狐の嫁入り.1
綿帽子をかぶり、ぴっちりとした白無垢の装束に身をやつした女が、
(……あれ?)
と、思ったのは、ふとちらりと横目で隣に居座る男の姿を覗き見た時であった。
すう、と通った目鼻立ちに涼しげな双眸。髪は艶やかな濡れ羽色で、なかなかそこらの村の若衆連中では見られない美丈夫である。
目線は伏せられ、ただ一心に祝詞を聞く様に女は数瞬程ぼう、と見惚れ、次いで気付かれる前に慌てて目を逸らした。
そういえば、と女の中で微かな疑問が持ち上がった。
仲人に連れられて対面したときは、もう少し柔和な顔立ちをしていたような気がしなかったか。身体付きも確かこう、ほっそりとはしておらず、がっしりとした見た目だったはずだが……はて。
(……まァいっか)
生憎、あれは随分と遠目からであったし、特に注視して眺めていた訳でもない。まず何にしろ、女は人の顔を覚えるのは特に苦手な性分としていた。
「どうぞ」
声をかけられ、女ははっとした。
気付くと目前には、台の上に乗った艶やかな朱色の盃が置かれ、そこには並々と透明無色の液体が注がれていた。
(ええっどうすんのこれ……!?)
ただ座っていればいい、とだけ彼女の弟共は言っていたが、話が違うではないか。
盃に落としていた視線をあげると、若干困惑した面持ちの人物と視線がぶつかった。
片脇に提下を持っている。
成る程、盃に液体を注いだのはこの下女らしい。
よくよく見てみると、何やらしきりに目線で盃と、こちらの顔を交互に見つめている。
(あっ、飲めってことかな?)
どうやらそのようなので、両手でがしっと盃を掴む。
盃を見つめていた女にはわからなかったが、下女の顔がほっと胸を撫で下ろしたかのようになったあと、次いで一瞬の内に変化したのを見ていた者は誰もいなかった。その時くっと隣で誰かが笑ったのは空耳だろうか。
(うーん、お酒かこれ?)
勢いよく全て飲み干した女は、その味に顔をしかめる。
そして、ぽかりと口を開けた下女の顔色に気付いた女は、ようやく、自分が失敗をしてしまったことを悟ったのであった。