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 カタカタと窓が揺れて音を立てていた。外はすっかり暗闇に染まり、頼りない月明りが雲に塗れて更に儚くさせていた。

 イオンは、外に迎撃に出たユーノスを心配していた。

 船は三艘、セドリックの予想では六名ほどの略奪者がやってきたのではないかと、推測していたが、ユーノス一人で対応できるものだろうか。


 イオンは気を張り巡らせて、警戒を強くしていた。もし、何かあればすぐに動けるように。セドリックが屋敷の出入り口をきちんと施錠し、易々と侵入できないようにしているものの、相手がその気なら、窓を割ればすぐに屋敷内には踏み込めるだろう。


 ぱりん。


「――ッ?」


 小さく、何かが割れる音がした。イオンはもしや、当たって欲しくない空想が的中してしまったかと、雷駆を腰に差し、部屋から飛び出た。

 音は一階からだった。イオンは現在二階の寝室に居て、セドリックはこの屋敷の重要な品を保管している地下で守りについている。一階は誰も居ないはずだ。


 イオンは暗闇の廊下を音を立てないように進み、階段からそっと一階を窺った。

 カタン、カタ。と、物音が響いた。

 間違いない、何かが一階にいる――。


「……」


 イオンはユーノスが略奪者の迎撃に失敗し、侵入者を取りこぼしてしまったのかもしれないと考えた。

 いくら英雄とは言え、この宵闇に紛れてやってくる無法者たちを一人残らず取り逃がさないなんて、たった一人では難しいと思ったのだ。『一人』で何かを成し遂げるのは、とても難しいことなのだ。それをイオンは分かっている。


 耳を澄ますと、音がした方角はキッチンの付近だったように思う。イオンは背中に伝う冷や汗を感じながら、暗い階段をゆっくりと下って行った。なるべく音を立てないように、気を遣いながら階段を一段一段と降りるのは、精神力が削られていく。

 なんとか一階まで降りて来た時、周囲を警戒したが、近くに略奪者らしき者は見当たらない。イオンは覚悟を決めて、キッチンへと向かった。雷駆の柄を握る手が汗にまみれて滑りそうだった。

 キッチンのドアの前まで来た時、ドアに耳を押し付け中の物音を調べた。明らかに何者かが居る気配あった。矢張り、侵入されてしまっていたのだ。中から、数名の声が聞こえてきた。


「おい……、今はそれどころじゃねえだろ、早くしろ」

「でもよ、アニキ」


 少なくとも相手は二人いるようだ。イオンは考えた。地下に行き、セドリックを呼んでくるべきか。それとも、自分がこのまま侵入者の相手をするか、だ。事態は一刻を争うだろう。時間さえ稼げば、賊を見逃してしまったことに気が付いたユーノスが屋敷に戻ってくるだろうから、そのくらいなら、イオンでもできると少女は決意を固めた。

 セドリックはもう老体だ。できることなら、あまり身体に負担をかけるようなことに巻き込みたくもなかった。過去、悪漢を撃退した経験もあるし、イオンは相手に対して躍り出ることにしたのだ。


 勢いよく扉を開き、相手の動揺を誘う。狼狽えているうちに、先手を取れば相手が複数でも対処できるだろう。

 バタンッ!

 キッチンの戸を音を立てて開き、イオンは中に入った。中には二人居た。シルエットで相手の様子は詳細には分からなかったが、一人は食材を両手に抱え込んで、口に運んでいた。もう一人はナイフを片手に持ち、こちらに驚いた様子で体を硬直させていた。

 イオンはすぐさま行動した。標的はナイフをもっているほうだ。


「たぁッ」


 気合を吐き出し、雷駆を鞘に包んだまま、イオンは相手の握るナイフを目がけて攻撃した。武器を失えば攻撃の意思も削がれると考えた。


「くそっ!」


 がつん、と雷駆が相手のナイフに見事直撃した。それで武器を取りこぼした相手は苦悶の声をあげて体勢を整えようと飛びのいた。もう一人がのっそりと起き上がるのが見えた。持っていた果実をイオンに向かって投げつけてきたが、イオンはそれを素早く回避する。

 壁にフルーツがぶつかり、ひしげた。果汁がびしゃりと散り、酸っぱい香りが辺りに満ちた。


「抵抗をやめなさい!」

 イオンの凛とした声に、相手は一寸ピクリと停止したが、それもつかの間のことだった。


「なんだ、女か!」


 ナイフを持っていたシルエットが余裕の声を上げた。どうやらこちらを見縊みくびっているのだろう。相手は腕を鳴らしてイオンに対して戦闘態勢を取った。もう一人のシルエットものっそりと動いた。こっちは巨体に見えた。


「おい、スタウト。お前右から行け!」

「了解、アニキ」


 二対一で迫られる状態になった。相手は素手とは言え、こちらが女性だと考えて強気に出たのだろう。イオンは雷駆を構え、相手に威圧して見せた。


「舐めないでください。斬りますよ」

「ハッ、できるのか? 女に!」


 その挑発と共に、相手が飛び掛かって来た。イオンは雷駆を抜き、剣先を突き付ける。


「へえ、良い剣じゃねえか。やっぱりここにはお宝があるっての、マジだったんだ」

「大人しくしなさい」

「ハッ、脅しのつもりか? まるでなってない」


 剣先を向けられているのに、相手は鼻で嗤った。そして素早く体勢を小さくすると、イオンに蹴りを放ってきた。イオンはそれを躱して反撃にでようとしたが、もう一体の巨体が横から飛び掛かって来た。

