14
翌朝心地よい朝の光を受けて、イオンは目を開く。
「……」
ぼんやりとしている頭のまま暫し、ベッドの上でまどろみの中を楽しんでいた――。
「んー」
ゆったりと伸びをして、自分の服装に気が付いた。寝間着姿ではなく、なぜか下着姿だった。
あれ、と疑問が一瞬、浮かび上がった直後、イオンは昨晩のことを思い出した。
「っっっっ――」
思い出して赤面し、固まった。とんでもないことを、昨夜はしてしまった……。いや、されてしまったと、言う方が正しいのかもしれないが。
(ユーノス様と……)
体を丸めてカタカタ身を震わせて、耳まで真っ赤なイオンは、昨夜の一部始終が、脳裏に再生されていく。
自分がなぜ、下着姿なのかもはっきりと思い出した。ユーノスに脱がされて、そのあと――。
(~~~~っ)
思い出すと、身体に遺るユーノスの感触さえ、もう一度感じられそうだった。イオンは、がばりと起き上がり、パチンと両手で頬をぶった。
「私、な、流されてしまって……」
しっかりしないから、昨夜はユーノスとキスまでしてしまった。きちんと、想いを確かめ合ってから、そういう行為をしなくてはならないのに……。
(でも、ユーノス様……私のこと……。恋をしたと、おっしゃってた……)
ユーノスの切ない苦しみを受け取った。その時吐き出された彼の想いも。
信じがたいことだったが、ユーノスは、自分のことを、恋愛対象として見てくれているのだ……。
イオンは、あの晩、自分で自問自答をしながら、自分の気持ちをおぼろげに把握しはじめていたのに、ユーノスはそんなことを突き抜ける勢いで、イオンを求めてきた。
あのユーノスの言葉が本当なら、彼は呪いで苦しんでいたのではなく、イオンに対する、慕情で苦しんでいた、ということになるだろうか。
だが、彼が素直にイオンを求められないのは、彼の呪いのせいもある。
ユーノスは、大事な友人と同じときを生きられず、先立たれていくばかりの身になっていた。自分の姿は変わらないのに、仲間たちは、次々と老いていく。それがどれほど哀しいことなのかは、イオンには想像もつかないほどだろう。
だからユーノスは、おそらく、大事な人を作ることを意識的に避けようとしていたのだ。そうでなければ、こんな島で隠居などしないだろう。
それでも、彼は言ってくれた。イオンを想っていると。
そして、イオンに置いて行かれるだろう自分の人生が、辛いと、呪いを払いたいと、吐き出してくれた。
(ユーノス様……)
恥ずかしい気持ちもあったが、イオンは嬉しかった。
あの時のユーノスの気持ちは、真っ直ぐで、イオンに伝わって来た。彼が何に苦しみ、何を考えているのか。
「私、絶対にユーノス様の呪いを解いてみせる!」
イオンは拳を作り、改めて誓いを立てるのだった。
――キッチンまで行くと、セドリックが朝食の準備を整えていた。イオンはそれの手伝いをしていたが、普段ならユーノスが顔を出す時刻になっても、彼はリビングにやってこない。
「ユーノス様、まだお休みなのでしょうか」
「久しぶりの我が家ですから、ゆっくりと休まれているのでしょう」
それもそうか。確かにユーノスは、長い復興援助から帰って来たばかりだ。疲れもあるだろうし、ゆっくりしていたいだろう。
「イオン様、念のためユーノス様のお加減を、確認してきていただけませんか?」
「あ、はい……」
セドリックがニコニコと、朗らかに言ってくるので、イオンは思わず頷いた。しかし、昨夜のことを思い出すと、ユーノスの顔を思い出すだけでドキドキと胸が鳴る。
朝食の準備は、セドリックに任せることとなり、イオンは二階へと戻り、ユーノスの寝室の前までやってきた。
(だ、だいじょうぶ。きちんと、して)
すう、はあ。と呼吸を整えて、イオンはノックをした。コンコン、と乾いた音が響く。
「ユーノス様、お目覚めでしょうか」
……返事はなかった。イオンは少し悩んだが、もう一度ノックをした。
「ユーノス様、ご気分が優れないようでしたら……」
ガチャリ。
寝室の戸が開いた。
