暴力からの撤退
作戦数分前。クルベルトは襲撃する場所である教室の地下に身を潜めていた。
作戦開始の合図は職員室に潜んでいる工作員の爆破スイッチを設置し、予定時刻になって職員室を爆破してから突撃するという流れである。クルベルトの役目は学校で戦闘できる教員の抹殺及び戦闘行為を行おうとしている者の殺害だ。
(さて、もう少しで作戦が開始されるわけだけど、まさか私が人間と一緒に行動することになるとはね)
クルベルトの近くには依頼人が創立した『蒼鳥』と呼ばれている反社会的勢力の組織の工作員と戦闘員が複数人待機していた。作戦が始まるまで、クルベルトは彼らを観察していた。わかったことはたった一つ。それは依頼人に対する忠誠心が異常すぎることだ。
(こいつら、自分の命は全てボスのためにあるなんて豪語するなんて、一体どういう話術をすればこんな狂信者を生み出すことが出来るのかしら?ここまでおかしいと一種の洗脳のように思えてくるわ)
そんなことを考えていると、地上から爆発音が聞こえてきた。この爆音は恐らく潜入した工作員が作動させた爆弾であることは容易に想像できたが、作戦開始までまだ数分早かった。
(計画に支障が出たのかしら?それとも、感づかれたのかしら?まぁ、合図があったからには突撃しないとね)
クルベルトは腰のポーチに収納しているハンドアックスを手に取り、洞窟の天井に向けて投げつけた。すると、ハンドアックスは洞窟の天井を砕き、瓦礫が雪崩のようにクルベルト達に襲い掛かった。だが、クルベルトはその崩れている瓦礫を難なく見切り、それを一つ一つ階段の様に登っていった。
瓦礫の階段を上って地上に上がると、爆破した後の風景がクルベルトの目に映った。近くには黒焦げになったこちらの工作員らしき人物の他、元々この部屋にいた者達の死体も転がっていた。
この様子からクルベルトはアクシデントはあったが、さくせんの開始を知らせるために自爆覚悟で知らせたことを理解した。クルベルトは敵がいないか周囲を見渡すと壁に刺さったハンドアックスとその近くに座り込んだ学生を発見した。
(運が悪かったわね。私を見た人物は一人も生かすなとは言われてないけど、すぐに正体がばれてしまっては作戦に支障が出るわ)
クルベルトは壁に刺さったハンドアックスを引き抜き、哀れにも不幸な学生の命を断つべくハンドアックスを振り下ろそうとした。だが、その学生の不敵な眼差しにクルベルトの気分が変わった。
(へぇ、この学生。中々根性があるじゃないの)
こんな状況に陥った軍人をクルベルトは何人も見てきた。涙を流し無き神に祈る行為をした者。気が狂って突然笑い始めた者。そんな軍人を数多く見てきたが、理性を保ち突き刺すような視線でクルベルトを見ていた猛者は一人もいなかった。
クルベルトはその学生に対して素直に賛美した。ここまでの逸材は今の戦場でもそう多くはない。そしてその賛美に対して学生はその評価を否定し己の無能さに自虐した。
クルベルトは驚いた。未だ成人ではないのに、自らの無力さを熟知していることを。そしてクルベルトは理解する。この学生は無力ではあるが無能ではないことを。付け加えれば、この学生は百年に一人の天才と言える逸材であろう。
(惜しいわね。もし人質以外の関係者は抹殺しろなんて命令されなければ、こっそりと祖国に攫っていたかもしれないのに)
すると学生はクルベルトに質問をしてきた。どうやら、どうやってクルベルトが日本に侵入してきたのか分からなかったらしい。
先ほどの土煙からして少年からの視点では見えていなかったのだろう。クルベルトは学生の精神と才能に免じて、ヒントだけ与えるにした。どのみち判明することだから侵入方法も伝えてしまったが、別に問題はないだろう。
話したいことも全て話したクルベルトはせめて痛みを感じさせずに学生を殺すことにした。だが、最後に学生はクルベルトの名と依頼人の名前を知りたいと言ってきた。依頼人の名前はともかく、名前は教えてもここでは問題ないと判断したクルベルトは名乗ることにした。
「私の名はクルベルト。冥土の土産に憶えて逝きなさい」
振り下ろす直前、偶然少年の目と合った。学生の視線は確かにクルベルトを見ていたが、その瞳は違った。明らかに他の事を考えていた。まるで現在対峙している難題が既に解き終わり、新たな難題と対峙しているかのように見えた。
そう考えた瞬間、クルベルトの脇から衝撃波が伝わった。その衝撃波が殴られた衝撃であることを理解した時にはクルベルトの巨体は既に吹き飛ばされていた。
(私を吹き飛ばした!?いったい誰が!?)
