人は見た目による時もある
夜が明けて、ゲームの世界は朝を迎えた。 俺達は掲示板の書き込みに返事をしてくれた"YAMAさん"という人物が部屋に来るのを待っている。
わざわざ部屋まで来てくれたらしいのだが、昨日は"夜時花"という花を採取するサブクエストに出掛けていたので不在だった。
その為、後日改めて部屋へと伺いに来てくれるという事なので今度はすれ違わないよう自室で待機しつつ、野中と今後の活動について話をしていた。
「野中、すまないな…長い時間俺の操作に付き合わせてしまって……」
「構わんさ、ただ…明日は仕事が休みだからまだ一緒に居られるが、明後日からはちょっと…」
「あぁ…早く問題解決してくれないと…俺も仕事がなぁ……」
そう、今は野中が俺を"操作"してくれているお陰で今までなんとか生き残ってこられたが、俺も野中も社会人。 会社に今回起こった事態を話せば事情は……理解してくれるだろうか……?
事実とはいえ、『ゲームの世界に閉じ込められてしまいました!』……そんな非現実的な出来事、いや、現実に起こっている出来事だが信じてくれるだろうか……。
ちょっと前までは寝たら気分がスッキリして不安感が吹き飛んだのに、ここにきてまた現実的な不安が再び襲ってくる。
「まぁ、いざとなったら俺がお前の会社に連絡してやるよ! 今はさ、この問題が解決するまで出来るだけの事をしようぜ!」
「……有難う野中! 現実世界に戻ってこれたら結婚しようぜ…!」
「ヤダぁ…気持ちわりぃ、冗談でもヤダぁ…」
受け狙いのつもりがガチで引かれてしまい、少しでも明るい気分になろうとした俺は自爆してさらに気分を落ち込ませてしまった……。
『コン、コン』
その時、扉の向こうからノック音が聞こえる。 俺達は"音の主"が誰かわかっている。
「YAMAさんだ…」
野中の操作で俺はドアまで歩み寄り扉を開く。 すると扉の向こうに"YAMA"という大きな文字が表記されていた。
「…!! YAMAさん……ですか…?」
「…はい、YAMAです……」
大きな文字表記から顔へと視線を変えると、そこには目つきの鋭い女性が現れた。
細くて鋭い、まるで獲物を狙う獣の様な目と、黒髪の外ハネショートヘアが百獣の王である「ライオン」の鬣みたいな威容を思わせ、その威厳ある容姿から『歴戦の覇者』、『戦乙女』、『戦闘狂』など、なんらかの「闘いの称号」を持っていてもおかしくない威圧感ある印象の持ち主に見えた。
「ど、どうぞ! どうぞ!こちらへッ!」
彼女を丁重に部屋へと招き入れ、宿屋の食堂から借りてきた椅子に座らせると、俺もベットに腰を掛ける。
まずはお互いに簡単な自己紹介から会話を始める事にした。
「えっと……自分は『稲島』と申します、マイクから聞こえる声は友達の『野中』で、彼に操作をして貰ってます……」
「初めまして野中です…」
「初めまして…YAMAと申します……………」
YAMAさんは普段から口数が少ないのか、それとも緊張しているのか、それ以上は何も話さない。 少しの間沈黙が続く中、俺はどのような経緯でこのゲームの世界へ来たのか聞いてみた。
「自分は…ゲームを起動している最中に寝てしまって、起きた時にはゲームの『世界』にいたんだけど…そのまま戻れなくなってしまって……YAMAさんはどういった経緯でゲームの世界に?」
「私も……実をいうとゲームプレイ中にうたた寝して…起きた後中断しようと思ったら…なんだか身体が戻らない、というか…意識が現実の世界じゃないというか…」
俺と同じだ。YAMAさんもまたゲームプレイ中に寝てしまいゲームの世界に閉じ込められてしまったらしい。
決定的な理由……とは断言出来ないが"睡眠"が原因で今回の騒動が起こってしまったのではないかと、俺は仮定した。
「ちなみにYAMAさんは自分で操作されてるんですか? それとも俺みたいに誰かに操作して貰っているとか…」
「いえ……私は自分で操作してます、VR:GHCで…」
操作に関しては自分で出来たり出来なかったりとあるらしい、しかし今はそんな事よりも「今後」の事について3人で対策を取らねばならない。
