また会う人と裏の喝采
次話です。続きをどうぞ。
校内を調べ終わった和貴は約束の場所である公園にてレポートを提出する時を待っていた。公園は和貴の家から一番近い場所にあり、そこは基本的に和貴と梶山しか知らない。だからこそ、和貴がいる公園はある意味最高な情報交換場所であった。
書き終えたレポートを見て和貴はのちにどんな影響を与えるかわからないが、任務が終わった幸福感が半分、この結果が明日どのように響くか不安感が半分と複雑な気持ちになっていた。
「さてと、叶との約束の時間までが後一時間。梶山さんの部下が来るまで後十五分と言ったところだろうが、どうやってすごそうか。報告書に書くべきものは全て書いたし…。そう言えば、梶山さんの部下って一体どんな人だろう?というより、あの人に部下っていたか?」
梶山は仕事の立場上、部下という人物はいない。片腕を失う前の付き合いからの部下ならその意味は理解できるが、その多くが国外へ言っているため、実質このくにに部下はいないに等しい。
和貴自身はあくまで学生であり、息子という立場であって別に軍人でもなければ部下でもない。今回の任務も梶山の基準からすればお使い程度にしか考えていないだろう。
和貴は自身の書いたレポートをもう一度見る。書いてある内容を要約すると『体育館及び校庭には何も異常はなかった。だが、新入生の教室が敵によって仕組まれている可能性が高い』という内容だ。
文章的にも、内容的にも問題はない。だが、これ以上場所を調べられるのではと考えてしまう。特に詩奈が言っていた揺れの違和感について調べなかったことは少しだけ後悔していた。
(時間が無かったとは言え、もう少し調べても良かったな。もしかしたら重要な情報が手に入っていたかもしれない)
そんなことを和貴は考えていたが、既に過ぎたことを悔いても仕方ないと割り切る。いくら悩んでも過
ぎたことを変えることはできないし、そんな暇があったら別の手段を考えるべきだと思っているからだ。
「はぁ~だりぃ。本当にだるい。超だりぃ~よ~。はぁ~、ようやく見つけたよ。あんたが梶山さんの息子か?」
突然背後から声をかけられ和貴は驚き、咄嗟に振り向こうとする。しかし、振り向くことはなかった。何故なら、背後から声をかけられた人物によって頭をがっちりと固定させられていたからだ。
「悪いけど、後ろを振り向いたままにしてくれ。お前はレポートを渡せとしか言われていないと思うが、俺は梶山さんから和貴に姿を見られるなって言われているからな。正直めんどくさいが、上司の指示なら仕方ないだろ?まぁ、そんなわけだからさっさとレポートをよこせ」
そこまで聞いて和貴はその人物が梶山さんの部下であることを理解した。声色から男性であることはすぐに判別できたが、この人物が本当に梶山の部下なのか確証が持てなかった。
背後から話しかけた人物は和貴の頭を掴んでいた手を放し解放する。そして和貴は確証を持つためにその人物に話しかけた。
「約束の時間まであと十分もあるじゃないですか。何故こんな早くに来るんですか?」
「五分前行動は当然だろう。後、お前を一目見ておきたかった。何しろあの梶山さんの息子だ。軍でも期待の軍師としてかなり有名だからな。それよりレポートをさっさと渡せ。眠いんだよ」
「…レポートは完成させています。だが、あなたが本当に梶山さんの部下なのか確証が持てません。だから俺を信じさせる証拠を見せてくれませんか。でなければこのレポートは渡せません」
すると背後から声をかけた人物はごそごそとポケットを探り始めた。証拠を探しているのか。あるいは脅迫するための道具を準備しているのかと和貴は様子を伺った。
あったあったと言って背後の人物は探していた物をポケットから取り出した。一体何を探したのかと思ったのもつかの間、こちらを見ないでその何かを和貴に渡した。
和貴に渡した物、それは軍の情報がまとめて書いてあるメモ帳だった。そのメモ帳の中身を和貴は見るとよく見覚えがある内容が書かれていた。
「この手帳は…梶山さんのメモ帳?」