クルベルトは驚愕しながらもすぐに受け身の姿勢を取り、全身に響く衝撃から身を守った。そしてクルベルトは己を吹き飛ばした人物を見た。
その人物は戦闘族と同等の体格をもち、服装の上からでもわかる鍛え上げられている肉体を見て己を吹き飛ばした人物だとクルベルトは確信と同時に驚愕した。
服装からしてその少年もまた学生であると判断で来た。つまり、軍人ですらない学生が戦闘族を吹き飛ばしたという証拠でもある。
(教員で私を吹き飛ばしたのならまだわかるわ。でも…まさか学生が私を吹き飛ばすなんて!!)
重要なのでもう一度言おう。クルベルトは驚愕した。どんなに鍛えた軍人であっても能力無しでも戦闘族を腕力で退くことはできない。できたとしても精々一歩か二歩程度だ。だが、あの学生は不意打ちとはいえ十メートルもクルベルトを吹き飛ばしたのだ。
その時、クルベルトの思考は仕事という気持ちではなかった。この瞬間だけ今回の作戦の役割を忘れ、純粋な戦士として巨体の少年と戦ってみたいという思考に切り替わっていた。
和貴はクルベルトに遭遇した時、どうやってこの状況を切り抜けられるか考えていた。障害物がないこの廊下では、逃げることも隠れることもできない。つまり、完全に手詰まりであった。だがそれはこの廊下が無人であった場合に限る。
故に和貴が取った手段は誰かの助けが来ることを待つことだけだった。そして和貴はこの時間にとある人物が学校にやってくるということを知っていた。そしてその人物こそ現状クルベルトに唯一勝つ可能性がある人物であった。
その人物が学校に来るのはおよそ八時五十五分から九時の間。和貴の腕時計の針が止まっていた時刻から判断して、既にその人物が学校に来ているあるいはもうすぐ来ることは分かっていた。
そして和貴の予想通り、目的の人物こと竹蔵理雄が学校に到着し、和貴を救出したのだ。
「やれやれ、お前が学校に入ってくる時間がいつも通りで助かった」
「ん?何言ってんだ?…って、今はそんなことを考えている暇はないか」
理雄は和貴の言葉の意味が理解できていなかったが、戦闘族が学校に侵入しているという今の状況は馬鹿な理雄でも理解できたようだ。理雄と合流した和貴はこの場を離脱するために最適な作戦を考える。
(後はこの場から離脱するだけだが、それをクルベルトが容易にさせてくれるとは思えないな。走って二階に行こうなんてしたら、関係ない学生が巻き込まれる可能性もある。さて、どうやって離脱するか)
未だ作戦が決まらずに焦る和貴に対してクルベルトは余裕と楽しみを持って和貴達に近づいてきた。
もはや時間が無いと判断した和貴は理雄にどれくらい時間を稼げるか聞くことにした。
「理雄、正直に言って今の装備で奴に勝てるか?」
「無理。十回戦っても勝てる想像ができない。間違いなく途中で武器を破壊されて詰む」
「じゃあ、どれくらいまでなら戦いになる?」
「…長くて十五分。いや、十分ぐらいだな。それ以上はもたないな。それよりも気になっていたんだが、さっきふっ飛ばした奴って戦闘族だよな。何で学校にいるんだ。サプライズか?」
「そんなわけないだろ。」と和貴はこんな状況なのに通常運転の理雄に突っ込みたかったが、今はそんなことをしている暇はないと自制する。
「足止めを頼めるか?」
「いいぜ。今の状況で俺ができることはそれぐらいしかないからな」
不敵な発言をした理雄はクルベルトに視線を向ける。そして和貴は自身の友人を信じて職員室へ入っていった。和貴は焼け焦げた職員室で何か使えるものを探していた。だが、ほとんどの物が焼け焦げてしまい、とてもではないが使えそうなものはなかった。
「くそ、何か活路が開ければいいと思ったが…何かないのか!?」
すると、焼け焦げた部屋から呻き声が聞こえてきた。もしかして新手の敵では!?と和貴は考え、呻き声のする方へ寄っていった。
