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 セドリックの体調は翌朝には、回復していた。

 朝早くから屋敷の仕事をしようと動き出したセドリックに、イオンは静養するように厳しく注意すると、セドリックは少しばかり哀しそうな顔をしたので、美味しいお茶を淹れてもらう仕事だけは彼に譲った。

 その時になんとなく思ったのは、セドリックも、イオンやユーノス同様に、『独り』にされるのが嫌なのだろうという気持ちだった。

 体が悪いからと、仕事を奪われ、独り大人しく屋根裏部屋で静かにしていることは、セドリックを孤独にする。

 そこから、イオン、ユーノス、セドリックの本当の生活が始まったように思えた。



 ※※※※※



 ユーノスは、教団として活動を行い始めたユーノス教に、各地の支援活動を行わせるための資金や物資援助として、自身が抱える膨大な資産を手渡した。

 ユーノスからの願いは、『ユーノス』という英雄を神聖化させ、信仰心を集めることのみであったから、利益などはそっちのけで各地の復興のために只管に援助を行わせた。

 次第に信者も増えていると連絡を受けていたユーノスは、国の復興と共に、己に伝わってくる人々の『信仰心』が糧になるのを実感もしていた。

 偶像として、人々の祈りを集めようと言うイオンの案は、実に的確だったと言えるだろう。


 イオンは、屋敷周りの手入れやユーノス教団のための橋渡しをすることが増え、忙しくも充実した日々を送っていた。

 一度、教団の使者として、国王と謁見するまでに至った際は、イオンはユーノスからプレゼントされたドレスに身を包み、社交界での礼儀作法を叩きこまれて四苦八苦していた。

 ミラファルカ島から、本土に渡ると、各地に新しくユーノス教の教会が立ち始めているのを実感できたし、道行く人に、突然感謝を述べられることもあった。

 その時、イオンはいつも、『感謝の気持ちは、ユーノス様へ』と丁寧にお辞儀をして笑顔を見せたものだ。

 それがかえって好印象だったのか、ユーノス教の評判は瞬く間に広がっていった。


 セドリックは、そんな二人の活動を、嬉しそうに見ていた。

 活き活きとしているユーノスの姿は、かつてこの屋敷で閉じこもり、飢えに苦しんでいた頃とはまるで違う。もはや、死人とは思えないほどに、生きている人間以上に、ユーノスは快活な気を発していたと思える。

 恐らくだが、ユーノスの神聖化が上手くいっているのだろう。邪神の呪いだって消えるのはそう遠くないことのように思えた。

 それと共に、自分の身体が衰弱していくのを、セドリックは実感していた。

 だが、セドリックには、もう何も思い残すことはなかった。不死に苦しむ友人を見てきたからこそ、終焉がやってくる自分の人生を精一杯に生き切ったという自信があった。

 戦乱の時代、自分の家族の命を救ってくれたユーノスに、全てを捧げて仕えようと誓ったことは、今の今まで、一度だって後悔したことはない。

 人は、生きている時間で幸福を換算するわけではないと、セドリックは考えている。永遠の命でも、短い命でも、成した事柄が重要なのであって、道筋の長さなんてほとんど意味がないとも思っている。


 ユーノスは立派だ。邪神を打ち払い、世界に平和をもたらした。今もなお、呪いに苦しめられながら、多くの人の復興支援のために働いている。

 イオンは純粋だ。あれほど強く、そして儚げに見える少女はそう多くない。彼女がこの先、自分のように老いて行こうと、輝きは衰えないと言い切れる。

 そんな二人の傍に居られた人生に、何の悔いがあると言うのだろう。

 多くの人間は、「家庭ももたず、老後を寂しく一人で生涯を終える哀しい人生だった」と泣くのだろうか?


