こうして平和な一日が終わる。(1.5部最終)
入浴を終えた和貴は満身創痍となった幸成と本郷を引っ張り、自室へと戻っている途中であった。
「本当に呆れた奴らだ。返り討ちに合うことぐらい、予想がつくだろ?」
「お、男の夢は、不滅だ!そのためなら何度でも挑戦してやる!」
「ボロボロの身体で言っても説得力がないぞ幸成。本郷に至っては一時、呼吸していなかったからな」
蛮行を行い、その報いを受けた二人を見て、和貴は言葉に表現できないほど呆れていた。
「とりあえず、この状態だよ夕食には参加できないってことで伝えておくけどいいな?」
「それで問題ないさ。今はこの全身に感じる痛みを味わっていたいからな…。ああ、最高にいい気分だ…。思わず逝っちまいそう「よし、お前は大丈夫だな。気味悪いから置いてくぞ」
和貴は乱暴に幸成を投げ捨て、自分が敷いた布団の上に本郷を寝かせた。幸成は放置しても勝手に治るが、本郷は持論の楽園を見た代償が重すぎたのか、しばらく目が覚めなさそうだった。
荷物運びが終わった和貴は夕食を食べるためにアルケミックから聞いた集合場所へと向かって行く。どうにかして、五分前に到着した和貴は周辺を見渡し、誰かが到着していないか確認する。他の旅館客もいる中、女性陣を探すのは面倒である。そう思いつつも和貴は辺りを見渡し始めた。
「夕食時だから客も大勢いるな。…あそこか」
和貴は見つけた女性陣の所へと向かって行く。すると女性陣も和貴の姿を確認したのか、アルケミックが手を振って反応する。
「カッキー!お風呂はどうだった?」
「気持ちよかった。特にサウナがよかったな。さっきはハプニングが起きたからゆっくり浸かれなかったが、夕食食べ終わった夜にでも、もう一度行こうかなって考えている」
よかった!とアルケミックは笑顔で喜ぶ。旅行を計画した本人だからこそなのか、アルケミックはうまくいったことに喜んでいた。すると、男性陣が少ないことに気付いた叶は疑問に思ったのか和貴に確認を取った。
「和貴先輩。幸成先輩と本郷先輩はまだいらっしゃっていないのですか?」
あの出来事を正直に伝えるべきかと詩奈にアイコンタクトする。詩奈の険しい表情を見て、言ってはならないと判断した和貴は叶に嘘の情報を伝えた。
「あのお二人についてだけど、湯舟に浸かりすぎて体調を崩したらしくてな。、だけど、すぐによくなるから心配しなくても問題ないさ」
叶はほっと一息つき、「よかったです」と安心していた。欠席者が数人いるが、全員集まったことを確認したアルケミックは和貴達を呼び始めた。
「それじゃあ、移動するよ!料理は元々用意されているから、早速その席に行くよ!あと、調子が悪くなった二人の分はあとで部屋に運んでもらおうようにお願いするから、二人のことは心配しなくても大丈夫だからね!」
アルケミックの説明が終わった後、和貴達は自身の席へ向かった。食堂はこの旅館に似合う木材で作られたテーブルや椅子が並べられていた。席に向かう途中、すれ違い様に料理を見たが、市場では決してお目にかけられない料理が多かった。
「詩奈、あの料理はなんだかわかるか?」
「え、えっと…あの料理の名前まではわからないけど、たぶん和食の分類に入るんじゃないかしら?」
一瞬戸惑った詩奈の様子をみて、和貴はどうかしたのかと尋ねようとしたとき、アルケミックの案内が終わり、和貴達の席へ到着した。
部屋の中は畳が敷き詰められ、テーブルの下は掘りごたつ、人数分の座布団、そして旅館の中庭が眺められる座席。全てが一流の座席だった。アルケミックのつてがなければ間違いなく座れなかっただろう。
アルケミックがとってくれた座席をもう少し観察したかったが、この場にいる皆の空腹の限界が近づいてため、食事が終わった後にゆっくりと眺めればよいと判断した。