俺がそう考えていると、野中の方から"対策"についての話題を始めた。
「まぁ、2人はゲームの世界に閉じ込められてしまったワケだが……取り合えずこの"問題"が解決するまで今後のゲーム内での活動について話をしよう」
「……はい」
「あぁ……」
YAMAさんが部屋に訪れる前、俺と野中の2人で"今後"の対策について話をしていた。
確実に安全な対策としては……"街から一切出ずに問題が解決するまで危険の多い外には出掛けない!"、というのが一番良い対策でなのだが、ゲーム内といえど疲れを感じるし、眠気もある、心身ともに安らげる”環境”つまりは"宿屋"の利用は絶対である。
しかし宿屋を利用するとなれば当然"お金"を払わなければならない、街にはお金になる「仕事」は山ほど募集してはいるものの、その多くは夜時花のような"アイテムの採取"や"賊やモンスター討伐"が殆どの為、どのみち"外"へと出掛けなければならなくなってしまうのだ。
「危険ではあるけど……安全な環境を維持する為にはどうしても必要な事だから、ここは3人で協力していこうと考えたんだけど…どうかなYAMAさん?」
「えぇ……話を聞く限りではそれが良いと私も思います、ただ……私がお役に立てるかどうか…」
――ここで俺はある"疑問"が浮かんだ。
YAMAさんはこの街へ来る間、一体どうやって生き延びてきたのだろうか……? 少し気になったので質問をしてみる。
「そういえばYAMAさんはこの街にくる間は賊やモンスターに襲われなかったの?」
「……実は一度だけ賊に出会ったんですが……相手は私を見るなり、急に慌てて逃げてしまって……」
「あ、あぁ…」
多分、賊が逃げた原因はYAMAさんの威圧感溢れる"容姿"が原因だと思われる。
「YAMAさん……のプレイキャラ…? なんか"見た目"強そぉ~ですよねェ~!」
「YAMAさん、キャラメイク技術スゴイよね! 見ただけで相手が逃げるとか! ヤバいよぉ! アハハッ!」
野中と俺は2人でYAMAさんの"容姿"を褒めまくる。 きっと本人も”強そうなキャラ”にしたいと考えてこのようなキャラメイクにしたのだろう――と、思っていたのだが俺達の予想は間違っていた。
「……これ、私なんです」
「んッ?!」
「ぬッ!?」
「私……キャラメイクが出来るゲームでは……少しでもゲームの世界にのめり込める様に、自分そっくりのキャラに設定しているんです……」
YAMAさんとの親交を深めるという意味合いも含め、俺と野中は褒めたつもりだったのだが
それは逆効果になってしまった。
つまり……彼女は現実世界でもこの様な"容姿"の持ち主なのか……。
「ま、まぁ! そ、そのお陰で…というか、怪我もなかったワケだし! む、むしろその見た目が『武器』になった様なワケだしッ!」
「稲島ッ……フォローになってねぇ……」
慌てて褒め直そうとしたが、却って意味不明なフォローになってしまった。
怒っているのか、悲しんでいるのか……YAMAさんは顔を下に向けたまま身体を小刻みに震わせている。
場の空気がより一層重苦しくなり、会話し難い雰囲気になってしまったがここで野中が再び話を進め始めた。
「取り合えず! 取り合えず今はッ、『装備』を買いに行こう! 俺達500GあるからそれでYAMAさんの『装備』も一緒に買いましょう!」
「……はい」
俺とYAMAさんは一旦宿屋を出て、街の中心部へと向かった。
「ちなみにYAMAさんは武器を使うのであればどんなのが良い?」
「……そうですね、私は他のRPGゲームではよく"剣"や"刀"など使ってました……」
俺はYAMAさんの得意とする『剣』をはじめ、様々な武器を手にしているイメージを思い浮かべるが、どんな種類の武器を持たせても"強い"イメージしか思い浮かばない……。
「……稲島さんは武器、何使われるんですか……?」
「自分は『弓』とかっスね! FPSとかのシューティングが得意なので!」
FPSとは、ゲームのプレイ画面が『自分の目線』の様に映っている状態で、ゲーム中のステージを移動したり拳銃などの射撃武器で敵を狙い撃ちする事が出来、大半のシューティングゲームでは主にこの設定が多い。
