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今回はちょっぴり性的な表現があります。
どこまでがOKラインなのか分からないので、注意されたら後々に消すかもしれません。
田舎で暮らしていた時から、イオンはあまり、『女性』として扱われたことがなかった。
一緒に暮らしていた祖父は、剣の教えと、人生観を説いてくれたが、女としての価値観を教えてくれるはずもなく、イオンは自然と、同年代の少女たちより、少年のような感受性を持つようになっていた。
尤も、同年代の子供たちが少なったことも原因だろう。周りに居たのはまだ十にも満たない幼子と、大人たちばかりだった。年頃の乙女であるイオンが、そんな中で異性を意識するような機会があろうはずもなかった。
そんなイオンが胸を高鳴らせたものが、英雄譚だ。伝承に謳われる英雄の姿は、イオンに強いあこがれをという感情を与えてくれた。
そんな英雄ユーノスと共に生活をすることになったこと。初めて男性に詰め寄られ、身体を抱き寄せられたこと。首筋にキスをされ、耳元で囁かれたこと――。
それらは全て、イオンの内側にあった乙女心を初めて刺激した。
イオンは今、激しく鼓動する心音に戸惑いながら、何とも言えない不思議な感覚に、自分を見失いそうになっていた。
「……恐れているのかな、私……?」
どうにも落ち着かないこの精神は、ユーノスに対する感情がそうさせるのだと、理解はしていた。だが、その感情がイオンには名前を付けることができない。
恐れているような不安感。物足りなさを感じるような焦燥感。そして、上気するような熱を生む、何か。同時に、それは胸を時折締め付けてくる、切なさにもなった。
一か月、ユーノスと離れて、イオンも色々と考えていた。
ユーノスは、いつもつかみどころがない。優しい顔をして、こちらを気遣うこともあれば、まるで悪魔のように妖艶な顔で迫ってくることもある。まるで、優しく虐められているような、そんな感覚で、イオンはすっかりユーノスに翻弄されていた。
彼の真意は見えない。ユーノスは、自分自身の呪いのことをどう考えているのだろう。自分を斬ってくれと言った彼の顔は、瞳の裏側に焼き付いたみたいに、いつでも思い出せる。
ユーノスは、この世からの解放を望んでいるのだろうか。『終わり』を迎えたいと、願っているのかもしれない。
先立つ友人たちを見てきたユーノスは、その時の流れに置いてけ堀にされることが、とても苦しいのだと分かる。
「そっか……私……、ユーノス様のこと、きちんと分かっていないから……怖いんだ」
ユーノスの真意がつかめないままでいるのが、不安だったのだと、自問自答の末に思い浮かんだ。ユーノスのために、教会を建てて、人々からの情を受けることで、神聖化をして邪神に打ち克つという計画に乗ってくれたユーノスは、呪いを払いたいと考えているはず。
しかし、ユーノスは、今夜この寝室にやってくると告げた。イオンを、味わうために。
どくん、とまた心臓が跳ねた。
(ユーノス様……。邪神の呪いの虜になっている……? 私は、断らなくては、ならないの?)
宗教が全国に広まるまではまだまだ時間がかかるだろう。信者が増え、信仰の力がユーノスを神に変える時まで、ユーノスは邪神の呪いで囚われて、乙女の愛情を求める――。
(女性の愛を、欲している……)
イオンは、その気持ちが、今はなんだかわかる気がした。
これまで異性に恋愛感情なんかを感じたことがないイオン。そもそも、恋愛なんて言葉すら、遠かった。
それがユーノスに触れた夜、無理やり掘り起こされたみたいに思えたのだ。自分が、女であるということを。そう意識すると、イオンはユーノスを想うたび、なぜだか、頬が紅潮し、恥じらいと期待、切なさと、慈しみの心を抱いていた。
それは相手が伝説の英雄だから、浮かれてしまって、そうなっているのだと考えていた。人々の憧れである勇者の傍に居られて、高揚しているのだ、と。
(私……ユーノス様のこと、……好きになってるの?)
