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第十九章 終幕へと…… 3

 インソムニアは、地面に横たわりながら、現状からの脱出方法を考えていた。


 ペイガンもまた、気を失っている。

 叩くなら、今なのだが、自分の肉体がどんどん衰弱していってしまっている。

 どうすれば、この敵を倒せるのだろうか?

 まるで分からない。

 とにかく、自分が危険な状態にあるという事をしっかりと認識するべきなのだろう。

 まず、肉体の異変を整理してみる必要がある。

 眼が見えない、身体が動かない、身体が苦しい、能力が巧く使えない。


 ……ちょっと待てよ? どうしようもなく、なってきていないか?

 あの倒れている男の攻撃は、自分を病気にしていく。

 何とかしなければならない。

 どうすればいい?

 どうすれば、現状から抜け出せられる?

 左足に激痛が走る。

 すると、アリジゴクのような頭を持っている変な虫に噛まれていた。


 ……ああっ? ちょっと、待て。今度は何だよ?

 頭がパニック状態になる。

 左右も何も分からない。彼女は血を吐きながら、どんどん巧く出せずに、消え掛けているキルリアン・ストリームの光弾を撒き散らし、ダンス・マカーブルの大鎌を辺りに振り回していた。爆撃によって破壊された壁の破片が、自分へと降り注ぎ、大鎌が自らの肩を切り裂いていく。


 ……ちょっと、待て。何やっているんだ? 私。

 平衡感覚が分からない。

 もう、段々、自分が何者なのかさえも分からなくなってきていた。ただ、ひたすらに恐怖のようなものが湧き上がってくる。そもそも、自分自身が生きている事が、とてつもなく悲しくなってくる。何で、こんな場所にいるのだろうか? 分からない、分からない。

 ぼんやりとした眼で、インソムニアはペイガンの方を見ていた。


 ……あれっ? こいつ、誰だっけ?

 何だったっけ? 今の状況って何だっけ? 今、何をしようとしていたんだっけ? こいつ、友達だっけ? それとも、敵だっけ? 何か口にしようとしたが、それさえも思い出せない。


 ……そうだ。アリジゴクみたいなのに噛まれて、パニックになっているんだ、私。えっ……?

 目の前の男は、何か土塊から、剣のようなものを作り出していた。

 ぶつ、ぶつ、と、その男は、俺は昔、剣術を学んでいた。だから、首くらい切れる。そんな言葉を発していた。

 そいつは、近付いてくる。

 ゆっくりと近付いてくる。

 確実に、死として近付いてくる。


 ……ふざけるなよ、畜生が。私は頭さえ潰されなければ、死なねぇんだよ。


「私は、頭を潰せば、死ぬんだよっ!」

 ……はっ?

 今、何を口走っていた?

 何を言ってしまった。

 ペイガンという名前だったっけ。思い出した。

 そいつは、地面から生み出した刀剣を持ちながら、此方へとゆっくりとにじり寄ってくる。

 再び、足首から激痛が走る。

 見ると、今度は紅珊瑚色をした、角のある蛇が彼女の脚を噛んでいた。


 ……今度は何だ? あああっ、何か全てがどうでも良くなってしまっている。ああ、このまま別に殺されてもいいじゃん、って思ってしまっている。

 眠い。

 ひたすらに、何もしたくない程に眠りたかった。

 どうせ、身体が麻痺してきて動かないし、力も巧く出せないし、視力も落ちているし、そもそも、全身が苦しくって仕方が無い。

 なら、いっそ死んだ方がよっぽど楽なんじゃないのか?


 ……能力の名前、確か……ヘカテ、とか言っていたか。恐れ入ったよ。マジで私を殺せるのかよ?

 意味が分からないが、とにかく強い相手だ。

 ペイガンは斬首人のように、剣を振り下ろそうとしていた。

 首を斬った後に、頭を叩き潰そうとしている眼だ。


 殺される。殺される。


 インソムニアは裏返った声で、叫び続けていた。口から大量に涎と血反吐が垂れ流れていく。ぐるんっ、と、眼球が裏返る。

 巧く形にならなかったが。


 ダンス・マカーブルの刃の先だけを動かす事が出来た。そして、それが、ペイガンの両脚を深々と裂いていく。

 真っ赤な花が噴出して、ペイガンは昏倒する。

 そして、苦痛で叫び続けていた。


 ……やれる。焦点が巧く定まらないけれども、やれるっ!

 彼女は、マカーブルの大鎌を、片っ端から振り回して、自分の肉体も鎌で傷付けながら、ペイガンへと襲い掛かっていく。

 ペイガンの胸が切り裂かれ、彼が再び、転倒する。


 ……そうだ。このまま、倒せる。私が万全じゃなくてもだっ!

