俺はただ普通にゲームを楽しむはずだった……
人類はこれまでありとあらゆる「文明の利器」を作り、生み出してきた。
三種の神器と呼ばれた「テレビ」・「冷蔵庫」・「洗濯機」などの家電製品。
交通と貿易手段を飛躍的に発展させた「自動車」・「飛行機」・「電車」・「船」などの乗り物。
人間の持つ高度な「知識」と「技術」によって生み出された数々の「利器」によって、我々は今日まで便利な生活を過ごす事が出来るようになった。
そして現代――、さらなる技術の発展を遂げて新たな「利器」がまた一つ誕生した。
それは「一部の人間達」の間で話題になっており、その多くが待ち望んでいた「利器」であった。
それを知る者は「利器」についてこう語る……
「新世界へと繋がる利器…… 否! これは神器である!」
そう呼ばれた「神器」は世に放たれ、待ち望んでいた「一部の人間達」がそれを次々と手に入れる中、
そのうちの一人「稲島 毅」(とうじま たけし)も「神器」を手に入れたのであった……
人は誰しもが好きな事、つまり「趣味」の1つや2つはあるだろう。
「絵を描く」
「本を読む」
「映画鑑賞をする」
よくある「趣味」の事例だ。
もちろん、俺にも「趣味」はある。 それは……
「ゲームをすること」だ。
平凡かつ、誰もが好きな事の1つには入れているであろう「」ゲームプレイ」。
ゲーム機をテレビに繋いでプレイしたいソフトを起動し、コントローラーでキャラクター等を操作してゲームクリアを目指す……しかしそれはもう過去の話。
実は今日、新作のゲーム機の発売日であり、俺は昨日の深夜からずっと……ずぅっと! 整理券を握りしめながらお店の開店を待っていたのだ。
新しいゲーム機の名前は「new world」(ニュー・ワールド)と呼ばれており、今までのゲームの常識を覆す最新ゲーム機である。
製造元である大手メーカーの情報によると、ゲームを操作するのはコントローラではなく「プレイヤーの意識」であるという事。
どのような仕組みなのかは知らないが、ゲーム機に同梱されている「VR:ゴーグル・ヘルメット・コントローラー」通称「VR:GHC」を頭に被ると、ヘルメット内部のセンサーがプレイヤーから発生する微弱な脳波を感知して、プレイヤーの思考を読み取りながら、ゲームの世界を歩行したりアイテムを使用したりすることが出来、現実の世界と変わらないリアルな操作が可能になるという事だ。
昨年の世界的なゲームイベントで「new world」の体験ブースの中継をネットで見ていた俺は、ある海外ゲーマーの感想が印象に残っていた。
海外ゲーマーはVR:GHCを外し、暫く顔を下に向けて何やら難しい表情をしていたが、おもむろに顔を上げると真剣な眼差しでカメラに向かいコメントを口にする。
その時の字幕にはこう表記されていた。
「new worldは……新世界へと繋がる利器…… 否! 神器である!」
新しいゲーム機が出る度に、大袈裟なコメントを述べる輩はいるが、「new world」は今までとは違うみたいで、あまりの性能の凄さに感動したゲーマーが、体験ブースからゲーム機を無理矢理持ち帰ろうとしたという事件もあったらしい。
「そこまでしてやりたいゲーム機なら、是非とも発売日当日に手に入れて遊んでみたい!」
そして今日、まさに今日! 俺は待ちに待った最新ゲーム機「new world」を購入する事が出来るのだ!
そして遂に開店の時間が訪れ、シャッターが開くと同時に店員が店の奥へと誘導する。
「お待たせいたしましたぁー!」
「奥の方になります! ゆっくり進んで下さい!」
胸がドキドキする、新しいゲーム機を購入しようとする度にいつもこうなってしまう。
このドキドキには様々な感情が入り混じっている。
『購入出来る安心と嬉しさ……』
『同時発売されたゲームもすぐプレイできる喜び!』
『早く帰宅してゲームをしたいッ!! 』
「お待たせ致しました! ゲーム機になります!」
そうこう考えている内に俺の元へ「new world」が手渡された。
紙袋の表面には「new world」の写真がプリントされていて、中には「new world」が梱包されているであろう正方形の箱が収められていた。
手に持ってみると思っていたより結構重い、例えるなら……5合炊きの炊飯ジャー?