「これで信用してくれたか?これは俺が基地から向かう際に梶山さん預かったものだ。まぁ、引換券の代わりみたいなものだ。これはお前に渡してお前からレポートを預かる。それで俺の仕事は終了だ。んじゃ、渡したからさっさとレポートをよこせ」
納得する証拠を渡されて和貴はレポートを渡すことにした。レポートを渡し終えると、その人物は席を立ち、背伸びした後、去り際に一言呟いた。
「じゃあな。また今度会おうや。まぁ、今度会えたらの話だけどな」
理解できない一言を残してその人物は去っていった。和貴もメモ帳を鞄にしまった後、後ろを振り向いた。先ほど話していた人物は既に街中へと消えており、追跡は勿論探すことも不可能だった。
「せめて後ろ姿だけでも確認したかったんだが、見失っては仕方ないか。さて、俺も次の用事のために移動しないとな」
叶の約束のために和貴は席を立つ。昨日の喫茶店までは徒歩でおよそ十分。丁度到着したぐらいで叶との約束した時間になるだろうと考えた和貴は目的地に向かって歩き始めた。この時、何故か歩みがいつも以上に速いことを和貴はまだ気が付いていなかった。
昨日訪れたカフェにて和貴は叶が到着するまで後十分となった。残りの時間、和貴は暇つぶしに街の様子を観察していた。
戦争が起こっているとは思えないほどの平和の空気に和貴は自然と微笑する。戦争が起こる前は誰もが平等であったと言われているが、戦争が起こった瞬間その概念は崩れた。各地は血に濡れた戦場へと変わり、多くの人類が亡き者とされたと同時に文明も崩壊した。
しかし、戦争が終結すると人類は文明を復活、進化させ戦争が始まる前以上に豊かになった。貧富の差こそあるが、それでも生活するのに充分すぎるほど裕福になった。
「この平和も今戦っている人達のおかげだな。俺も早く戦場に行って活躍しないとな」
そんなことを考えていると、和貴は街の様子に違和感を感じた。本来なら賑やかの筈だが、何故か視線が一か所に集まって騒めいていた。和貴はイベントかと思い、その視線の先を見た。
よく観察すると、道の真ん中で何やら声を荒げている二人組がいた。一人は金髪に染めており、もう一人は特徴的な髪形で整えており、口元にピアスをしていた。
言争っている様子から、喧嘩だろうと推測できた。関係ない人物とはあまり関わりたくなかったため、和貴は無視しようとして視線を逸らそうとした。だが、それは叶わなかった何故なら、その現場に叶が近くにいたからだ。
それだけなら何の問題もない。叶がその二人組に関わらなければ何も起きないで和貴と合流できるからだ。だが、叶はその人物の一人にぶつかってしまった。
相手の方が体重が重かったのか、叶はぶつかった衝撃で転んでしまう。すると機嫌が悪くなっていた二人組の怒りの矛先が叶の方へと向いた。
「やれやれ、本当はあんな奴らと関わりたくないけど、関係者が困っているなら助けないわけにはいかないな」
和貴は絡まれて困っている叶の元へ向かった。既に叶は二人組に睨まれているらしく、何も言葉を発することが出来ない様子だった。
二人組はヒートアップしたのかさらに叶に威圧しようとして口調を激しくした。その時、和貴はその声を荒げている一人の肩を叩いた。
「悪いですけど、これ以上この子をいじめないでください」
「ああん!?なんだてめぇは!?ぶっ飛ばすぞ!?」
「既にお巡りさんは呼びました。ここに到着するまであと二分と言ったところだな。別に喧嘩しても良いけど、周りの人達は一体どっちが悪いというかな?それ以前に関係ない人に八つ当たりをするのも人としてどうかと思いますけどね」
二人組はこめかみに血管を浮かべつつも、すぐにこの場から離れた。叶は安心できたのか、肺に溜まった空気を吐き出した。
「助けていただき、ありがとうございました。正直、怖くて動けなかったです」
「礼はいいって。ほらハンカチ、そんな涙目で見られると少し困る。とりあえず、待ち合わせのカフェに置いてある椅子に座って気分を落ち着かせてくれ」
叶は頷くと、和貴の手を握ってきてきた。突然のことで和貴は驚き叶の方を見た。叶は先ほどの恐怖が忘れられないのか未だに震えていた。和貴はやれやれと思いつつも、叶を心配して握った手を引っ張りながら話し始めた。