シューティングゲームは制作会社によって操作に"クセ"はあるものの、一度慣れてしまえばこっちのもの。 コツを掴めば頭や急所など一発で狙い撃ち出来る自信が俺にはあった。
「……稲島、自信満々なところ申し訳ないんだが……操作してるの"俺"なんだよね…」
……俺はすっかり忘れていた。
このゲームで俺を動かせるのは"野中"だという事を、つまり俺の得意とする"武器"ではなく野中の得意とする"武器"を使用していかなければならない。
「えっ、じゃあ野中……お前、RPGではゲームで武器何使ってんの……?」
「素手、好きな漫画の影響を受けて以来素手で戦ってる!」
「新しい武器開拓してッッ!」
こうして武器屋に到着するまで俺は野中に新しい武器を使用するよう説得し続け、野中が説得に応じた頃、街で1軒しかない武器屋へと到着する。
前回松明を購入した"マッティ"のリサイクルショップにも中古武器があったが、耐久力の事を考えると「武器は新品の方が良い」と考え、正規品を購入する事にした。
店の中へと入ると奥のカウンターに店主らしき男性が一人、俺達以外の客は誰もいない。
「初めて街に来た時、ちらっと武器屋を見た時はたくさんプレイヤーがいたんだけどなぁ……」
「きっとゲーム会社から今起こっている"問題"が通告されたんだろうよ、それで皆ゲームを中断してるんだ」
「じゃあ……このゲームの世界で『残っている』プレイヤーがいれば、その人も……」
そうだ、俺とYAMAさん以外に残っているプレイヤーがいれば"その人も"ゲームに閉じ込められた被害者の筈。
俺達みたいに協力してくれる仲間がいれば少しは安心出来るが、何が襲ってくるかわかない"異世界"でたった一人で彷徨うのは辛い……。
そんな人がいれば俺達が助けて、仲間として共に行動出来れば――と、考えてはいるが、そうなるとこちらも相手を助けるだけの『戦力』を備えなければならない。
だからこそこの店で武器を購入し、仲間と自身の防衛手段を整えておかなければ……
「まずはYAMAさんの武器から選ぼう! YAMAさん、好きな武器を選んで!」
「……はい」
YAMAさんは先程自身が得意と言っていた"刀剣"があるコーナーへと向かい、武器を手に取り素振りを行う。
刀剣の素振り、掌に刃を平らに乗せて切れ味を見ているその姿は戦闘慣れしている猛者に見えた。奥のカウンターにいる店主もYAMAさんが『そう見えている』のだろうか、チラチラとこちらの様子を伺っている。
短剣から長剣、刀やレイピアなど一通り手に取った後、YAMAさんは自分に合った武器を見つけたのか俺達の元へと戻ってきた。
「私……この武器にします」
YAMAさんが手にしていたのは"刀"だった。
刃渡りは見た限りおおよそ70cm、"鍔"と握りの"柄"に巻かれている"柄巻き"はすべて黒一色で統一されており、特別な装飾は施されていないが"刃"をよく見てみると、刃表面には"波"のうねりを思わせる"刃紋"の模様が鏡の様に光る刃の中で美しさを魅せている。
その芸術的且つ魅力的な表現を持ち合わせる一方で、どんな対象物も"斬れる"と思わせる様な刃の鋭い切れ味が"刀"という武器としての実用性と凶器性をも表現していた。
「250Gか……じゃあちょうど半分になるな、じゃあ次は稲島の武器を選ぼう」
「YAMAさんが刀ってことは彼女は”近接戦闘”を行うわけだから、やっぱ俺は支援する形で"遠距離系"の武器が良いと思うんだ」
「そうなるとやっぱ"弓矢"とかになるのか……」
RPGで最初に使う遠距離武器といえばやはり"弓矢"だろう、デメリットとしては"攻撃力が低い"、"矢がなくなれば攻撃できない"とある…が、最近のゲームに登場する"弓矢"では様々な"機能"が備わっている。 このゲームでは"矢"にあらゆる"属性"を付与する事が可能になっており、例えば"毒"を付与すれば"毒矢"として当てた相手を毒状態にさせられ、"火"を付与すれば"火の矢"として使う事が出来、燃えやすい物に矢が当たれば燃やす事が出来る。
