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嫁入り狐はもの申す  作者: 卯野きらず
5/6

狐の嫁入り.5

 部屋を覆い尽くす色鮮やかな帯、帯、帯。

 それらは足の踏み場もない程に至る所に転がっていた。

 尋常な量ではない。


「……梅、姉ちゃぁん」

「たけ丸!」


 泣き声混じりの小さな声に、梅が聞こえた方へと顔を向けると、そこには天井から一本の帯で逆さに吊り上げられた、哀れな童子の姿があった。


「何があったのよ!」


 胴体にきつく巻き付いている帯を、梅は自身の鋭利な犬歯で裂き、解く。自由の身になった童子は、ぽろぽろと涙をこぼしながら、梅の胸元へと飛び込んできた。


「うっぐ……うぅ……」

「ねぇ、ちく丸はどうしたの」


 ぽんぽんとその背中を叩いて詳細を尋ねてみても、彼は小さく首を振るだけで何も答えようとしない。

 あれ、と梅はある事に気付いた。これはたけ丸ではなく、ちく丸だ。

 口から先に産まれたのがたけ丸だと、母上にも言わしめた弟である。例え泣き喚いていても梅の前ではまず一切合切を喋ろうとするのが彼なのだ。


「ええと、あんたがちく丸よね?たけ丸はどうしたのよ?」

「たけにいちゃ……」

「もしかして連れ去られた?」


 こくりと頷くちく丸に、あの馬鹿!と梅は毒づいた。

 散々人を役立たずだと笑った癖に、自分がへまをするとは一体どういう了見だ。

 さらに相手はどんな奴だったか、と尋ねると、ちく丸は足下に散らばっていたそれの一つを指差した。


「……は?帯?」


 梅は目を瞬かせた。

 さては梅たちの正体(・・)に気付いた、屋敷の人間の誰かの仕業かと考えを巡らせたのだが、犯人がただの布切れとはどういうことだろう。

 攫われたのがちく丸で、残ったのがたけ丸だったのであればもう少し詳しい説明を聞けたのであろうが、ここにいるのは口下手なちく丸の方である。

 これ以上聞けそうにないな、と判断した梅はうーんと頭をひねった。

 あまり愚図愚図していると、世が明けてしまう。世が明けてしまえば、薬効が切れた屋敷の人間たちは目を覚まし始めてしまうだろう。


「とりあえず早くたけ丸を探さなきゃ」


 泣きべそをかくちく丸の手を引き、梅は辺りを見回す。

 どの部屋も先程通ってきたばかりで、何ら不審な点はなかったように思う。足下に散らばる沢山の帯を除けば、であるが。


「帯、ねえ?」


 ふとその沢山の帯に埋もれた内の一つに、目が吸い寄せられた。

 どれもが上等で目にも鮮やかな色の帯の中に、一つだけ混じるそれ。

 芥子色(からしいろ)、と呼ぶにはやや黄色味が欠け、凝った刺繍もなく、全くの無地。使い古されているのか、端からは糸までもがほつれて出てきてしまっている。

 この豪商の屋敷の者が身に付けるにはあまりに粗末であるし、ましてや婚儀に贈られた品の一部でもあるまい。

 決め付けるのはよくないが、散らばる帯の上等さに比べれば異様に目立つ。

 手掛かりが一向に見つけられないので、仕方なしとばかりに梅はそれを指先で摘み上げた。途端、


「うぎゃっ!」

「……梅姉ちゃ!」


 くねりと帯が蛇のように動き、梅の手首に絡みついた。


「ぎゃー!なにこれ!なにこれ!」


 手を振り回してみても、片手で振りほどこうとしても、帯はきつく手首に巻き付いたまま離れない。側ではおろおろとちく丸が梅の名を呼んでいる。

 その内にあっ、とちく丸が上を見上げて声をあげた。

 もー何なのよこれ!気持ち悪い!と必死に生き物の如く蠢く帯と格闘していた梅も、声につられて上を見上げた。

 言葉を失うとはこのことである。

 散らばっていたはずの無数の帯は、いつのまにやら梅の目の前で浮遊しながら集結し、巨大な球体を作り上げていたのだった。

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