「買い物は気分が落ち着いてからでいいよな?」
「え、でも時間がもったいないですし…」
「恐怖で鈍った感覚じゃあ何を買いたいかも整理できないだろ?だったらいったん落ち着いてから買い物をした方がいい」
叶は無言で頷くと、和貴は叶と一緒に店内へ入り、空いている席に座らせた。席に座ったことを確認すると和貴は水を持ってくるために席を立った。叶の様子は先ほどよりは落ち着いてきているが、それでも先ほどの恐怖はそう簡単に忘れられないだろうと考えたからだ。
水を持ってきた和貴は叶にそれを渡すと、これからどうするか叶と話し合いを始めた。
「今日はどうする?気分がよくないなら今日はやめにするけど…」
「だ、大丈夫です!それに時間を割いて一緒に買い物しようと約束したのに、今更断ったら和貴先輩に悪いですし…」
「そうか、ならここで充分に休むといいさ。気分が落ち着いてから何を買うか話し合うとしよう」
机の上に置かれた水を飲んで落ち着きを取り戻した叶は早速本題へ移ろうと和貴に話かけた。
「それで、何処で買い物をするんでしょうか?この辺りは物価が高くて、お金を使うにも少しためらいがあって…」
「それなら心配いらない。俺が知っている一番物価が安い店を紹介するさ」
気分が落ち着いたことを確認した和貴は店を出て、叶と共に目的地へと出発した。和貴が店から出て向かった場所は叶が住んでいる寮から少し離れた戦争の被害にあった廃墟であった。
目的の店に近づくにつれて人の気配が段々と少なくなり、辺りの景色は破壊された商店街と足元に散らばる瓦礫だけになった。
周囲の空気の不気味さに叶は怖くなってきたのか、和貴の服の袖を少しだけ持った。そんな叶を見て和
貴はおかしかったのか、少し笑った。
そのことが癪に障ったのか叶は和貴に少し睨んだ。
「悪い悪い。今日はずっと怯えている叶だけしか見てなくて、ついおかしくって…」
「ボクは冗談で怯えているわけじゃないんですけど…。それより、目的のお店ってどこにあるのでしょうか?周りは店らしい店はなさそうですし…」
叶の言う通り、周りは廃墟と言っていいほどボロボロの建物ばかりだった。ここに住もうなんて誰も思わないだろう。常人はそう考える。だが、和貴だけは違った。
自分の庭のように廃墟を歩き、目的地へと確実に近づいていた。
「ついたぞ。ここの店だ」
「ここですか?…疑って申し訳ないのですが、こんなところにお店なんてあるのでしょうか?」
叶が疑うのも無理もなかった。和貴が指した店は看板こそ見当たらないが、よく見れば確かに存在していることが確認できた。所見では絶対に発見できないほど影が薄く、背景と一体化した建物に和貴は一歩踏み出し扉の原型が保っていない瓦礫に手をかけた。
その瓦礫を横にスライドすると、本来の物理法則を無視した動きでその扉は開かれた。叶は目の前の出来事に驚愕してその扉とは思えない瓦礫を観察した。観察して叶は理解した。瓦礫はただの瓦礫ではなかった。崩れた瓦礫のようなデザインをした扉だったのだ。
「何してるんだ?早く入るぞ」
「え!?、ちょっと待って下さい!!」
叶が謎の店に入ったと同時に店の扉が閉まった。すると、店の奥からスピーカー越しに二人に対して話しかけてきた。
『おや?珍しく和貴が今店に来たと思ったら連れも一緒かい?本来なら一見さんはお断りなんだけど…。もしかして和貴の彼女?』
「違います。彼女、柳瀬叶は俺の高校の新入生で後輩です。あまり茶化さないでください真木那さん」
『そうかい?その割には…。いや、これ以上この話題に踏み込むのはやめておこう。今からそっちに向かうから今しばらく待っていてくれ』
ブツリと放送が切れた音が店内に響き、二人は店主が来るまで雑談を始めていたい。
「あの、和貴さん。さっき放送を流していた人ってこの店の店主でしょうか?」
「そうだ。真木那さんって言ってな。かなり変わった人だが、悪人ではないから心配する必要はないよ」
