第二十一章 まるで、それは世界最期の日のようで…… 3
「これは……メビウス様の空間歪曲か……?」
ケルベロスは、バイアスを抱えながら、地底城の中を移動していた。
「……拙いな。俺達ごと巻き込むつもりでいるのかな? いや、流石にあの人の事だから、攻撃の選り分けくらいは出来そうだが…………」
念の為に、脱出を試みた方がいい。
ケルベロスはそう判断して、城の外へと向かう。
アイーシャやインソムニアと合流しなければ……。
……彼女達は、外へと逃げてくれただろうか……?
†
インソムニアは、未だ、メアリーと対峙していた。
城が崩れ始めている。
メアリーは淡々とした顔をしていた。
「これはメビウス・リング……? まあいいわ」
他人の身を案じるアイーシャとケルベロスは、混乱し、咄嗟に見抜けなかったが。…………。
メアリーは、すぐに気付いていた。
……これは、対象を無生物にだけ設定しているわね。そういう細かな芸当も出来るのかしら?
城は盛大に、捻じ曲がり、パズルのように変わっているが。それにも関わらず、メアリーとインソムニアの二人は平然とした顔をしながら、崩れ行く足場を飛びながら、お互いを牽制し合っていた。
「なあ、あのクルーエルとかいうの、抜きでやらないか? ケルベロス達もいなくなった事だしなぁ?」
インソムニアは人差し指を立てて、とても楽しそうに笑っていた。
「サシでやろうぜ? 私とお前の二人でな?」
「お馬鹿ね。でも、そういう処は嫌いじゃないわ……。どうせ、クルーエルも、城の異変に怯えて、何処かへと行ってしまったし……」
メアリーは唇を歪めて、舌なめずりをする。
瓦礫が二人の間を落下し続ける。
インソムニアは大鎌を手にしていた。
「スキゾ・フレニアはしばらく、再生出来ねぇ。でも、お前のソウル・ドリンカーって奴も、さっさと倒してやるよ」
メアリーの背中にいる、幻影魔獣はゆらめきながら、大剣を手にしていた。
そして。
ソウル・ドリンカーは、インソムニアをバラバラに刻もうと、剣を振るっていた。死神の少女は飛ぶ。
「メアリーッ!」
インソムニアは叫ぶ。
「苦痛は楽しいだろ? 殺し合いは最高なんだろ? ああっ?」
インソムニアは、大鎌を放し、キルリアン・ストリームを放とうとしていた。
「ふん、下品ね」
空中に、盾が浮かんでいる。そして。
インソムニアのいた地点の数メートル上に、ナイフや鉄球の幻影が生まれる。そして、それらは雨あられとなって、死神の少女へと降り注いでいく。インソムニアは脚で大鎌を蹴り飛ばして、それらを防いでいく。幾つかは、身体に命中するが、お構いなしに……。
彼女は、キルリアン・ストリームの大砲を放っていた。
「おらぁ、死ね死ね死ね死ねっ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ!」
メアリーはほくそえんでいた。
完全に、策に嵌めてやったという顔をしていた。
「すでに、それは幻影…………」
メアリーは、インソムニアの背後に佇んでいた。
そして。
インソムニアの背中を、生み出した長刀で切り付ける。インソムニアは……。
身を翻して、メアリーの顔面に蹴りを入れる。
インソムニアの右腕が、すっ飛んでいた。
幻影魔獣ソウル・ドリンカーが、左腕を振るって、その鉤爪で、死神の少女の腕を飛ばしたんだった。
メアリーは地面に崩れ落ちる死神の少女を見下ろしながら言う。
「これでもう、貴方の鉄砲玉は撃てないわね?」
メアリーは、鉈を手にしていた。
再び、振動が起きる。地面に大孔が開いていく。インソムニアは転がりながら、孔から脱出を試みる。
「ふん、させないわ」