「そんなことはありません」


 言い切れる。笑顔だって自然に浮かぶ。

 独りではないのだから。血こそ繋がっていないが、家族だとはっきり言える人がきちんといた。


 ――二年後――。

 静かな波の音が響くミラファルカ島の屋敷の一室で、セドリックは穏やかに息を引き取っていった。


 十分すぎる幸せな毎日であった。

 ユーノスに伝えたかったことは、全て伝わったと思っている。

 イオンをあの日、この屋敷に誘い込んだのも、確信があってのことだ。


 この二人は、似ていると――。いいや。私たち三人は、似ているのだと、そんな不思議な共鳴のようなものを感じていた。


 誰もが孤独を感じていた。

 だから、誰かの傍で寄り添っていたかった。

 支えてあげたかった。


 それが叶えられた人生だった――。


 イオンが十七の誕生日を迎えた翌日、セドリックは逝った。



 ※※※※※



 もうすぐ夏がやってくる。そんな時期だった。

 陽ざしは強く、ミラファルカ島は緑が生い茂っていて、イオンは屋敷周りの草刈りに汗を流していた。


「イオン」


 背後からユーノスの声がして、イオンは汗を拭いて振り向いた。


「ユーノス様」


 白い肌は日に焼けない。日光を反射させるようなユーノスがはにかんでいた。

 暑さ対策のためか、長い髪を高い位置で結わえている姿は女性かと見間違う。尤も……、イオンはそんなユーノスの美貌は見慣れる程に共に過ごしていたから、彼に笑顔で返すだけだ。


「暑いだろう。お茶にしよう」

「ありがとうございます」


 ユーノスについて屋敷に戻ると、冷えたグリーンティーが用意されていた。イオンは、それを飲み干して、喉から広がる心地よい冷気に「はぁ」と恍惚の溜息をもらすほどだ。


「焼けたな」


 ユーノスが、まじまじとイオンの肌を見つめ、えくぼの出来た顔を見せた。悪戯な顔だと思ったイオンは、恥ずかしそうに顔を隠した。

 ここ最近の陽ざしは強く、外で動き回っているとあっという間に日焼けをしてしまう。年頃の女が、肌を黒くするのは良くないと言われる昨今、イオンはユーノスの言葉に恥じらいを覚えた。

 対照的に、ユーノスは白い。白すぎて透けているのではないかというほどだ。だから、イオンとユーノスが並び立つと、イオンの日焼けはより一層、際立つ。だからイオンは、ユーノスの悪戯な笑顔が、ちょっぴり悔しくも思った。


「褒めているんだぞ」

「日焼けを褒められて、喜ぶ女性はいませんよ」

「……なら、喜ばせてあげようか」


 まだ陽ざしで熱を持っているイオンの肌に、ユーノスの冷たい指先が触れた。

 イオンは、ぴくんと、反応したが、ユーノスの心地よい温度に、思わず惹かれた。


「汗をかいているな」

「す、すみません……」

「いいや、謝る必要はない。汗をかくイオンは、昔からそそられていた」


 そう言うと、イオンの頬のそっと掌で包み、優しく愛撫した。


「そ、そんな……」


 恥じらうイオンに、つめたい掌が撫でつけられて、熱くなった体温を冷まさせようとしてくれている様子ではあったが、ユーノスは扇情的な言い回しで、イオンを火照らせようと悪戯な赤い目を細めていた。


「朝の剣の稽古を、いつも見ていたぞ? 汗を散らして頑張る姿が、イオンの最も輝ける瞬間だ」


 頬を撫でていた手がするりと下へ滑る。首筋をそうっと撫で、ブラウスの中へと指先が入っていく。


「ユーノス、さま……」

 冷たい指先が、熱く高鳴る胸の上でワルツを踊るように滑っていくと、イオンは、真っ赤な顔で体を固くさせた。身体が熱くなっていためか、妙にユーノスの指先の感覚が明確に感じられてしまう。


「ここ、までは……日焼けをしていないのだな」

「んっ……、そ、そこは……」


 ユーノスが低く湿った声で、耳元で囁きながら、イオンの日に焼けるはずもない箇所を、くり、と摘まんで転がした。

 どうしようもなく吐息が零れてしまったイオンに、ユーノスは「クスリ」と笑った。


「虐めないでください……」

「すまない。本音だったのだ。汗を流して、日に焼けたイオンが、可憐だと思ったら、止まらなかった」

「……私、最近思うんですけど、ユーノス様って邪神のことなんか無関係に、好色なのではありませんかっ……」


 仕返しのつもりでそんなことを言ってやった。

 セドリックが亡くなってからもう一年。二人の間の哀しみは癒え、次にやって来たのは、今を精一杯幸せに暮らそうという情念だった。

 そのためか分からないが、ユーノスはイオンを喜ばせようと、色々な手法で責めてくることが増えた。

 イオンは、いつその吸愛がやってくるのか、ドキドキしながら、毎日を過ごすことになってしまったので、ユーノスの繰り出すサプライズに、溺れないようにするのが必死だった。