すると、店の奥から何かが開く機械音が店内に響くとその人物は現れた。中性的な容姿で性別の判別が困難なほど綺麗な肌。染めている青い髪はその人物のためにあるかのように美しく、やや切れ目であるが、それが男らしさ(あるいはクールな女性感)を引き出し、誰もが魅了される独特のカリスマを引き出していた。
「やあ、今日は何をお求めかな?食品、生活用品、店の予約。などなど、様々な物がここには揃っているよ。っと、和貴には必要ないか」
「まあな。もう聞き飽きた。早速で悪いんだが、ここにいる叶が寮で生活するんだ。それで必要な品を売ってくれないか?」
「隣の彼女?…へぇ、君、面白い物を持っているね」
叶は心の隅を見透かされたような気味が悪い感覚が襲い掛かってきた。和貴は真木那に睨め付けると、ごめんごめんと叶に謝った。
「じゃあ、早速欲しい物をこのカタログから選んでくれないか?私の店は世間で言う問屋みたいなものだからこの店に商品は置いてないんだ。その代わり、注文してから三時間以内に必ず商品を準備させるから。この椅子に座って優雅に選ぶといい」
真木那が用意した椅子に叶は戸惑うが座ると、渡されたカタログを見て叶は選び始めた。余りの手際の良さに和貴は真木那に警告した。
「まさかとは思うが、ぼったくり料金じゃあないよな?もしそうだったら…」
「まさか!そんなことはお得意さん相手にしないって。そんなことしても損するのは私だけだよ。損だけにってね」
一瞬冷たい風が店内を包み込んだかのように思えたが気のせいだと決めつけ、和貴は真木那に小さな紙を渡した。
「ん?これは…一体?」
「お前の十八番の注文だ。三十分でできたら追加で払おう」
「そんなこと言っていいんですか?私は金のためならどんなに卑怯な手段を使ってでも儲けようとしますよ?もちろん、法律的にですけど」
「いいからさっさとやれ。俺はその間叶と一緒にいるから、終わったら呼んでくれ」
真木那は憎たらしい笑顔で店の中へと戻って行く姿を確認すると和貴は楽しみながらカタログを見ている叶を見た。
(何故か叶を見ていると心が安堵する。何故だ…?いや、考えるまでもないか。新しい新入生が目の間にいるんだ。なら、この気持ちは喜びに違いないか)
己の心のうちに対して不思議な感情を整理し終えた和貴はタイミングよく叶に呼ばれた。どうしたのかと思い、和貴は叶が座っている椅子に近づいた。
「どうしたんだ?何か困ったことでもあったか?」
「あの、ここの商品ってどこから手に入れているんでしょうか?その、金額がかなり安くて驚きが隠せなくて…」
「あー、そんなことか。俺も一回聞こうとしたんだが、その時真木那から『それを知った時、お前はもう死んでいる』なんて言われてさ。しかも、割とマジで殺す気満々だったし」
「そうですか…。あ、その…。気にしなくても大丈夫です。ボクが気になっただけですので。もう少しで買いたいものが決まりそうなので、もう少しだけ待ってくれますか?」
叶の頼みごとに和貴は当然のように引き受けた。三十分もあれば注文したい物を全て調べることができるだろう。そう思っていた矢先、新たにこの店に入ってきた人物が現れた。その人物は数時間前に和貴と出会った人物であった。
「理雄!?何でお前が今日この店に!?」
「ん?何でって、今日も帰りに物を壊したから注文しようと思ってここに寄ったんだけど?見慣れない奴がいるな。誰だ?」
叶は理雄の登場に驚き、和貴の背中に隠れた。また怯えル前に和貴は叶に理雄のことを紹介した。
「怯えるなって叶。こいつは理雄。俺の友人だ。ガタイはでかいけど俺と同じ学年だ。こいつは馬鹿だけどさっきみたいな不良とは違うから安心しろ」
「む、馬鹿とは失礼だな。俺は覚えが悪いだけだ。そう言えば、君の名前は何って言うんだ?それと、いい加減和貴の背中から姿を現してほしんだが…。ここまで怯えられると流石に傷つくぞ?」
そう言われて失礼だと考えたのか、叶は和貴の背中から姿を現し理雄に挨拶をした。
「は、初めまして。ボクは柳瀬叶です。こ、今年の新入生です。よろしくお願いします!!」
「おう!俺は竹蔵理雄。よろしくな。それより、真木那さんはどこにいるんだ?」
和貴は理雄に真木那が裏にいることを教えると、そうかとだけ言って店内をうろつき始めようとした時、丁度いいタイミングで真木那が戻ってきた。
