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第十八章 地の底にある、さかさまの城 2

 セルジュはメアリーに担がれながら、地下通路を歩いていた。


「ありがとな……」

「いいえ」

 メアリーは笑う。

「それにしても、全身、ぼろぼろじゃない? どうだった? アイーシャは強かったの?」

「ああっ…………」

 セルジュは悔しそうな顔をしていた。


「ふふっ、貴方も、あの子も、随分、成長したわよねえ」

「そうかな?」

 セルジュはか細い声で言う。

「なあ、何で、俺を庇った。せめて、アイーシャに幻影を斬らせたように、幻影でガードすればよかっただろ?」

 セルジュは憤る。

 メアリーは、もろに、バイアスの能力の攻撃を全身で受けていた。

 彼女は口から血を吐き続ける。


「いいじゃない? どうせ、私の肉体はもう死人なんだし、ねえ?」

「そうかよ、でも…………」

 何か、嫌な予感がした。



 アイーシャは必死の形相で、刃物を振り回し続ける。

 そして、おそらくはこの場には、もうメアリーはいないんだろう、と頭の中で理解していたが、攻撃の手を止めるのを、何故だか恐れていた。


 ……透明化している可能性ばかりを考えてしまう。駄目だ。

 突如。

 ぱしっ、と、伸ばした刃物の一つを掴まれる。

 アイーシャは驚愕する。


「なっ……?」

 そこには、在り得ない顔がいた。


「お前は………? 本物?」

「何、言っているんだ?」

 バイアスは階段の上へと向かっていく。

 その男は筋肉質の肉体に、所々から刃物を生やしていた。

 髪の毛を逆立てている。


「ケルベロス、お前、何でこんな処にいるんだ?」

 アイーシャは半ば、呆けたような顔をする。


「何、って。俺はやっぱり、前線で戦わなければ、って思ってさ。それから、此処で激しい戦闘音があったから来ただけだ。アイーシャ、久しぶりだな」

 アイーシャは何とも言えない感情に襲われる。


「本物なのね……?」

「どういう事だよ?」

「いや、メアリーの作り出した幻影の可能性も考えているのよ」

「そうか。いや、俺は自分自身が本物だって思っている。それが証明じゃ駄目か?」

 アイーシャは思わず、吹き出す。

「そうか。なんてか……、ありがとう」

 ケルベロスは、アイーシャの肉体の一部となっている刃物を放す。そして、少し困ったような顔になる。

 ケルベロスはふうっ、と溜め息を吐いた。


「とにかく停戦協定をしようぜ。何なら協力する。ダートを倒すんだろ?」

 そんな彼の友好的な態度に、アイーシャはしばし俯きながら考える。

 そして…………。

「分かったわ。一緒に行きましょう。この地下の先に、多分、連中は構えているだろうから……」



 断崖絶壁の崖だった。

 そして、そこには巨大な吊り橋が架けられていた。

 三名共、完全に警戒し切っていた。


「どう考えても罠にしか見えないけれど、どう思う?」

「俺もそうとしか思えんな」

 ケルベロスは唸る。

 巨大な暗黒が崖の下には広がっていた。

 落下して地面に激突すれば、幾ら強靭な肉体を持っていても簡単に命を落としてしまいそうだ。

 ケルベロスはおそるおそる橋の上に片足を置く。

 すると、ぎしぎしと木製の板が軋む。


「何とか、歩けそうだが……」

 アイーシャはふうっ、と、息を吐き、機械の指先をこめかみに当てる。

 すると、彼女の背中から、巨大なプロペラが生えてくる。


「ケルベロス、お前、多分、重いだろ。死体があれば、空飛ぶ機械兵を作れるんだけど。一度、戻って死体を探すか? それとも、私一人で一度、向こうまで偵察に行くか?」

 ケルベロスはううむ、と首を傾げるが……。


「いや、渡る。罠かもしれないけどな。どの道、奴らも此処を通っているんだろう?」

「そうね。でも、どう考えても、この橋全体が実体化した幻影の可能性がある。途中で落ちるに決まっている……。向こう側に渡る方法なんて、相手側も、飛べばいいだけだから」