こうして様々な効果を持つ"属性"を"矢"に付与させ、低い攻撃力を補いながら戦う事が出来るのだ。
「長いのから短い弓まであるけど……どれが良いのかさっぱりわからん」
「取り敢えず短いのにしておこうか」
弓の種類も様々で、日本で使われる"和弓"みたいに長くて大きいサイズから短いサイズ等の様々な大きさの"弓"が並べられている。
弓丈が大きいほど飛距離も伸びるのだろうか……、しかし大きければ良いというものでもない。 俺は木製に鉄の補強が施されいる、丈夫で手軽に使えそうな弓丈が短いものを選んだ。
「弓矢の操作は後で一緒に練習しようぜ」
「それじゃあ練習用も含めて矢も多めに購入しておくか」
「……あ、あの、余計なお世話でなければ……その、もし『弓矢』が使えない場合に備えてナイフとか用意した方が……」
「サブウェポンか!」
当たり前の事をすっかり忘れていた、さすがYAMAさん過去にプレイしたゲームで自ら覚えた教訓なのか……
アドバイス通り、今度はすぐに壊れない丈夫そうなナイフを1本購入、弓が150G、矢が25本で50G(1本2G)、そしてナイフ1本50G、これで俺の武器装備が整った。
「……もう少し安い武器にしますか? 防具も用意しないと……」
「もちろん防具も必要だけどやっぱり『戦う』が最も多いと思うからさ、ここは良い武器を用意しておこう」
こうして俺達は初めてちゃんとした"武器"を手に入れることが出来た。
しかし全所持金を使い果たしてしまったので、今晩の宿代と身を守る"防具"の資金を得るため今度は街の中心にある"ギルド"へと向かう。
この"ギルド"では資金稼ぎとなるサブクエストの受注や、戦士や魔法使いなどジョブチェンジする為の訓練等があり、プレイヤーにとって今後お世話になる施設である。
ギルドの中へ入るとすぐ目の前に横長の大きなコルクボードの掲示板があり、そこにはピン止めされた大小様々な大きさの紙が貼りめぐらせれていた。
依頼内容を色々と見てみると、小さな紙だと簡単な依頼内容だが報奨金は安く、逆に大きな紙だと難しい依頼内容だが報奨金は高い、YAMAさんと共に依頼内容が書かれた紙を見ながらどれを受けるか話し合った結果、この依頼を受ける事にした。
●モンスター2体の討伐●
内容:「街の外に出現する『食人花』2体の討伐、成功報酬は150G(※討伐の証明として食人花の花弁を持参して下さい)」
「武器の使用も兼ねてこの依頼にしたいんだが……YAMAさん、宜しいですか?」
「はい……大丈夫です」
依頼書を受付の人に渡し、正式な手続きを受けた後に俺達は街の外へと出て「依頼」を受けに出掛けた。
ギルドから貰った「食人花」の資料を見ながらあちらこちら歩きながら探す。
「そうだ、道中採取出来る素材も集めておこうぜ! ハニーフラワーとかさ」
「おぉ! そうだそうだ! たくさん集めてまた『秘薬館』へ持っていこう!」
「……秘薬…かん?」
「街にある薬屋さんで、薬の素材を買い取ってくれるんだ」
道の途中で手に入れられる"素材"は自分で調合すれば"薬"を作ることが可能なのだ。
このゲーム世界にいる間は、使える物は徹底的に手に入れて極力出費は抑えるように心掛ける……昔テレビで放送していた節約生活番組みたいに。
「ハニーフラワーとったぜー!」
「……よくわからないキノコ…とりましたぁ……」
そろそろ素材採取は止めにしようと思った時、俺は池の水面に大きな魚影が動いたのが見えた。
「あの池にデカい魚がいるぞー!」
「どれ?」
池を覗くと水質が良いのだろうか、水の透明度が高く池の底が見える程だ。
水中には大小の魚が泳いでいるが一際目立つ大きな魚がいた、見た目は鮭のように見えるが身体には鯉の様な赤黒の模様を纏っている。 こいつが大きな"魚影"の正体だろう。
大きな魚はユラユラとゆっくり動きながら日の当たらない水草の生えた日陰へと入り込んだ。
『バシャッ! バシャッ!』
「暴れてる?」
「……暴れてますね」
水草に入り込んだ直後、大きな音を立てながら水面を激しく波立てると暫く大人しくなった……と思いきや、水面から信じられないものが浮かび上がってきた。