ユーノスがそこには立っていて、なんとも見たことがない表情でイオンを見下ろしていた。
「イ、イオン」
「おはようございます、ユーノス様……」
ユーノスの表情は冴えない。眉根に皴を作り、口元を拳で隠して、赤い瞳は揺らめいていた。
気分が悪いのだろうかとイオンが訝しんだのだが、ユーノスはチラチラと視線を泳がせて、イオンを正面からみようとしない。心なしか、血の気の通わぬ彼の肌が上気しているようにも見えた。
「さ、昨夜は……その……すまなかった」
「へっ?!」
ユーノスは、寝ぐせ混じりの長髪を下ろして、突然にイオンに詫びを入れた。その声は緊張で震えていたので、イオンが逆にすっとんきょうに聞き返した。
「……自制が効かなかった……。あのように、強引に……お前の身体を……」
「っっ……」
二人して、視線を逸らして俯いた。恥ずかしくて死んでしまうかと思うほどで、イオンはケトルのように、耳から蒸気が吹き出そうだった。
「ゆ、赦してほしい」
「……だ、だいじょうぶ、です、お気になさらずっ……」
「き、気にするに決まっているだろう!」
イオンが俯いたままユーノスの謝罪に、平気だからと言ったが、ユーノスがそれを強く否定して、イオンの肩に手を添えた。
「わ……私は……、お前を傷つけたのだ……あのような……手段で」
「傷など、ございません……」
「恐れていただろう」
「……はじめは……そうでした。で、でも……ユーノス様のお気持ちを知れて……私、嬉しかったので……」
ユーノスは取り乱していたその後悔に満ちた表情を、少しだけ緩めた。
イオンは真っ赤な顔をして、それだけ言うのがやっとだった。あとはもう、呼吸すらどのようにしたらいいのか分からない。頭が真っ白で、心配そうに見下ろしてくるユーノスの目と、やっと目を合わせることができた。
「……私の告白に応えてくれるのか……?」
「あっ……え、と……そのぅ……。私、そういうの、経験がなくて……」
「私は、もう、言ってしまった。口から吐き出されてしまえば、もはや抑えられない……」
緊張と恥じらいで赤くなるイオンの肩を捕まえたまま、ユーノスもまた恥ずかしそうに、眉を寄せて、整った顔立ちをどこか幼子みたいにさせていた。
「イオン、私は、お前が……可愛くて堪らない」
「……っ」
くらりと眩暈がするほどに、イオンは脳内が真っ白になった。いや桃色だったかもしれない。ともかく、これ以上は思考がまともにできない。
相手の英雄は、女性にすら勝るだろう美しい見目を、慕情に染め上げて、イオンに熱情を向けていた。だが、その低く、落ち着きある声は、耳に沁み込む様に柔らかく、優しい男性のもので、イオンの拙い乙女心には効果覿面と言わざるを得なかった。
「昨夜のお前は、私がこの世で見たどの女性より、可憐だった」
「ユーノス様っ、分かりましたからっ、も、もう言わないでくださいっ」
「イオン……」
「ちょ、ユーノス様っ、しゅんとしないでくださいっ。別に、ユーノス様を拒絶しているわけでは……」
「イオン!」
なんなんだろうか、この状況は。
イオンは、ユーノスが自分の言葉ひとつで、その表情をコロコロと変えるのが不思議でならなかった。あんなにも凛々しく、大人びて見えていた英雄の姿とは、まるで様子が違っている。
もしかしたら、これこそがユーノスの素顔なのかもしれない。そう思うと、イオンはなぜか嬉しくなってしまいそうだった。
「嫌われたと、思っていた」
「嫌うなんて、ありえません」
「抱き締めてもいいだろうか」
「えっ――」
イオンの返事なんて、ユーノスは待ってくれなかった。ぎゅ、とイオンは一瞬にして彼の胸の中に顔を埋めていた。
「ユーノス、さま……」
「恋心とは、邪神の呪いよりも、我慢できないものなのだな……」
「私……必ずユーノス様の呪いを解いて見せます」
イオンが透き通った声で宣言すると、イオンは更にぐっと抱き寄せられた。ユーノスの唇が、イオンの髪にキスをして、冷えた体温を感じさせる。
いつか、彼のぬくもりの中で、抱かれてみたいと、イオンは静かに願うのだった。