 もう、ユーノスの飢えはほとんど満たされている。

 だが、信仰心からくる愛情を啜っても、ユーノスは腹は膨れるが、舌は満足しないのだと言った。


 そして、イオンに吸い付いて、舌を走らせ愛を啜る。

 お前の味が何よりも美味だと、艶めかしい吐息を零しながら言ってくる。

 一年間、それを続けられてもこれだけは全然慣れなかった。


「お前がそうさせるのだ。他の女ではこうはいかない」

「あっ……」


 冷えた指先が躍った。熱が引かない頂点で円を描く指先が、リズミカルにタップダンスを繰り返す。


「いいぞ、イオンの味が伝わって来た。感じているんだな」

「駄目です、汗で汚れてます……」

「言ったろう。それがそそる、と。……下からも、啜らせてもらうぞ」


 ユーノスはイオンの悶える姿に、紅い瞳を揺らめかせ、我を失ったように吸愛を始めた。

 こうなると、イオンがどれだけダメだと訴えても、ユーノスが満足するまで辞めてもらえない。何度も何度も身体を反り返らせて、ユーノスの舌に敏感な箇所を往復される度、恥ずかしい声が出ないように耐えるしかなくなってしまう。

 ユーノスは宣言通りに、息を乱すイオンの足元へと顔を寄せてきた。

 そして、ゆっくりと、その顔が上ってくる。もう、これまで何度となく繰り返されたイオンを悦ばせる、最上級の吸愛方法だ。

 初めて、そこから愛を啜り飲まれた時は、あまりのことに、のたうち回るほどだった。それを無理やり身体を押さえつけられて、一晩中吸い付かれたのは今でも忘れられない。


「イオン……いいぞ、愛が溢れて、濡れている」

「いやぁ……っ」

「一滴も、余すことはない……」

 ちゅう、と吸い付いてくる唇の感触が、驚く程鮮明に感じられた。

 イオンはそのまま、ユーノスの食事に、耐えようとするのだが、舌先が弱点を弾くと、あとは成すがままとなってしまった。


 こんな具合に、相変わらず、ユーノスの吸愛は続いている。

 イオンとユーノスの互いを想う慕情は、日に日に高まっていった。

 しかし、それでも二人はまだその一線は超えられていない。


 二人を繋ぐ行為は、どうしてもできなかったのだ。

 それこそが、邪神の呪いの本当の狙いなのだと、ユーノスは語った。

 ユーノスは心臓が動いていない。つまり血液が廻っていない身体をしているのだ。

 血液が廻らないということは、すなわち、下半身が血の圧力で膨らみ固くなるようなことも起こりえない。

 要するに、邪神の呪いの真骨頂とは、英雄の子孫を残させないものだったのだ。

 しかし、女の肉体を求めようとさせる拷問のようなその呪いは、ユーノスをどれほど苦しめたのか、イオンには想像ができない。

 いつも、愛を啜り、イオンを何度も昂らせてくれた後、ユーノスは静かにイオンを抱いて、眠らせてくれる。


 イオンはそんな時、思ってしまう。

 いつか、ユーノスの呪いが本当に解けた時は、彼の愛を、今度は私が受けてみたい、と。

 そんな日が来ることを夢に見て、イオンは今日も、視界を覆うような桃色の閃光を感じて、ユーノスの舌に踊らされるのだった。

 ユーノスの神聖化は、順調に進んでいると思っているが、彼の石竹色の髪の毛はまだ、呪いを色濃く映し出すようで、妖しく揺れていた。


 まだ、何かが足りていないのだ。

 イオンは、今度こそ、ユーノスを独りにしないため、彼の呪いを解き放ってみせると、決意した。

 そして、彼と、添い遂げたいと、願わずに入れなかった。


 それがセドリックからの密かに託された願いだったのだから。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

最終回のためにここから、お話をまとめていこうと思います。

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