第十八章 地の底にある、さかさまの城 4
天井には暖炉や椅子、ソファーやテーブル、テーブルの上の燭台などが固定されて貼り付けられている。何の為に、こんな城を作ったのか分からない。
地面にはシャンデリアなどが剣山のように、張り付いている。
ペイガンはにんまりと笑いながら、インソムニアを見ていた。
空ろというよりも、不安そうな双眸だ。
何物かが、部屋中を這いずり回っている。それは黒い影のようなものだった。
「ヘカテ、か。お前の力の名前は……」
壁には、影で出来たムンクの叫びやオルシーニ別荘の怪物石像のような顔達が、びっしりと這いずり犇きながら、部屋中を行き来している。
インソムニアの周囲にも、彼女の影から這い上がってきた謎の腕達が、彼女へと掴み掛かろうとしていた。
「どんな能力か知らねぇけど、死の舞踏を踊って貰うぜ。大鎌でバラバラにしてやるよ」
彼女は自身の得物であるダンス・マカーブルの柄を強く握り締めていた。
そして、インソムニアはペイガンの能力を分析していた。
直観だが、おそらくはペイガンの能力は、それ自体が意思を持っている可能性がある。だから、彼はコントロールし切れていないんじゃないのか?
インソムニアは、辺り一帯に充満している負のエネルギーを集めていく。
キルリアン・ストリームを撃ち込んで、即効で倒してしまおう。あるいは……。
「じゃあ、行くぜっ、バラバラにしてやるよっ!」
インソムニアは、大鎌を左手に持ち替えて振り回しながら、ペイガンの首を刎ねる振りをして。
右手から、キルリアン・ストリームの、負のエネルギー弾の大砲を撃ち込んでいく。
ペイガンは直撃へと晒される。
インソムニアは。
突然、自分の視界がぼやけている事に気付く。
眼が見えなくなっていく。
……ちょっと待て? おい、何をされた? 私っ!
インソムニアは背中にいる何かに気付く。
それは芋虫のような頭をして、口から針を伸ばして、彼女の背中に突き刺していた。彼女は焦って、そいつを振り解く。
遅かった……。
インソムニアの全身が麻痺していく。
……ああ、畜生。ふざけやがって。
ペイガンは全身に擦り傷を負いながら、床に倒れていた。半ば、気絶しているみたいだった。このまま、倒せてしまえないか……?
しかし、身体が巧く動かせなかった。
何とか這いずりながら、大鎌の柄を握り締める。
首を切断してしまえばいい。それで終わらせられる、勝利出来る。
しかし…………。
左足に噛み付いた何かがいた。それは鳥の嘴を持った芋虫だった。インソムニアは、そいつを引き剥がそうと手を伸ばすと、何処へと飛び去っていく。
……何だ? こいつ。何をされた?
すると、今度は全身が痙攣していく。ガタガタと悪寒がする。頭が発熱していく。胃の中から、何かが込み上げてきたので、嘔吐した。すると、血を吐いていた。
……ああ、クソ、クソ。ふざけやがって。何だ? こいつ。やっかいだ、強いぞ。いや、しかし、けれども、まだ私は動ける。
彼女はキルリアン・ストリームを撃ち込もうとする。
右手をペイガンの方向へと伸ばした。
どんどん、視界が悪くなっていく、視力が低下して、ぼやけてしまっている。それでも、位置は覚えている。
右手の甲を噛む何物かがいた。
ザリガニだった。
牙を生やしたザリガニが彼女の右手を挟み、噛み付いていた。
彼女はそれを振り解き、キルリアン・ストリームの弾丸をペイガンへと向けて撃ち込もうとする。……おかしい事に、ぽしゅっ、と撃ち込んだ弾丸は、ペイガンへと届く前に空中に雲散霧消していく。
「はっ……?」
彼女は思わず、裏返った声を口にしていた。
見ると。
左手に持っていた大鎌も、ぼろぼろと、空中分解し始めていく。
能力が使えなくなってしまっていっている。眼が見えなくなっていき、身体の自由が巧くいかず、更に悪寒や吐血に襲われ、そして今度は能力が操作出来なくなっていっている。
……おいっ、ちょっと待て。もしかして、こいつの能力って……。
インソムニアは湿疹塗れの顔で、冷や汗を流し続けていた。
……病気にするのか? 変な怪物に噛まれたら、病気になっていくのか? そして、怪物の頭ごとに、違う病気を発症するのか?
かなり、拙い。
とにかく、非常に拙かった。
未だ昏倒して、まともに動けずにいるペイガンを見ながらインソムニアは引き攣った顔をしていた。
強いのだ、こいつの能力は。本人を守る為に、敵を自動的に攻撃し続し続けている。
†
ルブルは、さかしまの城にて、奇妙な部屋を見つけた。
そこはコンピューター・ルームのように見えた。
キーボードやスクリーンこそ、未知のオーパーツのような姿をしているのだが、確かに、それはコンピューターと呼べるものだった。電源スイッチでも何処かにあるのだろうか。
「何かしら? これ?」
ミソギがいてくれた方が良かった。
彼は出払ってしまっている。彼ならば、こういう装置に対して、何か知識があったかもしれないのだが。
何処からか、声が聞こえてくる。
<あら、もうどれくらいの事かしら。この私が目覚めるのって>
謎の声が、ルブルの頭の中へと響いてくる。
そいつは、何なのか分からない。
「貴方は何者……?」
彼女は誰何する。
<あら、私ですか? 私は……ですの>
意外な話に、ルブルは驚きの顔を隠せなくなる。




