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 イオンが医者を連れてミラファルカ島に戻って来たのは、夕暮れになるような時刻だった。

 ランプを灯した屋根裏部屋で、医者はセドリックを診察し、薬を置いてまた港へと戻った。医者の言葉では、大事には至らないが、この島で生活をしていくのは困難になるだろうと言われた。

 暮らしやすい場所で、誰かに世話をしてもらうのが最も良いだろうと言われたが、セドリックは、島で過ごすことをきっぱりと言い、医者に感謝を伝えて帰させたのだ。


「なに、薬を飲んで暫く休めば、すぐに良くなります」


 セドリックは、そんな風に優しい笑顔をイオンとユーノスへ向けた。

 イオンは、そんなセドリックが、晩年の祖父と重なって見えた。


「セドリックさん、私がお屋敷のことはきちんと管理しますから、静養してください」

「ありがとうございます、イオン様……」


 セドリックはその晩は、薬の影響で、すぐに休むことになり、イオンとユーノスは、静かに一階のリビングで過ごしていた。

 二人とも、言葉がなく、ただただ、セドリックの回復を願っていた。


「イオン。……一つ、考えがあるのだ」

「なんでしょうか?」


 静かな声が、低く響いた。ユーノスは、またいつか見せたような、面持ちをしていた。固く、意思を張り付かせたような仮面の顔だ。


「島ではなく、本土でセドリックと共に生活をしないか?」

「え……?」

「そうすれば、セドリックは医者にもかかりやすくなるだろうし、生活もしやすいだろう。イオンが傍に居てくれるなら、安心だ」

「ユーノス様はどうなさるのですか?」

「私は、この島で暮らす。大丈夫だ、もう飢えることはない。教団としての規模はまだ小さいが、国がユーノス教を後押ししてくれるように働きかけているのだ。もう、私はこの島で独りでも暮らしていけるだろう」


 ユーノスはできる限り人の目につかない場所で生活をしなくてはならないと考えている。それはもちろん、邪神の呪いによるものだ。

 だから、呪いが解けるまではこの島で暮らすしかないと考えているが……、今回のセドリックのことでいよいよ自分の生き方を見直す時が来たのだと考えたのだろう。

 今ならイオンがいる。イオンがセドリックを世話することで、二人は安心して本土で生活もできるだろう。


「イオンも、セドリックも、こんな離島で生活をする必要はないのだ」

「……必要があるか、ないかで、私たちはこの島で暮らしているわけではありません」


 イオンはユーノスに、冷静な口調で返した。


「本土での生活ができるように、こちらで取り計らう。経済的な心配も不要だ」

「そんな心配をしていません!」


 だが、ユーノスの次いでの言葉に、イオンは声を荒げてしまった。

 聞きたくなかったのだ、今はそんな話を。

 イオンの理想は、いつまでも三人一緒に、この島で生活を続けることだった。

 だが、時間はゆっくりと終わりを告げるように過ぎていく。セドリックの様子を見ていてイオンは誰よりも気が付いていた。

 祖父のキザシの時と、そっくりだった。自分の『終わり』を理解している人の顔だった。

 雷駆をイオンに手渡したキザシの、あの時の顔と、セドリックの見せた笑顔は、まったく一緒だったのだ。


「イオン……」


 いつしか、イオンは涙を零していた。祖父のことを思い出してしまったせいだろうか。


「私……ただ、みんなが幸せに暮らしていけたら、それでいいんです……」

「セドリックは、もうここで暮らしていくには厳しい。分かってくれイオン」

「ユーノス様を、独りにしたくも、ないです。ユーノス様も、共に本土で暮らしませんか……? 暮らせないのですか?」


 いつしかイオンは、ユーノスに縋りつくように泣いていた。この瞬間だけは年相応の、感情が溢れて、イオンの肩を震わせた。


「イオン、私の髪を見ろ。この肌を見ろ……生ある人間のそれではない。異形と言っても過言ではない。……以前、村の復興のため、この島を離れただろう。私はその時に改めて思い知った。私はやはり、人ではない。死人だ。村の人間は、私をどこか不気味な目で見ていた」