「いや……」

 ケルベロスは、橋の板にこびり付いているものを指差す。

 赤い点が続いている。

「セルジュは負傷していたんだろう? これは奴の血じゃないのか? なら、此処を渡った可能性がある」

 橋の向こう側には、誰もいない。アイーシャは辺りを注意深く観察していた。

「じゃあ、私はバイアスを掴んで向こうまで飛ぶ。ケルベロス、もしもの時はお前は自分だけで身を守れよ?」

 ケルベロスは頷く。

 そして彼は橋を歩き出した。

 アイーシャは慎重に、バイアスを抱き抱えると、背中のプロペラを回しながら、空を飛んで移動する。ケルベロスは悠然と、橋を歩き続ける。

 しばらくすると、何故か霧が辺りを包み込み始めた。


「ケルベロスッ!」

 アイーシャが怒鳴る。

 やはり、罠だ。

 これ以上、先へ踏み込むと、絡み取られる。

 アイーシャの叫び声に、ケルベロスは答えない。聞こえていないのかもしれない。


「アイーシャさまっ!」

 バイアスが叫ぶ。アイーシャはふっ、と、自分より高い位置に飛んでいる者の存在に気付く。

 そいつは、まるで風船のような形状をしていた。ふわふわと浮いている。

 どうやら、肉球のように太った大男みたいだった。身体の質感から見て、明らかにゾンビの類だ。

 アイーシャはバイアスに舌打ちで指示を出す。

 すると、彼はクリムゾン・サクリファイスを、大男目掛けて撃ち込んでいた。大男は、ぷしゅぷしゅっ、と、破裂しながら何処へと消えていく。

 アイーシャは気付く。


「罠は飛んでいる私の方を絡み取る為なんだろう?」

 何とか、この霧を消し飛ばさなければならない。



 ケルベロスは橋の途中に、人が立っている事に気付く。

 いつの間にいたのだろうか? 分からない。


「何だ? お前は…………」

 ケルベロスは有無を言わさずに、突進する。

 そして、少なくとも、戦闘不能にしようと思った。もし、触れる事によって、何らかの罠の可能性があれば、その時はその時だ。

 人だったものは、何処へと消える。

 ケルベロスは、冷や汗を掻く。

 そして後ろを振り返ると、白い霧が辺りに充満していた。

 明らかに、この橋の上に居続けるのは拙い。

 ケルベロスは走っていた。


「ケルベロス、助けてっ!」

 後ろから、アイーシャの声が聞こえる。

 すると、アイーシャとバイアスが橋の上で、全身血塗れで倒れていた。バイアスに至っては、右腕が欠損する程の重症を負っている。


「あ、ああ、クソ。待ってろ、今すぐ手当てを……」

 ケルベロスは走って、戻ろうとする。

 そして、二人の下へ近付こうとして。

 離れた場所から、アケローンの刃を拳から伸ばして、バイアスの頭を縦に割り、更にアイーシャの首を刎ねる。

 すると、ぐしゃあぁっ、と、二人は気味の悪い緑と灰の混ざった液体へと変わって、橋の下へと落下していく。


 ……バイアスの瞳の色が違っていた。そこまで観察し切れていなかったな……。

 幻覚使い。

 此れ程までに、強敵だとは……。

 改めて、メアリーの恐ろしさを実感する。

 ケルベロスは前進する事にした。

 とにかく、橋を渡り終えなければ意味が無い。もし、途中で橋が幻覚の実体化を解かれて、自らの肉体が高度から落下していったとしても、その時はその時の対処方法を考えている。

 背後からは、アイーシャ達の悲鳴などが聞こえてくる。まるで耳を貸さない事にした。

 そして、気付けば、橋を渡り終えていた。

 霧が晴れてきている。

 橋の長さは、およそ数百メートル程度だったのだろうか? 彼が全力疾走すれば、たやすく渡り切れる距離だ。

 硬い大地の上に立っている。

 気付くと。

 隣には、アイーシャとバイアスの姿があった。


「お前達、良かった、無事で……っ!」

 問答無用だった。

 アイーシャが、大剣を振るって、ケルベロスを一刀両断にしようとしていた。ケルベロスは腕の刃で彼女の攻撃を受け止める。

「止めろっ!」

「お前は本物のケルベロスか? ああっ?」

「本物だ。本物に決まっているだろう? 先ほどお前達の偽者も橋の上で見たぞっ!」

「そうかよ、私は今、本気でお前を斬ろうとした。幻覚や幻覚に被さったゾンビごときじゃあ、私の攻撃は弾けない。本当に本物と信じていいんだな?」

 アイーシャとバイアスは必死の形相をしていた。

 疑心暗鬼の塊になる。

 それこそが、メアリーの能力における本当の恐ろしさなんじゃないのか?

