表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/21

14

 翌朝心地よい朝の光を受けて、イオンは目を開く。


「……」


 ぼんやりとしている頭のまま暫し、ベッドの上でまどろみの中を楽しんでいた――。


「んー」


 ゆったりと伸びをして、自分の服装に気が付いた。寝間着姿ではなく、なぜか下着姿だった。

 あれ、と疑問が一瞬、浮かび上がった直後、イオンは昨晩のことを思い出した。


「っっっっ――」


 思い出して赤面し、固まった。とんでもないことを、昨夜はしてしまった……。いや、されてしまったと、言う方が正しいのかもしれないが。


(ユーノス様と……)


 体を丸めてカタカタ身を震わせて、耳まで真っ赤なイオンは、昨夜の一部始終が、脳裏に再生されていく。

 自分がなぜ、下着姿なのかもはっきりと思い出した。ユーノスに脱がされて、そのあと――。


(~~~~っ)


 思い出すと、身体に遺るユーノスの感触さえ、もう一度感じられそうだった。イオンは、がばりと起き上がり、パチンと両手で頬をぶった。


「私、な、流されてしまって……」


 しっかりしないから、昨夜はユーノスとキスまでしてしまった。きちんと、想いを確かめ合ってから、そういう行為をしなくてはならないのに……。


(でも、ユーノス様……私のこと……。恋をしたと、おっしゃってた……)


 ユーノスの切ない苦しみを受け取った。その時吐き出された彼の想いも。

 信じがたいことだったが、ユーノスは、自分のことを、恋愛対象として見てくれているのだ……。

 イオンは、あの晩、自分で自問自答をしながら、自分の気持ちをおぼろげに把握しはじめていたのに、ユーノスはそんなことを突き抜ける勢いで、イオンを求めてきた。

 あのユーノスの言葉が本当なら、彼は呪いで苦しんでいたのではなく、イオンに対する、慕情で苦しんでいた、ということになるだろうか。


 だが、彼が素直にイオンを求められないのは、彼の呪いのせいもある。

 ユーノスは、大事な友人と同じときを生きられず、先立たれていくばかりの身になっていた。自分の姿は変わらないのに、仲間たちは、次々と老いていく。それがどれほど哀しいことなのかは、イオンには想像もつかないほどだろう。

 だからユーノスは、おそらく、大事な人を作ることを意識的に避けようとしていたのだ。そうでなければ、こんな島で隠居などしないだろう。

 それでも、彼は言ってくれた。イオンを想っていると。

 そして、イオンに置いて行かれるだろう自分の人生が、辛いと、呪いを払いたいと、吐き出してくれた。


(ユーノス様……)


 恥ずかしい気持ちもあったが、イオンは嬉しかった。

 あの時のユーノスの気持ちは、真っ直ぐで、イオンに伝わって来た。彼が何に苦しみ、何を考えているのか。


「私、絶対にユーノス様の呪いを解いてみせる!」


 イオンは拳を作り、改めて誓いを立てるのだった。


 ――キッチンまで行くと、セドリックが朝食の準備を整えていた。イオンはそれの手伝いをしていたが、普段ならユーノスが顔を出す時刻になっても、彼はリビングにやってこない。


「ユーノス様、まだお休みなのでしょうか」

「久しぶりの我が家ですから、ゆっくりと休まれているのでしょう」


 それもそうか。確かにユーノスは、長い復興援助から帰って来たばかりだ。疲れもあるだろうし、ゆっくりしていたいだろう。


「イオン様、念のためユーノス様のお加減を、確認してきていただけませんか?」

「あ、はい……」


 セドリックがニコニコと、朗らかに言ってくるので、イオンは思わず頷いた。しかし、昨夜のことを思い出すと、ユーノスの顔を思い出すだけでドキドキと胸が鳴る。

 朝食の準備は、セドリックに任せることとなり、イオンは二階へと戻り、ユーノスの寝室の前までやってきた。


(だ、だいじょうぶ。きちんと、して)