夕食が終わり(ボロボロになっていた幸成と意識を取り戻した本郷も食べ終わっていた)、解散となった和貴は一人、旅館の外へ出かけ、散歩していた。普段とは違う場所で何も考えずにぶらつく。それが今の和貴にとって最も至福の時であった。
普段住んでいる都内では、眩しい電光掲示板明かりと、有象無象に現れる人ごみの会話によって耳がうるさかったが、この場所は都内と違い、辺りに人はおらず、虫の鳴き声と風の音しか聞こえない。加えて明かりも空に映し出されている月と星の輝きだけである。
もし、戦争が終わればこんな土地に住んでゆっくりと余生を過ごしたい。そんなことを考えていると和貴以外に他の人物が現れた。
「姉さん?こんな時間にどうしたんですか」
「いつも室内での作業ばかりだったからな。こんな時でもないと外には出れない。だから、この景色をせめて目に焼き付けておこうかなと思っただけだ」
星空を見ながら綾華は和貴の隣へ歩く。しばらく空を眺め、和貴は綾華に話かけた。
「楽しかったですか?」
「そうだな。和貴がどんな行動をしているか観察できたし、私は満足「それはそれでどうかと思うけど、そういう意味じゃない。姉さん自身、この旅行を楽しめた?」
再度質問を問うと、綾華はしばらく黙り込み、そして口を開いた。
「もちろんだ。ここまで楽しんだのはおそらく初代天災の英雄全員が生きている頃以来だったな。あの頃は本当に楽しかった。馬鹿みたいにはしゃぎ、そして建築王がふざけて皆で一緒に梶山に怒られたな…」
だが、と綾華は言葉を続ける。
「だからこそ、かな。心の中では楽しさが満たしているが同時にあの頃の記憶の虚しさも思い出す。そして先に旅立った戦友達のことも…っといけないな。ずいぶん昔のことを語ってしまったな。とにかく、今回の旅行、誘ってくれてありがとう。久方ぶりに楽しかったぞ」
満面の笑みで綾華は和貴に微笑む。その表情がこの場の背景に似合いすぎたのか、和貴はとっさに自身の顔を明後日の方角に向ける。
「それならよかった。それじゃあ、俺はもう帰るよ。流石に寝ないと明日が大変だしな」
「そうか。私は少しこの景色を楽しんでから戻るとしよう。もし私を探しているなら、外の景色を見に行ったと伝えてくれ」
綾華は和貴に伝えた後、再び星空を見上げていた。その様子を確認した和貴は旅館に戻っていった。
「くそ、雪花のやつ…手加減っていうのを知らないのかよ…」
「無茶いうなって。雪花に手加減を覚えさせたら、俺が満足できなくなるだろう?」
「愚痴を言う相手を間違えたか…」
作戦が失敗に終わり、詩奈達女性陣の洗礼を受け、ボロボロになった本郷と幸成は動けない肉体で布団に伏せたまま互いの愚痴を言い合っていた。和貴がいた場合、詩奈にリークされることを恐れ、本人がいなくなった間に二人は今回の作戦の反省点を振り返っていた。
「最大の誤算は雪花の能力の応用の広さだったな。くそ、風の流れでカメラの位置を把握するとか、何でもありだな」
「しかも、詩奈まで男子風呂に乗り込んでくるとは…一般人がいたらどうするつもりだったんだよ」
そのほか、互いの失敗点を語り合い、ひと段落したところで再び彼らが作戦決行前の目つきに戻った。体こそ満身創痍であるが、その瞳は欲望の執念といえる程の思いであった。
「メインの方は失敗したわけだが、予備の方はうまくいったのか?」
「わからない。なぜなら、これから幸成、お前と一緒に確認するところだ」
そういって本郷は体のどこかに仕込んでいたICチップを取り出した。本郷はそれの状態を確認すると、近くの携帯電話に差し込んだ。
「カメラと録画していたデータこそ詩奈に破壊されてしまったが、まさかバックアップと盗撮を同時進行に行っていたとは思ってもいなかっただろうな」