胸に手を当てると、熱く煩いほどにドキドキ鳴っている。
これが、もし、話に聞いた『恋』なのだとしたら、あまりに唐突だ。その感情に落ちてしまって大丈夫なのかと不安になる。落ちたまま、上がれなくなりそうだった。自分が、自分ではなくなるような、そんな濁流の感情だ。
トントン――。
「!」
ノックが、した。
その音は、セドリックのノックではない。イオンには分かった。
そして、イオンが窓辺から戸を振り返ると、そのドアがそっと音もなく開いた。
「……ユーノス様……」
扉をゆっくりと閉めて、ユーノスはイオンの寝室にやってきた。宣言通りに。
「イオン」
「……ユーノス様、私……」
イオンは窓辺の月明りを受け、アッシュブロンドの髪をはらりと揺らした。その場で動けず、ユーノスから顔を背けてしまったのだ。
「怖いのか」
「……」
ユーノスの言葉に、イオンは何も返せなかった。『そんなことはない』と彼に言ってあげたいのに、唇が震えてしまって、言葉を紡ぎだせない。
ユーノスは自分の状態のことを醜いリビング・デッドだと揶揄していた。そんな彼の苦しみは理解しているはずなのに、今は彼のことを、抱き留めるような勇気がなかった。怖がっているという彼の言葉は、図星だった。それが、イオンは哀しくなる。
「当然だろうな」
ユーノスはそう言うと、ゆっくりイオンに歩み寄って来た。薄手のシャツの胸元は開かれて逞しい胸板が覗いている。長い石竹色の髪の毛は、まとめ上げられて高い処で結われていた。
紅い瞳は、どんな感情を抱いているのか窺い知れない。
「邪神の、呪いで、苦しんでいらっしゃるのですか?」
イオンは思わず、胸元に両手を持ってきて守るような体勢を取っていた。怯えている兎のようなイオンに、ユーノスは近づき、そして窓辺に追いこんだ。大きな手でイオンの手首をつかみ、その守りを解かせようと、下ろさせる。
「『飢え』は、満たされている」
「な、ならば……」
「お前が、欲しいのだ」
「どうして、私なのですか……? 村での復興支援の折り、そちらにも女性はいらしたはずでしょう? 他の方から愛を啜られたのでは……」
ハッとした。自分の言葉に、イオンは驚いていた。
口から勝手に出てきたその言葉は、イオンが内側に隠して来た、『不安』のそれだった。
ユーノスが遠くへ行き、『飢え』を感じていないか心配した時に、思っていたことだ。旅先で、女性を見付けたらユーノスは『呪い』で乙女の愛を求めるのではないか、と。
そう考えると、ふつ、と、小さな靄が心を汚した。不快なのだと気が付いたイオンは、その感情を内側に隠した。
(嫉妬――してたんだ。私――)
情けない。ユーノスのことを想い、愛を祈っていたのに、その彼に、負の感情を抱いたかもしれないのだ。それがユーノスに伝わってしまうことを恐れた。
「吸っていない」
ユーノスは、冷たく月光に濡れた爪を、イオンの震える唇へと這わせた。
「お前の他には、何も、私を満足させる者はいない」
そして、指先をイオンの口内に、少しだけ挿入し、舌先を虐めた。
「んっ」
「だから、こんなにも『欲して』いるのだ」
指が引き抜かれ、イオンの口内の熱を宿らせたそれを、自身の口に運んだユーノスは、愛おしげに味わった。紅い瞳が妖しく濡れて、細まった。
「ユーノス、様……。どうして、私なんかに……」
「分からない。お前でなくてはならない理由など、答えは見つからない。ただ……」
「た、だ……?」
「可愛いお前を悦ばせたい。それは唯一無二の、私の願いだ」
そっと、ユーノスの大きな腕が、イオンの腰に回されてきた。右手はイオンの手首を捕まえたまま、封じ込め、イオンの抵抗を許さないという念を伝えてくる。
「イオン、震えているな」
「すみません……。ユーノス様が、こわい、です」
「心の悦びを、味わえないなら――、身体から啜るぞ。イオン……」
「そ、そんな……ユーノス様、いけません……!」
肉を撫でさすりだしたユーノスに、イオンは身体を固くさせて、強張ってしまう。ユーノスは、あの時のように、口元を、イオンの首筋に近づけてくる。
