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第十七章 そして、舞台は回転する。 4

 ミソギは地底城まで戻る。


 巨大な黄土色の湖が広がっている。

 彼はケルベロスという男を待つ事にしていた。

 おそらく、すぐに、此処にやってくるだろう。

 そして、ケルベロスという男は、必死でミソギの思想を否定しようとするのだろう。

 とても楽しみだった。どういう風に論破しようとしてくるのだろう?

 彼は偽善者が好きだった。世界は理想で回っているという、狂った異常な精神を持っている者の心が大好きだった。


 ……デス・ウィングは、俺の何に共感していたっけ?

 ミソギはぼんやりと、幻覚と戯れていた。

 彼は幼少期から、少年時代にかけてのPTSDをドラッグで克服した。金という宗教に執着する事によって、権力欲に執着する事によって、自らの世界に対する呪詛を克服してきたのだった。

 この世界には、奪われる者と、奪う者の二者が存在する。

 彼は奪う側を選ぶ事を、少年時代に決意した。

 彼は、ぼんやりと地下世界を歩き続ける、

 所々に、円柱や洞窟などが存在している。小さな神殿のようなものもある。古代のものといっても、人がついこの前まで、住んでいたかのように小奇麗な姿のまま残されていた。


「ねえ、ミソギ」

 ルブルがいた。彼女が問い掛けてくる。


「何だ?」

 ミソギはルブルの困ったような顔を見ていぶかしむ。

「貴方、何かあったの? 何で、そんな自殺志願者なの?」

「はぁ?」

 思わずミソギは声が裏返る。

 しかし、彼は自分の奇行に気付く。

 自分が何をやっていたのか、脳が遅れて理解を示す。

 そこは、クレバスが広がっていた。

 崖の底には深淵が広がっている。

 ミソギは思わず、そこから飛び降りようとしていたのだった。

 そう言えば、彼はいつも薬がキマっている時に、リヴォルバーに弾を込めて、自分の側頭部をこつり、こつりと叩くのが癖だ。何故か、そういう行為に対して、安堵感を覚えてしまう。


「すまない。薬物の禁断症状だ。俺はジャンキーだからな。いつも不安や恐怖をクスリで殺している。…………」

「ふうん」

 ルブルは納得したような顔をすると、新たに地下探索を続けると言って、ミソギの下を離れていった。



「なあ、ルブル。俺の部下から、兵器の大量に入ったケースが届いただろう。夜戦ってのは、それなりの戦い方の用意がいる。用意次第では、どんな連中も、大体は弾丸の一撃で頭を撃ち抜いて死亡する。お前のゾンビ共に陣営を組ませないのか?」

 ミソギは、相変わらずな、彼女の遊び心に辟易していた。

 彼は、マシーナリー中に配備したゾンビ達の配置に不満を抱いていた。


 陣営は滅茶苦茶だ。見てきたから分かる。

 それから、ケルベロス。

 見てきたが、彼の物腰を見る限り、よく訓練されている。

 彼なんて、あんな部隊編成では、まともに狙撃する事さえままならないだろう。

 ルブルの部屋の中だった。

 彼女の周りには、奇形のゾンビ達で犇いていた。


「ふふっ、四天王が頑張ってくれるわよ。みんなモチベーションが高いみたい」

「何名かをスナイパーとして使えば、デス・ウィングみたいな、頭が飛んでも生きている相手以外は殺せるだろう?」

 そう言われても、ルブルは無頓着みたいだった。

 ミソギは段々、ダートのメンバー全員が非合理的な馬鹿ばかりなのだろう、という認識をよく理解し、どうすれば、こういう連中を説得するべきか考えている処だった。

 ミソギの経験上、暗殺ならば、ある程度の実力の能力者も殺せる。

 そして、威力の高い爆弾を使えば、それなりに強力な能力者も倒せる。

 それでも駄目ならば、毒殺でもしてしまえばいい。


 そして。

 更にどうしようもない、デス・ウィングを代表するような不死の化け物は、何とかして懐柔するしかない。そんな思考を念頭に入れて、ミソギは此れまで生き抜き、利益を得てきたのだった。



