(4)totter-2
自分の葬儀を見るなんて、とても不思議な気持ちだった。葬儀には紅も来ていて、私の両親から何か死因はわからないか、と泣きながら尋ねられて閉口していた。
何も言えなくて当たり前だ、紅の所為で私は死んだのだ。
「香さん、彼氏と別れたって、泣いてて」
絞り出した声は震えていたけれど、それは私が死んで悲しいからではなく、自分が殺してしまったという罪悪感からに他ならなかった。
「こんな時でも自分だけが可愛いのね、紅は」
私の両親にすみませんと頭を下げる紅の隣でそう言っても、紅には届いていなかったようだ。
仕方ない、私は愛する人たちに裏切られ、失意のまま死んでしまったのだから。成仏なんてできるはずない、この葬儀に来ている皆が憎い、憎くてたまらない。
皆、私の愛に報いて私を救ってくれなかった奴等なのだ。特に、紅。
「紅ちゃんが謝ることないわ、あの子が悩んでることに気付けなかった私たちが悪いのよ。良かったら最後のお別れを言ってやって頂戴。香は、紅ちゃんのことが大好きだったから」
母が言う通り、私は紅が本当に大好きだったのに。じっと母に頭を下げて、御焼香をしに祭壇に近づく紅をじっと見詰めながら、後をついて行った。
不意に私の遺影を見て顔を背けた紅の真正面に立って言ってやった。
「絶対に許さないわ、紅」
私が死んでから、紅の元には色んな人がやってくるようになった。皆、何も事情を知らない癖に、好き勝手私のことを噂していて、
「あんなに取り乱すくらいに、よっぽどその別れた男のこと好きだったんだね」
と、たっくんを責めることばかり言った。
勿論、彼に裏切られたことも、私をとても傷つけたが、最後に屋上から私の背中を押したのは、紅だ。紅は好き勝手言う奴等に気のない返事をするばかりで、否定も肯定もしなかった。
きっと自分が私の死に直接関わっていると思われたくないのだろう。
「紅、紅。こんなに近くに私がいるのに、気付きもしない、酷い女ね」
たっくんは、すぐに私に気付いたのに。
私は死んでから、毎日紅の側にいて何度も声をかけた。けれど、一度として紅が私に気付くことはなかった。
私は自分自身がどんどんどす黒い何かに染まっていく感覚に、怯えていた。紅に気付いてほしい。そんな私に気付かない紅が憎い。誰も私に気付いてくれないのは寂しい。私に気付かない皆が憎い。
何かを考えるたびに、憎い、苦しい、この辛さを他の誰かにも知らしめたいと思うのだ。
私は紅について回っていたある日、構内でたっくんを見つけた。隣には私と彼が付き合っているのを知っていたにも関わらず、彼を誑かした女がいた。
「なぁ、瞳。次の講義サボって俺ん家来いよ」
「ええ、またぁ? もうしょーがないんだからぁ」
人目も憚らずにいちゃつく二人の姿を見ていると、また、どす黒い感情がせり上がってくるのがわかった。私は紅の側を離れ、たっくんの家に向かう二人の後をついていった。
二人は部屋に入るなり布団になだれ込んで、お互いの服を脱がせ合っていた。
私はそれを部屋の奥の右隅に立って見詰めていた。行為を見続けていると、どんどんと自分が黒く染まっていくようだった。憎い憎い。この男も、この女も殺してやりたい。
すると、不意にたっくんの背中越しに女と目が合った気がした。その瞬間、女は目を見開いて
「いや!」
と叫んだのだ。
「どうしたんだよ、瞳」
「そ、そこ、あの女、吉村香が!」
「ひっ!」
女が私の方を指さし、それに背中を向けていたたっくんが振り向いて悲鳴を上げた。大慌てで二人は服を着て、鍵も締めずに部屋を飛び出した。どうやら、今まで見えなかった私の姿が見えたらしい。
すっかり外は夜になっていて、私ははっとして紅の元に戻った。もしかしたら、今だったら、紅にも姿が見えるのではないかと思ったけれど、やはりいつも通り紅には私の姿は見えず、声も届かなかった。
私はその日から、毎日夜になるたびにたっくんの部屋を訪ねた。思った通り、夜になって、あの部屋の右隅に立っていると、彼には私の姿も声も認識できるようだった。
「消えろ、消えろよ! どうせ幻なんだろ!」
「紅、紅をここに連れてきて」
たっくんは私の姿を見るたびに錯乱状態になって、物を投げつけてきた。元々、部屋の片づけが苦手だったのに、私が立っているここだけ余計に散らかっているみたい。
たっくんはすぐに引っ越そうとしたけれど、元々遠方の親に無理矢理頼み込んで仕送りをしてもらっていたのに、大学もさぼりがちで怒った親に仕送りを打ち止めにされていた。私にもよくお金を貸してと言って、返してくれることもなく、浪費していく。バイトも長続きしないし、貯金もない彼に今の家を引っ越す資金などなかったのだ。
たっくんはみるみる内にやせ細っていった。怖がりで小心者な部分がある人だったから、少し可哀想になったけれど、しょうがない。
ここに紅を連れてきてもらえたら、もしかしたら紅にも私の声が届くかもしれない。そう思って、毎晩毎晩、たっくんに紅を連れて来てと頼んだ。そうしたら、彼も毎日毎日、紅に私の話を聞いてくれと頼むようになったのだ。
最初はにべもなく、
「私は話すことなんてないわ、さよなら」
と、断っていた紅も、段々とやつれていくたっくんを可哀想になったのか、漸く、
「一体何なの? 毎日毎日、話したいなら勝手に話せばいいじゃないの。それに私以外にも聞いてくれる人いるんでしょ? 新しい彼女とか」
「瞳とはもう別れたんだ、とにかく、お前に聞いてもらわなきゃ困るんだよぉ」
と、彼の話を聞く気になったのだった。私はこの上なく興奮していることに気が付いた。これで、やっと紅と話せるのかもしれない。
紅が私を見てくれるのかもしれない。
「とにかく、俺の家に来てくれ。頼む」
と、土下座でもせんばかりに頭を下げたたっくんと、紅と、そして私は彼の部屋に揃ったのだった。
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