「貴方は…昨日の先生!?」
「ちっ、なんだ…お前か…。ごふっ…ちっ、じょ、状況を説明しろ…」
昨日和貴が出会ったよく舌打ちをする教師は口から血を吐き出し、寝そべっていた。その教師の様態を見ると爆発の衝撃によって下半身が瓦礫の中に埋もれていた。和貴はその教師を助けるべく、瓦礫を一つずつどかし始めた。
「しっかりしてください!!意識をちゃんと保ってください!」
「耳元でうるせぇんだよ。…それより、何があったか言え」
何があったのか伝えようとした時、職員室の外から轟音が響く。物音からして、理雄とクルベルトの戦いも始まったようだ。和貴は慌てた思考を一度落ち着かせ、舌打ちする教師に現状を伝えた。するとその教師はもう一度舌打ちをし、かすかな声量で和貴に話した。
「ちっ、いいかよく聞け…。この部屋には万が一のために転移陣が隠している。その転移陣を使って脱出するんだ」
「わかりました。それじゃあ、あなたの身体の上に乗っている瓦礫を「いや、その必要はない。お前が転移陣を使うんだ」
「!?ちょっと待ってください。あなたが居なきゃ転移陣は…」
使えないと和貴は言いかけた時、床中に広がっている血の水たまりを見てこれが教師の血だと知った。この教師は既に察していたのだ。もう己が助からないことを・・・。
「ちっ、分かったか。これは勘だが、あた少しこの瓦礫を少しでも弄ったら俺の血は一気に流れ落ちる。どのみち助からん。そんなことよりもお前に使い方を教える。わかったか?」
「…はい、わかりました」
そう答えると、教師は自身の血に濡れた手で和貴の額に当てた。すると、和貴の頭の中に多大な映像と情報が流れてきた。圧倒的な情報量に和貴は頭痛によって頭を抱えた。
「今のは一体…?」
「転移陣の知識をお前に転移させた。この知識の伝え方は禁忌に等しいが、この状況だ。それに親族もいない死人が裁かれるわけがない。一つだけ約束しろ。この技術は国の重大なシステムの一つだ。決して外部の人間に教えるんじゃあねぇぞ」
自身の死期を理解したのか、舌打ちの教師は段々と呼吸がかすれていく。その最後を立ちあおうと和貴はその教師の近くにいた。
「…ちっ、弟子でもない野郎なんかに見送られたくない。…お前らのお教師に繋がる転移陣はその机の下に刻んである。…ちっ、後は任せたぞ…」
和貴は教師を見送った後、何も言わずに視線で語った場所に移動し机をどかす。どかした後には今まで見たことがないが、知識では知っている転移陣がそこにあった。
和貴は見ただけでこれが転移陣であることを理解すると、起動できるかどうか確認を始めた。
「さっき送られた知識では…まずいな、肝心な部分が焼け焦げて発動できない。確か、調整は…」
初めてなのに手慣れている動作にやや違和感を覚えている和貴だったが、今に限ってはそんなことはどうでもよかった。着実に焼け焦げた部分から付け足すようにチョークで書いていったが、予想外な出来事はすぐに起きた。
突如、職員室の扉から大きな音を立てて理雄がこちらに吹き飛んできたのである。所々かすり傷があり、頭からは血が流れていた。
「大丈夫か理雄!?」
「うん問題ない。って言いたいけど、やっぱり武器が壊れちまったからな。ちょっとまずい」
理雄の視線には余裕な表情でゆっくりとこちらに攻め入ってくるクルベルトがいた。クルベルトの六本の腕にはそれぞれハンドアックスを持っており、いつでもこちらを仕留めることができそうだった。
和貴は調整してた転移陣を見てあとどれくらいで発動するか確認する。和貴の推測では残り二十秒で発動できそうだった。だが、その少しの時間さえあればクルベルトは簡単に和貴と理雄の二人を始末出来るだろう。
「もう時間稼ぎは無理か理雄?あと二十秒さえあればここから脱出できるんだが…」
