首都へ行くだ
お金、素材集め……ゲームの世界に閉じ込められるも生き残るために必死で頑張り続けた結果、俺達はようやく"鉄の装備一式"を手に入れる事が出来た。
今まで初期装備である"布の装備"とは違い鉄の防具には"頑丈性"と"安全性"が強く感じられる。
武器も防具もまともな装備を揃えられたので、これで自己防衛面は安心といえるだろう。
「いやぁ~、これで幾らはマシになったねぇ」
「はい……今まで初期装備でしたからね……不安でした……」
「これでギルドの仕事も捗るな!」
あとはこのゲーム世界での問題が解決するまで、宿屋を拠点にギルドで仕事を受けながら生活していく……。
とにかく素材集めであちらこちらへと出掛けたりしていたので今日のところは宿屋でゆっくりしようと思っていた。
「よし! 今日一日は宿屋でゆっくりと過ごそうぜ」
「あっ……稲島さん、約束が……」
「約束?」
「秘薬館のエリィさんだよ、装備作り終えたら来てくれって言っていたじゃないか」
そうだった、すっかり忘れていた。
防具屋さんに立ち寄る前に秘薬館の店主であるエリィさんに「お願い事があるから来てくれ」と言われていたのを思い出した。
防具屋さんを後にして、俺達は秘薬館へと戻る事にした。
「"お願い事"ってなんだろね?」
「また薬の材料を調達して欲しいとかじゃね?」
秘薬館はエリィさん1人で薬の調合からお店の経営まで切り盛りしているのだろうか? そう考えると色々と大変だろう……。
この街に訪れてからはギルドの仕事よりも秘薬館での依頼を受ける事が多く、いつもお世話になっている。
今回もリリィさんの依頼のおかげでこの"鉄の装備"が整えられたのだ、これからもお世話になるだろうエリィさんと秘薬館の経営存続の為にも聞けるだけのお願いは受けてあげようと思った。
「エリィさん~ただいま戻りました~」
「は~い、お帰りぃ」
「戻ってきたかッ! 坊主に嬢ちゃんッッ!」
俺達が秘薬館に戻るとエリィさんと猟師さんがお店のカウンターで温かい紅茶を飲んでいた。
リリィさんが「こっちさ来て一緒に飲むべ」と言いながら手招きしてきたのでカウンターへと向かう。
「それが新しい装備かぃ~似合うよぉ~」
「おぅッ!! それで少しは戦えそうだなッ! ヌゥアハハ!」
「えぇ、おかげさまでこれで少しはマシになりましたよ」
「……そういえば、先程仰っていた"お願い"って……なんですか?」
YAMAさんが問い合わせると、エリィさんは両手でマグカップを手に持ち、中に淹れられた紅茶を見つめながらか細い声で答えた。
「私ぃ……この街を出るんだァ……」
「?!」
「えっ……!?」
衝撃発言だった。
この街を出る……という事は、秘薬館が……なくなるということなのだろうか?
やはり1人で経営していくのは難しく、お店も人目のつかない場所に位置している為に来客数が少なく売り上げも少ない……。
故に経営は悪化し、ついに創業62年の老舗は閉店することになってしまった……と、俺は勝手な妄想を膨らませていたが現実は違っていた。
「この店も古くなっだからなぁ、首都にある建築会社さ行って"りふぉおむ"の依頼さ行こうがなと思っでな」
「……えっ? 閉店しないんですか?」
「なに馬鹿なこと言ってるだぁ! お得意様もたぁくさんいるのに閉店なんぞするかぇ!」
これまた衝撃発言だった。
街を出る、というのは首都にある建築会社へと向かい店のリフォームの依頼をする為の一時的な外出の事であった。
62年という長い年月が経つとお店の床が軋んだり外壁の塗装が剥がれるなど老朽化が進み、このままだと不安なので思い切ってリフォームをすることにしたらしい。
「それでなぁ、首都に着くまで一緒について来てほしいんよぉ」
「いつもなら俺が一緒について行ってあげるんだがァ、仕事が再開出来たからなッ! 今すぐにでも他の村や街に行って物資を届けなきゃなんねぇからついて行ってはやれんのよォ!」
「そうですか、そういう事でしたら引き受けましょう!」
こうして俺達はエリィさんを無事、首都まで護衛する依頼を受ける事にした。
出発は明日の明朝、秘薬館の前で待ち合わせる事になった。
俺達は宿屋へと戻り、新たに宿泊手続きを済ませるとそのまま食堂へと向かい夕飯を食べる事にした。
「首都って……どんなところなんでしょうね……?」
「ネットで調べたら……このゲームの最重要都市で色んな人や施設が多く存在しているらしいぞ」
「そこに行けば新しい発見があるかもな……」
もし依頼の途中で時間があれば、首都のあらゆる所を見てみたいと考えていた。
それにもし……俺達と同じくゲームの世界に閉じ込められている他プレーヤーがいれば、仲間にしてみんなで助け合いたい……。
