狐の嫁入り.4
ーーりぃ……ん。
高く軽やかな震えを伴った、その音。それが聞こえると同時に、梅を組み敷いていた勘兵衛の身体がずしりと梅に寄り掛かってきた。
「う……重い!」
予想だにしなかった重みと密着具合に、手足をじたばたさせて勘兵衛の下からようやく抜け出る。そして、うつむきに横たわった勘兵衛の身体を何とか仰向けにさせると、梅はふうと息を吐いた。
ーーどうやら、万事上手くいったらしい。
勘兵衛は静かな寝息を立てており、起きる気配はない。
今日、祝言の席にて振舞われた酒には、たけ丸とちく丸が調合した特殊な眠り薬を仕込ませてあったのだ。
人の聴覚では捕らえることの出来ない音を鳴らすことによって、どんな生き物でもたちまち深い眠りへと誘い、目が醒めるのは日が高く昇ってしまった後……という強力な代物である。
無論、女中たち使用人にも祝いと称して酒が振舞われており、屋敷中の人間が今頃はぐっすりと寝息を立てていることだろう。
合図が出るまで不審なきよう振る舞え。
それが彼女に与えられた役割で、弟共が然るべき荷を運んでいる間の、いわば囮役であった。
自分が囮役なぞと本来の彼女であれば、一も二もなく不満を口にしている所であるが、この件ばかりは二人の言葉に従うほかなかったのである。
そもそもいつもは二人に任せきりで、梅は住処で留守番をするのが日課だったのだ。それをどうしてもと頼み込んだのは梅なのだから、口を挟む権利があるはずもない。
(どうせあたしは赤子程度の力しか持ってないもの……)
「さて」
もはやここに用はない。あとは逃げるのみだ。
愚図愚図していればまた、彼らにからかわれるに決まっている。と梅はいそいそと何の気もなしに乱れた着物を整え、ふと、側で眠る男の綺麗な顔を覗き込んだ。
こんな男と夫婦になれる女子とは、一体どんな人物なのだろうか。きっと自分なんかとは比べものにならないほど、さぞ器量もよく、身分も格式もあるお家柄に違いない。
そんなことを考え、梅は自身の頬が熱を持つのを感じた。
(な何を考えているのよ、あたしは!)
急いで顔を逸らし、梅は立ち上がった。
早く弟らと合流しなければ。
そうして足早に、梅はその部屋を後にしたのだった。
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屋敷の中はやはり、しんと静まり返っていた。
聞こえるのは虫の鳴き声や、風に寄って擦れ合う草や葉のざわめきのみだ。加え、辛うじてその合間に、大きな寝息がどこかの部屋から聞こえる程度といったところか。
梅の聴力は人間以上に優れているので、もしその中に異常な音があれば決して聞き逃すことはない。
(あいつら、どこにいるかな)
いるとすれば恐らく、嫁入り道具や引き出物が置かれた座敷のどこかだろう。
部屋と部屋を遠慮なく渡り歩き、きょろきょろと辺りを見回す。
足元には気持ちよさそうに眠る人間がごろごろと横たわっており一応、気をつけてはいるのだが、どうにも人数が多いのか、何度か足蹴にしたり躓いたりしてしまった。
まぁ、当人達ははうーんと呻いたり、顔をしかめたりする程度で起きる気配はなく問題はないのだが。
そして歩いていく内に、梅はどこか奇妙な点に気が付いた。
転がっている人間と同様に、様々な色と模様をした帯が、そこら辺にぽつぽつと転がっているのだ。しかもそれは、奥の間へ奥の間へと行くほどに、徐々に枚数が増えてきている。
初めの頃は、どうせまた弟共の良からぬ悪戯かと思う程度だったのだが、どうにもおかしい。
よく見れば、転がっているのは女物の帯ばかり。それも、上等な布地であったり、金糸が縫われていたりと、値の張りそうなものがほとんどである。
勿体ないなあと思いつつ、ようやく最後の部屋に辿り着き、戸を開いた梅はぎょっと目を見開いた。