孔の部分を、幻影によるブロックで塞ぐ。……幻影の実体化に間に合わない。
インソムニアは、巧く下の階へと逃げ失せていた。
右腕の再生には時間が掛かる。
そして、大鎌も取り戻さないといけない。
「ああ、クソ……」
また揺れて、ブロックが辺りの通路を塞いでいく。
そして、インソムニアは上体を起こして、あるものの存在に気付く。
「あっ、…………はっ……?」
そこには。
先ほどの振動によって逃げて、隠れていたらしい。あの石化ガスの使い手と鉢合わせる事になる。
クルーエルは。
怯えた眼で、全身からガスを散布させながら、周囲の鉄のブロックを石へと変えていく。
ガスは、インソムニアの両脚に触れていく。
インソムニアは絶望の表情を浮かべていた。
……待て、おい。これ、死ぬ。……。もう駄目だ。ふざけるな、私の命が畜生。こんな事で、今まで色々あったけれども、こんな事で……ああ、畜生……。
石化ガスは、インソムニアの腹や胸にまで這い上がってきていた。
瞬間。
すぽん、と。
彼女は首だけで、空中へと浮かんでいた。
「何やっているんだ? お前」
アイーシャだった。
アイーシャが、脳の部位まで石になる前に、インソムニアの首を切り落として、引き上げてくれたのだった。
インソムニアは薄れゆく意識の中で見ていた。
どうやら、アイーシャが壁を破壊して再び、此方に現れたらしい。おそらくは、中にいた仲間を気にして、そしてメアリーとの決着の為に……。
インソムニアは、首だけのまま、城の外へと放り投げられていく。
そして、地面に落下する前に、気を失っていた。
†
アイーシャは、分解剣を手にしながら、メアリーを睨み付けていた。
「あら? また、バラバラにされにやってきたのかしら?」
「過去の因縁の為に。そして私の未来の為に、お前を倒すっ! 今度こそね」
アイーシャの赤黒いロングボブの髪が靡く。
メアリーも、自身の髪の毛を靡かせていた。
「苦痛は快楽、屈辱は美徳。ええっ、アイーシャ。殺し合いましょうか。また、あの時のように……初めて、貴方がルブルの城を、森を訪れた時のように……」
そう、忌々しい過去の鎖を断ち切らなければならない。
ルブルの城を落とそうとした仲間達。ルブルと彼女のゾンビは、アイーシャの住む街の者達にとって脅威以外の何物でも無かった。
アイーシャの仲間の兵隊達は、みなゾンビに変えられてしまった。
そもそも、アイーシャが生きている事自体が、メアリーの悪趣味な慈愛だった。
そう。
これは復讐の物語だった。
純然たる怨嗟こそが、始まりだった。
「メアリー、私の魂の、誇りの為に死ね。そして、お前が殺して、動く死体にされた者達の悲しみの為に、地獄へ落ちろっ!」
アイーシャは大剣を振るう。
剣は分解されて、ワイヤーで吊り下げられた無数の鉄の塊へと変わっていく。
それは、メアリーの方まで伸びていく。
ソウル・ドリンカーが、アイーシャの分解剣を受け止めていた。アイーシャはすでに、剣の柄を放していた。
アイーシャは足の裏側にバネを仕込んで跳躍していた。
そして。
左腕を、ガトリング・ガンの形態へと変えて、獣の化け物へと撃ち込んでいく。
「ふふっ、アイーシャ。そんなんじゃ、私のドリンカーは……」
アイーシャの右腕が無い事に気付く。
右腕は。
ロケット・パンチとなって、メアリーの腹へと深く捻じ込まれていく。
メアリーは、口から血を吐き続けた。
「な、何するのっ、よ……っ!」
「よく分からない、モンスターの方はいい。お前を殺せば消えるんだろっ?」
アイーシャは、念の為にメアリーが吐き出した血が服に付着した為に舐める……。
幻影じゃない……、今、相対しているのは本物のメアリー……。