新たな場所へ訪れる期待と新しい仲間に出会える期待を胸にしながら俺達は一晩を過ごした……。
◎シー・サンの街(早朝 5:09分)◎
「朝ですよ、稲島さん」
野中の声で目が覚めると、体が勝手に起き上がった。
「うーん……今日はゆっくりと眠れた……」
「ここ最近は素材集めで慌ただしかったからねぇ」
(コンコン)
「稲島さん……起きてますか?」
ドアのノック音と共にYAMAさんの声が聞こえる。
「うん、起きているよ!」
俺はYAMAさんと一緒に宿屋を後にすると、まっすぐ秘薬館へと向かう。
秘薬館へと到着すると店の前で身支度を整えたエリィさんと馬車に乗った猟師さんが待っていた。
「おはよぉ~、今日はよろしくねぇ~」
「おうッ! 途中まで連れてってやるッ!」
こうして俺達は猟師さんの馬車に乗せてもらい、首都へと向かう街道まで連れて行ってもらった。
早朝の街道を移動していると向こう側から別の馬車が見られ、その殆どが貿易商や商人、運送業者の人で、あらゆる地方にある村や街へと朝早くに物資を運んでいるとの事。
このゲームの世界でもこちらの世界と同じく、みんな朝早くから仕事を始めているようだ。
すると向こうの御者がこちらに向かって手を振っているのが見える。
「おぅ! 久しぶりだな! 元気だったか?」
「おーッ! 元気だ元気だッ! ちょっと問題があったが解決してなッ! これからまた仕事ができるぜィ!ヌゥアハハハハハッ!!」
「そうか、また今度飲みに行こうぜ」
「おゥ!」
どうやら猟師さんの仕事仲間のようだ。
しばらく街道を移動していると道が二手に分かれている場所に着いた。
「首都は右側の道だッ、俺は左側に行かなきゃなんねぇからここでお別れだなッ!!」
「どうもありがとねぇ~」
「猟師さん、短い間でしたが……お世話になりました!」
「お元気で……」
「おゥ! エリィの事頼んだぞッ坊主、嬢ちゃん!! ヌゥアハハハハハハハ!」
猟師さんは最後まで大声で笑いながら去って行った。
ここから首都まで徒歩20分位との事、道中人が潜んでいそうな草や木、向こう側からやってくる人間を注視しながらエリィさんの警護に徹する。
「そういえばぁトウジマはよぉ、どっからやってきたんだァ?」
「えっ? 俺?」
俺は返答に困った。
ゲーム機を通して現実の世界からこのゲームの世界にやってきた訳なのだが、ゲームの世界の住人に"現実"からやってきたと説明しても理解してくれるのだろうか?
この場合……"異世界"からやってきたと言うべきなのだろうか? しかし"異世界からやって来た"と答えたところで「なに言ってんだコイツ?」とか思われないだろうか……?
変な奴だと思われたくないので俺は少し考えた後、こう答えた。
「俺は……東の……海の向こうからやって来ました」
「東? 海の向こうの国……からやってきたってことけぇ? ほぉーん……」
実際俺の生まれた日本は"東アジア"に位置しているから、嘘ではないだろう。
このゲームには実在していない国だけどね……。
「そんじゃあヤマ……とか言ったな、アンタの好きな男のタイプってどんなだぁ?」
「え"ッ?!!」
YAMAさんの声が裏返った。
そりゃあ突然こんな質問を言われたら驚くのも無理はない。
「えっ、いや、あの……ち、ちなみエリィさんはどんな男性が……?」
「質問に質問で答えるなぁッ!! オメェの事を聞いてだぁよッ!」
質問をはぐらかそうと試みたようだが失敗してしまった。
俺はここでYAMAさんを助けようか助けまいが考えたが、選んだ結果は……後者だった。
YAMAさんの好きなタイプの男性について俺も興味があったので、周囲を警戒しつつ二人の会話に耳を傾ける。
「ホレッ! 答えなぁ! 答えたらアタシの好みも教えてやるけぇ! ホレぃ!」
「えっ…えぇ……」
根暗で大人しい雰囲気のエリィさんだが実は女子トークが大好き女子なのか、今は凄いイキイキしている……。
するとYAMAさん、エリィさんの耳元に手を当てて周囲に聞こえないように小声で問いに答える。
「ほぉ!? ……なるほどぉ! あんた……見かけによらず……」
問いに答えたYAMAさんは色でも塗ったかのように顔を真っ赤にしている。
(なんだ……すげぇ気になる……!)
「それじゃあアタシのタイプはなぁ……ゴニョゴニョ」
「え"ッ???!」
またもやYAMAさんの声が裏返った。
エリィさんもYAMAさんの耳元で囁きながら答えたらしいがどうやら衝撃的な返答だったらしい……。
「そっ……そうですか……」
「んだ、オメェも男を見るときはな、キチンと確認すんだぞぉ?」
一体男のどこを確認するのだろうか……?