 ミソギはくるくるっ、と、ベレッタを構えながら城の中を歩いていた。


 何か、得体の知れない悪寒がする。

 これまで生きてきた中で、このような感覚が余り無かった。けれども、薬物の副作用によってダウナーな状態にいる時に、感じた絶望的な希望に何故か似ていた。

 彼は城の中にある扉を開ける。


 すると。

 その中には、一人の青年が立っていた。

 年の頃、まだ二十前後くらいだろうか。

 どうやら、生きた人間みたいだった。


「ああ、よう。お前もメンバーなのか?」

 彼はミソギの存在に気付かずに、ぶつぶつと誰かと喋っているみたいだった。

 もしかすると、言葉が通じないのかもしれない。


「ねえ、カシュー。俺、どうしよう? 俺は何と戦えばいいのかな? 分からないよ」

 ミソギは何故だか、彼をしばらくの間、観察していた。

 何か惹かれるものがあったからかもしれない。

 明らかに、彼は幻覚を見て、幻覚と会話をしている。


 ミソギも身に覚えがある。それは傍から見れば、滑稽で痛々しいものなのだ。

 何故、存在しないものと通信してしまうのだろうか。それは心の弱さからだ。ミソギ自身、自身の絶対的な強さを維持する為に、ドラッグに埋没していった。フラッシュバックしてくるトラウマを押し殺そうと必死だった。



 自分自身が怪物になっていくのか?


 ペイガンは自分の意思が何かによって喰われていきそうな感覚に襲われる。まるでそれはとてつもなく心地がよく、生きる事の全てから解放されていくかのようだ。

 顔達が地面に浮かんでは消え、黒い影のようなものが部屋中を這い回っている。

 まるで、幽霊か何かに取り憑かれてしまったかのようだった。

 力を持ってしまったのだと感じた。

 これは何の為に使えばいいのだろう? ルブルに対する復讐の為に?

 自分で自分を抑え切れなかった。自分の中に魔物が潜んでいる。

 頭の中で呪文の詠唱の声が、聴こえ続ける。

 闇の花が咲いていくかのようだった。

 ルブルは言っていた。貴方は何を欲しているの? と。だから、望むままの行動を起こせばいい。それだけなのだから。


 くるくる、ぐるぐる、と思考が回っていっている。

 もし、自分が化け物になってしまうとするのならば、つまり何をすればいいのだろうか?

 今が、現実なのか、悪夢の只中なのか分からない。

 いつしか。暗いさかしまの部屋の中で。


 ルブルの生み出した奇形の怪物達が、ペイガンを取り囲んでいた。

 腕が数対あり、目玉だけのモンスター。背中から変形した肋骨の翼を生やしたもの。怪物達の形は様々だった。彼らはペイガンを恐れ戦いている。

 そして、その中の一人が、大きな斧を持って、ペイガンへと襲い掛かってきた。

 ペイガンは何処からか、声が聴こえた。


 ……お前はもっと、自分らしき生きてみろよ。

 大斧を持ったフリークスは転倒していた。

 口から粘液を吐き出していた。

 どうやら、物凄い眩暈や嘔吐感に苦しんでいるみたいだった。そして、どぼどぼと、汚らしい事に、口から胃液を吐き出し続けていた。複眼から涙を流し続けている。

 他の怪物達は後ずさりしていた。ペイガンに喧嘩を売った事を後悔しているみたいだった。


 ペイガンは、自分の思考も、何もかも消えてしまえばいいと思った。

 まだ、赤い天使の映像がちら付いて離れない。ルブルの言葉が頭の中に根付いて離れない。自分は何者なのだろう? この世界を壊す為に生まれてきたのだろうか?

 受け入れられない、受け入れたくない。

 自分の思考も、何もかもが、汚物へと換わっていくかのようだった。

 おそらく、苦しいのなら、全てを受け入れるしかない。


 何も見たくなかったから、家族や仲間達の死も、自分自身の悲しみも、何もかも受け入れたくなかったから。あの日から、自分の時間は止まってしまっていて、見たいものしか見たくないのだろうと思ってしまっているのだ。

