ。しっぽが途中から二股に分かれていて、しゃべりはしないが人語を理解する。多少の魔法も使うことができる。そして、やたらとでかい。メインクーン並みのサイズだ。その割には軽いので持ち運びには困らない。ゴブリンの数匹くらいなら一匹で簡単に片付けてしまうハンターでもある。冒険者稼業しているときに森で拾って使い魔になった。何でミケかって? 三毛猫だからだよ。
使い魔とは魔法契約を結んだ魔獣のことだ。お互いの合意によって契約は結ばれる。一方通行では成り立たない。契約が成立すると、人語をしゃべらない魔獣でも大体何を言いたいのかが通じるようになる。さっきの「なぁん」は「手が止まってんぞコラ」であり、ごろごろは「あ、そこそこ。苦しゅうないぞ」である。若干の意訳は入ってるけど、まあ相手は猫だしさしたる違いはない。
ミケには斥候と偵察任務を請け負ってもらっている。猫だけに気配を消すのは得意だし、契約してるから報告だって受け取れる。いざとなったら助けを呼んできてもらうことだって可能だ。ソロで活動している私にはとてもありがたい仲間である。何より可愛いというのが最高だ。
目をつぶってごろごろとのどを鳴らしていたミケがぴくっと耳を動かした。一瞬ドアを見て、それからまたでろんと伸びる。今この部屋には私一人しかいないけど、本当ならあと二人来ているはずだった。彼らがやってくるんだろう。
待つことしばし、ばーんっとドアが派手に開け放たれた。
「あー疲れたっ! あっ、アリスお疲れー! ミケもお疲れー!」
にぎやかに騒ぎながらドアを開けたのは、アルヴィン=ローウェル子爵令息。うんざりした表情でドアを開け、私を見て笑顔になり、ミケを見てやばい笑顔になり顔を摺り寄せようとして、両前足でぐいぐいと頬を押されて拒否されている。しかし押されているということは触れあっているということだ。
「にくきう……にくきうはぁはぁ……」
……控えめに言って変態である。
「アルヴィン、ドア閉めてからはしゃげって決まりだろーが」
呆れた様子でドアを閉め、私の前のソファにどっかり座ったのはソフィア=ボールドウィン男爵令嬢。間違いではない、令嬢だ。
「お疲れ、アリス」
「お疲れちゃーん。遅かったね?」
「ああ、先生の話が長引いた」
学園の授業はいわゆる単位制で、前世の大学に近い。必須科目以外は好きに編成することができる。実を言えば必須科目だけ取ってれば卒業は可能だったりするので、やる気のない貴族はそれしか取らない。やる気のある平民の子なんかは毎日ぎっちり詰め込んでるらしい。
私はほどほどに興味のある分野を取っている。すでに習ったことを復習するだけになるかと思いきや、教師の教え方が上手かったり、応用分野があったり、意外に間口が広くて結構楽しい。
「そっか。ちょっとアルヴィン、いい加減にして座んなさいよ」
「ああん、ミケちゃんのいけずぅ……」
だんだんミケの爪が出てきたので止めると、アルヴィンは悔しがりながらソフィアの隣に座った。頬にくっきりと肉球のスタンプがついていることを教えてやると喜んだ。くねくねされると視覚的にあまりよろしくないのだが、ソフィアと二人で生温い視線を向けるに留める。ここはそういう場所だからだ。
アルヴィンとソフィアも転生者である。幼馴染で婚約者同士の二人は、何の因果か私と同じ日本人だったというから驚きだ。そしてアルヴィンは前世で女性、ソフィアは前世で男性だった。性別が変わっているのである。珍しいことではない。学園で出会った転生者の半分ほどがそんな感じだ。
転生者の知り合いが増えていくとともに私は思った。もっと気楽にしゃべりたい。大っぴらに前世の話をしたい。むしろ前世の口調で話をしたい。
人前ではちょっとできない。別に転生者が差別されるようなことはないが、二人のように性別が変わっている人ならなおさらだ。ならば、気兼ねなく話せる場所を作ってしまえばいいのだ。
というわけで作りました。転生者が交流するための会、その名も「輪廻の会」。部活動のような扱いだ。先生の中にも転生者がいて、その先生を無理矢理顧問にして部室をもぎ取り、冒険者稼業で稼いだ金を突っ込んで改装した。盗聴防止・透視防止・侵入防止等各種結界を張り巡らし、登録した転生者のみが入れるように設定。こうしてできたパラダイスがこの部屋だ。扉には「このドアをくぐる者は一切の今世を捨てよ」と書かれたプレートが掲げられている。会員数は現在11名。各学年に会員がいる。もちろん全ての転生者が所属しているわけではない。部活動は参加自由なものだからね。
……この会を作る過程で転生者に声をかけてて思ったんだけど、転生者、随分と多くない? お母様は一国に数十人程度って言ってたけど、絶対それより多いよね。まあ通知する義務がないから正確な数字が把握できないんだろうけども。それに転生者は強い魔法を使うことが多いから、学園に集まりやすいってのはある。平民でも魔力が多い、あるいは強い魔法を使う者は学園に入学しなければいけないので。
まあとにかく、私は自由に振る舞える場所を手に入れたわけだ。みーんなこの部屋の中では好き放題している。もちろん中でのことは他言無用。違反者には罰則を用意している。……うふふ。