「これ……血ッ?!」
「……なにか肉片らしきものも……」
見てすぐに理解した、これは先程の"大きな魚"のものだ。
きっと水草の下で別の生き物に襲われたのだろう……、しかし大きな魚を襲った"生き物"が姿を現す気配がない。
「あの魚よりも大きな生物が水中にいたんだろうな……」
「弱肉強食の瞬間が見れたね…さて、そろそろ食人花とやらを探しに行こうか」
場所を変えようと移動するが、YAMAさんは池に浮かんだ肉片を手に取りじっと観察している。
「……これ、見てください 表面に棘が刺さってますよ」
YAMAさんの言う通り、肉片の表面をよく見ると無数の”棘”が刺さっている。 その棘が原因で表面の皮に傷がたくさんついていた。
"棘"事態は細長いがとても固く、まるで裁縫で使う"まち針"のようだ。
「この棘……植物のモノなのかな?」
「あの水草……なにか怪しいですね……ちょっと見てきます」
YAMAさんは腰に装備した刀の鞘を左手で掴み、水辺をゆっくりと歩きながら水草の方へと歩み寄っていく。
水草まであと数歩のところで、YAMAさんは何かの気配を感じたのか、ただでさえ鋭い目つきをさらに鋭くして、その場で立ち止まる。
一体何が起こったのか、俺と野中はただただYAMAさんの様子を伺っていると、YAMAさんが急にしゃがみ足元に落ちていた小石を手に取って水草の方へと投げ込んだ。
『ケェアァ!』
「うぉわああ! なんじゃッありゃ!」
「……! あいつだ! 『食人花』だッ!」
YAMAさんが投げた石が水草に落ちた瞬間、水草の真ん中から奇声と共に大きな花弁が水面から現れた。
資料に描かれている食人花の絵とそっくりで、花の中心部が"ハエ取り草"のような食中植物を思わせる大きな"クチ"、そして"クチ"の周りには赤黒の大きな花弁が咲いている。
食人花は水中から顔を出すと水草から大きな”根っこ”も出し始め、その根っこの表面には先程見た魚の肉片に刺さっている"棘"と同じものが生えていた。
資料によると”食人花は大きな根を自由自在に動かす事が可能で、生きるのに適した環境へ移動する手段と栄養となる"獲物"の捕獲する事が可能”との記述がある。
「YAMAさん! 離れ……ッ?!」
離れて! と忠告するつもりだったが、YAMAさんはすでに食人花から離れている……いや、"距離"をとっているのだ。
食人花は根っこを伸ばしてYAMAさんに襲い掛かろうとするにも、十分すぎる程の距離があるので根っこは届かない。 YAMAさんは食人花の様子をジッ…と見つめている。
「YAMAさん……もしかして相手の動きを観察してるッ?!」
「あの落ち着いた様子……、敵を観察してどの様な攻撃をしてくるかを観察しながら相手の隙を伺っているんだ!」
まるで俺達はバトル漫画で"主人公と敵の戦いを実況・解説している仲間キャラ"の様な立場でYAMAさんの様子を見ていた。
食人花は徐々にYAMAさんに近付いてくるが、根っこを伸ばす以外の攻撃は仕掛けてくる様子はなく、ある程度敵の動きが読めたのかYAMAさん刀の鞘を左手でガッチリと握りしめると食人花へと走りだした。
「正面攻撃?!」
食人花が、目の前からやってくるYAMAさんへと根っこをウジャウジャと伸ばし始める。標的が自分へと近づいてくると動かしていた根っこを一気伸ばして攻撃を仕掛けてきそうだ。
「野中! 弓だッ! 弓で援護するんだ!」
「おぅ!」
野中の操作で俺は装備していた弓を手にし、背中に背負っている矢筒から矢を1本抜くとすぐに弓に備えて、食人花目掛けて狙いを定める。
ゲーム補正なのか、初めて弓を使う俺でもまるで長年の経験者の様な"構え"と"感覚"で、すぐに攻撃できる体勢になっていた。
「! 待て、野中ッ! 」
矢を装填する間、YAMAさんは食人花へと間近に迫っていた。このままだとYAMAさんに矢が当たる恐れがあるので俺は野中に攻撃を止めさせ、場所を変えて別方向から攻撃しようと野中に指示をしようとした時、YAMAさんが”別方向”へと移動する。
前方から攻撃を仕掛けるのかと思いきや、食人花の目の前まで迫ると急に右方向へと廻り込み、そのまま食人花の背後へ移動すると足でブレーキをかけて立ち止まる。