「武器があれば何とかできたけどなぁ。ちょっと無理っぽい」
万事休すとはまさにこのことだ。和貴はこの状況をどうにかしようと考え始めたが、理雄はすぐに立ち上がり、クルベルトに向かって行こうとした。
何を考えているかわからないが、和貴はすぐに止めようとした。勝算もなしに突っ込むのは自殺行為に等しい。だが、理雄は振り向かずに和貴に話してきた。
「和貴には和貴しかできないことがあるんだろ?なら、俺にしかできない仕事ぐらいやらなくちゃな。心配するなって。死ぬわけじゃないさ。死ぬ直前、限界まで頑張ってみるだけさ」
そう言って理雄は和貴の前に一歩前に出た。その背中はいつも見ているような大きな背中ではなく、彼の背後のにある全ての者を守ろうとする巨大要塞の様に見えた。
和貴は理雄を信用し、己のなすべきことに集中する。転移陣が作動するまで残り五秒。だが、あと二秒足りない。その二秒を短縮するべく和貴は受け継がれた知識を持って短縮を試みた。
(もっと、もっと精密に!そして集中するんだ!!)
その集中力は和貴の時間間隔をミリコンマという時間の世界に招待した。一秒の時間が限りなく遅く感じた和貴がこの世界の中で転移陣の残された調整をするのは容易かった。
全ての調整が終わり、和貴の時は正常に刻み始めた。それと同時に転移陣が作動し、和貴は理雄を呼び出すために振り返り叫んだ。
「理雄こっちに来い!脱出するぞ!!」
その声に反応して理雄はこちらに来ようとしていた。だが、クルベルトはそれを阻止しようとしたのか、和貴に向かってハンドアックスを投げた。プロ野球選手にも匹敵する投球ならぬ投斧をみて和貴は確信する。この一撃はかわせない。クルベルトもそれを理解したのか、勝利したかの様に表情を変えた。
だが、誰も予想できなかった展開が起こった。理雄はその投斧を己の肉体で受けたのだ。理雄が突然行った馬鹿げた行為に対して和貴もクルベルトも驚いた。
その驚愕していた時間だけで脱出するのに必要な時間は充分だった。転移陣は起動し、和貴と理雄は光に包まれた。クルベルトは光によって目を眩ませた。光が収まった時にはクルベルトの視界には二人の姿はなかった。
「死合いの前に一つ聞きたいんだけど、さっき吹き飛ばしたのはあなたかしら?」
戦いが始まる前にクルベルトは一つの疑問を解くために理雄に対して質問をしていた。
すると、質問された理雄は当然のように堂々と答えた。
「おう!まさか戦闘族が学校にいるなんて驚いたけど、とりあえず和貴の言われた通り足止めさせてもらうぜ」
理雄は指を鳴らした後、腕に装備している手甲を構えた。その時クルベルトの長年戦場で培われた経験と本能的直感が働いた。
(この学生、なかなかやるようね。さっきの学生が軍師なら、こっちは戦士とかしら?それにこの迫力、間違いなく戦場に何回か行ったことがあるわね)
クルベルトは腰のポーチ収まっているハンドアックスを三本取り出し、戦闘態勢に入った。どちらかが先に動けば戦闘が始まる。そんな緊迫した空気の中、理雄とクルベルトは睨み合い、次の一手を予測する。
その時間約五秒。二人の勝負は一瞬で始まった。
先に動いたのは理雄だ。クルベルトに対して右ストレートで殴りかかる。だが、クルベルトは理雄の表情を見て、この一撃がただの小手調べだと判断する。
それに応じてクルベルトも小手調べで三本の腕だけでハンドアックスを振り下ろす。たかが三本だけだが、それだけで並の軍人なら確実に殺せる威力を持っている。
二人が接近すると同時に、二人の世界が遅くなる。互いの得物がぶつかる瞬間、互いの武器の圧力により二人の周囲に衝撃が発生する。