本郷が提案したサブプラン。それは万が一盗撮が見つかった場合、映像こそ途中までしか録画されないが、気づかれた瞬間、そこまで録画していたデータを本郷が隠し持っていたICチップの中に保存されるという仕組みになっていた。
「さてと、それじゃあ確認するぞ」
本郷は自身の携帯を使い、録画データをダウンロードする。待ちきれない期待に本郷と幸成は画面を集中し、再生のボタンを押す。すると、幸成達が期待していた展開へと事が運びそうだった。
「…本郷、これは成功か?」
「わからない。だが、湯気でカメラが見えずらくなっているところからしてまだ、成功とはいえないな。少し飛ばしてみよう」
幸成はスキップボタンを押し、飛ばそうとして動画を見る。しかし、それと同時にこれ以上は見ていいものなのか?と本郷は疑念を持っていた。…が、それでも男の欲望には逆らえず、本郷は動画の続きを見ようとした。
その時、本郷の携帯の画面がブツリと暗くなり、電源が消えてしまった。いったいなぜ?と本郷が原因を究明しようと考えようとしたとき、背後から再び鬼のオーラが感じ取れた。
「念のためにアルに頼んで本郷と幸成の携帯にそっくりなものを作り上げさせて正解だったわ。さて、何か弁明はある?」
「ははは。…嘘だろ?」
苦笑いで本郷は風呂場で見かけた鬼を見上げていた。先ほどと違い、体は動けるような状態ではなく、間違いなく袋叩きにされるのが目に見えていた。幸成は笑顔で本郷を見つめていた。
「さてと、私も大声で怒鳴るのも好きじゃないのよね。だから…」
寝・て・ろ☆。その刹那、二人の意識は詩奈によって刈り取られていた。意識が失う瞬間、本郷は心の中で誓った。
(二度と、旅行先に露天風呂があったとき、絶対詩奈を呼ぶもんか!)
そこで彼らの意識は完全に途絶えた。男子部屋を去る詩奈の姿はどこか満足げな表情をしていたとのちに雪花が語っていた。
昼間に比べ、旅館内の人はかなり減っていたことを確認した和貴は風呂場へと向かっていく。
「さてと、夕食の為とはいえ普段よりもゆっくり湯船に浸かることもできなかったし、何より露天風呂にも入ってなかったからな。多少、お客はいると思うが、ゆっくりくつろぐとしよう」
立った一人、和貴は露天風呂を楽しむためだけに、再び浴場へと向かっていた。
夕食中にそのことをアルケミックにもう一度入浴したいと相談したところ、アルケミック曰く「浴場は二十四時間いつでも入れるよ!でも、一部の時間帯はシャワーとサウナしか使えないから気を付けてね!」と回答していたことを思い出し、今の時間を確認する。
「今のところは大丈夫だな。さてと、もう一度ゆっくり入るとするか」
浴場に到着し、再びかけ湯を浴びた後、和貴は先ほどいけなかった露天風呂へと向かっていった。しかし、露天風呂には既に先客がいたのか、誰かがゆっくりと湯船に浸かっていた。
(同じことを考える人もいるんだな。話しかけるべきか否か…。せっかくだし話かけてみるか)
和貴はゆけむりで姿が見えない人物に話しかけようとして、その人物に近づいた。が、その判断が間違いであった。なぜなら、その人物は和貴がよく知っている人物であったからだ。
「か、和貴先輩…何でここにいるんですか!?」
「な!?ちょっと待て!それは俺のセリフ「こっちに来ないで下さい!!」
風呂に入っていた人物、柳瀬叶はパニックになり、近くの風呂桶を使い、和貴に向かって投げつける。それをかわすことができず、和貴はかこーんといい音を鳴らし、糸が切れたようにその場で倒れ、意識が暗転する。
(ま、まさか…今の時間帯で叶が入っているとは…。叶には悪いことをした)
和貴が倒れて、叶はパニックになっていた。それが和貴の意識が失う前の最後の記憶だった。
次の日、意識が目覚めた和貴は何故あの時叶がいたのかアルケミックに問いただした。アルケミックは「あの時間は男女風呂の分別はなくて、混浴だったことを忘れてたよ~。ごめんね!てへぺろ」と言っていた。