足に力を入れ腰を下ろすと左手で掴んでいた刀の鞘を後方へと下げると同時に今度は右手で刀の"柄"を力強く握りしめた。
「居合だッ……!」
野中がYAMAさんの"構え"に気付いた瞬間、彼女の右手に掴まれていた柄が抜かれ、鞘の中から日の光で反射した刃がこれまた美しい輝きを放ちながら現れた。
YAMAさんが抜刀するまでの「動作」と刀から刃が現れる"瞬間"、一連の動作がまるで時の流れが急に遅くなったかの様にゆっくりと動いて見える。
「ゲェアァア!!!」
抜かれた刃はそのまま食人花の胴体を切断した。
切られたと同時に食人花は奇声をあげて、切られた上部は地面へと転がり暫く蠢いていたがすぐに動きは止まる。 残った下部の根っこは切断面から緑色の体液を出しながら地面で直立したまま残っていた。
「稲島さんッ! 後ろッ!」
俺は目の前で繰り広げられていた出来事に気を取られ、周囲を確認していたなかった。
後ろで何か気配を感じると同時に視点も後ろへと切り替わる。
『ケェアア!』
「げぇああああああ!!」
食人花だった。
奴らはまだ2匹いたのだ、俺は驚いて食人花と似たような奇声を叫んでしまったが、幸いにもYAMAさんが早くに気付いたお蔭で攻撃される前に逃げる事が出来た。
「よっよし! 野中、今度は俺達でやつを倒そうッ!」
「おっ、おぅ!」
俺もYAMAさんと同じく相手との距離を十分にとりながら弓を再び構える。
「稲島、弓を使うのは初めてなんだが……どこ狙えばいいんだ?」
「まずはあの『クチ』あたりを狙ってみるか」
弓で矢を構えた状態の俺の視点は、食人花の大きな"クチ"へと向けられている。弦を最大まで引き、相手が近づくまで待つ。
最近のゲームでは"攻撃動作"も現実的な設定を加えており、例えば距離が遠すぎると放った矢の速度が落ち、重力の影響も含めて矢が地面へと下がってしまい結果、狙いが外れてしまう事があるのだ。また風の影響で射程がズレたりするなど、大半の射撃ゲームでは"まっすぐ飛ぶ"という事があまりなくなった。
"飛距離"、"風力"、"重力"これらの条件を計算した上で攻撃しなければならないが今回は狙う相手の移動速度が遅い為、ゆっくりと”狙う”事が出来る。
「スティンバァーイ……落ち着けぇ……よく狙いを定めるんだ」
「まだかよぉ……近づいてるぞぉ……」
俺と食人花の距離が1メートルまで近づいた所で、野中に指示を出す。
「今だッ!」
指で引き延ばしていた弦を離した瞬間、矢は電光石火の如く凄い勢いで食人花へと飛んで行った。
弦は『ビヨョオン』と、振動音を立てながら元の垂直な状態へと戻る。
「ゲェエエ!」
「おぉ?! 一撃か?」
「ナイス野中!」
当たり所が良かったのだろうか、放った矢は見事"クチ"の中に打ち込まれ、食人花はその場で倒れ込んだ。
初めてとは言え、野中の操作がとても上手だったので、これなら今後の攻撃操作も安心出来ると俺は心の中で密かに思う。
「凄いですね……一撃で仕留めるなんて……」
「いやぁ……YAMAさんだって一撃じゃないですか! それに動きが……もう戦闘馴れしてるというか……」
『♫ファアア~ン♪』
突如、ハープの心地良い音色が聞こえた。
すると視点の左端に小さな短文が白文字で表記されている。
◎レベルが1上がりました。 ステータス画面を開いて新たなスキル習得及び強化をしましょう◎
「あっ……俺、レベルが上がった!」
「おめでとうございます…!」
心身共に変化は感じられないが、俺は先程の戦闘でレベルが2上がった。
そういえばここに来るまでに温厚そうな強盗と貝の様なモンスターを倒していたので、今回の戦闘で経験値が溜まりレベルが上がったのだろう。
「危険とはいえ……やっぱり戦闘馴れもしておかいないといけないのかな……」
「そうですね……資金のそうですが、経験値も得ておかないと……強くはなれませんから……」
「取り敢えず街へ戻ろう! ……討伐の証拠として花弁持っていかないとな」