武器は交わり凄まじい金属音が鳴り響いた。理雄の拳がクルベルトの三本のハンドアックスを押し上げ、理雄の手甲ごと叩き潰すようにクルベルトの三本のハンドアックスが押しつぶす。力のかけ方は圧倒的にクルベルトとが有利だった。
だが、ここでクルベルトは驚愕する。これ以上力を入れても進む気配がなかった。それどころか、理雄は不利な体勢からクルベルトハンドアックスを弾き飛ばしたのだ。クルベルトの懐に入った理雄は、カウンターの一撃を入れるべく、ガラ空きの脇に拳を叩き込もうとした。クルベルトがもし人間なら肋骨が砕け、勝負がついていただろう。だがそう簡単にはいかなかった。
戦闘族特有の特徴である六本の腕の内、残っている三本でクルベルトは理雄の一撃を防いだのだ。直撃こそしなかったが、クルベルトもただでは済まなかった。理雄の馬鹿力によってクルベルトの体は浮き、そのまま五メートルほど吹き飛ばされた。
「惜しかったわね。人間なら勝負あったけど、私は戦闘族。手数なら人間の三倍はあることを忘れなくてよ」
「やっぱうまくいかないか。にしても強いなあんた。戦場で何回か戦闘族と戦ったことがあるけど、お前みたいな強い奴はあったことがない」
理雄の会話から、クルベルトは己の直感が正しかったことを理解した。だが、それ以上にクルベルトは高揚感に包まれ、自然と顔がにやけていた。
(まさかこんなところで、こんな強敵に会えるなんて思ってもいなかったわ)
クルベルトの表情がにやついていたことがおかしかったのか、理雄は頭に疑問符を浮かべたような表情をして私に問いかけた。
「ん?今の発言で何かおかしかったことがあったか?」
「いや失礼。今回の任務はただ学生を弱い者いじめする退屈な任務だと思っていたけど、あなたのような強敵に出会えたことについ嬉しくてね。あなたのような強敵にはちゃんとした名乗りを上げなくてね」
クルベルトはハンドアックスを強く握り、矛先を理雄に向け、堂々と名乗った。
「我が名はクルベルト。戦闘族第二番隊隊長。貴様に問う。汝の名は何ぞや」
すると理雄はクルベルトの名乗りに臆することなく、堂々と答えた。
「俺は竹蔵理雄。今はただの学生だけど、必ずこの戦争を終わらせることを目標としている軍人だ」
互いに名乗り、実力も把握した。ならば言葉はもう不要。仕切り直しは終わり先ほどとは比べ物にならない殺気をクルベルトは理雄にぶつける。
その殺気に理雄は一切ひるまず、むしろ堂々とクルベルトの目を見て構えた。今度は先ほどの小手調べとは違う。正真正銘の本気である。言葉は交わさなくとも、互いにそれを理解していた。
六本の腕全てにハンドアックスを持ち、クルベルトはハンドアックスを不規則に振り下ろす。理雄は先ほどと同様にもう一度受けようとしたが、圧倒的手数と小手調べとは比べ物にならない一撃に、手甲が耐えることが出来なかった。それを咄嗟に反応した理雄は全身体能力をもって、後ろに後退し、職員室に突っ込んだ。
この時点で勝敗が確定した。理雄にはもう次の一撃を防ぐ手段はない。追い詰めるようにクルベルトは近づくが、戦いに夢中になっていたクルベルトは重要なことを忘れていた。
それはもう一人の学生である霊峰和貴のことだ。クルベルトは和貴の名前は知らないが、危険であるということは充分に理解していた。
「いけないわね。理雄との戦いを楽しみすぎて忘れていたわ」
クルベルトは和貴を見つけると、あと少しで逃げる算段ができそうになっていた。クルベルトは先に理雄を始末してから和貴を始末しようとハンドアックスを投げつけた。
かわせる場所もガードするための手甲も壊れた今、既に勝ったことを確信した。
だが、そこでクルベルトは一つの誤算が起きた。理雄にハンドアックスの一撃を与えたまではよかった。だが、理雄の天性の肉体はその一撃に耐えきったのだ。そんなありえない事実にクルベルトは驚いた。反撃されると感じ、クルベルトはとっさに残りのハンドアックスを用いて理雄を叩き切ろうとした。ハンドアックスの連撃を受けた理雄だったが、その連撃の勢いが強すぎたのか偶然転移陣の有効範囲に入ってしまった。