「もうすぐ夏休みだよね。アリスはまた冒険者生活?」
「もちろん! ……といってもさすがに王都周辺はあんまりやることないんだけどね」
王都の周辺は騎士団が定期的に巡回し間引きを行っているため、それほど強い魔物が出ることがない。討伐の需要が少ないのである。なので採取に力を入れていて、ランクがCに上がったところだ。
アルヴィンとソフィアは顔を見合わせて頷きあうと、真面目な顔をして私に向き直った。何だ何だ? なんとなく私も居住まいを正す。
「あのね、アリス。お願いがあるの」
「今年の夏休み、俺たちを冒険者として指導してくれないか?」
思いがけない提案に、私はぱちくりと瞬いた。
「別にそれは構わないけど……二人とも、冒険者志望だっけ?」
「特にそういうわけじゃなかったんだけどね」
「俺もアルヴィンも三番目だろ? 家を継ぐわけでもないし、家を出て適当に城勤めでもできれば御の字だと思ってたんだけどさ」
継ぐ爵位のない子供たちのうち、どこへも嫁入り婿入りできないものは騎士になるか、魔法使いになるか、あるいは城内の仕事に就くか。いずれにせよ家からは離れる。貴族のままでいられるかどうかは本人の努力次第だ。家に残るならば貴族冒険者となるか、上級貴族なら家の膨大な仕事を手伝うこともあるが、そのパターンもそれほど多くはない。二人のように下級貴族の三番目ともなれば、まず家には残れない。貴族冒険者になりたくても、家からの援助が得られないからだ。
だから二人が冒険者になるというのなら、それは平民として一から身を立てるということになる。今までの身分を捨てて知らない環境に飛び込むのはとても勇気がいることだ。だけど二人は穏やかに続ける。
「アリスが、とっても楽しそうに冒険者してるでしょ? それでね、その道もいいんじゃないかって二人で話したの」
「もちろん楽しいだけじゃなことはわかってる。命がけだし、実力がなきゃ生活だってままならない。だからまずは俺たちが使えるかどうかを見てほしい」
「すぐにアリスと並べるなんて大それたことは思ってないけど、でもいつか……私たちがちゃんと戦える冒険者になれたら、一緒に冒険したいの。
ほら、私とソフィアは結婚するからこの先も一緒だけど、このままだとアリスとは卒業したら離れ離れになっちゃう。せっかく仲良くなれたのに、それじゃあ寂しいじゃない」
アルヴィンが照れたように笑う。
「アリスには本当に感謝してるんだ。俺たちと友達になってくれたこと。この場所を作ってくれたこと。たくさんの仲間を作ってくれたこと。
アークライト領は魔物が多いから、討伐依頼が多くて手が足りないって言ってただろ? だから少しでも力になれたらいいって思ってってアリス!?」
ソフィアの笑顔を見ていたらもう限界だった。私の目からぶわっと涙が溢れだし、滝のようにだばだばと流れていく。
「どっ、どうしたのアリス!?」
目の前で二人が大慌てしていたが涙は止まらない。私は感激で言葉を失っていたのだ。
……お母様、あなたは正しかった! 学園に来て本っ当によかった! 得難い友を得られたのだから! ああ、我が良き友よ、あなたたちに出会えて私は本当に幸運だ!
優しい家族はいたけど、親しい友人はいなかった私。自分の思うように好きに生きてきた結果だから後悔なんかあるわけない。魔物の討伐は最高に楽しいし。けれど。二人と仲良くなって、馬鹿やって、もっと知り合いが増えていって、もっともっと楽しくなって。こんな日々が、ずっと続けばいいって、そう、思って……!
二人も同じ気持ちを持っていてくれたことがこんなにも嬉しい。
感動の涙が止まるまでにはそこそこの時間を要した。赤くなってしまった目元をソフィアが魔法で治してくれて、アルヴィンが紅茶をいれて落ち着かせてくれる。ミケは私が泣き出した時点でさっさといなくなり、泣き止んだら膝に戻ってきた。この猫め。
「……アルヴィン、ソフィア、ありがとう。とっても嬉しい。私も、二人と一緒に冒険したい。これから先も、まだ一緒にいたいよ」
いずれ必ず道が分かれるとしても。卒業より先、もうしばらく一緒にいられるならば。
ぐっと握りこぶしを作り、私は強く宣言する。
「私、頑張る。頑張って二人を立派な冒険者にしてみせる!」
卒業まであと2年半もあるのだ。もともとアルヴィンは剣を得意とし、ソフィアは魔法を得意としている。得意分野を鍛えれば十分に冒険者として通用するはず!
「あ、いや、そこまで気合を入れられると大分不安が」
「大丈夫大丈夫。あなたたちならできる!」
「……スイッチ入っちゃったみたい。あの、お手柔らかにね?」
お母様から受けた地獄の訓練について話したことのある二人は大分不安そうだったが、心配はいらない。ちゃんと限界を見極めて、ぎりぎりのラインを攻めるだけだから。
膝の上のミケを魔法で拘束してぽいっとアルヴィンに投げ渡す。歓声を上げてミケを抱きしめるアルヴィンと、嫌がるが抵抗できないミケの前で私は立ち上がり、こぶしを突き上げた。
「冒険者になるために、頑張ろう、おーっ!」
「……おー」
「ミケちゃあん、もふもふーっ!」
「ぎにゃあっ!」
楽しい未来のために、頑張るぞっ!