いや、そんな事はどうでもよい、俺はゲーム機と同時発売の最新ゲームソフトの会計を済ませると急いで自宅へと戻った。
――1時間後――
俺は「new world」をテレビに接続し、付属のVR:GHCを使用しながらゲーム機の初期設定を行っていた。
「スゲェ……! 本当に俺の思った通りに操作出来てる…!」
VR:GHCの操作確認をしていたところで、きちんと脳波を感知しているかの簡単なテストを行っていた。
「前に進む」と考えればVR画面の映像は前へと進み、「曲がりたい」と考えればすぐに方向を変える。
まだゲームをプレイしていないが、自分の思考で様々なアクションがゲーム上で実現できると考えると、より一層楽しみである。
しかし俺はまだゲームをプレイしない。 実は「new world」で遊びたいのは「俺」だけではないのだ。
『ピンポーン♫』
ゲームの初期設定を終えてVR:GHCを外すと同時に玄関からチャイムが聞こえた。
「おぅ! 来たか!」
玄関の扉を開けるとそこにいたのは俺の友人、「野中 仁」(のなか ひとし)。
俺と同じくゲームが大好きで、俺が「new world」を購入したと連絡を入れたら一緒にプレイしようと前々から約束をしていたのだ。
「おーい! 稲島! 遂に購入しちゃったかぁ!?」
「コレだよ! コレ! ゲームソフト込みで10万近くだったよ!」
「高けぇな! でも良い買い物したじゃん!」
野中が来たところでさっそくゲームをプレイする事にした。
「ゲームソフトも何点か同時発売したんだよね? どれ買ったの?」
「このRPGにしたよ」
俺が購入したゲームソフトはオープンワールドのRPG、プレイヤーはVR:GHCを使用をする事で広大なゲームの世界を一人称視点から見ることが出来る。
付属のマイクを使用する事でゲーム内のCPUと会話をする事は勿論、詠唱魔法のセリフを唱えれば本当に魔法を使える気分も味わえる、このゲームソフトもまた「new world」と同じく、多くのRPGファンが待ち望んでいたゲームソフトだ。
「このゲームってオンラインでも2人協力プレイできるんだっけ?」
「あぁ、一人がVR:GHCで操作も出来るし、前のハード機のコントローラー操作にも対応しているからテレビ画面からの操作も出来るぞ、どうだ野中? VRで操作してみるか?」
「いいや、せっかくだから購入した稲島から使ってみなよ」
さっそく俺はVR:GHCを装着してゲームを開始した。
ゲームの起動画面が俺の眼前に写り込み、それに続いてゲームソフトを制作した会社のロゴが壮大な音楽と共に表示されすぐに消えると、遂にゲームのタイトルと同時にスタート画面が現れる。
「うわぁ~スゲェ! ゲームタイトル画面を360度、様々な角度から見られるぞオイ!」
「ははっ、感動するとこソコかよ」
スタートボタンを押すと、RPGゲームの世界観の紹介と情勢、様々な種族が存在するなど大まかな説明が紹介される。
一通り聞いたところ、このゲームの物語の内容は……
「平和な世界に突如として現れた邪悪な魔物達を倒しながら、道中出会う仲間と協力して魔物の王を倒す」
王道だ、RPGの王道だ。
しかし「new world」でのRPGはそんな王道で在り来たりな設定のRPGでも、いつもとは全然違う、まったく新しい操作で楽しめる!
ゲームの説明が進むにつれて、俺と野中はワクワクしながらゲームプレイを楽しみにしていた。
しかし……映像を見ている内に俺は徐々に睡魔に襲われた。
昨日の深夜からずっと起きていてゲーム機を無事に購入して安心したのか、ここで急に眠くなってきた。
ゲームプレイさえ開始すれば眠気など吹っ飛ぶんだが……、未だにゲームは世界観の説明が続いていてチュートリアルすら始まらない……
意識は徐々に遠退いてゆき、いつしか俺は深い眠りへと堕ちていった。
―――どれくらい寝ていたのだろうか……?