その直後、彼らのいた場所が日光の様に輝き、光が収まった頃には既に彼らは居なくなっていた。
勝負には勝ったが、作戦的には負けたクルベルトだったが、悔しい気持ちはわかなかった。それどころか、これからの楽しみが増えたことによって心のどこかでわくわくしていた。
「へぇ、転移陣ね。こんなところにあるなんてスパイからの情報にはなかったはずだけど。まぁ、いいわ。私は私の役割をするだけよ」
理雄を倒せなかった気持ちと、こんなところで脱落するものもったいないという気持ちを抱きつつ、クルベルト本来の作戦を続けた。
予想外な戦闘があったとはいえ、作戦そのものには支障はない。侵入してきた穴から今回の作戦の仲間に合図を出し、がれきをよじ登って職員室に侵入してきた。
クルベルトは先ほど一戦で疲れた為、戦斧を床に差し込み、その場で全身の関節を鳴らした。すると、廊下から一人の男がこちらに向かってきた。その人物は口に煙草を咥えおり、胸に付けているバッチも他の蒼鳥の下っ端とは違って少しだけ華美なデザインだ。
確かそのバッチは今回の依頼主である蒼鳥に所属している幹部を示すものだと聞いていたことを思い出した。
「おい協力者。ボスから新たな指示が出た。作戦が第二プランに移行するから至急、体育館に来いとのことだ。さっさと動け」
偉そうな口調と態度で幹部は煙草を味わいながら、次の指示を出した。
他の下っ端がすぐに体育館に向かったことを確認したクルベルトは先ほどの出来事をその幹部に伝えることにした。
「問題が一つ発生したわ。さっきここで生徒が二人いたのだけど、始末出来なかったのよ。作戦の内容は知られていないけど、恐らくここへ向かってくるわよ」
すると、幹部は顔色を真っ赤に変えてクルベルトに怒鳴り始めた。
「なんだと。今回の作戦にどのくらい時間をかけたと思っている!?貴様は何のために今回の作戦に呼び出されたのか忘れたのか!?」
幹部の言い分は最もだが、それ以前にこの組織の事前調査にも問題があるとクルベルトは考えていた。事前調査では戦い方を知らない餓鬼どもの集まりで、たとえ我々に歯向かっても返り討ち出来る程度の強さと報告されていた。
しかし、事実はどうだ?クルベルトと同格と思えるほどの怪力少年もいれば、恐ろしく頭が切れる少年もいた。いつまでたっても騒いでいる幹部が鬱陶しかったクルベルトは溜息を吐き、そのことについて報告しようとした。
「うるさいわね。ギャーギャー騒がないでほしいわ。こちらにも落ち度があったとはいえ、あなたたちの事前の調査ミスのせいもあるのよ」
「そんなことはない。我々の調査は完璧である。それを台無しにしようとお前はしているのだ」
ああ、こいつだめだな。とクルベルトは思った。
いくら名の知れた組織であっても幹部がここまで無能では話にならない。最悪、こいつらを裏切ることも考えたが、この組織のトップはこの幹部と違って優秀だったのでまだ裏切らないことにした。
「とりあえず、逃した生徒に関してはあなたたちのボスに話しましょう。この程度の事態は予測しなかったわけないと思うし、それであなたは構わないわね」
「貴様、私に指図するな!だが、その考えは賛成だ。不測の事態にもボスは必ず対策してくれる」
幹部は苛立ちながらクルベルトと一緒に体育館に向かって行った。今頃体育館は蒼鳥の手によって制圧が完了している頃だろう。
これからどう展開が変わっていくのか楽しみにしながらクルベルトは体育館に向かって行った。
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