ガラ版竹取物語
お時間いただけましたらお読みくださいませ。
「どうしても行ってしまうのかい、姫…………」
空からは、昼間の以上のまばゆい光がさし、得も言われぬ美しい調べが聞こえてきていた。
月からの迎えがもうそこまで迫ってきていた。
姫を竹藪の竹の中から見つけ、大切に大切に育ててきた竹取の翁はとめどなく涙を流した。
「お父様、お許しください………」
姫も、その美しい瞳から涙をこぼした。
「最後に一つ、お父様に申しあげておかねばならぬことがございます」
姫が十二一重の袖で涙を拭きながら、翁に言った。
翁は涙を拭いて、姫の言葉を待った。
「お父様は、最初にわたくしを見つけて下されましたとき、わたくしを竹ごとお切りあそばされましたね」
翁は、びくっと肩を震わせた。
「ああ……あれは……」
翁はあの日の出来事を思い出していた。竹藪の中で、根元の光る竹を見つけ、なんだろうと思った翁は、その竹の根本めがけて『なた』を振り下ろした。すると竹は一刀のもと切り倒すことができたが、その竹の節の中に胴体と首とが寸断された、美しい女の子が入っていた。
---------もう少し上で切らんといかんかったのか!----------
翁は後悔したが、もう『やってしまった』ので後の祭りであった。
寸断された少女はまるで人形のように見えた。なにしろ、血の一滴も出てはいなかった。
「ああ………。あの時はすまんことをした………」
翁は、その出来事を、なぜだか、今の今まで思い出しもしなかったし、これまで姫に言われたことも無かった。第一、竹の中から見つけた時、姫は赤ん坊だったのに、その出来事をおぼえているというのも不思議な気がした。
「いや………しかし……あの時は、竹の中にそなたが入っているとは思いもしなかったのでな………。第一、断ち切れた首を元のようにくっつけたら、たちどころにくっついてしまって、元通りになってしまったし」
翁はようやっと思い出しながら、今更ながらにその不思議を思った。それに加え、今までその出来事に一度も触れなかった姫が、なぜ、今頃そのことを蒸し返すのか、何やら恐ろしく、不安になってきた。
「…………痛かったかの。……ほんとに、申し訳ないことをしてしまった」
翁はおずおずと姫に謝った。
「いえ、大丈夫です。痛くなどなかったですよ」そして、
「ただ、言われていた計画の中になかったので戸惑い、また、トラブルの解決のために仕事が増えました」
姫はほんのり笑顔を見せた。その時、なぜか翁は寒さを感じた。
------夜半になり、冷えてきたのかの-------
そして姫は続けた。
「『今の出来事はなかったことにしたい』と、あの時願われたでしょう?」
翁は、思い出した。
「ああ、そういえば。『恐ろしいことをしてしまった、もとに戻してくれ』と」
姫はにっこり笑った。そして言った。
「願いはかなったのです」
しばらく黙ったのち、姫は、
「私は、この世界に来て最初に出会った人の願いをかなえるということがシステムに組み込まれていましたから」
そしてさみしそうに続けた。
「その人の欲しがっているもの。誰よりも美しく優雅な娘。気立てがよく、聡明で、気品があって、異性に自分から興味は示さず、うぶで、無垢で。なのに男性にはモテモテで、親の自慢で、親の元は離れず、親の面倒はよく見て、家から一歩も出ないのに、最高の地位の男性と出会い、その人を虜にし、親の地位まで上げる娘。物欲はないのに、なんでも手に入る娘。何の努力もせずに、降るようにたくさんの最高の品々を手に入れることのできる娘………」
姫はなんだか怒っているようにも見えた。そして、
「地球人というものは、何と強欲で、表層的な、ありえないことを望むものなのか、と思いましたけれど」と、言った。
翁は姫を凝視した。その、姫のいつになく強い言葉に驚かされただけでなく、何やら姫の周りに薄暗い靄がかかっているように見えたから。
「お父様には、いろいろお世話になっておきながら、このようなことを申しあげ、なんですけれど」
翳りのある、美しい瞳で遠くを見つめた姫はまた、翁に向き直り、言った。
「でも、お父様、どうして首を切られたわたくしが、死なずにいたのか、お分かりになりますか?」
姫は翁に問うた。
「いや…………」
翁は、なんだか姫が、いままでの素直で優しかった姫とは別人のように見え、見知らぬ他人に、じりじりと追い詰められているような気になってきていた。
「では、お父様、今から、その理由をお見せしますね」
姫はその場でスッと優雅に立ち上がった。
先ほどから、姫の周りに立ち込めていた靄が、姫の動きとともに揺らぎ、その濃度を増したように見えた。
姫がすうっと息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
すると………………!
ウィーウィージュジュジュギグィジュジュジュウィーウィー…………
姫の首が360度回転し、肩がぐるぐる回った。身に着けた色鮮やかなうちぎや帯は空を舞った。
その勢いで、几帳や屏風が倒れ、部屋の中の道具類もことごとく倒れ、転がった。
翁はあまりの光景に腰を抜かし、逃げ出そうにも動けなくなってしまった。ただ、目を強くつむり、耳を両手でふさいだ。
しばらくして、部屋の中は静かになった。
翁は、恐る恐る目を開け、耳から両手をゆっくり話した。
そこには。
翁の目の前には見たこともない『もの』がいた。
それは、プシュー、ジューカジューカジューカ、プシュー、ジューカジューカ………と繰り返す、蒸気が上がるような音を静かに立てていた。
その姿は。
光沢のある茶色い羽根を持つ、まるで、巨大化した昆虫。いやその光沢は、昆虫のものというより、時に家の中を走り回り、追いつめられると羽ばたき逃げる、『G』によく似ていた。
その物体は、一番後ろについている二本の足で立ち上がり、そして、腕に当たるのだろう、一番上についている、先端がカニの爪のようになった物を翁の肩に乗せ、言った。
「 …………トランスフォーマーだったからだよ」
※『G』とは、やつの頭文字です。GOKIBURIというやつです。
姫の真実はこんなところかと(笑)。
お読みいただきありがとうございました。