 どんどん、心が荒んでいく。他人を疑い出し始める。あるいは、それこそが憎悪というものの本質なのかもしれない。

 ……シンプルに考えろ、俺。別に権謀術数で負けたら、それでいいじゃないか。俺は策を練って戦うのが苦手だ。それでいいじゃないか。

 迷う事、迷わせる事さえも、メアリーの強さの一つではないのか。

 ケルベロスは呼吸を整えていく。


「アイーシャ、バイアス」

 ケルベロスは二人の名前を叫ぶ。

「俺はお前らに“裏切られよう”が“騙されようが”構わない。しかし、お前達はもし、俺が裏切ったり、騙したりした場合は、容赦無く斬れ。それがシンプルでいい。それでいいか?」

 彼は意志の灯る瞳で二人を見つめる。

 アイーシャは鼻を鳴らす。


「ああ、いいぜ。私はお前が襲ってきたなら、容赦無く殺してやる。それで死ぬ程度なら、メアリーの幻影なんだろうから、それでいいな?」

 彼女の言葉に呼応するように、バイアスも頷く


「そうか、それは頼もしいな」

 ケルベロスは笑った。

 メアリーに対して、精神的に勝ったような気がした。



 このアサイラムのボスをやっている男は、おそらく信頼出来る。


 アイーシャは確信する。

 だから、自分は迷う事無く戦おう。

 彼には背を預けよう。そう思った。感じた。

 もしかすると、自分の中にある憎しみの感情さえも、あるいはこの男ならば、清めてくれるんじゃないのかと、……そんな気さえ、アイーシャは感じたのだった。

 橋を渡った場所からは、大きな城が見えた。


 それは、さかさまに建てられた城だ。謎の建築物だ。ルブルの死体の山で積み上げた城か? それにしては、何か違和感を覚える。つまり、この場所は最初からあったのだろうか?

 アイーシャは城まで無造作に歩いていこうと考えていた。もし、罠を仕掛けてくれば、ケルベロスが見抜いてくれるような気がする。必死で行動しよう。今はそう思う。

 途中、荒地が広がっていた。


 ……城まで、2キロ程だろうか。離れているのは。

 途中、草むらや湖、小さな林などが広がっている。

 何故、マシーナリーの地下にこんな場所があるのだろうか? まるで分からない。何か、古代の遺跡か何かなのだろうか。核シェルターか何かではない。かつて、此処はグリーン・ドレスが焼き払った。もし、シェルターとして使われていたならば、人々が此処に住んでいる筈だった。謎の場所だ。だからこそ、不気味ではあるのだが。


 考えている暇は無かった。とにかく、入り込んでルブルとメアリーを倒す。それだけだ。

 三名は緩やかな崖になっている斜面を降りながら、さかさまの城を目指す。

 途中には、林が広がっていた。かつてのルブルの城周辺の深い森なんかじゃなく、まだらに枯れ掛けた樹木が生えているだけだ。


 メアリーとセルジュは、おそらく適当な幻影で三名を足止めしている間に城の中に逃げ込んだ可能性が高い。そう考えるのが自然だ。

 ……雑魚を何名か配置しているだろうな。

 先程、変な化け物を何名か見つけた。

 そして……。


「おい、ケルベロス」

「ああ」

 三名の背後を付き纏っている影があった。

 アイーシャは空中を飛んでいる時に見た。風船のような大男だ。そいつは悲しい顔をしながら、ぼろぼろと、バイアスの能力で撃ち込まれた杭を一本、一本、引き抜いていた。

 視界の隅にいる。凝視しようとすると、何処へと消え失せる。


「何だ? あいつ」

「分からん。どうする? 俺が倒そうか?」

「ああ、お願い。私とバイアスは先に城へ突入するよ?」

「ああ、任せろ」

 そう言って。

 アイーシャとケルベロスは手を叩き合った。




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