無論、和貴はアルケミックを許すことはなく、拳固を叩き込み、叶に土下座して必死に謝っていた。結果的には叶自身も和貴を気絶させてしまったことを気にしていたのか、叶も謝り無事に和解できた。
残り二日の観光旅行も特に問題なく、皆楽しむことができた。あとは帰るだけとなり、忘れ物がないことを男子部屋にいる和貴たちは確認していた。
「忘れ物はないよな?なかったらさっさと受付に鍵を返したいんだが…」
「俺は大丈夫だぜ?幸成も問題ないよな?」
「はぁ~。せっかく覗きが成功すると思ったんだが…畜生、次回があったらこの反省点を生かして今度こそ…」
「幸成、少なくとも、詩奈がいる限りは絶対に失敗すると俺は確信を持って言えるぞ。というか、それよりも早くいかないと詩奈に蹴飛ばされるぞ?」
「俺はそれでも別にいいが…。まぁ、みんなを待たせるわけにはいかないしな。忘れ物は確認したし、行こうか」
男子部屋三人衆は各自の持ち物を持った後、受付に行き、鍵を返しに向かった。受付には既に詩奈達が集合しており、既に鍵を返していた様子だった。
「遅いわよ。早く鍵の返却を済ませて変態」
「心外だな。この二人と違って、俺は故意じゃない。結構傷つくからやめてくれ」
眼鏡を掛けなおす和貴だが、長い付き合いの詩奈には精神的にかなり傷ついていることに気が付いた。先ほどの発言を訂正するために、詩奈はすぐに謝る。
「ごめん和貴。あなたの場合は事故よね。大丈夫、あなたは含まれていないから」
「言い直しても後の祭りだ。まあ、やっちまったことは事実だし、否定はできない。俺は鍵を返却するから、先に駅へ向かってくれ。後で合流する」
詩奈にそのことを伝えると、和貴は受付に行き、鍵を返しに向かった。詩奈も和貴の指示に従い、先に駅へと出発していった。
料金等はすべてアルケミックが支払ったため、和貴がお金を支払う必要はない。故にすぐに鍵を返却し、皆と合流しようと歩を進めようとした時、受付から一人の男性が現れた。
「ご利用ありがとうございます。ところで、一つお尋ねしたいことがあるのですが、お時間は大丈夫でしょうか?」
和貴が鍵を渡した人物は他の従業員と違い、異質な空気を纏っていた。まず、藤色の頭髪に緑色の眼、しかも美形であると印象に残りやすい人物であり、服は他の従業員と少し違い、黒色の着物を着ていた。これだけでもこの宿においてはかなり目立つ。しかし、この人物から漂う空気を感じ取り、和貴は確信する。この空気は和貴の姉、綾華と同じ強者しか纏うことができない空気だ。
「…あんた、誰だ?」
「誰だっていいじゃないですか?さて、質問ですが、アルケミックは元気に学校生活を過ごしていますか?」
その質問の意味は一体何だろうかと和貴は一考するが、すぐに考えをやめた。なぜなら、その人物に敵意は全く感じられなかったからだ。むしろ親しみすら感じられた。和貴は一つの可能性を考え、その質問に答える。
「元気ですよ。もっとも、周りを巻き込んでトラブルを起こす達人ですが…」
「そうですか。それを聞けて安心しました。これからもアルケミックのことをよろしくお願いしますよ」
そう言い残した後、その人物は宿の奥へと消えていった。その人物が完全に去ったことを確認すると、和貴は急いで靴を履き替え、皆のところへ向かって行く。走っていく中、最後に和貴はお世話になった旅館をもう一度眺めるため、旅館の入り口前に立ち止まり、旅館を見る。
おそらく二度とこの宿へ泊まることはできないだろう。だからこそ、和貴は荷物を降ろし、一礼をした。深い意味はなかった。だが、いい思い出に残ったことは確かである。故に、和貴は心の中でこう叫んだ。
お世話になりました!そして、ありがとうございました!