「ユーノス、さま……」
涙が零れ落ち、首筋に口づけようとしていたユーノスの視界に、光の雫が映りこむ。
ユーノスは、それを無視して、イオンの細い首すじに吸い付いた。
ちゅうっ――。
「あっ……」
ぴくんと、イオンの身体が跳ねた。しかし、ユーノスの力強い抱擁が、身悶えさえ押し付ける。
「これだ……この味が……忘れられない」
ちゅう、ともう一度吸い付き、それから幾度か、キスを繰り返して来た。イオンは、堪らない心地よさに、視界が霞み始めて、ユーノスが掴む手の力を抜く。
ユーノスの長い髪から、清潔感漂う石鹸の香りが舞っていた。
「感じているな、イオン」
「あっ、う……」
イオンは耳まで赤く染めて、恥ずかしさで瞼を閉じた。すると、ユーノスは首筋から、唇を滑らせて、イオンの胸元まで顔を埋めてくる。
「悦ばせてやる」
「ユーノス様……やめて……」
「駄目だ。もう、我慢できない……。私も加減ができそうにない……」
そう言うと、イオンを抱き、窓辺から攫うと、イオンの身体をベッドに横たわらせた。そしてユーノスは、イオンの上に馬乗りになってくる――。
イオンは、困惑の中で、ユーノスが与えてくる快感に、震え、吐息を零すばかりになってしまった。
「私、……ユーノス様がわかりません……!」
「私とて、自分が分からない。分かるのは、お前の悦びが、私の空白を満たしてくれるということだけだ」
はだけられていく服から覗く、火照った身体が、ぞくぞくと敏感になっているのが嫌でも感じられた。
ユーノスは、そんな肌に、冷たいキスを注ぐことをやめてくれない。柔らかい脂肪の先に芽吹く尖りを咥えられた時、イオンはこれまで感じた事のない多幸感に身体を反り返らせた。
「あうっ……」
「私の内側にあふれるこの渇望は、邪神の呪いなのか、それとも私自身の欲望なのか、判断が付かないのだ」
「ユーノス……」
ちゅう、と愛を吸い上げられる。堪らない疼きが、痺れになって全身に走り抜けると、イオンは自分の漏らしたものとは思えない声で、ユーノスの名を呼んでいた。
「これが呪いなら、私はもう、抗えない」
口内で、ぺろりと舌先が動いた。びくんと膨れて反応を示す、イオンのそれを、ユーノスは美味しそうに味わった。
「だが、イオン……。もし、これは私の欲望ならば……」
愛おしそうに口を離して、ユーノスはイオンの朱に染まる表情を見下ろして来た。紅い瞳は、まるで寂しそうにしている兎のようだ。不思議なことに、それは自分に似ていると、イオンは感じられた。
「私は、お前に恋をした――」
ぬくもりあるイオンの唇と、つめたいユーノスの唇が、重なり、互いは瞳を閉じ、まるで違う温度の舌を絡めあった。
「もう、私よりも先に逝ってほしくない……」
ユーノスの、その低く濡れそぼった言葉は、紛れもない本物だっただろう。イオンは、ユーノスの気持ちに少しだけ触れられた気がした。
ガラス細工みたいに繊細なその声は、イオンに恋をしてしまった自分を認めることを、恐れていたのだろうか。
本当に怯えていたのは、イオンではない。ユーノスだったのかもしれない。
「呪いを、解き放ちたい……イオン……!」
震えて、嗚咽が混じった声に、イオンはやっと彼に手を差し伸べられた。そっと髪を撫で指先で梳いてやると、ユーノスは崩れるように、身体をイオンに重ねた。
不思議と重いと言う感覚より、頼りなげな印象すらあった。儚いユーノスの身体が、血の通わぬ死人の身体が、彼の哀しみをそのまま表現していたみたいで、イオンもはらはらと涙を零していた。
「お前の涙は温かい」
「ユーノス様……、お慕いしてます」
「ああ、感じる……。お前の愛が……」
ユーノスがイオンを味わうまで、その夜はとても長く感じられた。
加減ができないと言っていたユーノスの吸愛は、イオンを何度も悦ばせては跳ねさせた。やがて意識が霞み、まどろみに落ちていくまで、ユーノスはたっぷりと蜜のような愛を啜り続けていた。
イオンは蕩ける感覚に揺蕩いながら、ユーノスへの愛を惜しみなく零し続けるのであった――。