「そ、そんなこと……」

「確かに、村人たちとは打ち解けることはできた。だが、人の往来が多い港町では私の姿はあまりにも目立つ」

「ならば、セドリックさんと一緒にその復興した村へ行くと言うのはどうですか?」

「イオン、それが難しいことは理解しているだろう。セドリックはもう遠出できるような身体じゃない」


 イオンは、言葉を詰まらせた。こうすればいいとか、ああすればいいとか、考えようとするも、それは結局難しい願いだと踏みつぶされる。


「イオン、私は、お前とセドリックの人生を、これ以上奪いたくない」

「そのようなことを、私たちは一度も思ったことはありません」

「……ならば、どうしろと言うのだっ」

「……!」


 ユーノスが吠えた。これまで聞いたこともないような声で怒声を飛ばし、苦悶の表情を浮かべるユーノスから溢れかえる激情が感じ取れた。


「……イオン……。これ以上、私に付き合うな。もう、見たくないのだ。友人が先に逝く姿を」

「……っ……! ずるいですよ、ユーノス様っ……」


 顔を抑えて、震えるユーノスは、イオンの声にはっとして、顔を上げた。

 涙をポロポロと零すイオンは、嗚咽と共に、震えていた。

 イオンも、ユーノスも震えて、泣いていた。


 一緒なのだと、今更、気が付いた。


「私……、だって……もう、おじいちゃんが死ぬの、み、みたく……ないもん……!」

「…………」


 あまりにも、二人は、似ていた。

 抱く感情は、同じだった。

 先に逝く、家族に対して、怯えていたのだ。置いてけ堀になる自分がどれほど寂しいのか、骨身に沁み込んでいるから。


「……すまない、イオン」

「うう、えぇぇ……」

 子供みたいに泣いてしまう自分が情けないと思いながら、もうこの嗚咽の止め方が分からなかった。イオンはただただ泣いた。

 怖かった。独りになりたくなかったんだと、良く分かった。


 祖父が死んで、これからは独りで生きていかないといけないのだと、覚悟を決めていたはずなのに。

 独りで生きていくなんて、できない。できないと怯えた。寂しさが、全部を沈めて、自分を溺れさせるように思えた。


「ひ、独りは、もう、嫌です。独りにするのも、されるのも、私は、いやです」

「……イオン、赦してくれ。私が……愚かだった」


 邪神の呪いが何だと言うのだ。この寂しさと哀しさは、呪いなど関係ない。

 人が持っている当たり前の気持ちなのだ……。独りになるのが、怖いなんて……誰もが持つ気持ちじゃないか。


 イオンもユーノスもそれに気が付いた。

 だから、セドリックもキザシも、笑顔を見せていたのだ。

 傍に誰かが居ることを幸せなのだと、知っているから。


 イオンも、ユーノスも、『独りで生きていかなくてはならない』と思い込んでいた。

 祖父と死に別れた時、邪神に呪いをかけられた時――。


「共に、過ごしていこう。それがセドリックの、願いでもある」

「……はい……」

「イオン、今宵は、共に眠らないか……。私は……寂しいのだ」

「……私も……、一緒にいたいです」


 今は、独りの時間が来るのが怖かった。

 だから、ユーノスのその言葉は、イオンにとって、救いのようにも思えたし、ユーノスもまた、独りぼっちを恐れているのだと知れて、イオンは共感できた。

 二人は、そのまま、ユーノスの部屋でその夜を過ごした。

 ベッドに二人、抱き合って眠った。

 心地よい抱擁の力強さが嬉しかった。


 ユーノスの体温は冷たく、イオンの体温は温かく。

 二人は、一つに溶け合うことで、やっと『一人』になれるようにお互いを抱擁しあった。

 その日、イオンはユーノスの腕の中で、静かな寝息を立てるまで、人と人のつながりは、永遠ではないのだと、噛みしめていた。

 いつかは必ず、別れがくる。

 その時、本当に哀しむことがないように、今を大事に過ごしていこう。


 セドリックも、ユーノスも、出会えた奇跡と、過ごせた幸福に、感謝の念を忘れないようにしよう。

 今は、永遠には続かないから――。


 儚い夢のような現実に、イオンは心を攫われないように、ユーノスに強くくっついていた。

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