 世界を在りのままに見る事なんて、出来はしない。分かっている、気付いている。

 あの日から分かっていた。

 シェルター内でも、翻訳機などを使って意思を伝えていた。

 この城は、まるで胎動しているかのようだった。

 何かが、産まれ落ちようとしているかのようだった。

 ペイガンは、何かと共振していた。

 この『さかしまの城』には、確かに“何か”がいる。

 いや、もしかすると“人のようなもの”なのかもしれない。

 確かに存在している。その波長は、もしかすると、ルブルも感じ取っているのかもしれない。


 それよりも。

 ペイガンは、自分の能力とは、何なのかと考えていた。

 かつて、街にやってきたジプシーという旅芸人達を見た。彼らは奇抜な芸を見せ、テント小屋を張り、大釜で薬草などを煮込んだ食事を振舞ってくれた。

 そう言えば、拙い言葉なりで、彼らは彼らの神の名前を言っていた。

 ペイガンは、たまたま、ジプシーの崇めていた神の名前を覚えている。それは彼らにとっての守り神らしい。


“ヘカテ”という神らしい。

 どうやら、女神らしい。彼らジプシーの旅の道行きを、いつも見守ってくれているのだそうだ。

 ルブルと会話した時、シェルター内の通訳がいなくても会話する事が出来た。そう言えば、先ほど部屋に入ってきた黒服の男の言葉も耳に残っている。彼には無視して済まないと思っている。

 言葉は、どうやら、精神レベルで通じ合えるみたいだった。

 言葉と言葉が通じる。

 とても、良い事だ。


「俺は、俺の力の名前は『ヘカテ』にしよう。それはきっと、幸運を齎す名前なのだろうから…………」

 そうだ。

 自分の中にある不安感だとか、何だとかを形にして、吐き出してしまおう。

 何が正義か分からないまま、何故、こんなにも自分が夢の中を彷徨っているかのような現実を生きているのかを、他人に伝えようかと思う。


 めきゃ、めきゃ、と。

 不気味な音と共に。

 背中から、何かが這いずり出してきた。

 それは沢山の顔達だった。ペイガン自身の人格の一つ一つなのだろうか?

 それらは喜怒哀楽の表情をしていた。カシューの顔も存在する。


 顔達は首を伸ばして、ぐにゃり、ぐにゃりと蠢き、犇いていた。それらはさながら、芋虫のような形をしている。人の形を止めて、より軟体動物の顔へと近くなっていく。

 自分は現実にはいないんじゃないのかと思う。

 取り戻したいとは思うが、自分の心は自分から遠く離れていきそうだ。うねうねと、何者かが頭の中を、心の中を巣食っていくかのような気がするのだ。


 そして、自分の脳を徐々に食み続けているような気がする。

 自分が何かによって、喰われていく。

 そして、自分の中にいる何かが目覚めたがって、暴れたがっている。どうしようもない程に、それを抑え切れそうにない。あの日からだ。焼け跡の街を彷徨いながら、きっと自分の人間らしい心は死んだ。生命の絶滅さえ願っているのかもしれない。人が人と思えない。悲しみも怒りも感じない。壊したい。何もかもを蹂躙したい。


 ダートが何なのか、分かりかけてきたような気がする。

 ルブルは首領であって、首領なんかじゃない。みな、個人個人が好きなように動く為の引き金を、彼女が作り出している事に過ぎないのだろう。



 ルブルは城の中を探索し続けていた。

 明らかに、此処は何者かの強い意志が介在している。


 ……何なのかしら? これ。

 無人なのに、何故だか、ずっと誰かに監視されているような気分だ。

 何かが隠れ潜んでいる気配は、まるで無いにも関わらずだ。

 それでも、確かに、そいつは此処に存在している。


 分かるのだ。

 何故ならば、そいつもまた、おそらくは悪なるものだからだろう。

 彼女は魔女の大釜を新たに作って、交信を続けようと考えていた。

 もし、このさかさまに作られた地底城の主がいるのだとすれば、その者を最後の“十三人目”にしてみれば、面白いんじゃないのかと。


 そう、とてつもなく魅力的な考えだった。

 何処となく、運命のようなものを感じる。きっと軌跡なのだ。

 最後のメンバーはルブルでさえも、計り知れない程の精神の歪みを有しているものなら、更にいい。しかし、本当に、そんな者が現れるのだろうか?