 ふと、気付く。

 インソムニアは、隣に何者かが立っている事に気が付く。

 そいつは、大斧を持った、ケンタウロスの姿をしていた。

 ……はっ? ……ちょっと待てよ。

 敵が二人いれば、絶対に負ける。死ぬ。殺される。何とか、ペイガンを意地で無力化する事によって、一応の抵抗が出来る状態にまで持ち込んでいるのだ。

 ケンタウロスは、まるでインソムニアの哀願に呼応するように、形を変えていく。


 それは、竜宮の使いという深海魚のような形状を取っていた。

 そいつが、インソムニアの下へゆっくりと宙を泳いでやってくる。鎌で切り裂いても、透けてしまう。

 そして。

 そいつは、インソムニアの手首に噛み付いた。

 瞬間、まるで駄目出しのように、世界が暗転する。

 気付けば、そこには誰もいなかった。

 自分の全てが、止まってしまったかのようだった。

 そして、隣には、何故かもう一人、倒れている自分がいる。

 何秒、何分、あるいは何時間の間、此処でこんな事をしていたのだろうか。

 倒れているもう一人の自分が、起き上がって、大鎌を持って此方側へと歩いてくる。

 首を落とす、首を潰す。お前の脳漿を撒き散らす。

 そいつは、自分の声で、そんな事を囁き続ける。


 ……あれっ? ドッペル・ゲンガー? おいおい、待てよ。本当に待てよ。これ、私、完膚無きまでに、絶体絶命なんじゃねぇの?

 仲間、助けに来いよ。

 もう、勝てるわけないだろ。

 インソムニアは心の声で叫び続けていた。



 アイーシャはバイアスに持たせた消毒液とガーゼで、腹の傷を抑えながら、上から包帯を撒いて、城の中を進んでいた。


 バイアスは御丁寧にも、水の入ったペットボトルを手にいた。聞く処によれば、先程、セルジュのヘル・ハウンドを破壊した際に、座席の中に詰まれていたものらしい。


 ……この下僕は、中々、役に立つよなあ。

 アイーシャは、まじまじと、彼の顔を眺めていた。

 家具が天井に張り付いている、何の為に設計したのか理解に苦しむ形状をしている。

 ドアは高めの場所に設置されており、わざわざ這い上がって、別の部屋に行くのも、腹を負傷した身となっては、苦難以外の何者でも無かった。

 回廊を歩き続ける。


 しばらくすると、誰かの足音が聞こえてきた。

 バイアスに、クリムゾン・サクリファイスをいつでも撃ち込めるように指示を出す。

 足音の正体を見て、アイーシャは安堵の息を吐く。


「何だ、ケルベロスか」

 ケルベロスは、ぼろぼろの身体で此方を見ていた。

「どうしたんだ?」

「ああ、敵の一人を倒した」

「そうか、私もだ」

 ふうっ、と、二人とも大きく息を吐く。

 何処か遠くて、叫び声が聞こえてきた。

 インソムニアのものだ。

 アイーシャは、ぐったりとした顔で、壁に横たわる。


「どうする? ピンチなのかもよ? 助けに行かないのか?」

「ああ。大丈夫なんじゃないかな。あいつは不死身だ。それよりも、俺はほんの少しでいい。休みたい。かなり、負傷と疲労が酷いからな」

 ケルベロスも、アイーシャと向かい合う形で、壁に持たれかかる。

 バイアスが、彼の全身に出来た傷も、消毒液を塗って応急処置を施していく。

 余り、万全の態勢とは言い難いが、このままルブルとメアリーも倒してしまおう。

 だが、その前に、ほんの少しでも、休息を入れておきたい。


 インソムニアの悲鳴は何処からか続いていたが。

 アイーシャとケルベロスは、バイアスに見張らせて、まるで少しでも疲労を回復させるように、次の戦いに備えて、仮眠を取る事にしたのだった。



 ……おい、待てよ。本当に、待てよ。あの二人、今、苦戦している最中なのか? それとも、薄情者で私の事を無視しているのか? 私の声が届かないのか?


 インソムニア自身の姿をした何者かは、ダンス・マカーブルを構えながら、彼女の首を落とそうと迫ってきていた。

 これは、意外にも絶体絶命なんじゃないのか?


 ……いや、待てよ。私の考えが正しければ。

 今や、殆ど見えなくなってしまった視界を集中させながら、辺り一帯の空間を見つめる。

 ペイガンは再び、倒れて動いていない。

 この謎のドッペル・ゲンガーは、彼を守る為に現れたのだ。


 ならば。

 ドッペル・ゲンガーが、インソムニアの首の辺りへと大鎌を振り下ろしていく。

 インソムニアは、死力を尽くして、

 左腕を犠牲にして、鎌の攻撃を受け止める。左腕が切断される。

 右腕は、大鎌を掴んでいた。


 ……スキゾ・フレニア。『フォリ・ア・ドゥ』。敵の負のエネルギーを、私に感化させろっ!

 インソムニアの全身に、キルリアン・ストリームを撃ち込む為のネガティブ・エネルギーが充満していく。


 彼女は。

 先ほど、ペイガンが倒れていた場所へ向かって、吸い取った負のエネルギーで生成した、キルリアン・ストリームを撃ち込み続ける。

 まるで、霧が晴れていくかのように、自らのドッペル・ゲンガーも消えていく。

 見ると、ペイガンがぼろぼろの状態で倒れていた。

 彼のいる向こう側には、大穴が開いていた。

 インソムニアは、身体のタトゥーから、三つ首のドラゴン・ゾンビ、スキゾ・フレニアを召喚して、全身を持ち上げてもらうと、そのままこの部屋を抜け出す事にする。


 ……なあおい、これ。泥仕合みたいなものだったけど、私は一応、勝ったって事でいいのかよ?

 ペイガンは動かない。

 とにかく、先へ進もうと思った。




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