アイーシャは間髪入れずに。
メアリーの喉を蹴りで、切り裂いていた。
アイーシャは気付いていた。ソウル・ドリンカー、間合いが中距離、遠距離型だ。近距離の接近戦に持ち込まれると、巧く機動する事が出来ない。
アイーシャの首の辺りに、刃が迫る。
いつの間にか、鉈が飛んできて、彼女の首を落とそうと迫ってきていた。アイーシャは両腕の肩の辺りを盛り上げて、刃を防ごうとする。鉈は襟のようになった肩の部分に深く食い込んでいく。
……グリーン・ドレスが刺し損ねた止めを、此処で刺してやる。
ロケット・パンチにした右腕を戻す。そして、バネ仕掛けにする。
メアリーの幻影作成には、若干の時間が掛かる事も分かり切っている。
深く、深く、撃ち込んでやろう。
アイーシャの右腕は、杭になっていた。
それは、深々と、メアリーの左胸へと撃ち込まれ、食い込んでいく。
そしてそのまま。
メアリーの肉体は、壁へと磔にされていく。
アイーシャは返り血に塗れていく。
ソウル・ドリンカーは。
既に、アイーシャの背後に回って、鉤爪で彼女を握り潰そうとしていた。
「もう、眠れ……」
アイーシャの胴は、怪物の左腕によって握り潰されていく。アイーシャの肋骨はへし折れて、肺へと突き刺さっていく。
アイーシャは。
既に切り外していた、両脚をガトリング・ガンへと変えていた。
メアリーの頭部へと、弾丸が撃ち込まれ続ける。
アイーシャの肉体は、ぼきぼきにへし折れていく。それでもなおも、彼女は攻撃の手を休めなかった。
さらさらと、まるで砂でも崩れるように。
幻影魔獣、ソウル・ドリンカーの肉体が風に吹き飛ばされていく。
後には、揺れる城の中、倒れるアイーシャと、壁に磔にされた首無し死体だけが残っていた。
……地面が気持ちいい。何か、身体、全然、動かなくなってきたけれども。これ、私、勝ったの?
†
「メアリーが死んだ……?」
ルブルは、自身のカラプトで半ばゾンビ化していた女の命の灯火が消えた事を理解する。
「私の伴侶……、生涯の…………」
これまでずっと、余裕だった彼女の両眼の焦点が合わなくなっていく。
隣では、真っ赤なドレスをはためかせながら、フルカネリが薄ら笑いを浮かべていた。
「はははっ、メビウスが来ていますわ。私を呼んでいる」
そう言うと。
フルカネリは何処へと消えていく。
ルブルは呆然としながら、メアリーとの思い出が、濁流のように頭の中を駆け巡っていた。記憶が螺旋を描きながら、留め止めなく溢れ出していく。
今、全てが失われてしまったのだ……。
自分が、何の為に存在してきたのか、分からなくなる。
†
ニーズヘッグは、消え行く肉体の中で考えていた。
いつか、再び、この世界を壊してやろうかと。
彼は無限の円環の樹木を通して、不在の世界へと還っていく。
その意志を残したまま、ひたすらに今しがた現れた女に対する敵意ばかりが膨れ上がって、やがてはそれさえも収束していった。
彼は先ほどまでいた世界に関与する事は出来なくなった。
見事に“退場とやら”を果たしてしまったのだった。
……何だ?
時間にして、数分だったか。あるいは数十分、もしかすると、数時間も経過していたのかもしれない。
呼ばれていた。
確かに、そいつは呼んでいた。
……ルブル? また、俺様を呼んでいるのか?
どうやら、この世界にまだもう少しだけ留まれそうだった。
闇色の光が広がっていく。
彼はそれに手を伸ばした。
そして、気付けば、城が姿を現していた。
随分、時間が経過していた。
対峙する、メビウスとフルカネリの姿が見えた。
……ああ、畜生。何やっているんだ? あいつら。
ニーズヘッグは、ひたすらに憤りの感情を上げ続けていた。
†