 しかし、何故かどうしようもない程の確信はあった。

 きっと、運命というものは存在する。

 ならば、その運命に従って現れるのだろう。彼女はそう感じていた。

 彼女は、悪しき呪文を唱え続ける。


 それは、鼻歌となって、口笛となって城内に響き渡っていく。

 もはや、悪というものが何なのか分からない。人類はそれを突き付けられるだろう。



 お互い満身創痍だ。


 この周辺に、セルジュが隠れている筈だ。

 アイーシャは剣を構えながら、慎重に敵の姿を探す。

 森を抜けると、瓦礫が散乱した地区へと辿り着く。

 この辺りに、確かに逃げた筈なのだ。

 催涙ガスが煙幕として撒かれている。


 バイアスは相変わらず、ガスのダメージを受けて両眼から涙を流し続けていた。

 彼はどうにも、隙が多い。彼女は少しだけ苛立つが、すぐに別の考えに思い至る。逆に言えば、彼は殺人マシーンなんかのままで生き続けて欲しくなかった。

 出来れば、セルジュくらいは、自分の力で倒したい。

 瓦礫の荒野をひたすらに歩き続ける。

 周りに、自分の姿が映し出されるものが無いかをつねに確認しながら歩く。


 アイーシャは、ふと、この辺りが何なのかに気付く。

 そこは、何か地下へと繋がる巨大な門が口を開いていた。

 ドアの形をした門だ。何処の家にでもあるかのような。


「何だ? これは…………」

 思わず、躊躇の念が湧く。

 アイーシャは、地下へと続く門をゆっくりと降りていく。

 セルジュの姿を見つけた。

 彼は蹲りながら、火傷で負傷した全身を両腕で抑えていた。

 ……勝てる。止めを刺せる。

 アイーシャは容赦するつもりは無かった。

 このまま、倒してしまおう。後腐れも無くなるだろう。


「おい、アイーシャ」

 セルジュは彼女の姿を恨みに満ちた眼で見ていた。

「お前は、俺を殺すのか?」

「ええ、そのつもり」

「そうかよ」

 彼は皮肉っぽく笑った。


「俺はお前が妬ましい、生きているお前がな。お前の強さが妬ましい」

 アイーシャは勘付く。

 この地下階段の途中に設置されていたもの。

 それは闇で遮られ。真っ黒く塗られてこそいるが、確かにそれは鏡だった。


「お前の力が妬ましい、欲しい、欲しい。畜生…………」

「哀れね」

 アイーシャは後ずさりして、自分を映さないようにする。

「ははっ、アイーシャ、知っているか?」

 セルジュは、勝ち誇ったように言った。


「お前の後ろにある入り口の門も、黒く塗られたブラック・ミラーなんだぜ?」

 セルジュは、全力を振り絞るかのように、アイーシャの下へと跳躍する。

「おらぁ、お前の力奪って、俺はもっと……」

 セルジュは。

 肩の辺りを拳銃で撃ち抜かれていた。

 アイーシャが、ヘル・ハウンドから取り外した銃だ。


「セルジュ、だからお前は詰んでいる。もう貴方の人生はダートに入った時点で詰んでいた。このまま貴方は醜いまま終わる」

「そうかよ…………」

 彼はとてつもなく、悔しそうな顔をしていた。


「……何で、奪えないのかな?」

 セルジュは、ぽつり、と言った。

「もう、俺は誰に対しても、妬んでいないんだろうかな。俺はきっと……」

「そうね」

「セルジュ、終わらせて上げる。この私が」

 セルジュは地面に横たわりながら、肩口を押さえていた。


「死ね!」

 アイーシャは、ヒート・ソードを振るう。

 セルジュは、まるで殉教者のように、自らの死を悟った眼をしていた。何処か、安らかそうでもあった。


 …………。

 全身が、浮遊している。

 何が起こったのか分からなかった。

 ドアが開かれる。

 バイアスが、アイーシャの下へと投げ捨てられる。

 アイーシャは、恐怖に物怖じしていた。

「セルジュ、大変だったでしょう? 間一髪だったかしら? 何とか間に合ったわ」

 ひんやりとした空間が、辺りに満ちているかのようだった。

 その女は微笑を浮かべていた。

 アイーシャは、転がり落ちた階段の下で、わなわなと震えていた。


 そいつは、彼女にとっての“始まり”だった。

 悪夢そのものだった。

 メアリーが、そこに現れていた。

 その女は超然とした態度で、アイーシャを見下げている。

 アイーシャは全身から悪寒が迸っていた。


 全てが、がらがらと崩れ去ってしまいそうな気分になった。後ろ側で、もう一人の自分が囁き掛けてくる。服従した方がいいんじゃないか? せめて、逃げ出してしまえばいいんじゃないか? と。


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