耳からは小鳥の『チチチッ』と鳴き声が聞こえ、眩しくも暖かい太陽の日差しが視界に入り込む。
「あれ……? 俺、自分の家にいた筈……」
眩しい光を掌で遮り、ゆっくりと……ゆっくりと目を慣らしてゆく。
徐々に視界が鮮明になっていくと同時に、俺は衝撃の光景を目の当たりにした。
「おぉ… おおおおっ!」
俺の眼前には新しい世界が映っていた! 上を見上げると青々とした空と明るく世界を照らす太陽が存在し、大地は緑豊かな木々が生い茂ており、広大な森と草原、大きな川とその先には大海原が見える。
日差しの暖かさから微風の涼しさまで肌で感じられる、とてもゲームとは思えない出来栄えだ……。
「すげぇ……! これってゲームの世界だよな? 現実と変わらねぇ……」
俺はゲームのリアルな世界観に驚愕していると当然耳元から声が聞こえた。
「ようやく起きたか! 寝落ち野郎!」
野中の声だ。
「あぁ悪い! 寝ちゃったよ……つい あれ? 野中? お前の操作キャラは……?」
辺りを見回すが誰もいない、あるのは木や石などの自然物ばかり。
「それがさ、冒頭のあらすじが終わった後に暫くゲームの読み込み時間が続いてさ、やっとゲームが始まったと思ったら画面が暗くてなにも始まらなかったんだよ」
「えっ? 何それ?」
「稲島を起こそうとしたけど完全に寝てたからさ、でもたった今ゲーム画面に切り替わったよ! スゲェ綺麗なグラフィックだな! ……ところで稲島、お前口も開いてないのにどうやって画面から喋ってるんだ? それも脳波の……意識からの操作によるものなのか?」
そうか、このゲームソフトは「new world」の性能も関連しているのだ。
俺が寝落ちした事によって意識が途絶え、ゲーム機が脳波から意識のない状態を感知して「スリープモード」的な機能に切り替えたんだ。 そして目が覚めたと同時にゲーム機も俺の意識を感じ取って再起動したという訳だ!
そう考えれば納得がいく、流石は「new world」、その高性能の技術から海外ゲーマーが「神器」と言うだけの事はある。
「……ところでよ、俺はどうやって協力プレイに参加すればいいんだ?」
野中がそういうと同時に俺の視界が右、左、へと勝手に動き出した。
「あれ? おいッ! 画面が勝手に動き出したぞ!?」
「えっ? あれ? 俺今、コントローラ操作して視点動かしてみたんだけど……」
どういう事だ? 先程まで俺は自分で、自分の意志で動いていた筈なのに……? 顔を動かそうとしても固定されて動かない。
肩も、腕も、手も、指先も、身体全体が固定されて一歩も動けなくなっていた。
「野中! 野中! 俺、身体が一歩も動かねぇ!」
「え? なんで? VR:GHCに意識すれば動くんじゃないの?」
そういえばそうだ、俺は少しパニックなっていた。
俺は気分を落ち着けて、身体を動かせるよう意識を集中する。
すると俺の身体は急に前を走りだし辺りを駆け回り始めた!
…………しかしこれは俺の意志で動いたわけではない。
「今、俺がコントローラで動かしたんだけど……」
「えぇッ!? お前が俺を操作してるのッ?!」
「協力プレイってまさか……、片方がゲームの世界に入り込んで、もう片方がゲームに入り込んだプレイヤーを操作して遊ぶってことなの?」
「いいや! 俺がこのゲームのデモプレイを見たときはそんな協力プレイではなかったぞ!?」
「えっ? えっ? じゃあコレ……どういう事?」
訳が分からない、これじゃあ俺は自分の意志で動いているのではなく、他人の意志で動かされている「操り人形」ではないか! これではまったくゲームを楽しめない……
「しょうがない……野中、悪いけど中断してもう一度最初からプレイ仕直そうぜ 俺の方じゃ中断出来ねぇ……」
「いや、それがさ…… 今取説確認しながらゲームのタイトル画面に戻ろうとしてるんだけど……」
「……だけど?」
「『ゲームプレイ中は中断できません』って表示されて、止められないんだよ……」
「えっ……? 嘘……?」
俺はゾっとした……。
身体は他人の操作でないと動かせない。
ゲームの中断も、自分の意志でやめる事が出来ない。
ただ広く美しい世界の中心で俺は何も出来ないまま立っている事しか出来ない状態だった。
「な、なぁ! 俺の……! そっちの俺の身体はどうなっている?!」
「それがよ……座ったまま眠った状態でいるぞ、一応息はしてるし脈もとれてるけど身体を揺さぶっても起きる気配がしないぞ……」
「嘘ッ! 嘘ッ?! じゃ、じゃあゲーム機の電源を切って! そうすれば! 意識がッ!」
「でもよ……お前の意識がゲーム機に残った状態で電源切ったら、その……なんというか、お前の意識は残るのか? 電源と一緒に消えて戻らなくなったりとかしないのか?」
……野中の発言に俺はまたゾっとした。
そうだ、仮に俺の意識がこのゲームのデータと連動していたら?
