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(1)teeter_1

 愛の重さは平等じゃない。どちらか片方が、重ければ重いほど、必ずもう片方は相対的に軽くなるものだ。勿論、どちらも深く愛し合っている関係はある。母と子や付き合い始めたカップルなどが互いを思い合うのは珍しいことではない。


 シーソーを思い浮かべてほしい。あれが上手く機能するのは、同じ体重の子が遊ぶ場合だ。あるいは重たい一人に対して、複数人が同じ重さになるまで、乗っていくしか上手く遊べないのだ。


 つまり、私が言いたかったのは、軽い愛で接しても、重い愛を押し付けても、対人関係は上手くいかないということだ。

 同等の愛を持った二人でなく、どちらか一方が重い愛を相手に求めたら、その相手はうんざりしてしまうもの。


 眼前で啜り泣く、この女にうんざりしている私のように。


「いい加減泣き止みなよ、香。この世に男は星の数ほどいるんだからさ」

「私は男が好きなんじゃないの! たっくんが好きだったのよ!」


 吉村香は、所謂重い女だった。中学の時から、私、山咲紅と吉村香は出席番号の近い者同士話すことが多かった。

 特別気が合うわけでもなかったけれど、たまたま高校も大学も同じで、なんとなく一緒にいることが多かったと私は思っている。

 香はしきりに私を「親友」扱いするが、本当にそんなに親しいだろうか、と少し疑ってしまうのだ。この子は重い女だから、大袈裟に言ってるだけじゃないかって。



 今日も、午後からの講義だからとゆっくり寝て、起きがけにスマホを開けば、着信が五十二件と、メール七十八件というストーカーも真っ青なレベルの状態だった。そこに五十三回目の着信が入り、


「もしもし」


と出た瞬間に


「酷いよ紅、私何度も連絡したのに何度も何度も連絡したのにどうして出てくれなかったの! とにかく今すぐ三号館のカフェに来て、もう私辛くて死にそうなの、今すぐ来てくれないと私本当に死ぬから!」


と一気に捲し立てて、通話は終了した。

 解せぬ。まるで、私が心置きなく寝ていることが、彼女にとっては大罪のような扱いだ。


 面倒くさいな、どうせ彼氏にまた振られたとかだろうな。


 そう思って、渋々急いで向かった大学の構内のカフェの一席で、人目も憚らず泣いている女がいた。


「ちょっと、香、恥ずかしいから少しは堪えなよ」

「酷い! 電話にも全然出てくれなかったし、来るのも遅い! 紅は私が死んでも平気なのね!?」


 香はヒステリックにそう喚くとまた机に突っ伏して泣き始めた。本当にうんざりするが、こうなると手がつけられなくなるので、なるべく感情を殺して


「そんなことないよ、心配だからこうやって来たんでしょ。何があったか教えてくれないの?」


と諭すように背中を撫でてやった。


 少しは機嫌が直ったのか、泣き声が小さくなり、すんすんと鼻を啜る音が聞こえた。


「あのね、たっくんが別れようって言ってきたの」


 やっぱり、思った通りだ。やっと収まって話し始めたら、案の定彼氏に振られた話だった。

 そこからはもう、如何に自分が彼氏を愛していたか、尽くしてきたか、そんな自分を振るなんて彼は酷い男だとか、そんな酷い男を自分は如何に愛していたかの無限ループに突入だ。

 しばらくは適当に相槌を打っていたが、二時間経って、そろそろ講義が始まる時間が迫ってきた。


 そこで励ましの言葉で言ったのが


「いい加減泣き止みなよ、香。この世に男は星の数ほどいるんだからさ」


だったのだ。


 しかし、残念ながら香は何一つこの言葉に救われることなく、むしろ自分の愛を否定されたとばかりに憤慨し始めたのだから、いよいよ面倒くさい。面倒くさいし、本当に講義が始まってしまう。


「あんたがたっくんを好きだったのはもう充分わかったから。でももう別れることになったんでしょ? だったら、新しい恋するしかないじゃない。もう私、講義始まるから行くからね」


 席から立ち上がった私に、香は俯いたまま


「酷い」


と呟いた。これは到着時と同じく泣き喚き攻撃の第二波がくる、と察して立ち去ろうとした私の服を掴み、ゾッとするような声色で


「今、行ったら私死ぬから。本当に死ぬから」


と、言った。

 香はわかっていたのだろう、私が「死ぬ」と言われたら、折れることを。だから都合が悪くなったり、我を通したりする時は、こうやって伝家の宝刀として「死ぬ死ぬ」詐欺を使用するのだ。


 確かにいつもならここで折れていただろうし、講義をさぼって慰めていたかもしれない。けれど、生憎この講義は出席日数が危うく、その原因も過去の香の我が儘に付き合った所為だ。


 それが無性に腹立たしくなって、そもそも何故自分に関係ない話を聞かないだけで悪者扱いをされないといけないのだと、怒りに任せて、


「ああ、そう。好きにすれば」


と、つい、口から出た言葉は冷たい声色になってしまった。

 どうせできやしない癖に。そう高を括っていた。


 だからまさか、本当に香が死んでしまうなんて、思ってもみなかったのだ。


ご覧くださりありがとうございました。

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