二人の謎女子トークの内容が気になりながらも首都へと向かい歩き続ける。
暫く歩き続けると道は上り坂へと変わり、ここからはひたすら頂上へと目指す。
そしてようやく頂上へと辿り着くと少し離れた場所に大きな街が見えた。
「あれが首都だぁ!」
どうやら首都へと辿り着いたらしい、首都は山と山の間に密集しており、街の間には大きな川が流れているのが見えた。
さらに街の中心部には大きな湖があり、その真ん中の小島に首都のシンボルなのだろうか大きな塔が聳え立っている。
「エリィさん、あの塔はなに?」
「あれは首都のお偉いさん方が集まる場所だぁ、一般人は立ち入り禁止だから中はどんなかわかんねぇけどな」
「国会議事堂……みたいなものでしょうか……?」
下り坂を歩き続けると坂は緩やかになり、地面が平地にはなる頃には首都の出入り口である"入場門"近くまで辿り着いていた。
入場門近くまで訪れると中世ヨーロッパに実在した十字軍のような雰囲気の鎧を身に着けた兵士が声を掛けてきた。
「首都にどのような御用ですか?」
「建築会社に店の"りふぉおむ"をお願ぇしにきただよ」
「そちらの方々は?」
「用心棒さんだぁ、ここに来るまで護衛して貰っただよ」
「そうですか、それではこちらへ……」
エリィさんに手続きを任せてもらい、俺達は首都へ入場する事ができた。
入場門を通り、茶色と薄茶色のレンガで整備された歩道に沿って奥へと歩いていくとまた門が現れる。
その門にある扉をくぐって行くと奥から活気ある人々の声が聞こえてきた。
「らっしゃーい! どうぞー!」
「ご注文のお客様ぁ……おまちどうさま!」
「おーい!」
「アハハッ」
(ワイワイ……ガヤガヤ……ザワザワ……)
扉の向こうは多くの人々が様々なお店で買い物をしたり施設から出入りしている賑やかな光景が現れた。
シー・サンの街とは遥かに規模が違い、首都はすごい活気にあふれている。
「すげぇな、これが首都かぁ……」
「色んな店があるんだな、あの武器とか……すごい強そうだ」
この辺りは商店街なのだろうか、まるで以前テレビで見た海外の大型ショッピングモールのようで、あちらこちらに色んなお店が立ち並んでいる。
それだけではなく売られている商品や武器も見てわかるほど上質な物が出回っており、あちらこちらと目移りしてしまうが、今はエリィさんと一緒に建築会社へ向かわなければならない。
「エリィさん、建築会社はどこ?」
「まずは宿屋で宿泊手続きだぁ この近くに行きつけの宿屋があるからよぉ」
先に宿屋へと向かい宿泊手続きを済ませることにする。
エリィさんの後をついていくと首都の大通りにその宿屋さんがあった。
「うわぁ……ホテルみたいですね……お高そう……」
「いんやぁ、この辺りじゃ普通の宿屋だよぉ」
宿屋……というよりちょっとしたホテルのようだ。
シー・サンの街で宿泊している宿屋と比べるとこちらの方がグレートが明らかに高い。
「ここはアタシの友人が経営している店なもんで、いつも首都に来るときゃあお世話になってんのよぉ」
「へぇ……」
宿屋に入ると受付にいた女性がこちらに気づいて挨拶をする。
「いらっしゃいませ……あっ!エリィ!」
「おぉ久しぶりぃ、宿泊してんだけどでぇじょうぶけぇ?」
「大丈夫よ! ……そちらの方々は?」
「用心棒さんだぁ、ここに来るまで護衛してもらっただぁ、この2人も一緒に泊めてけれ」
「いいわよ! さぁどうぞこちらへ!」
彼女は先程エリィさんが話していた友人でこの宿を経営している宿主さん。
ご丁寧に風呂とトイレ付のシングル部屋を3人分用意してくれた。
広さは凡そ4畳とシー・サンの宿屋と変わらないが、床には温かい絨毯、壁も古い木の板ではなく清潔感ある白い壁紙、壁の四隅には蝋燭ではなくオイルランタンが掛けられている。
この世界ではこれが普通の客室になのだろうが、今まで安宿で宿泊していた俺にとってはとても豪華な客室のようで本当に心休まる居心地の良さが感じられる。
「野中よ……環境って大事だよなぁ……」
「あぁ……見ているこっちもなんかホッとするよ……」
こうして無事俺達はエリィさんを首都へと送り届ける事が出来た。
(もし……時間に余裕が出来たら首都にある様々な施設を見てみたい……!)
俺はまるで旅行に来たかのような気分になりワクワクとウキウキで楽しい気分が高揚していた……。