電源を切った事で俺はどうなるのだろうか、先程と同じく「眠った状態」に陥るのか、それとも電源を切ったら最後、永遠に目覚めなくなるのだろうか……
俺は……後者の最悪な「結末」の可能性が高いと思っている。
「なぁ野中……! ゲーム機のカスタマーサービスに連絡してくれッ!」
「あ、あぁ…! でもなんて言えばいいのかな……」
野中は一旦席を外している間、俺は動けない身体でただ遠くの美しい景色を空しく眺めていると、遠くから何かが歩いてきた。
近づくにつれ徐々にその姿が明らかになり、それが人間だとわかった。
性別は男性、体型は中肉中背で、素材が布で出来た薄汚れたシャツとステテコのようなパンツを履いており、腰には小さな袋とナイフがぶら下がっている。
「外見から見て温厚そうに見えるから敵ではないよな? 近くに住んでる住民キャラクターかなにかか?」
男性は俺の存在に気付いたのかこちらへと歩み寄ってくる、温厚な顔で。
徐々に近づくにつれて男性は足早に俺の元へと近づいてくる、温厚な顔で。
そして男性は腰にぶら下がっているナイフを抜いて俺に襲い掛かってきた、温厚な顔で!
「野中ぁああ!! 温厚な人が襲って来たぁああん!!」
身体が動けない俺はどうすることもできない! 温厚な人はまるで氷のように冷たいナイフを振りかざして俺に攻撃を仕掛けてきた!
「稲島ッ! あぶねぇ!」
俺の叫び声が届いたのか! 野中の声が聞こえたと同時に初めて俺の身体が動いた!
棒立ちだった俺の身体は前方へと動き出し、温厚な人の目の前までに接近して……
『グサリッ』
振りかざされたナイフが胸に刺さった。
「うわぁあああ! 稲島ッ! 大丈夫かぁッ!?」
野中の絶叫が聞こえる……
ゲームとは言え、確かに俺の胸にはナイフが刺された感覚が残っている……
目の前には常に温厚な顔をしている狂人の男性……
まさか、大したプレイもせずに序盤で……こんな結末を迎えるとは……
俺の……
ゲームプレイも……人生も……
こんなところで………
「まだ体力ゲージ残っているぞ!」
野中の声が聞こえた。
「おい稲島! 体力ゲージ残っているからまだ生きてるぞ!」
「えっ! 胸刺されてるのに?!」
「う、うん、刺されているけど……ゲームオーバーにはなってないぞ!」
胸にナイフを突き立てられたが、流血表現はあれど痛覚は感じない。
ゲーム上の演出なんだろうか、すごい変な気持になった。
これが現実だと一大事なのに……
「稲島! 俺が操作するから遠くまで逃げるぞ!」
「いや! 野中! 俺は大丈夫だからこのままコイツを倒すぞ!」
「相手はナイフもっているんだぞ!? 下手にダメージ受けて死んだらどうするんだッ?」
「俺のステータスは?! どうなっている!?」
俺が野中に問いだすと、急に温厚な人の動きが静止した。
それだけではない、空を飛んでいる鳥や風飛ばされている木の葉も。
全ての世界か静止している。
「何があった?!」
「落ち着け! ステータス画面を開いたから、一時的にゲームプレイが止まっているんだよ」
あぁ、そうだった。
操作画面を開くと大抵のゲームは一時停止するんだ。
「俺のステータスはどうなっている?! 何か特化した能力はないのか?」
「ちょっとまて! えっと……このゲームのシステム上、能力の割り振りはVR:GHCを着用したプレイヤーの脳波から得られる情報を基に予め決められる事が出来るらしい……稲島の能力は……」
☆稲島 毅(Takeshi toujima)ステータス画面☆
◎男性
武器:なし 装備:布の服・布のズボン・藁の草履 アクセサリー:なし
◎レベル0
◎攻撃力:5/500
◎防御力:2/500