 イオンは身体を捻る勢いで、抜いた雷駆の真剣を、その巨体の腹に向けようとした――。


「ッ――」

 だが、イオンのその動きはビクン、と停止してしまった。

 雷駆で、相手を斬る、ということに、怯えたのだ。人の肉を断ち、鮮血をまき散らし、命を奪う――。イオンはその想像で、剣を振り切れなかった。隙が出来たことで、イオンはそのまま巨痛に押し倒されてしまった。


「きゃあっ」

「捕まえたぞ、アニキ!」

「フン、やっぱりな。育ちのいいお屋敷のお嬢ちゃんが、武器なんか持ったところで扱えるわきゃねぇんだよ。覚悟が足りてないぜ」


 ガタガタと暴れまわるイオンであったが、相手の男の体重と腕力はすさまじいもので、まるで動けなかった。

 もう一人の長身でスラリとした体躯のシルエットは、落としたナイフを拾って、相棒が押さえつけるイオンに、にじり寄った。

 割れた窓から月明りが入り込み、ナイフに反射すると、その持ち主の顔がイオンの目に映った。


「……! こ、子供……?」

「子供じゃねえッ!」


 イオンの驚きの声に、相手は唾を飛ばしかけない勢いで怒号を上げる。

 しかし、イオンはその相手の姿を見直してみても、やはり年のころはイオンと大して変わりがない少年にしか見えなかった。

 短髪の群青色をした髪はボサボサで粗野な印象を受ける。顔には切り傷が入っていて、狐みたいな目をしている生意気そうな少年というのが印象だった。


 押さえつけられているイオンにナイフを向けて屈みこんだその少年は、イオンの顔を見て、また笑った。


「はは、なんだよ。お前だってガキじゃねえか」

「なんですって! 私は子供ではありませんっ」


 イオンは馬鹿にされないようにと、相手の挑発を跳ねのけてやったが、今や状況はイオンが不利だ。群青色の髪をした少年はニタリと笑って、イオンの胸を指先でつんつんと突いた。


「ひゃっ」

「ほら、全然ちっせー。ガキだよ、これ」

「ば、ばかー!」

「へっ。覚悟もないのに、大層な武器振り回すからだよ。まぁ、大人しくしてろ。怪我させたいわけじゃねえんだ。盗るモン盗ったらオサラバよ」


 イオンはじたじたと押さえつける巨体にもがいたが、その巨体も、なんだか間延びした声で、イオンに謝る。


「ごめんな。ちょっと大人しくしててくれ」

 こちらも大きな体をしているが、雰囲気がどこか幼かった。たぶん、この男も大して歳の差はないだろう。たしか、キツネ顔の少年は相棒を『スタウト』と呼んでいたはずだ。


「離してくださいっ」

「だめだよ、アニキがお宝持ち帰るまでは」

「縛れるものねえかな」


 暫く、ごそごそとキッチンからイオンの身を封じられそうなものを物色していたキツネ顔の少年は手ごろな荒縄を見付けた。


「おし、縛るからちょっとどけ、スタウト」

「…………」

「スタウト、どけっつってんだ」

「……」


「スタウト?」

 キツネ少年は返事をしない相棒に、怪訝な顔を向けた。そしてスタウトの顔を見た時、巨体の少年が心地よさそうに眠りこけているのに気が付いた。


「何寝てんだッ」

 と、間抜けな寝顔をしている相棒を蹴り起こそうとした時――。


「睡眠の魔法でございます」

「ッ――」


 老紳士の落ち着いた声が暗いキッチンに響いた。

 セドリックがいつのまにか、入り口に立ち、小さな杖を指揮者のように踊らせて、その先端を光らせている。セドリックが放った睡眠の魔法で、スタウトは一瞬にして眠りに落ちてしまったのだろう。

 そして、その杖の光がキツネ顔の少年にも直撃し、二人の侵入者はグゥグゥと寝息を立ててしまうのだった。


「すみません、イオン様。お怪我は」

 セドリックが眠る巨体の下からイオンを救い出して、状態を訊ねた。イオンは「平気です」とセドリックに礼を述べながら、眠りこける二人の少年を見下ろした。


「子供が、強盗を働くなんて」

「……今の時代おかしなことでもございません。イオン様のように、天涯孤独の身になった子供は多くいます。そういう者たちは、生きるため盗賊に身を置くしかない場合もあるのです」


 イオンはナイフを持っていた少年の寝顔をそっと見つめた。その寝顔は、とても穏やかで、歳相応に見える。もしかしたら、イオンだって身寄りがなかったら、こんな風になっていたかもしれないと考えると、他人事のようには思えなかった。


「ユーノス様はご無事でしょうか」

「大丈夫でしょう。彼らの他に侵入の形跡はありませんが、もう暫く警戒を解かぬよう、お願いいたします」

「はい……」


 イオンは床に落としていた雷駆を鞘に戻した。


(――覚悟がない、か――)


 その通りだと思った。剣を扱う技術はあれど、人の命を奪う経験はこれまでになかった。ユーノスも言っていた。イオンにはまだ人を斬るような覚悟がないのだ。

 しかし、思う。斬らずに済んでよかったと。相手が子供ならば猶更だ。

 できることなら、これから先も、人を斬るようなことは一度だってしたくない。例えユーノスが、『私を斬れ』と頼んできても、だ。


 そのためにも、ユーノスの神聖化計画は進めなくてはならないだろう。

 セドリックが荒縄で二人の少年を縛り上げるのを手伝いながら、まだこの世界には救世主が必要だと思わざるを得なかった。

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