「おや?理雄君まで来てるなんて珍しくもないか。今日は一体どうしたんだい?もしかしてまた食糧?」
「いや、ガードレールを破壊したからその注文を。でも、食料も尽きかけていたし、ついでに買っておくか」
はいはいと真木那は返事すると、近くに置いてあった用紙に理雄の注文を書き始めた。そのことを確認すると、理雄は要件を済ましたのかすぐに店の外へと出ていった。
「じゃあ、また明日な!!叶?も明日遅刻するなよ!!」
そう言って元気よく店から出ていった理雄はどこかへ向かって行った。恐らく家に帰ったのかと判断した和貴は真木那に近づき、さきほど注文したものを受け取った。
「よく短時間で調べられたな。普通ならもっと時間がかかると思ったんだが」
「偶然私も調べていたんだ。結論から言って和貴が調べていることは恐らく『蒼鳥』が絡んでいる可能性がある。くれぐれも用心して欲しい」
『蒼鳥』ということばを聞いて和貴の背筋に電撃が走ったかのような衝撃を受けた。『蒼鳥』とは近年勢力が増加してきている反政府組織の一つである。彼らは結成時こそ港を仕切る荒くれ者の集団だったが、現在では規模が大きくなり反政府組織として活動している。
彼らの特徴として主に挙げられるのは、胸についている鳥の羽をデザインにした青いバッチである。噂では羽の枚数で階級が決まっていることだけが判明していること以外、全てが謎に包まれている組織である。
「どういうことだ?何でこの話題に蒼鳥が絡んでくる」
「そこから先は追加料金だ。学校に関わっている情報を全て売ってくれって言う情報は全部この紙に書いた。蒼鳥の情報となると、それなりの額を払うことになるけどいいかな?」
その言葉を聞いてから和貴は渡された紙の内容を見た。真木那が短時間で調べさせたのは学校の異変についてだが、新入生の教室に潜んでいた影は和貴の予想通り、何者かが仕組んだ罠だった。
(まさか蒼鳥の罠だったとは…。何者かが仕込んだことだとは思ったが、これほどまでに巨大な組織が絡んでいたことは予測できなかった)
和貴の頭の中で様々な可能性を巡らせている中、真木那は手を和貴の前に差し出した。その意味を理解した和貴は真木那の情報屋魂に呆れながらも返答する。
「…いや、これ以上のお金は持ってないよ。それに、今払ったところで、その情報を手に入れるのは恐らく数日後になるだろ?なら買わないし、いらないさ」
「そうか、それは残念だ。じゃあその金欠君に敬意を払って一つ情報を与えよう。最近『蒼鳥』の活動が活発的になっているらしい。噂では大陸の向こう側に住んでいる怪物と手を組み始めたっていう噂がある。もしかしたらその手はすぐ目の前にあるかもしれないぞ?」
「忠告感謝するよ。それと、叶の注文がもう少しで終わりそうだから見てやってくれ」
すると真木那は叶の様子を確認しに向かっていった。和貴はその様子を見て楽しむ。後数分で終わってしまうこの光景を見て和貴は自然と心の中で楽しんでいた。
買い物が終わり、瓦礫の廃墟の街から抜けた頃には既に日が沈みかけていた。叶が住んでいる寮に到着し、名残惜しいがもう別れなければならないことに和貴は少し寂しさを抱いていた。
「今日はありがとうございました!あんなところにお店があるとは思いませんでした。にしても、何であんなところにお店を出していたんですか?」
「理由は『土地が安かった』からだってさ。真木那はああ見えて守銭奴っぽい一面を持っているからな。あいつらしいといえばらしいが…」
二人は笑い、日が完全に沈むと同時に街の街灯に明かりがついた。それでここまでだと判断した和貴は叶に一枚のカードキーを渡した。
「これはあの店のカードキーだ。真木那がお前に渡しておけって言ってたからな。困った時はいつでもあの店に行くがいいさ。大体何とかしてくれるさ」
「ありがとうございます!!それじゃあ、また明日会えたら会いましょう!」
手を振って叶は寮へと戻って行った。その様子をしばらくの間見送った和貴は叶の姿が視界から消えたと同時に和貴は自分の家に帰ろうとして歩みを進めるのであった。
深夜零時五十五分。