◎スタミナ:10/500
◎魔力 :5/500
◎素早さ:4/500
◎運 :56/500
「お前『運』、めちゃくちゃ良いよ!!」
「何に役立つんだよぉオオ!!」
中途半端なステータスの割り振りを見て俺は絶望した。
しかしステータスを確認したところで変更することも出来ない、何か武器やアイテムを所持しているわけでも、魔法を覚えているわけでもない。
出来ることはただ一つ。
「肉弾戦……あるのみ!」
「いや! 逃げるっていう選択肢もあるじゃん!」
「野中……お前見ていなかっただろうけど、あの温厚な人は俺に近付いて来たとき、凄いスピードで接近してきたんだよ……逃げたところで追いつかれてしまうのオチだ……」
「……わかった! 俺がお前を守ってやる!」
「あぁ……有難う! でも倒すのは俺自身だけどな……」
ステータス画面を閉じると同時に戦闘が再開する。
俺は野中に操作を委ねて、目の前にいる温厚な人を倒す!
「稲島ッ! いくぞ!」
「おぅッ!!」
ステータス画面は消え、温厚な人との戦闘が再開された!
野中はテレビ画面から相手の動きを見て、俺に攻撃が当たらない様に上手く操作している。
「野中ッ! 攻撃はR1ボタン! 長く押す事で強力な攻撃を繰り出せるぞッ!」
「わかったッ! 相手の隙を見て繰り出してやるッ!」
互いが別々の世界にいるものの、俺の意識と野中の操作が食い違うことはなく、今この瞬間……俺と野中の意識は同調し、絶妙なコンビネーションプレイを繰り広げている!
本来のゲームシステムとはまったく異なる「協力プレイ」ではあるが、これほどまで充実した戦闘プレイは初めてだ!
「同じ攻撃ばかりするから動きが単調だッ! 次の攻撃を避けたら思い切りぶん殴ってやれ!」
「ここだなッ! いくぞ!!」
攻撃を避けると同時に野中が攻撃ボタンを長押ししたのだろう、俺の右手拳が力強く握りしめられて、温厚な人に向かってその拳を全力で振り下ろす。
『ゴッ!!』
振り下ろした拳は重苦しい音と共に温厚な人の左頬にヒットした。
拳から伝わる確かな手応え、これは結構効いてる筈。
殴られた温厚な人はフラフラしながら体勢を整えようとしたが、そのまま地面に倒れ込んでしまった。
「倒したのか稲島ッ! まだ生きているのかッ?」
「わからない、起き上がらないぞ……」
強力な攻撃を当てたとはいえ、俺の低い攻撃力で敵が一撃で倒せるものなのか……?
暫く様子を見るも起き上がる様子もない……。
「稲島! わかったぞ! これはお前の持つ『運』によるものだよ!」
「えっ、どういう事?」
「ゲームソフトの取説を見たらさ、『運』はプレイヤーの各種ステータスに影響を与えるもので、時にクリティカルヒットなど絶大な効果を発揮する場合があるんだとよ!」
「えっ……つまり俺は……」
「お前はラッキー者だよ! 『運』が味方してくれたんだ!」
「ラッキー者……」
思わぬ幸運によって俺は一命を取り留めた。
温厚な人からナイフと小銭を頂き、早急にその場から離れる事にした。
「稲島よ……これからどうする?」
俺を操作しながら野中が問いかける。
「取り敢えず村か街を見つけて宿屋に泊まろう! 安全な場所を確保して落ち着いたらさ、カスタマーサービスに連絡してくれ……」
「あぁ…そうだな、まずは人のいる場所を見つけるか……!」
ゲームクリアが目的の筈が、原因不明のトラブルによって『ゲームの世界から脱出する』事が目的になってしまった……。
このゲームの世界で俺はまだ見ぬ恐怖と闘いながら、無事に元にいた世界にいる自分の身体に意識を戻す事が出来るのだろうか……?
ゲームをプレイするワクワクはどこかへと消え、今は強い不安だけが残っていた―――