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第二十章 世界の調律者 1

 誰もニーズヘッグを倒す事が出来ない。


 ただ、どうしようもない程に強く。誰も排除出来ない脅威として、世界中の空を飛び回っていた。幸いな事なのか、どうも破壊の爪痕にはバラ付きがあるみたいだ。

 どうしても、この敵だけは何とかしなければならない。


 人類にとって、脅威以外の何者でもないのだから。

 ホーリー・ドラゴン、エアを始末し損ねたメビウスは、ニーズヘッグを倒す事を考えていた。エアの方は、戦線離脱したそうだから、ひとまず放置する事にした。

 幸い、あの魔竜は出不精なのか、破壊の行動自体は少ない。

 ただ、絶対に何とかしなければならない。


 ……『不在の世界』から、ルブルが召喚したのか。

 この世界の外側にある世界、そこから引っ張り込んできたのだとすれば、この世界にいる者達程度では、勝てないのではないのか?

 ニーズヘッグは、自分自身が消滅させた都市の辺りを彷徨っているみたいだった。

 どうにも、行動が中々、取れないのかもしれない。


 ……もしや、ルブルの意思が関係しているのか?

 その仮説が的中している可能性は高い。

 もし、そうならば、勝機はある。

 ルブルを始末すれば、ニーズヘッグは『不在の世界』へと押し戻せる可能性が高い。

 ならば、単純な話だ。

 あの闇のドラゴンは今は、放置するに限る。

 そして。

 インソムニアからの通信が入った。

 しばらく沈黙していた彼女だったが、どうやら、ケルベロスと一緒に、ルブルの新たな居城に向かっているとの事だった。

 メビウスも赴くように言っている。大会戦を始めようと。


 ……ふん。

 マシーナリーまで即座に向かうのは、そう難しくない。

 ウロボロスの能力が、上昇している。

 ルブル程度を始末する事は簡単に出来そうではあった。



 メビウスが、取っていた行動は、まるで自身の下した分析、決断とは違ったものだった。


 …………。

「ふむ。処で、私は愚かか?」

 彼女は、辺り一帯が砂漠化した場所にいた。

 その上空には、漆黒の翼を生やした中性的な容姿とファッションに身を包んだ男がいた。

 ニーズヘッグは、黒いドレスを翻していた。

 真っ赤な薔薇のあしらわれた帽子。

 獰猛な瞳、刀剣のように伸びた爪。


「ふん、俺様と対話しに来たんだろう? どうにもならなくなったから、ドーンって奴の首領は馬鹿なのか?」

 もっともだった。

 ルブルを始末すれば、終わるだろう。


 しかし……。

「……ルブルは何をしたと思う?」

 メビウスは不可思議な事を、ニーズヘッグに訊ねる。


「何を言っているか分からねぇな」

 メビウスのウロボロスの力は、何故か上昇している。まるで、何かにエネルギーを与えられているかのようだ。

 メビウスは……ある事に気が付いた。

 対するニーズヘッグは、何故だか、次第に弱体化していっているのだ。

 何が起こっているのか分からなかった。

 先ほどから、何故か、アビス・ゲートの深淵の攻撃が、メビウスに命中しない。

 何故、避けられているのか分からない。

 たとえ、空間を捻じ曲げようが、何をしようが、そんなものなど関係の無い能力の筈だった。

 理由は同じものなのか?

 ルブルに関係しているのか?


「ニーズヘッグ」

 彼女は更に、敵対する男に向かって、理解不可能であろう事を言った。


「協力しないか? 私と共に、あのマシーナリーの地下まで向かわないか? お前の翼ならば、瞬間移動でもするかのように、簡単に飛んでいけるだろう?」

 ニーズは、顔をひく付かせていた。

 マシーナリーの地下。

 それは、きっと“端末”の一つなのだろう。

 無数に各地に張り巡らされた網に過ぎない。

 しかし、ネットワークのように、どの糸に絡み取られようが関係無いのだろう。問題は、ルブルのような存在が、ドーンに対抗しようとする存在が、それを見つけるのを待つ事だった。

 メビウスは、かつてドーンを創った。

 何の為に創ったのだろう?

 おそらくは、何か意味があった筈なのだ。

 自分の思考の主体は、何によって基づいているのか、彼女にはまるで分からない。

 分からないからこそ、あらゆる者達に可能性を見ようとしているのだろうから。



 ニーズヘッグは、混乱していた。

 何故か、自分の力が弱まってきている……。


 自分のアビス・ゲートがこの世界を巧く壊せない、という事は、ルブルが他に、彼以外の他の事に執心しているからだ。彼は“認識”によって依存して、この世界に肉体やその力を実体化させているからだ。


 ……他にも理由があるだろうな。


 ジャミングか?

 混線させる、何かを放っている奴がいるのだ。だから、巧く動けずにいるのだ。

 どれ程、強大な破壊のエネルギーを持っていたとしても、彼はこの世界においては、他者の認識に依存しなければ、まともに存在する事が出来ない。

 たとえば、この世界に存在する全人類を殺してしまえば、彼はこの世界にいられなくなる。

 恐怖や畏怖、というイメージの具現化こそが、彼なのだから。

 ルブルの波長を受信しようとする。頭の中に、少しずつだが、ノイズ混じりの映像が入り込んでいる。

 彼女は、ある街の地底にいる。


 ……何だ? あれは?

 今や、街一つすら、まともに破壊出来ないかもしれない。

 自分の肉体が、この世界に存続出来なくなってきている。


「ずっと、待ち望んでいたのか? 馬鹿な? ルブルのような存在を?」

 メビウスが、意味不明な事を言う。


「何を言ってやがるんだよ?」

「『ドーン』に、私に本当に対抗しようとする者が現れるのを待っている者がいたとするのならば……」




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