 すう、はあ。と呼吸を整えて、イオンはノックをした。コンコン、と乾いた音が響く。


「ユーノス様、お目覚めでしょうか」


 ……返事はなかった。イオンは少し悩んだが、もう一度ノックをした。


「ユーノス様、ご気分が優れないようでしたら……」

 ガチャリ。

 寝室の戸が開いた。

 ユーノスがそこには立っていて、なんとも見たことがない表情でイオンを見下ろしていた。


「イ、イオン」

「おはようございます、ユーノス様……」


 ユーノスの表情は冴えない。眉根に皴を作り、口元を拳で隠して、赤い瞳は揺らめいていた。

 気分が悪いのだろうかとイオンが訝しんだのだが、ユーノスはチラチラと視線を泳がせて、イオンを正面からみようとしない。心なしか、血の気の通わぬ彼の肌が上気しているようにも見えた。


「さ、昨夜は……その……すまなかった」

「へっ?!」


 ユーノスは、寝ぐせ混じりの長髪を下ろして、突然にイオンに詫びを入れた。その声は緊張で震えていたので、イオンが逆にすっとんきょうに聞き返した。


「……自制が効かなかった……。あのように、強引に……お前の身体を……」

「っっ……」


 二人して、視線を逸らして俯いた。恥ずかしくて死んでしまうかと思うほどで、イオンはケトルのように、耳から蒸気が吹き出そうだった。


「ゆ、赦してほしい」

「……だ、だいじょうぶ、です、お気になさらずっ……」

「き、気にするに決まっているだろう!」


 イオンが俯いたままユーノスの謝罪に、平気だからと言ったが、ユーノスがそれを強く否定して、イオンの肩に手を添えた。


「わ……私は……、お前を傷つけたのだ……あのような……手段で」

「傷など、ございません……」

「恐れていただろう」

「……はじめは……そうでした。で、でも……ユーノス様のお気持ちを知れて……私、嬉しかったので……」


 ユーノスは取り乱していたその後悔に満ちた表情を、少しだけ緩めた。

 イオンは真っ赤な顔をして、それだけ言うのがやっとだった。あとはもう、呼吸すらどのようにしたらいいのか分からない。頭が真っ白で、心配そうに見下ろしてくるユーノスの目と、やっと目を合わせることができた。


「……私の告白に応えてくれるのか……?」

「あっ……え、と……そのぅ……。私、そういうの、経験がなくて……」

「私は、もう、言ってしまった。口から吐き出されてしまえば、もはや抑えられない……」


 緊張と恥じらいで赤くなるイオンの肩を捕まえたまま、ユーノスもまた恥ずかしそうに、眉を寄せて、整った顔立ちをどこか幼子みたいにさせていた。


「イオン、私は、お前が……可愛くて堪らない」

「……っ」


 くらりと眩暈がするほどに、イオンは脳内が真っ白になった。いや桃色だったかもしれない。ともかく、これ以上は思考がまともにできない。

 相手の英雄は、女性にすら勝るだろう美しい見目を、慕情に染め上げて、イオンに熱情を向けていた。だが、その低く、落ち着きある声は、耳に沁み込む様に柔らかく、優しい男性のもので、イオンの拙い乙女心には効果覿面と言わざるを得なかった。


「昨夜のお前は、私がこの世で見たどの女性より、可憐だった」

「ユーノス様っ、分かりましたからっ、も、もう言わないでくださいっ」

「イオン……」

「ちょ、ユーノス様っ、しゅんとしないでくださいっ。別に、ユーノス様を拒絶しているわけでは……」

「イオン!」


 なんなんだろうか、この状況は。

 イオンは、ユーノスが自分の言葉ひとつで、その表情をコロコロと変えるのが不思議でならなかった。あんなにも凛々しく、大人びて見えていた英雄の姿とは、まるで様子が違っている。

 もしかしたら、これこそがユーノスの素顔なのかもしれない。そう思うと、イオンはなぜか嬉しくなってしまいそうだった。


「嫌われたと、思っていた」

「嫌うなんて、ありえません」

「抱き締めてもいいだろうか」

「えっ――」


 イオンの返事なんて、ユーノスは待ってくれなかった。ぎゅ、とイオンは一瞬にして彼の胸の中に顔を埋めていた。


「ユーノス、さま……」

「恋心とは、邪神の呪いよりも、我慢できないものなのだな……」

「私……必ずユーノス様の呪いを解いて見せます」


 イオンが透き通った声で宣言すると、イオンは更にぐっと抱き寄せられた。ユーノスの唇が、イオンの髪にキスをして、冷えた体温を感じさせる。

 いつか、彼のぬくもりの中で、抱かれてみたいと、イオンは静かに願うのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