第十九章 終幕へと…… 2
ホーリー・ドラゴンを取り逃して以来、メビウスはしばしの間、沈黙していた。それは、更なる脅威が迫ってきたからだ。エアという男など、今は放置していても問題無いだろう。
全世界が簡単に終わっていくかもしれない。
一つは、ニーズヘッグという化け物の存在。
何とかして、彼を始末しなければならない。殺す事は可能なのだろうか。いや、元来た世界に押し返すしかないのだろう。
それともう一つ気になる事。
自分自身の肉体にただならぬ異変が起こっている。
コッペリアの創ったオリジナルではない、模造品の肉体が、おかしな変化を遂げている。デス・ウィングから手に入れてきたパーツの影響では無い事は確かだ。おそらくは、デス・ウィングの有していたパーツもまた、コッペリアよりも質の高い何処かの人形職人が創ったものでしかないのだろうから。
しかし、今やこの体内から溢れ出してくる力は何なのだろうか。
目覚めようとしているのか?
もし、そうだとするのならば、何らかのきっかけで、ルブルが封印の扉を開いたからかもしれない。どれがきっかけになっているのかは分からないが。
あるいは……、この日を待ち望んでいた可能性がある。
今や、ドーンは終わろうとしている。
このままでは、ダートのメンバー達によって秩序は壊滅しようとしている。
メビウスは何度も、追い詰められた。
セルジュにも、ニーズヘッグにも。エアにも不覚を取った。
この世界は、ドーンでは……メビウスの力ではどうにもならない現象ばかりが溢れ続けている。
ならば……。
“そいつ”が浮上してしまった可能性があるんじゃないのか?
メビウスはずっと、そいつの断片を探し続けていたのではないのかと、今にして思う。
全ての混沌を齎す者。“全にして一”なる、宇宙の崩壊。
どうすれば、そいつを倒す事が可能なのか。所詮は、未だ眠っているに過ぎないのだろうから。
メビウスが、ドーンで行ってきた目的はそれだった。
秩序の側に立つ、強力な能力者を育てなければならない。しかし、今なお、そんな存在は出て来ていない。あの者を完全に倒せそうな相手にはだ。
……混沌の側にいる者もまた、秩序の側に行く可能性もある。私は始末し過ぎたのかもしれん。もし、仮に“絶対悪”が存在するのだとすれば、それは世界全体を終わらせ、あるいは好きなように改変させられる者か?
かつて、メビウスを創りし者。
そして、いつか倒さなければならないもの。
今はまだ眠り続けているが、復活する事も預言されている、自分の中の心に刻印として知っている。
ドーンも、アサイラムも、所詮、自分の掌であり、そいつを倒す為の可能性の坩堝だった。しかし、まだその可能性には至っていない。
まだ、ずっと力がいる。
そいつが、この世界に受肉する前にだ。
メビウスは確信する。
おそらく、そいつは待っていたのだろう、と。
そして、もう手遅れの可能性が高い。
†
『神の世界』、あるいは『不在の世界』と呼ばれる、この世界にまだ降下していない可能性、あるいは遥か遠くの平行世界からやってきた者達。概念なる存在。
一説によれば、能力者達の能力は、そのような何処か向こう側の平行世界の力を、その身に降ろしている可能性がある。それはまるで人が呼吸するように、視覚を持つように、腕力を持つように、思考を持つように、平行世界の向こう側、まだ誕生していない不可能世界の向こう側にいる存在こそが、能力者達の能力を当たり前のように使っているのかもしれない。
実態としては、ドーンの中枢であるメビウスさえも分からない……。
その者達が巣食う場所から、ニーズヘッグという化け物は、ルブルの波長を感じて、此方側にやってきた。あるいはもしかすると、彼はルブルのかつての友人なのかもしれない。ルブルがダートを計画するまでに、各地を放浪して探してきたのだろう。