物音一つ無い夜の港では潮風が吹き、倉庫街の建物を少しずつ錆びつかせている。時折倉庫から響く壊れそうな音は、年期がかかった倉庫特有の寿命を迎える崩壊前の危険信号であり、今まさに役割を終えようとしている美しい音色でもある。
そんな建物の中にとある一団が集まっていた。彼らは『蒼鳥』と呼ばれる反政府組織達だ。本来なら彼らは別の場所でそれぞれの任務を果たしているはずだが、今夜だけは違った。
今夜は蒼鳥の創始者であり彼らのボスがこの場に来ている。そして重要な任務を受ける為にこの場所に集合している。
その人数は軽く千人は超えているだろう。誰もがその倉庫に放置されている舞台からリーダーが現れる時を待っている。しかし、誰一人として喋っている者はいなかった。何故なら、喋った瞬間粛清されるこ
とを皆が知っているからだ。
昨日起きた抹殺もとある作戦会議で阻喪をしたために幹部の指示から秘密裏に粛清されたらしい。だが、そのことに対しては誰も気にしていなかった。それほどまでに彼らのリーダーに忠誠心を誓っていたからだ。
集会が始まるまであと五分。遅れている仲間は一人もいない。静寂と緊張感が支配する空間で彼らは待ち続ける。
この緊迫とした空気の中で立っていれば常人なら五分がニ十分に感じるだろう。だが、彼らは全員異常だ。それ故に平然として待っていられる。
集会の時間になった時、一つの小さな影が現れた。その人物は彼らでもよく知っているこの組織の幹部である。
ただし、ただの幹部ではない。彼否、彼女は常にリーダーと一緒に行動している幹部である。つまり、既にリーダーもうすぐここに入ってくるということだ。
先ほどの幹部に続き、他の幹部も舞台に上がってきた。そして全ての幹部が上がってきた時、その人物は現れた。
その人物が現れたと同時に、その場にいる彼らは心から安堵した。何故と問われても彼らは答えることはできないだろう。幹部のほとんども安心感を得るからと答えるだろう。しかし、付き添いの幹部だけは理解している。これは恐怖だと。恐怖するべきものが我々の味方であるからこそ安堵している最大の理由であることを。
「時間になった。遅れているものはいないな。なら始めるぞ。今回私の集会に集まってくれて感謝する。諸君に一つ伝えることがある。それは明日決行する作戦についてだ。」
重々しい口調は一種のカリスマを感じさせる。元々彼らは社会から弾きだされたゴミも同然である。昔はともかく、今はいつ死ぬかもわからない世界だ。だがボスはそんな彼らに働きどころを与えてくれた。
故に忠誠を誓うことが彼らの存在意義と同じであると考えている。
そしてボスが直々に作戦を伝えるということはそれほど重要な作戦であるということだ。そのことに驚いているのは彼らだけではない。ここにいる付き添いの幹部を除いて全員が驚いている。
「明日、我々はとある場所を襲撃する。諸君はそのための囮になってほしい。基本的には人質にするつもりだが、諸君らがここにきてしまった原因の人物をそこにリストアップしておいた。そこに書かれている人物は君たちが殺してもいい。」
最高幹部の一人がそのリストを渡してきた。そこには彼らがここに来てしまった原因である人物が記載されていた。それだけではない。政府で有名な役人も記載されていた。
「諸君!これは試練だ。我々が自由に生きるための試練なのだ。そのために君たちを囮に使うことを許してほしい。だが、必ず、君達の犠牲は無駄にはしない。目的は必ず達成される。その為に諸君はここに集まった。」
彼らはそんなことは別にいいと思った。元々彼らは死だけを待っていた者達ばかりだ。そんな状況で彼らを救ったのは舞台に立っているボスその人のおかげだ。だから、彼らの命はボスの為にあるも同じだと洗脳に近い考えに至っていた。
「詳しい作戦はこれから各幹部に伝えている。では諸君、武運を祈る。」
こうしてボスの集会が終わった。明日彼らは死ぬかもしれない。だが、そんなのは関係ない。彼らは明日行われる血のパーティーを楽しむため、各自必要な物を準備するのであった。
感想、意見、誤字脱字の報告をお待ちしております。