食人花のクチまわりに生えている赤黒い花弁を何枚か引きちぎり、こうして俺達はサブクエスト"食人花2体の討伐"を無事、成功させる事が出来た。
なんとか今日の宿泊費と飯代を稼ぐことが出来、心の奥底から安堵する……。
他の敵が出現する前に急いで街へと戻り、今度は討伐成功の報告と報奨金を頂きにギルドへと向かう。
「ご苦労様でした! 確かに"食人花の花弁"ですね」
受付のお姉さんに討伐の"証"である食人花の"花弁"を提示し、報酬の150Gを手に入れた。
「働くって大変だねぇ……」
「はい……」
「他に手に入れた素材も売りに行くか?」
そうだ、道中手に入れた素材も売って少しでも資金の足しにしなければいけない。
しかし今はゲーム時間で昼の13時、素材を高く売ってくれる秘薬館は夕方の17時からの開店なのでまだ4時間程時間がある。
このまま宿屋帰っても暇なので俺達は防具の下見へと出掛ける事にした。
「今の資金じゃ買えないけど……どんなものか見るだけ見てみようか」
俺達はギルドを後にして、街の中心部にある防具屋へとやってきた。
防具屋とは言うが、戦闘向けの防具は普段の勿論、生活で着用する衣服も取り扱っている。 故にこのゲームではコスチュームの種類が豊富なのでプレイヤーは操作キャラにあらゆるファッションコーディネイトろする事が可能なのだ。
俺もYAMAさんも初期装備である"布の服"と"布のズボン"を着用しているが、防御力は"1"と低く、見た目も乞食のような雰囲気なので着心地ともにあまり良い気持ちにはなれない。
出来るだけ早くに資金を稼いで、今よりも良い服を着たいものだ。
「一番安い防具で"鉄の防具シリーズ"……"兜"、"籠手"、"服"、"ズボン"、"ブーツ"、一式まとめて950G……2人分だと2000G近くは必要か……」
「……私、普通の服でも良いですよ……」
「いや! 戦闘馴れしているYAMAさんにこそキチンとした防具を装備して貰わないとッ!」
「いえ……私の場合は、『攻撃』が最大の『防御』だと思っていますので……それに攻撃が当たらなければ問題はないかと……」
YAMAさんの考え方がもはや"脳筋"の発想だ。
しかし先の食人花の戦闘を見る限りでは防具は必要ないように思えるが、資金が圧倒的に足りない為、今回は値段だけ確認して防具屋から出ようとすると野中が”ある場所”を見つけた。
「おい、あれなんだ?」
入り口から入って来たときは気付かなかったが、扉の右隣に"セルフコーナー"というスペースが存在していた。
そのコーナーには"金床"や大きな"竈"が設置されており、防具屋の店主にこのコーナーについて聞いてみると……
「あれはな、防具作成に必要な素材を"ここ"にもってくれば、防具の作成や修理をしたりする事ができるんだよ」
「という事は……必要な材料があれば買わなくても良いって事だ!」
これは良い事を聞いた。 俺達はさっそく防具制作に必要な素材を聞き出し、秘薬館開店の時間まで防具用の素材集めをする事に決める。
作る防具は店頭で見た"鉄の防具"、必要な素材は部位防具の分も含めて"動物の皮×20枚"、"鉄のインゴット×20個"、"革紐×20個"。
1人分の装備を作れるのであれば是非作る! 俺達は少しでも資金節約の為、自分たちで揃えられるものは極力揃えようとしていた。
「鉄のインゴットって……どこで手に入れられるんでしょうかね……?」
「えーっと、雑貨屋で”つるはし”を購入して……岩肌に露出している"鉱脈"か採掘場から掘ると"鉱石"が手に入るから、それをさっきの店にある竈で精製すれば手に入る、って説明書に書いてるよ」
「じゃあ、鉱脈がありそうな場所へいってみるか!」
……こうして俺達は新たな"仲間"として、そして頼れる"戦力"としてYAMAさんと出会うことが出来たが、それでもこの世界で生き延びるに必要となる"仲間"や"装備"をもっと手に入れなければならない。
(……焦らなくていい)
少しずつで良い、ゆっくりで良い。
焦らずに自分達が出来る事を着々と進めていこう……。
俺はそう自分に言い聞かせながら、この世界で生き延びていく術をゆっくりと…確実に"身につけて"いく……。