ならば、ルブルは不在の世界にて、化け物と契約を交わして、此方側の世界に召喚したのだろう。
不在の世界の化け物。
そして、それが、ニーズヘッグなのだ。
ルブルの意思によって、おそらく彼はこの世界に実体を持って存在する事が出来ている。
もし、ルブルが交渉によって彼を従え、あるいは仲間に引き入れているのだとするのならば。交渉、つまり対話が可能な相手とするならば。
それは、苦肉の策だった。
しかし、それ以外には考えられなかった。
†
どちらも、実力は拮抗状態だった。
どうやって、相手の息の根を止められるのか、もう分からない。
セルジュは全力を尽くしている。
アイーシャもだ。
「死ねよ、アイーシャ。俺と……俺と、メアリーの為にっ!」
アイーシャは。
分解剣の刀身をバラバラにして、ワイヤーで吊り下げた鉄の塊を辺り一面へと振り回していく。
氷が砕け散っていく。
セルジュは、それらを巧みに避けていく。
今や、アイーシャは隙だらけだった。大振りの攻撃で、その彼女は隙だらけだ。
セルジュが氷の鏡を割れば、アイーシャの胴か頭を割れば、彼女は死ぬ。
一撃、当てれば終わるのだ。
「もう、お前は終わっているのよっ!」
それでも、アイーシャは果敢に強気を保ち続けていた。
「もう、てめぇの負けだっ!」
二人は互いに怒声を上げながら、まるで一歩も譲らない。
重い一撃を入れれば、勝負は決まるだろう。
セルジュは、跳躍していた。
そして、肘から出した二本の刃で、まるで小細工無しでアイーシャの喉を切ろうと落下してきた。
アイーシャは。
先ほど、破壊された左腕を復元して、ロケット・パンチへと変えて宙を舞う拳を、セルジュの背中へと叩き付ける。
セルジュは、蛇のような分解剣へ絡み取られながら、地面へと強く叩き付けられていた。
「セルジュ…………」
彼はなおももがき続ける。
そして、地面を這いながら、地面を刻み続ける。そして、アイーシャの分解剣が砕け散っていく。
彼は立ち上がっていた。おそらくは、全身の至る箇所にかなりのダメージを負っているのだろう。それでも、立ち上がって、アイーシャの方へと向かっていく。
「まだまだ、だよ。行くぜ……?」
彼は両腕の刃を尖らせながら、彼女の方へと向かっていく。
だが。
天井が崩れ去っていく。
何度も、アイーシャが亀裂を入れたりしていた天井だ。
氷の塊が、セルジュの全身を押し潰していく。更に、それに呼応するように、床下の地面も崩れ去っていく。どうやら、床下は湖へと繋がっているみたいだった。
セルジュは口から血を吐き続けていた。
彼はまるで、墓標のような氷解に覆い被さられていく。
そして。
まるで、最期の一撃のように。
セルジュの両腕の刃が二つ程、飛んできた。
アイーシャはそれを巧く避けられなかった。
彼女の腹の辺りが、切り裂かれ、そして、彼女の両脚を映した氷壁が砕かれ、彼女の両脚が粉々に砕け散っていく。
セルジュは立ち上がれないみたいだった。
息をしているのかさえ、疑わしい。
そのまま、彼の全身は、水の底へと沈んでいく。
アイーシャもほぼ立ち上がる事が出来なかった。
そして、這いずりながら、元来た扉の方へと向かっていく。
錠前の鍵を壊して、外へと出て行く。
そう言えば、頬などは凍傷で痛かった。しかし、大して気にならない痛みだ。
外では、バイアスが律儀に待機していた。
アイーシャは、ぼろぼろの身体を労わるように、彼に告げると、大きく息を吸って、吐き出す。
「ねえ、バイアス。多分、どうやら、私、勝ったみたい……」
ケルベロスは、今、どうしているだろうか?
ルブルとメアリー。
あの二人を倒せそうな気がした。
†