その一言を心の中で伝えた後、今度こそ和貴は皆のところへと合流するために振り返らずに走っていった。
「まだこんな人間がいたとはね、驚きだ」
和貴が旅館から去っていく姿を見つめ、瓢箪に入っている酒を飲みながら藤色の美男子はそう呟く。すると、旅館の従業員がふすまを開け、美男子がいる和室へと入っていった。
「アルケミック様に挨拶しなくてもよろしかったのですか?」
「別にしなくてもいいだろ?あのバカ弟子に挨拶したところで何も得られるわけないし…」
ぐぴっと美男子はまた酒を飲み、空を眺めた。すると何を思ったのか、その美男子は呟き始めた。
「人間の態度は変わっても、空はあの時と変わらずか。いや~本当に面白いな」
「営業中はお酒は厳禁といったでしょう。酒呑童子様」
酒呑童子。そう呼ばれた人ならざる鬼はははと笑い過ごす。しかし、その瞳は決して笑っておらず、もう一度空を眺めた。
「にしても、あの少年は何だったんだろうな?面白いとは思ったが、まるで読めなかったし…まあ、楽しみが増えるならそれに越したことはないが…」
独り言が空に消え、酒呑童子はこの旅館を維持するために経理を行う為、職務に戻った。願わくばもう一度あの少年とであればいいなと願いながら。
帰りの新幹線。和貴は微妙な状態に陥っていた。帰りの新幹線席は行きと違い、男女別々で座ろうというアルケミックの意見に賛成したのはよかったが、まさか目の前に叶が座り、隣にはアルケミック、そして気絶した幸成(乗る前に不可抗力とはいえ、詩奈の尻を触りに殴られた)という座席になったのだ。
前日の件をようやく忘れようとした矢先に、この座席とはなんとも運命とは残酷なのかと和貴はそう思ってしまう。話題が何も思い浮かばない中、叶が突如和貴に誤り始めた。
「和貴先輩!昨晩は本当にごめんなさい!僕がパニックになっちゃったとはいえ、気絶させてしまうなんて…」
「いや、こっちこそ悪かった。まさかいるとは思わなかったからな」
すると、叶は手招きで和貴にもう少し近づいてとサインする。そのサインを理解すると和貴は叶の小声が届く距離まで近寄った。
「それで…その…聞きづらいことなんですが、どこまで見ましたか?」
その質問に和貴は全身から冷や汗を流した。この返答は正直に答えるべきか、否か。その両方の考えが和貴の頭の中をよぎる。
(これは正直に言ってしまってもいいのだろうか?いや、いいわけがない。ここはオブラートに包んで伝えるか?しかし、察しがいい叶ならすぐに理解してしまうし…どうするべきか)
正直な話、和貴は叶の一糸纏わない姿を全て見たのかと問われればノーではない。しかし、確実に言えるのは胸は見えていた。それだけは脳裏に焼き付けてしまったのだ。
(…俺も思春期の男子ということか。この定めだけは嫌になるな)
「…結局どうなんですか?どこまで見たのですか?」
和貴は覚悟を決め、叶に控えめに伝えることにした。
「…少なくとも、叶が思っているほど見てはいない。それだけは約束しよう。というか、その話題は俺自身もあまり触れたくない。お互い、忘れたほうがいいと思うぞ?」
「なんか卑怯な答え方ですが、確かにお互い忘れたほうがいいですね。わかりました。僕はこの件に関して一切和貴先輩に聞きません」
すると、叶は大きなため息をつき、カバンの中にしまっている本を取り出し、読み始めた。どうにか災難を乗り越えた和貴は先ほど流した冷や汗を拭き、深く椅子に座った。
そこで和貴は思い出す。受付で出会ったあの人物、あれは一体誰のか?それを聞くために和貴はアルケミックに質問する。
「アル、一つ質問したいんだが、あの旅館に黒い着物を着た人物って誰なんだ?」
「いっぱいいるからわからない!!それより今回の旅行は楽しかった?」
「聞き方方が悪かった。藤色で目が緑色の人物だ。それと、旅行は楽しかった…てどうしたんだアル?顔色を真っ青にして?」
普段のアルケミックの態度と違い、その様子はまるで天敵に怯える小動物のようだった。一体どうしたのかと問おうとした時、アルケミックが震え声で和貴に聞き始めた。
「そ、その人…なんか言ってた?」
「いや?特に何も。強いて言えば、学校は元気に過ごしているのか?ってやっぱりと思ったが、あの人って…」
「うん。ボクの師匠。あの旅館にまだいたんだ…。鉢合わせしなくてよかった。う、頭が痛い…」
最後の謎が解け、和貴は納得できた。アルケミックの師匠ならあの雰囲気は理解できた。もっとも、アルケミックはそれどころではないが…。
こうして、和貴の小さな旅行の幕は降ろされた。ただ言えることは、男性陣は誰一人として無事に帰ることができなかったことだろう。
後日、本郷はそのことを有樹に話すと「ただの自業自得じゃねぇか。あほだな」と一喝していた。




